第34話 戦場の舞台演出ーᛗᚨᚷᛁᚲᛋᚺᛟᚹー
白い雲の様に浮かれ移ろいでいた戦之女神軍──空の本陣。
戦の天秤シアン・ノイン・ロッソと暗黒神ヴァイロの弟子達だけで構成した雲より薄い白霧な輩相手に苦戦を強いられた。
やはり白銀の女神は過ぎた一騎当千──。
突飛な桂馬や最強の飛車角はおろか、堅実な金将等をすべからく兼ね備えた過剰なる玉将。周り頼みな戦争は窮屈なのだ。
一方──。
フォルデノ王国の異端者なる貴族バンデの館。
裏山に陣を先に張られ、止む無く山の谷間を征く戦之女神軍の騎馬と徒歩の混成部隊。
数だけならさも悠々自適、然も女神の白い竜20騎から2騎だけ割いた白鳥が如き傘に自分達の制空権を護らせ進軍。
いつの時代も神の尖兵を名乗る軍勢とは、金箔を張り巡らした気品だけを見せびらかす。
だからこそ戦陣の谷底へ堕ちる愚を犯すのだ。
戦之女神軍、地上部隊の最前列──僧兵達が漆塗りの棒や槍を得物に歩みゆく陣形を山の上に張った陣から双眼鏡で眺めるコボルトの兵団200。
狼男を彷彿させる2mの巨躯誇るカネランが仕切る部隊だ。
さらに背中に翼を生やした人の群れ。
弓矢を背負うハーピー達100──黒い翼と相反する秀麗な青赤のオッドアイズが眩いルチエノが率いていた。
上空ではシアン率いる飛竜10騎と重力解放を用い宙で静観出来るアギドやアズール辺りが睨みを効かす。
横方向ではなく縦列に戦之女神軍は包囲され尽くしていたのだ。
「──征けッ! 地上へ向かい火を放てぇッ!」
飛竜に騎乗したシアンが旋回しながら文字通りの戦火を味方へ言い渡す。その色艶混じりな凛々しき雄叫び──完全無欠な戦人。
ルチエノを先頭に戦之女神陸軍の背後に空から回り込み、火矢を矢継ぎ早に注いだハーピー部隊。
前方からは塁璧に身を隠しながら移動したコボルト達が、取り憑かれたが如く有りっ丈の火薬を詰め込んだ贈り物をぶん回し次々投げ込む。
戦之女神の地上部隊──大混乱。
未だ自分達は火傷ひとつ負っていない。だが前後の森を燃やされる灼熱地獄。進退何れもいきなり見失う羽目に陥った。
巨大な白の傘、シグノ達をアテにし過ぎていた。空を舞えるだけなら神竜だけに在らず。
特にヴァイロ軍、頭数だけなら見劣りしない。
地上を護る役目を背負った白い竜の手綱を曳く修道騎士が、小賢しいと感じたシアンの飛竜へ狙いを定め炎の息を吐かせ応戦。
まるで20世紀の航空ショー──。
戦闘機を匂わす華麗な竜捌きで縦横無尽に躱し切るシアンの流麗。
シアン、激しい風圧に顔歪めてなお美しい戦乙女。機体の能力差を埋め尽くす、役者が余りに違い過ぎた。
コボルト隊は混乱に乗じて山を滑走しながら、拳銃や投槍を叩き込む。
呼応する可憐なハーピー達、弓矢を壊乱した戦之女神軍へ放つ。
何れも最早隠密を完全に忘れたド派手なる鬨の声。当たらずとも良いのだ。戦乱を呼び込んだ者が勝者に至れる必然。
「勇気の精霊よ、我に死すら恐れぬ勇気を! 勝利の女神の微笑みを! ──『戦乙女』!」
エディウス地上部隊混乱の巷。
小柄な体躯を存分活かし軍の最後尾に始めから潜伏していた緑迷彩のローブを羽織っていた少年が、凛々しき詠唱を告げ身体を輝かす。
紫色の戦乙女思わす旋風巻き起こすシアンの相方。
悠久の小人、レイチが地上で召喚成した戦乙女。
勇気の精霊にして戦場では戦死する者を選ぶと云われたワルキューレの異名を持つ力を自らに宿したレイチが二刀のナイフを以て暴れ踊る。
ナイフと馬鹿にすることなかれ。蛇の様なしなやかを帯びて雪崩れ込む。
華麗なる足取りで敵の懐に潜り続々首を掻っ斬る姿は、戦乙女よりも死の妖精バンシーを思わせた。
戦乙女で素早さも力も数倍に増し、然も敵の半分程の身長しかないレイチが足元で好きに振る舞われては、普段と勝手が違い過ぎる状況に成す術がない。
レイチが幼い顔に似合わず恐ろしいのは賢士と司祭のみ狙いを定めた容赦無用だ。
シアン一行はディオルを偵察した際、敵兵の姿形を頭の片隅に叩き込んでいる。
攻撃詠唱前の無防備な賢士の命を散らすことなど、この少年に取って草花を捥ぐ程、簡単な作業に過ぎぬ。
殊更回復役の司祭も共連れで黄泉の口へ誘うのだ。
小さな躰が憐れな返り血の色に染まってなお、操り人形の如く、次の贄を求め捜し回る。
一方、レイチと同じく怪盗シアン一行の片腕担う悠久の少女ニイナが操る飛竜。
エディウス地上部隊の騒乱──頭ひとつ上を飛び交い敵が進軍向かう横っ面に飛竜の頭を向けた。
「エル・ジュリオ・デ・ディオス。雷鳥よ、神の裁きよ、我が力となりて敵を屠れっ! 私の雷撃で最高位の呪文を喰らえっ! ──『雷神』ッ!!」
詠唱後、弓矢引くニイナ当人へ落雷したかに見えた。だが雷撃帯びた矢を敵陣の真横へ放つ。
前後への進退塞がれた格好の戦之女神軍、何故か森を焼いて蹴散らし横へ伸びる退路を築いた形。
──雷神? あのエルフもしや!
竜之牙を身構え、どんな魔導が襲って来ようが斬り裂く準備万端な戦之女神。
白銀の鎧から覗く少女の肢体震わせ、ニイナが真横に落とした雷撃に暫く魅入る。
戦之女神は、ニイナが造成した道など興味は抱かない。雷撃の名前を知り抜いていたが故、興味を持った。
「あ、あんな子供みたいなのが……。味方で良かった」
ハイエルフの二人、レイチとニイナの獅子奮迅の働きをみたコボルト兵の独りが恐れる。声が怯えていた。
敵のエルフが造った道を辿り一心不乱に逃走始めた、飛べる脚を持たぬ戦之女神の兵達。
あくまでこの軍隊の本陣は空高く舞う白い竜達と、彼等に騎乗する名高い戦士達だ。本隊を推し立てれば簡単には負ける筈がない。
然し戦場の空気は一歩熱すれば勝敗拘わらず後戻りを知らぬものだ。
戦の一文字を御旗に掲げた女神の神兵達の無様。フォルデノ王国からこの戦争を見届けに来ている大層気楽で暇な火事場見物客の目に留まり往く。
フォルデノ王国の口が軽い貴族共から世界へ自ずと知れ渡るであろう。『戦之女神、恐れるに足らず』と。
彼等の逃げ惑う先──。
巨大な落とし穴が掘られていた。落ちれば最期、埋められた槍衾が手薬煉引いて待ち受ける。
仮に元来た道へ戻った処で、バンデが用意した石の傀儡が潰しに掛かのだ。最早何段構えの罠か数え切れない。
「ええいっ、見苦しいっ! シグノを前面に押し立てえいっ!!」
白銀の女神御自ら激を飛ばす。
地上部隊を護っていたシグノ二頭が巨大な口を開き、強大な炎の息を吐こうと息を吸う。
格下の飛竜達を逃ぐる兵達の目前で焼き払う腹積もりだ。
白い神竜に炎を吹かれては、飛竜では、まるで歯が立たないのは明白。
なれど彼等の前方覆う山頂から突如黒い塊が出現した。
その影に覆われた連中は、敵味方問わず突然夜が訪れたかと錯覚し慌てる。
「ノヴァン、いくよッ!」
「お前の指示なぞ要らぬッ!」
シグノでも相手を震え上がらせるには充分だった。さらにその上をゆく超巨大な口が牙を剝く。
既に火炎吹きの準備動作は整っており、頬が膨れ上がっていた。
「グオォォォォォォッ!!」
「「ウオァァァァァッ!!」」
シグノ二頭とノヴァンの雄叫びが重なり、山中に響き渡る。その場に居る者は皆、思わず耳を塞がずにいられない。
互いの炎同士がぶつかり合う。
この間は白い神竜シグノ一頭に圧勝されたノヴァンの炎があっという間に、二頭分の炎の息を押し除け貫く。
「ば、馬鹿な!? 本当にあれは同じドラゴンなの!?」
賢士ルオラがその様子に戦慄を覚えた。二頭のシグノは、騎乗している連中毎焦げた屑ひとつ残さず消え失せた。
一時な壊走の安堵から辿る行く末──。
暗黒神の影が生んだ黒い竜へ命の経験値捧げた哀れな者共。
戦之女神の一番弟子、妖艶を絵に描いたルオラの制止、虚しく山間に消え失せる。
黒い双刀を見舞う暇さえ損ねた修道騎士レイシャの無念。
戦之女神軍勢の良心、最高司祭グラリトオーレとて祈りの間隙を奪われた。
そんな戦場の最上段──。
テンガロンハットの黒い神が口角立ち上げ、静かな勝鬨を上げたヴァイロ・カノン・アルベェリア。
一太刀とて振るわず終い。一戦目は、魔術師の宴の如き鮮やかな快勝であった。




