第40話 夢見の異能(ᛞᚱᛖᚨᛗᛁᛜ)
使い手の背丈より長く、刃こぼれだらけな二刀を駆使して襲い掛かったレアット・アルベェラータの化け物じみた離れ業。
彼を負かしたのは、魔法攻撃からの防御に本来用いるリンネの『音の波』でレアットの剣術を封じ込めた後。
剣を落とした処へ『新月の守り手』で強固にした拳を当身に仕立てた、ミリア・アルベェリアに依る恩情の一撃であった。
敗北したレアット、潔く地面へ胡坐を掻いて座り込み、煮るなり焼くなり好きにしろといった体現を示した。
ポンッ。
「レアット──お前義勇兵入りを志願したんじゃなかったのか?」
カノンの長、ヴァイロ・カノン・アルベェリアが己より大きな16歳の肩を軽く叩いた問い掛け。
レアットは負けたっきり手討ちを求めるかの如く両目を瞑り、その時を待ち受けている具合にしか見えなかったからだ。
「俺様もそのつもりだった。だが途中から本気でそこの女達を殺し掛けた。だから好きにしてくれ」
目を微塵も開かず言い逃れも捨てたレアットの漢気。
中途迄はただの喧嘩を楽しむつもりであった。然しミリアとリンネが思いの外、強靭であったが故、真剣勝負を挑まざるを得なかった。
「お前を罰したりするものか。戦いである以上、最悪の事態は常日頃から想定している。何よりお前さんにこの二人をけしかけた張本人はこの俺だ」
テンガロンハットを脱ぎ、レアットの面前に座り込んだヴァイロの真剣な眼光と声色。半ば覚悟を決めてたレアットの目と心を開いた。
然しながら目に入れて護ろうとも痛みを感じぬであろうミリアとリンネ。ましてや向こうから言い寄って来た相手だ。
一時は殺され掛け大層肝を冷やしたヴァイロ──やらしき大人の二枚舌。
「ゆ、赦してくれんのかよ?」
目は開けど未だ俯き地面へ視線を落とした姿のレアット。蓋を開ければ意外なほどの実直ぶり。
「何度も同じ事を云わせるな。それより良いのか? 兵に志願すれば寝床も金だって勿論払う。だが死ぬことだってあるんだぞ」
盛り上がったレアットの両肩を掴み起こして、何時になく真剣な眼差しを送るヴァイロ。他の義勇兵には一切掛けていない覚悟の確認。
──何、今さら当然な事を?
アギド、心の中だけで首を捻る疑念。
カノンで兵集めを決めたのは他の誰でもないヴァイロなのだ。この少年にだけ格別の思いを手向ける意義が判らない。
腑に落ちない気分はレアット当人の方が強い。「アンタの言いてぇ事がまるで判んねぇ」と呟き再び俯くのだ。
「ならば質問を変えてやろうレアット・アルベェラータ。お前その馬鹿でかい剣、何時からどんな感じで振れるように成れた?」
ヴァイロの言葉に心揺さぶられたレアットが今度は自ら顔を起こす。誠実なヴァイロの赤い眼差しが己を捉えて離してくれない。
「こ、此奴等は親父の形見だ。絶対いつかモノにしてやると思い毎日振り回そうとした。だが持ち上げるがやっと……。ちっとも振れやしなかった」
地面へ置かれたままの巨大剣二刀へ視線を送るレアットの思い出を紡ぐ話。『何でそんな事聞くんだ?』と云った気分が滲み出る。
「散々やった挙句、俺は疲れてそのまま眠っちまった。その後、気がつけば医者のベッドの上だ。村の奴等が運んでくれた、酷ぇ熱があったらしい」
何やら辱めを受けてる気分で目を逸らし、話し声も濁り気味なレアットの憂鬱加減。
然しその話を耳にした途端、アギドが驚いた視線で食らいつく。彼とて思う処があるのだ。
質問を投げ掛けた当事者ヴァイロは、顔色ひとつ変えずにひたすら聴き入り続ける。
「俺が覚えてんのは夢だけだ。この剣を自由に振り回せる夢を見た。……ね、熱が引いた後。俺は此奴等を好きに振り回せるようになった」
目を背けたままレアットが吐いたこの一言。
アギドの蒼い瞳が放つ視線が一挙見張るものへ変わりゆく。この蒼い少年は似た境遇を体験して今日に至るのだ。
対してヴァイロは静かに目を閉じる。何かを悟った様な顔色を頷かせた。
「レアット、それこそお前の能力が目覚めた瞬間だよ。剣を振る度、嵐の様な風を吹かせていた。お前の能力は大気の力だ」
未だ肩を掴んだまま一字一句、ゆっくりと丁寧に語るヴァイロの口ぶり。レアットへ刻み込む様な言い草。
「た、タイキっ!? 何だそりゃっ!」
別国の言葉を聞いた様に腕組み首を可動域ぎりぎりまで捻るレアットの一驚。
「簡単に言えば風がお前の剣を押していたのさ。大気とは風や雲、雨。空気中の総てを指す言葉だ。まあ、頭の悪いお前さんは、取り敢えず風の力とでも思っておきな」
ヴァイロが緩んだ顔でレアットの頭をクシャクシャ撫でて余韻を楽しむ。良い若者の芽をみつけ愛犬が如く弄り倒す。
「よ、止せっ! 何しやがんだっ!」
他人から頭を撫でられる温かみなぞ親以外に知らないレアット。恥ずかしさ極まり文句だけ返す。まさに顔から火が出る気分って奴だ。
ガシィッ!
「──んっ!?」
「レアット・アルベェラータ。俺の弟子達の命を消し掛けた行為を本気で償いたいのならば、俺がお前の命を預からせて貰う」
頭を撫でた手に突如力を入れ、鷲掴みにしたヴァイロの声音が暗黒色に染まり往く。
つい今しがたまで命の覚悟を説いた男が結局の処、魂を奪い去る沙汰を送った掌返し。
──リンネ、アギドだけでなくまたもや夢見の能力者が!
好きに振舞っているかに見えるヴァイロの裏腹。
レアット・アルベェラータ──この少年も自分が護ってやらねばならない決心の腹を括ったのだ。
リンネの音と声に於ける異能──。
彼女は自分がその身を預かる前から開花していた。実の両親さえ苦しめ彼女を捨てる切欠に繋がった酷い夜泣きの話だ。
アギドは未だ自身の異能をひけらかしてはいない。
然し彼の戦闘時に於ける動きの良さ──まるで将棋やチェスで先の先まで次なる一手を読んでいる巧妙なやり口。
何れもヴァイロが御執心のファウナ・デル・フォレスタが書き記した日記に出て来た異能者達を彷彿させた。
そして何より己自身の能力──影絵を命の健在し得る黒い神竜として錬成した力。これは護りの女神の従属として得た魔導とは意味が異なるのだ。
「──アギド。レアットを志願兵として受け入れろ、俺が許可する。それから読み書きを少々教えてやってくれ。タイキが何か位判らなきゃ話にならん」
漸く立ち上がるヴァイロ──振り向き様、解読不能な紙切れ。名前らしき字が書き殴られた1枚をアギドへ渡す。
「は、はぁッ!? な、何で俺がこんな奴の面倒を!」
アギドが眉を吊り上げ不満をヴァイロの黒い背中へ叩き付ける。その紙切れ、レアットが書いたらしき嘆願書なのだ。尤も1文字とて読めぬ。
「喧嘩っ早い奴ってのは大抵根っこは優しいものだろ。俺も昔は散々最初の弟子から手を焼かされたしな。じゃ──御仲間同士、後は任せた」
背を向けたままの姿勢で手を振り、慎ましやかな自宅への帰路を急ぐヴァイロ。悪戯じみた顔色で全てを笑い飛ばした。
言い返す気力すら失ったアギドが溜息零す。「来いよ」背丈だけ見比べればまるで大人の手を引く子供の様子。背中越しに装い新たな友情をみつけた想いにヴァイロは駆られた。




