第42話 白銀なる女神の堕とし"者"(ᚲᛟᚾᛞᛖᛗᚾᛖᛞ ᛟᚾᛖ)
峻険で棲みにくい大地ばかりのカノン。この場所の守護神にして漆黒の魔導士──ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
彼の側に装い新たな少年、レアット・アルベェラータが籍を置いた。大気の異能で自身の背丈より巨大な鈍二刀を好きに振れる16歳の蛮勇。
喧嘩っ早い性格と愚直な生真面目ぶりがおり混ざったレアット。今後ヴァイロの元でさらに化けるやも知れない。
実の処、義勇兵集めに奔走しているアギドが扱いに困る存在がもう独り。
彼の青い出で立ちが更に青ざめる者を地下室に幽閉しておいた。師ヴァイロへお伺いを立てねば如何様にも出来ぬのだ。
ただでさえ陽当りの悪い底冷えするカノンの地下牢へ、アギドが揺れ動く頼りない蝋燭の火と等しき気分でヴァイロを案内するのだ。
ヴァイロの赤い瞳に映る者──。
大きなお団子を2つ左右に抱えた茶髪の女性。暗がりの地下牢、余計に目立つ陽の光思わすオレンジ色のワンピース姿。首から下げ胸上で跳ねる十字架。此方を見つめる蒼き瞳。
視線を絡めたヴァイロ──素直に綺麗な娘だと思い、気がつけば相手の姿形を目線で上から追うただの男性に転じた。
加えて冷静なアギドが何故困惑してるのかヴァイロにも自ずと知れた。この娘は恐らく司祭級。然もあろうことか宿敵である戦之女神の司祭だ。
ヴァイロは「牢を開けてくれ、俺が独りで話を聞く」と一番弟子を促した。ギィ……と半ば錆び付いた音を立て開いた牢に背の高い己を潜り込ませ、テンガロンハットを脱いだ。
そして冷たい地下牢の床へ膝立て罪人扱いされている少女相手に深々と頭を下げたヴァイロ。驚く相手を他所に真摯な態度を大いに示す。
それは嘗て──孤児院送りであったリンネを迎い入れる刻と折り重なる振舞いであった。
「君の様な女性をこんな場所に囲って済まない。だが此方と君等側の立場を考えれば仕方がないんだ」
膝をついたままの姿で顔だけ上げ、薄いマットのベッドに塞ぎ込んでいた少女へ優しい声音の第一声を送り届けるヴァイロの優しみ。
「も、勿論判っておりますだ。私は皆さんの敵──戦之女神様の司祭……じゃ…から」
お団子を揺らした少女が顔上げ、酷く慌てた様子で応えを濁す。
特徴的な訛り──ヴァイロの緊張を心持ち緩やかな流れに誘う。
「あの争いの最中を逃げ堕ち投降した訳ではないと聞いた。真意を教えてくれ『エターナ・アルベェラータ』」
ヴァイロの語るあの争いとは、云う迄もなく貴族バンデの館付近での初戦。
世間の下馬評を覆した暗黒神側の圧勝で終わった争い。
特に逃げ場を喪失した地上軍であれば、敵側へ白旗振るのも止むを得ないだろう。
名前は事前にアギドから聞いていた。珍妙な訛りとレアットと同じアルベェラータ姓を名乗るこの少女。レアットに引き続き、出来過ぎた運命を感じずにはいられないのだ。
「し、死にたくは…あ、ありまぜんだ。で、ですがオラ……それ以上に戦争がしたくて司祭になった訳じゃ……ないだ」
もう半ば泣き声混じりで心の内を訴え始めたエターナと云う少女の辛み。
「ひっ、人助けがじだくて戦之女神様の教えを受けただけだぁっ。人殺しの手伝いなんがっ、じだくねぇっ!」
嗚咽の声と訛りを織り交ぜ掻き回すエターナの叫び。吹き出す様に泣き始めたが故、人扱いに手慣れた筈であるヴァイロの動揺を誘った。
然し同時に湧き上がる疑念──。
──争いが嫌で逃げ打ったのならば敵方へ走るのは、おかしいのではないか?
何度も語るが暗黒神の呪文に回復の術式は存在しない。ついこの間ハーフエルフの医者エルメタが癒しの役目を帯びて着任したとはいえだ。
戦之女神の司祭が起こす回復の奇跡──即効性のある癒しを抱く者。
未だ持ち得ていないのだ、喉から手が出るほど欲しい人材。なれど一度戦場に立てば倒す相手方が入れ替わるだけである。
「す、済まない。泣かせるつもりじゃなかったんだ。君が今後平穏な生活を望むと言うならば、このカノンで普通の人生を歩んだって構いやしない」
我ながら白々しい嘘をついたヴァイロ、女に弱い己を恥じる。敵方の間者やも知れぬ人間を誰が野放しで置くものか。
「わがっでまずぅッ! アルベェラータ家は代々人様のお役にだづのががぐん! ファウナ様にもお仕えじだ! ぞ、ぞれに故郷をあんな風にざれで黙っでおれんの!」
エターナ、涙で腫らした青い目をしっかと見開き意外な台詞を吐き散らした。
涙と唾を同時に浴びせ掛けられたヴァイロ、よもや聞きたかった答えの断片を相手が漏らすとは思わず焦った。
「か、重ねて済まん! その……なんだ。お前レアットって奴を知っているか? お前と同じアルベェラータを名乗る大男だ」
情緒不安定著しいエターナ相手にらしくないヴァイロの慌てぶりが続く。迂闊にも此方からレアット・アルベェラータの存在を口外する。
もし仮にエターナがレアットと繋がり在る存在ならば、彼女側のお仲間が動いている事実を自ら晒した汚点と化すのだ。
然しエターナも在らぬ尻尾を自ら出した──。
エターナが涙ながらに発狂した『ファウナ様にもお仕えじだ!』一言。そんな伝承、ファウナ神の手記すら漁るオタクには通じなかった。
「べぇ? レアットぉ? じらねえだ。アルベェラータっで、ラファンには割どよぐある名前だぁ。他人の空似だぁだぶん」
涙が栓でも閉めたかの如くピタッと止んだエターナが青い目を丸くしながら返した意外。
エターナを覗き込むヴァイロが彼女の仕草を窺う。嘘をついてる感じには映らなかった。
そして泣き止んだエターナを暫らく置き去りにして、腕組み考えに耽る暗黒神。
エターナ・アルベェラータ──。
手元に置けば他の味方の身を案じる気分が浮かばずにはおれない。然しながら放置するのも異なる心配の種を撒く事に変わりなかった。
スッ……。
「えぇ?」
少々怖い顔つきのヴァイロが懐からナイフを取り出す。得物が紅色の蜃気楼でない彼は珍しい。
そのまま自身の親指に突き立てた故、エターナが思わず目を逸らした。
構わず血が滲んだ親指を地下牢に落ちてた白紙に押し付けたではないか。
「隠れてないで出て来いアギド! お前がこの契約の証人になれ!」
先ほど迄とは打って変わったヴァイロの尖った声音が地下牢の外へ木霊する。
炙り出されたアギド、バツが悪い顰めっ面で姿を現し、己も牢屋に入室した。
流石気心知れたヴァイロ第一の徒、血判がひとつ押されただけの汚らしい紙切れを契約書にすべく筆記をサラリッと書いた。
旧イタリア語で書き殴られたそれはまさしく檄文と云えた。
『Se quella persona compie un tradimento, 'Vairo Kanon Alberia' si prenderà la responsabilità di porre fine alla sua vita.』※
※訳:かの者が裏切り行為をした場合、"ヴァイロ・カノン・アルベェリア"が責任持って命を絶つ
「さあエターナ・アルベェラータ! 君の思いが真実ならば此処に名を刻め! 出来ないとは言わせない!」
契約書の内容を舐めるように一読したエターナ、思わず腰が引けた。されど赤と青の刺す視線を手向けられ他に道なしと知り抜いた。




