第41話 紫色の谷間を出流(いずる)憂鬱ーᚨᛗᛖᚦᛁᛊᛏー
カノンの義勇兵入りを志願し、岩の如き巨大な鈍二刀と、喧嘩っ早くやはり石のような堅物加減で漆黒の神様相手に牙を剝いたレアット・アルベェラータ。
新月の守り手で強かに殴って蹴ったミリア・アルベェリアにやられた傷は実に重く出来るだけ迅速な治療を必要とした。
暗黒神の神聖術に回復の二文字は在り得ない。
実を云うと扱いに大層困り果てた義勇兵志願者がもう独り存在する。
この者の処遇を決めればレアットの負傷なぞ立ち処に治るのだが、彼より始末の悪い悩みの種を抱えていた。
処が此処でまたしても亜人推しの貴族バンデが持ち込んだ連れがモノを云うのだ。
桃を流した川の様な色した長い髪の毛と揃いの瞳色。
何処ぞの派手な遊女の装いかと思いきや白衣を羽織り、眼鏡を掛けた女性。
白衣の下は開け具合妖しき緑色のアンダーウェア。
特徴的な耳の長さ、森人族の緑を匂わせるが、人間の父親と耳長族の母との間に生まれたハーフエルフを示した。
父の意志を継いだ彼女。名を『エルメタ』と云う。
義勇兵入りを認められ寝床を得られたレアットの部屋へ、ショックキングピンクを連れお邪魔した何とも異端な組合せ。
然もエルメタが持ち込んだのは何と1本の鉢植え、医療設備とは到底思えない。
不意の来訪に慌てふためき「な、何しやがんだ?」と凄むレアットを他所に、植木鉢の下から延びるチューブに注射針を取り付け、嫌がるレアットの静脈へ無遠慮にブスリッと突き刺す。
横で様子を見ていたヴァイロもこれには肝を冷やすのだ。その植木から森の精霊ドリュエルの気配を感じた。
森の美女と云えば森で彷徨う人間の精気を吸い尽くす存在。レアットも大きな身体に溜めた生命力を吸われてしまうのか。
されど実際にはミリアにしこたま殴られた傷が癒えてゆくではないか。
ファウナの従属神であるヴァイロが腑に落ちた顔。
護りの女神にもドリュエルの精気を人間へ流し込み治癒に用いた呪文があったのを思い出す。
「このまま一晩も寝てくれれば彼の傷は癒えます。尤も血は戻らないから安静と食事が第一です」
異端な医者エルメタの説明を受けたヴァイロ。
気がつけば治療を受けるレアットは夢の中。トレードマークのテンガロンハットを脱ぎ、人類と耳長族の合いの子であるエルメタへ礼を尽くした。
2mの巨躯を誇るコボルト族、天使を彷彿させるハーピーの次はハーフエルフの医者。亜人専用職安所、貴族バンデの館。他にも隠し種は在るのだろうか。
独り黙々と作業を続けるエルメタの胸中や如何に。
純度100%のエルフではなく混じりっけがある彼女。ハーフと云う本人が望まぬ区分け、色々嫌な目に合ってきた。
エルフの隠れ里には居られず、かと言って人間でもない為、普通の使用人として扱って貰えなかった。バンデの館で漸く陽の目を拝んだのだ。
◇◇
一方フォルデノ王国の国境付近に居を構える貴族バンデの館。
戦之女神軍との初戦を快勝に導いた立役者、シアン・ノイン・ロッソは未だこの地で守りに徹する構え。
地上を征く愚を悟ったであろう戦之女神側。
次は白い神竜シグノの編隊飛行部隊のみを押し、暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアの元へ直接攻め入る可能性も否定出来ない。
だがバンデから無償で亜人達や飛竜を調達しただけでなく『フォルデノ王国を護る』と宣言した手前、この場を留守にする訳にもゆかぬのだ。
ザッ……。
「──ッ?」
バンデの館の裏山に陣張るシアン、戦之女神達が襲来する東側。睨みつけていた処。
不意に近寄る足音に心揺れる。戦の結果を揺らす天秤である彼女を震わすたったひとつの気配。美麗な紫色の瞳を顰めた。
「これはバンデ殿。こんな山間に自ら御足労頂くとは痛み入る」
緊張入り混じるシアンの御挨拶。ただの貴族が放つべき気配を感じ取れなかった気色悪さが滲み出そうなのを極力抑え込む。
「いえいえ、シアン様こそ毎日御苦労様でございます。食料等の物資補給でございます。次いでに私自身がシアン様へ御目通りを願ったのです」
杖つき己の脚を用いて此処まで登って来た様子思わせるバンデの微笑み。
シアンは顔を手向けず双眼鏡越しの東側を向き続ける無礼を敢えて通した。
「聞けばシアン様には2歳程のお子がいらっしゃるとか。この様な戦場へ引っ張り出し何と謝罪すればよいものか……」
近付くまで人の気配を一切感じさせない男がさも人間めいた気遣いみせる台詞を吐く。
シアン、双眼鏡を覗く役目をコボルト族のカネランへ預け、漸くバンデの方を振り向いた。
「私も最初は断りを入れたのです。──ですがまあ彼とは腐れ縁、傭兵家業はこれで最後と受け入れました。貧乏神の懐はアテにならない。この戦乱で生涯遊んで暮らせる程、貴方から貢がせて戴く」
短い紫色の髪と、同じく紫のマントに隠した胸内を揺すり、肩竦め淡々と応じたシアンの低音声。
大人の魅了交えた声で誤魔化し混じえた心持ち引き攣る笑みをバンデへ返すのだ。
「それはもう御心配には及びません。私のみならず(フォルデノ)王国からの支援も取り付けました。ラオにいらっしゃる御親戚にも既に手厚い給金を送っております故」
タオルで顔を拭いながらシアンへの給金を惜しまないと改めて約束伝えたバンデが頭を深々と下げて応じる。
ラオと云うのはアドノス島の最東端──。
海産物の収穫や海にまつわる観光事業で自活を成す地域。
カノンやフォルデノ王国とは真逆に位置し、今回の戦乱に於ける火種を最も避けている場所なのだ。
「──処で戦之女神軍の白い竜。数も多くその上、ヴァイロ殿が錬成なされたノヴァン──命宿した竜と互角に渡り合うとは些か不思議なものですな」
少し間を開けてからバンデがまるで世間話な言い草で、突拍子が過ぎる疑問を漏らす。
耳に入れたシアン、総毛だつ思い。
戦之女神の神竜シグノ。どうやって生み出し動かしているのかなど戦に手慣れたシアンの想像が及ばぬ処。さらに腐れ縁であるヴァイロからも聞かされていないのだ。
「バンデ殿は亜人だけでなく物の怪の類にも御興味が?」
再び視線を外さずにいられぬシアン。マントの下、大人の谷間へ冷や汗垂らす気分で質問を疑問で跳ね除けた。
白い神竜を『物の怪の類』と指したシアンの裏側。
面前のバンデこそ物の怪の最前列思しき存在に感じた。『そう云えばラオの親戚に預けた我が子の話などしたか?』真冬の冷気と明らかに異なる寒気を覚えた。
──ヴァイ、我が親愛なる友よ。本当にこれで大丈夫なのか?
友人ヴァイロを戦乱に奮い立たせる切欠となった弟子達を蹂躙する悪夢──。
悪夢と同じ姿形で現れた白銀の戦之女神──。
そして自分達へ手を貸す亜人達の味方であるこのバンデの存在──。
総てが誰かの掌の上──転がされてる驚異をシアンは感じ取り、魂の震えを覚えた。
『幻影と白幻を抱いた神々の英雄譚 "ᚺᛖᚱᛟᛁᚲ ᛊᚨᚷᚨ" —Saga "Vairo" et "Edius"—』 Chapter 4 End.




