第37話 レアットという漢(ᚱᛖᚨᛏᛏᛟ)
護ってやる為とはいえ、実質他人の庭で戦争した暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
白い女神の正体は150年前、最先端技術の粋を集めFortezaを造った黒い踊り子。レヴァーラ・ガン・イルッゾと云う謎を残すも、終わってみれば快勝。
それでも浮かぬ顔でカノンの守り神はバンデの館と国境線の守備を頼り甲斐ある戦の天秤──シアン・ノイン・ロッソに任せ、一度自分の社へ帰り行く。
不機嫌な態度を隠さずヴァイロを見送るシアンと、彼女に任された亜人達の群れ。
シアンに取って昔の友人は暗黒に染まり往く為、陽の当たらぬ剣が峰だらけなカノンに戻るのを彼女は知り尽くしていた。
金さえ惜しまず払えば戦争を対岸の火事に出来ると思っている気楽なフォルデノ王国の大人達。
その懐頼み──カノンに棲む金がない若者達を兵として雇うヴァイロ。
第一の徒、アギドに頼んでいた義勇兵達の様子窺いに出向いたのだ。
──自分の子供達が殺される悪夢を再現したくないのは判る。然し夢に出た黒い竜を自ら錬成。それ処か自分の子供以外も巻き込んでどうする?
シアンは賢い女性だ。
我が友は自ら千尋の谷底を、突き進んでいる様に紫の瞳に映るのだ。彷徨える暗黒神──『賽は投げられた。もう後は引けない』聞いた訳ではないが、聴こえた。
さて──地元カノンである。
黒い神様の神殿は大樹の上の小さな家。
金で雇った兵隊の宿は神様んちより潤沢に思えた。『人が命を張らせるには見合う路銀が不可欠』亜人達を推すバンデの声が聴こえる気がした貧乏神ヴァイロ。
対価なくして人は動かぬ、明日には命を堕とすやも知れない傭兵ならば猶更。
自分の影から成した黒い竜へ同棲者リンネを共連れにカノンへ降りるヴァイロを地上から見上げるのは、一足先に帰っていたアギドとミリアの二人。
──がっ、何やら知らぬ人影が此方を睨んでいるのが見えた。
腕組み胸張る大柄な男。だが男の身体より巨大な剣と云うより、まるで鋭く尖った岩の様なものがより際立つ。
ノヴァンが翼はためかせ地上へ降り立つ。背中から飛び降りるヴァイロ、小さなリンネの躰をを受け留めた。
「──何だ彼奴は?」
未だ此方を睨む視線で追い縋る大男を背にアギドとミリアへ耳打つヴァイロ。
「義勇兵候補だ、だが俺の云う事を全く聞かない。『暗黒神を出せ』の一点張りなんだ」
アギドは未だ16歳の少年──。
然も背丈が小さい分、より損をしていた。『子供相手じゃ話にならん』と小馬鹿にされ続け、その度魔法剣士としての腕前見せつけ黙らせる日々。いい加減飽き飽きしていた。
ズッシャンッ!
尖った岩の様に思えた物を地面から抜刀した大男。『待っていた』云わんばかりの悠々しさでヴァイロに迫り征く。躰より巨大な物は剣、然し刃こぼれ激しく斬る役割を捨てていた。
そして何より両手剣が児戯に思える笑えない得物を片手で楽々、肩に乗せ地面を蹴り暗黒神の背後を狙う大胆不敵。
だが大振りな剣だ。どれだけ破壊力極まるとも、避けるヴァイロ──風を斬らせた。地面に叩き付けられた巨大剣。局地的な地震を起こす。
「待ってたぜ! アンタがヴァイロだな! 俺様はレアット! このガキ相手に入隊試験を受けろ!? くっだらねぇ、くだらねぇよ……俺はアンタと喧嘩がしてぇ!」
物理法則をガン無視した剣で、神でなく人であるヴァイロを指し煽るレアットと名乗り上げた漢。声だけで空気を揺らした。
「御覧の有り様だ。俺やミリアの話は一切聞かない。お前が帰って来るのを宿舎にも入らず仁王の様に待ち続けた」
アギド──。
腹立たしさ溢れた告げ口。大層苛立ち眉を顰めた顔を師ヴァイロへ寄せた。
──ほぅ……面白い奴。
ヴァイロは弟子の言葉を額面通りに受け取らない。
入隊試験を頑なに断り続け、勝手に宿舎へ入れぬ約束は守り抜いた次第。薄汚れた黒頭を振るレアットに言い知れぬ好意を抱いた。
ヴァイロ、何しろ此処最近、神様として振舞うしかなき面倒事にかなりウンザリしていた。こういう理屈無用な輩相手は実に久しい。心地良い風が吹き抜けるのを感じた。
「紅色の蜃気楼!」
天へ右手を翳すヴァイロが叫ぶ。赤い霧が瞬時に集まり、歪な赤い両手剣の形を瞬時に成した。
「ムゥッ!?」
「ヴぁ、ヴァイ?」
この喧嘩に見栄張るレアット、何処からともなく出現した赤一色に走り抜けた戦慄。
一番弟子のアギドでさえ師ヴァイロが愛刀、紅色の蜃気楼を召喚する姿を久しぶりに見た。本気でこの男を相手取る気なのか。
ブンッ!
「レアットとやら、見上げた根性だな。だが今見たな? この紅色の蜃気楼、霧に変わり敵の殺意を斬り裂く魔剣! お前のデカブツで此奴とやれるか。ふふっ……」
次はヴァイロ自ら紅色の蜃気楼をレアットの喉元へ向ける挑発。楽し気な嗤いを手向けた。然も態々魔剣の本性を晒した。
「ア"ア"ッ!? やってやんよッ!」
レアット、ヴァイロの冷笑に一瞬怯んだ己を振り払うの如く、さっきよりも高く舞い跳ぶ。巨大剣を棒切れの様に天へ掲げた。隙だらけの剣──なれど気を吐く天剣。
ヴァイロはリンネとミリアへ鋭い目線で合図を送り届ける。
頼もしく頷くミリア、驚いたものの覚悟決めたリンネ。
「ラァァァッ!!」
声で大気震わす御業なら誰にも劣らぬリンネが敵味方双方構わず、鼓膜貫かんばかりの大声を放つ。神竜ノヴァンでさえ嫌な顔を背けた。
「うぐッ!? な、なんだァ?」
まるで音の嵐を受けた格好のレアット、これには堪らず振り上げた剣を碌に下せぬ醜態を晒した。
「ドラゴ・スケーラ、暗黒神の名に於いて来たれ新月の影。陽の光すら通さぬ衣を我に与えよ── 『新月の守り手』!」
そんな間隙を縫い、暗黒神最強の防御呪文──新月の守り手を唱えたミリア。オレンジ色の瞳を光らせ、無礼千万なる男の元へ駆け込み拳を振るう。
「グハッ!? こ、これが女の拳ッ!」
迂闊に高く跳ね過ぎたレアット、格好の的。リンネの大声に揺さぶられ巨大剣を振るい損ね、落ちた所で待ち受けたミリアの拳がレアットの鳩尾を直接殴る。血反吐を吐かせた。
新月の守り手の硬さを拳に集めたミリアの鉄拳が、レアットをくの字に曲げ、驚愕を呼び込む。
「レアット──俺とサシで殺りたきゃ先ずこの実に可愛い娘達を倒してからだ。出なければ話にならんぞ」
ヴァイロ・カノン・アルベェリア会心の笑み。至高の愉悦を浮かべた。




