第35話 ”未だ”溶け合う黒の思惑(ᛞᚨᚱᚲ ᛁᚾᛏᛖᚾᛏᛁᛟᚾᛊ)
怠惰なフォルデノ王国と、とんだとばっちりを受けた森の都ラファン。
そして暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが護りしカノン領の境界線付近にて繰り広げられた白黒つける闘争の序幕。
真冬の寒空色の下、黒側の手際良過ぎる圧勝に思えた。
されど戦之女神軍勢の内、丘を征く連中は名もなき雑兵ばかり。
あくまで本陣は白い神竜自体を生きる御旗に掲げた様相思わす空の軍隊。
「──戦之女神、掛かって来ませんね?」
コボルト隊の長、カネランが流暢な人語で敬意滲ませる声。自分達の元に翼の風、巻き起こしながら降りゆく飛竜を駆るシアン・ノイン・ロッソへ訊ねた素朴なる疑問。
「警戒は必要だが、あれだけ派手に敗れた。私が彼女の立場なら顔向けすら出来ないな」
未だ快晴の空に雲を装う戦之女神空軍。眩し気にシアンが見上げた。
「それにしても皆、初の指揮下で良くやってくれた」
笑顔こそ見せないが、漸く言葉じりが緩んだシアンから謝礼の言葉。
轡を並べるには時間が足りな過ぎた亜人達がその様子に、一息つくのだ。
シアンも亜人達とて別種族と共に初の出陣。何れも複雑な想いを抱えていた。
事始めが巧く運んだ結実の安堵が皆を包む。
「とんでもございません。シアン殿の鮮やかな手腕あったればこそ」
巨躯をシアンの足元へ滑り込ませ、深々と頭を下げるカネラン真実の感謝。大きな肩を揺らし喜ぶ。
「それに……」
「──?」
次は同じ空の上でも全身黒づくめの男が腕組み堂々胸張る側へシアン、紫色の瞳を流し目で送りゆく。少し寂し気感じる視線。
言い淀む指揮官の言葉に疑問の表情を浮かべたカネラン。
「アレだ──澄み切った青空だと云うのに、まるで頭痛を酷くする暗雲立ち込めた様な人の圧だ」
シアン・ノイン・ロッソは、自分の指揮などまるでアテにしてない態度の友人ヴァイの裏側を覗いた気分──心の片隅で頭を抱えた。
この戦場一歩たりとも動ぜず、目印のテンガロンハットさえ揺らさぬヴァイロが支配し切っていた。
まるで彼の下へ居る統べての者共へ重力の枷を与えているかに思えたシアン。
──然も彼奴、無意識でこの状況を成している。あれではさしもの戦之女神とて手も足も出せまい。
シアン、言い知れぬ不安に独り駆られる。心優しき暗黒神の偶像が揺らぐのを感じた。
ヴァサッ……。
話の渦中に居た黒い神の隣、少し距離を置いた位置へ白銀の女神を乗せた白い神竜が対峙するのが地上からも見えた。再び張り詰める緊張の糸。
「──参った、今回は我の完敗。素直に認めようぞ」
口角上げた戦之女神から意外なる会話の切り出し。
一瞬愛刀である紅色の蜃気楼を赤霧の中から握り取ろうとしたヴァイロ、落ち着きを取り戻す。
「見事な黒の出で立ち、今日ばかりは敬意を表する。──処であの少女の様なハイエルフ、雷神を使えるとは恐れ入った」
ヴァイロ、赤い目を見張り戦之女神が此方へ寄せた真意に気づいた。
シアンの懐刀、ハイエルフのニイナが唱えた呪文『雷神』をこの少女じみた女神は気に掛けていたと知り抜く。
ヴァイロとて雷神の呪文は知っている。されど暗黒神ヴァイロ直筆の魔導書には記述がないのだ。
雷神の呪文は、ヴァイロ自身が従属する神愛溢れた女神。ファウナ・デル・フォレスタが発祥。
ヴァイロの書いた術式とて似通った稲妻系の術式は在るのだ。
──戦之女神が雷神の出自を知っている!
一番弟子アギドと共に想像していた戦之女神の秘密。向こうから転がり込んだ。
ヴァイロ──心が一挙ざわつき始めた。
「嗚呼……俺もあれは正直驚いたさ。術を矢尻へ被雷させてから打ち出す辺り、完璧とは言い難いけどな」
会談の駆引きを始めるヴァイロ。『好機』だと胸昂る。
だが取り合えずニイナが行使した術の在り方を解説するだけに敢えて留めた。
白銀の少女の魂を焦らす企み。
あの術は本来、そんな搦め手など要らぬのだ。知り尽くした相手を口説き落とすかの如き上書き。
──フッ……。
目前の若者が煽動したのを知り、蒼い目だけ緩ませた。女神が浮かべた人間らしき一面。
「そうだ、あの耳長族の少女。ファウナと契約を結んでいるな。確かに驚かされた」
護りの女神呼びではなかった違和感。
気軽な縁でもあるかの如く『ファウナ』──アドノス最初の女神を呼び捨てにした戦之女神の解かれた心を浮き彫りにする。
戦の一文字を捨てた女神の蒼い瞳と、己の赤き煽動を絡ませたヴァイロ。流石に動転、気持ちが風の様に揺らいだ。言葉を損ねそうになる想い。
戦之女神が騎乗する白い竜はおろか、彼女の総てが透けて見えた錯覚。
ヴァイロが魔導書で知る緑の瞳を湛えるファウナと、目前の少女が何故か折り重なった気分に浸る。パルメラ・ジオ・スケイルの落書きを思い出す。
「ふぁ、ファウナ? 随分気安いな。まるで自分の娘か恋人でも呼んでるみたいだ」
つい押された気分でヴァイロが、このやり取りにて初めて見せる淀みを吐き出す。
これは正直な心の声を言葉へ乗せたに過ぎなかった。
──だが……言い逃れに近しいヴァイロが発したこの台詞が、完璧にエディウスの拠り処を鷲掴みにした──
──ふっ……やはり運命には抗えぬか、ファウナよ。
魂の奥底に眠る憧憬へ、思わず語り掛けた虚ろな少女の器に乗せた意識。
未だ人間の枠組みを出ない黒い影を背負う男から、戦之女神はおろか、人ですらない本性を言い渡された。
「流石と称えるべきかヴァイロ・カノン・アルベェリア。命在る黒い竜を成しただけのことはある。──だが、200年生き長らえたこのレヴァーラに取っては所詮若造にすぎぬ」
白い竜の背をまるで舞台に仕立て上げた白亜の女神が、心の闇を引き連れ立ち上がり、暗闇に沈んだ暗黒神を、さらに影の奥底から静かに嘲け揺らした。
「……!」
完全に気圧され声を逸したヴァイロ。白い幼気なただの少女から『若造』と揶揄され震えた。
「ヴァイロ・カノン・アルベェリア、我の次なる器にすべきは貴様だ。今の姿は白が過ぎる」
戦之女神の情緒がシーソーの様に傾き、少女を見せた直後、次は身勝手極まる神様の顔色へ逆戻り──指差す予約。
「──『音の波風』」
これ以上、黒と白の代表者だけが語り合うのを危険視したヴァイロの竜と恋抱くリンネが不意に割って入る。
リンネ、再びノヴァンの咆哮を嵩ますべく、音の波を戦之女神等に向け拡散。間髪入れずノヴァンの頬袋が膨らむ狂気。
戦之女神、全く意に介せず竜之牙を抜刀せず、目前のノヴァンを涼し気な風でも浴びる感じで佇む。
ブォゥッ!
バァァンッ!
ノヴァンの炎の息が噴き出す効果音と、巨大なものがぶつかり合う音が派手に重なり響いた。
「エディッ! レヴァーラに意識を囚われないでぇッ!」
賢士ルオラ・ロッギオネ・ルマンドが駆る白い竜を、エディーの駆るシグノへ全開で叩き付けた爆音が戦場と化したラファンの山岳に木霊した。
冷静なルオラらしからぬ絶叫──。
然も『レヴァーラに囚われるな』何とも不可思議な発言を残響させ、戦之女神軍は完全に撤退した。




