第38話 滾れ貫け己の血潮ーᛒᛚᛟᛟᛞ ᛏᛁᛞᛖー
岩をも砕く──。
よく使われる形容詞だが、カノンの義勇兵に志願してきた大男──蛮勇レアット・アルベェラータが握る刃は、岩そのものを思わす姿形の超巨大な鈍。『岩を強かに叩いて砕き割る』型を捨てた天剣。
彼は義勇兵処か暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアを打倒、その座を狙っていた。
やり方?
裏取り?
そんな小細工へ回す頭の残りがまるでない。相手を潰す勝利以外、答えの片隅にもないのだ。
──い、一体何が起こってやがる!?
そんな大男レアットが顔引き攣らせ、鳩尾殴られくの字に曲がり宙浮く不思議。
然もやったのは14に成ったばかりの少女。灰色の髪たなびかせたミリア・アルベェリア。魂だけ勝手に嫁入り果たした灰色な存在。
──拳も硬ぇが、あの細腕で俺様を軽々持ち上げるだとォッ!?
油断をしていた、それは真摯に認めるレアット。
何しろ相手は小さな少女だ。例え魔法を唱えようが、遠距離攻撃でなく身体を潜り込んで来た。だから負ける気なぞ疎らもなかった。
地上で悠々自分が落下して来る次を待ち受ける少女、笑いひとつ浮かべぬ。だが余裕の態度。
このまま落ちれば好きに殴られ、自身の躰が云う事効かなくなるまで連撃を喰らうのが目に見えていた。
独り顔で小躍り見せる暗黒神──『どうだい俺の娘達は? とくと味わえ』そんな余裕面でニンマリ空を見上げる。どちらが勝っても面白い不謹慎なお楽しみ。
ヴォンッ!
「馬鹿にすんじゃねぇぞッ!」
宙に飛ばされたまま、針山の様な剣を振り下ろすレアット。間合いには誰も居ない、悪足掻きで愚かな太刀筋に思えた。
「ぐっ!?」
ミリア、思わず歯を食い縛り両腕を上げ防御の体勢。突如届いた嵐に圧された。幾ら巨大な剣とはいえ、振るっただけで突風を起こせるとは到底思えない。
──成程……。
たった独り──レアットが吹かせた風の魔術の種を見抜いたヴァイロ。
紅色の蜃気楼の様な魔法を帯びた剣ではない。魔術を起こしたのは、剣を振った化け物だと瞬時に悟る。
小生意気な少女を後方へ弾いたレアット。
自ら巻き起こした風に乗り、風神の如く反撃の糸口を掴んだかに思えた矢先。
逆転に継ぐ反転を狙うミリアの眼光。
巫山戯た嵐を寄越した男、愛するヴァイを直に狙い澄ました不届き者を決して赦しはしないのだ。
地面の岩肌を全身をばねと化して蹴り、マントを広げ逆方向へムササビの如く跳躍。
ミリアの目前に迫るのは岩より強固な黒の塊、鋼の鱗で全身を覆う黒い神竜。彼を踏み台にした。加えて敵が巻き起こした風の上に乗り征く斬新なる動き。
「なッ!?」
またもミリアにしてやられたレアット。長過ぎる剣を振るう前に懐へ入られ手も足も出せない。
ズダダダッ!
ミリアは重力解放を使ってなどいないのだ。然しまるで宙で静止したかの如くレアットの腹を殴る蹴る電光石火。
拳闘士ならヘビー級とミニマム級の両者。その割ミリアの拳が重過ぎる。レアットの気分を聞く迄もない絵面。
ミリアの変幻自在──。
暗黒神防御魔法の最高峰、新月の守り手を全身へ好きに移動させ空へ跳ね、次は相手を殴る武器へ転用し尽くす。
腹を鋼の拳や蹴りで数え切れないほど叩かれ、首を降ろしたレアットへ襲い来る天罰。
レアットの顔が左右に弾かれ続けた。
──此奴、本気でやべぇッ!
情け無用の拳から頬を左右に殴られ続けたレアットに走る震撼。
ミリアの力は無論、怒気に任せたとはいえ、人間をこうも無遠慮に殴れる精神面に驚き抱いた。
レアット・アルベェラータはどれだけ強かろうと所詮ただの喧嘩屋。強さの矜持を忘れた力の体現。
ミリア・アルベェリアは覚悟が違う、何しろ皆の盾に化ける己の力を惜しまず注ぎゆく。
ましてや勝手に嫁いだ夫の命を狙った輩だ。レアットはミリアの逆鱗に触れてしまった。
レアットが起こした嵐、漸く静まり地上に落下へし始める。
ミリアは空中で跨り、レアットの巨躯が地面に叩き付けられる迄、こっぴどく潰す様に丹精込めて叩き続けた。
「グッハァッ!」
重力とミリアの拳で地球へ背中から叩き付けられたレアットの血反吐。土煙が舞い上がる。
流石に終わったかに思えたミリア。飛び下がるも両腕は未だ下げない。
「へっ、へへ悪ぃ、赦せ、舐めてた。随分楽しい喧嘩じゃねぇかよ!」
巨大剣を杖代わりにレアットが万感の笑みをヴァイロ側へ向けるも満身創痍にしか映らなかった。
酷く腫れ上がった顔、それは見なくとも判る結果。意外な場所から血を垂れ流していた。
それは右耳。ミリアの攻勢が成した結実ではない、自ずと知れた。
「こ、鼓膜が!?」
「──ッ!」
最早この戦い、ただの観戦者と化したアギドに走る衝撃。緑髪のリンネとヴァイロの顔色、両方を窺う。
すべからく見透かしたかにみえたヴァイロが垂らす冷汗。彼さえ想像だに出来てなかった。
リンネの初手──。
腕力のない彼女唯一の直接攻撃、聴覚を揺さぶる大声に依る威嚇。然しまさかレアットだけ狙い撃ちで鼓膜破りを成すとは、この場に居る誰しも思えなかった。
レアットは鼓膜を深く傷つけられ三半規管が巧く機能してなかったのだ。
「やってしまったなリンネ……」
この争い初めて見せるヴァイロの揺らいだ声。
意味が全く解せないアギド、眼鏡裏の蒼い目を見張り、師ヴァイロを覗き込む。
「あれではリンネ得意の音の攻撃、左右から音で揺さぶる力が用を成さない」
アギドから疑問の視線を浴びせられ、無言の質問へ解答を返したヴァイロの声は酷く淀んでいた。
今までのリンネにこんな芸当は出来なかった。それに力み過ぎた。
『黒い神竜が成長するにはリンネが不可欠』
ヴァイロは己の認識が足りなかった事を知り往く。ノヴァンだけに在らず、親と云うべきリンネも共連れで成長する事実を今さら理解した。
ズガンッ!!
リンネの意外な成長ぶりに気を囚われていたヴァイロ達。何かが炸裂する爆音に脅威を抱いた。
ボロ雑巾に思えたレアットが地面を素手で叩き割る瞬間が目に飛び込む──気でも触れたか?
だが次の一瞬、理屈抜きの狂気をその目に刻むのだ。
裂いた硬い岩盤からレアットが取り出した物、双子の巨大剣。
なんとした事か、レアット・アルベェラータ脅威の巨大な鈍は二刀であった。
「喧嘩だ喧嘩ァッ! こんなに楽しいのは初めてだッ! 本番はこれから! さぁッおっ始めようぜッ!」
異能?
魔導?
戦略?
総てを嘲笑う漢気が血塗れの破顔一笑を見せつけ空気を読む処か吹き飛ばした爆裂。
──まだだッ まだ終わってねぇ! 本気の勝負はこれからだ!




