第36話 青空に浮き沈む白と黒(ᛊᚢᛊᛈᛖᚾᛞ)
戦とは時の運──。
誰が云ったか知らぬが、罪深き争いを時の狭間へ置き換え出来る人ならではの驕りが滲む言葉だ。
兎も角戦之女神は初戦敗退。森の都ラファンへ建造した砦へ帰還をし始めた。
全く以て負けた気がせず、振り上げた戦意を何処へ降ろすか戸惑い隠せぬ修道騎士レイシャ・グエディエル。誇り高き白い鎧、白い神竜が翼で起こす風受け泣いた。
他の賢士や司祭達とて同様。己が信じる女神が敵の黒い神と和やかに会話した挙句『逃げろ』と理不尽を言い渡された。
心中穏やかでいられる訳がなかった。地上を征く連中は黒い竜の吐く炎で荼毘に付された。仇を討てぬ憤り。
ヴァサ……。
戦之女神の一番弟子、賢士ルオラを乗せた白い竜が白き師匠の駆るシグノへ風轟かせ近寄る。
ルオラが戦之女神のシグノへ飛び移った。他の兵士達、普段はルオラの命は女神の代行と信じ抜き、全てに於いて優先してきた。
されど『また下々には内緒の話かよ』例え声に発せずとも猜疑の念が溢れ返えった気分が視線と成ってルオラに降り注ぐ。
「……」
ルオラの艶めかしい遊女の如き姿。晒した肌身に、自身より下の連中の気分が刺さり自ずと知れた。構わずエディーの背中に縋り付き抱いた。
「──何用か?」
ルオラへ禁断の愛を毎夜の如く注ぎ捧げ合う白銀の少女。微動だにせず氷の質疑。
歳上であるルオラの方が肩震わす。普段自分の掌の上で好きに転がせる可愛い娘とは別人の空気を感じ取る。寒いのは冬の冷たさではなかった。
「エディ……エディウス・ディオ・ビアンコ。さっきのやり取りは完全に貴女じゃなく黒い女そのものだった。一体どういうつもり?」
ルオラ──怯えながらも声を励まし応えを求む。語る迄もなく敵の暗黒神と交した会話の全容を問いている。正体を自ら『レヴァーラ』と明かした件だ。
「……」
「護りの女神の魔法を堂々使った次は、まるで今の自分を捨てた様な言いぶり。今の貴女は戦の女神──白銀の少女エディウスよ」
本来仕えるべき神の背に浴びせる罵声──実の処ルオラ当人がこの敗走の最中、最も憤慨し切っていた。
彼女に取って戦之女神は世界で唯一無二、愛慕手向けた白の少女でなければ赦し難い。
自分に伺いなく身勝手に独りで逝かせやしない想いを告げる。気がつけば滲んだ涙を風が散らした。
「貴様とて堂々叫んだではないか……『レヴァーラに囚われるな』とな。──知っておろう? 我はエディウスでもレヴァーラでもない。ましてや金色の髪たなびくファウナでもないただの闇だ」
この場にルオラ以外の立会人が居れば意味を介せぬ白銀の少女から出た台詞。
白の代行者が語る闇。白い長髪が風を運んで散らす。その姿──白はおろか闇でもない虚無を抱かす。
だが存在が虚ろな者とは到底思えぬ煌めく白銀も、同時に振り撒く神格の滲みがルオラの魂を揺さぶるのだ。生まれが死と同義である新星に似ていた。
「ルオラよ……」
「え……」
此処で不意に戦之女神の声に魂の温かみを感じたルオラ。涙滲ませたまま紫の瞳広げた顔を上げる。
「信じてくれ──今はそれしか言えぬ。我はエディウス、お前の支えなくては、何も成せぬただの少女だと」
──嗚呼……エディ。心の底からお慕い致します。
ルオラ──ただの一言で救済された想い。
見た目や名前、記号で量らず心で己の存在を信じ抜いて欲しい女神の気心が染み入るのを覚え安らぎへ堕ち、後は小さな背中抱き締め躰を預けきった。
◇◇
白の編隊飛行が地平線の彼方へ消え失せるまで目撃果たした暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
独りぼっちの空で憂鬱に堕ち込むのだ。
「──戦の女神の正体がレヴァーラ・ガン・イルッゾ?」
眉を顰めた悩めるヴァイロ。戦闘中揺るがなかったテンガロンハットを震わし首を捻る。白銀の少女が残留させた新たなる謎掛け。
戦之女神が扱う森の女神の魔導──魔術の種が消えない。謎の答えを問い質せば、意味不明瞭な言葉で返される理不尽の様相。
──レヴァーラ・ガン・イルッゾはファウナの力を借り、Fortezaを造った女性。
アドノス島に住まう人々であれば誰もが知る歴史の教科書。
踊り子の体幹を活かす剣術を得意としただけの女性の名前を出された。
幾らファウナが恋焦がれたとはいえ、ファウナの魔導をレヴァーラが引き継ぐ理由に成り得る筈がない。子供でも判る理屈。
やがて引力の鎖を切っていた重力解放の効力が徐々に薄れ始め、ゆるゆると始まる自由落下に身を委ねるしか能のない黒い神。先程迄の圧力も形を潜めた。
悩める暗黒神がゆっくり空から降って来たちょっと間抜けな絵柄。地上で待ち受けるシアン達の目にも止まった。
「どうした暗黒神、圧倒的勝利なのに何とも魔の抜けた顔だな」
シアン・ノイン・ロッソ、苦笑いのご挨拶を手軽な煽り共々送って様子を窺う。
相も変わらず灰色の頭を捻るだけで何も応じぬヴァイロの無愛想。
「ヴァイ──まるで戦之女神の正体を尋ねたら『レヴァーラ』だと云われたほど酷い顔だな」
これは何とも白々しいアギドからの煽動。
遥か空の上での会話を地上から読唇術したかの如き直球。
これには師匠ヴァイロが酷く嫌気の差した態度を送る。
アギドが何故『言わずもがな』なのか、ヴァイロもそれとなく察しているのだ。思わず溜息。
「はぁ……アギド。お前の言う通りだ。あの綺麗な女の子『我はレヴァーラ』と抜かしやがった」
首を竦め一番弟子に話を合わせるヴァイロ。この弟子はファウナ・デル・フォレスタの聖地Fortezaで何かを掴んだ。
今しがた自分が聞いた言葉を繋ぎ合わせれば、限りなく正答に近いものが導き出せるのかも知れない。
「そうか……戦之女神の中身はファウナ様でなくレヴァーラ」
眉間を掴み物思いに耽るアギドの仕草。
この蒼い少年はFortezaの港でファウナ神の石像を拝んだ。
その刻、降りて来た白と黒の鳥達の微笑ましいやり取りに、ほぼ確信に近しい答えを見つけた。
ニヤリッ……。
「レヴァーラ・ガン・イルッゾが護りの女神を取り込んでいたとするなら?」
口角上げ皆を見渡したアギド少年──あくまで想定。だが総ての点が線成す模範を告げる。
アギド少年が見た鳥達の裏側──ファウナ像を止まり木にした白銀の少女と、ファウナを最後まで愛し抜いたレヴァーラが肩並べる姿を想像した。
そして師ヴァイロが想像を依り具現化し得る対価を手に入れて来た。冷笑せずに要られぬアギドを呼び込んだ。




