第31話 裏を束ねし物影(ᛞᚨᚷᚨᛉ ᛟᚠ ᛗᚨᚾᚾᚨᛉ)
フォルデノ王国──。
アドノス島最南端にして唯一の王宮。
同じアドノス島の最北端にて護りの女神を担ぎ、最先端技術を余す処なく注ぎ込んだ奇跡の街Forteza。
然し島国の辛さを抱えた堤防を兼ねた場所。
目と鼻の先に君臨するは紀元前に世界の栄華を誇った名を受け継げしローマ。
例え国力が無きに等しくとも背後の欧州と手を組めば脅威と化すのが自明の理。
その点、矮小でありながら国を名乗るフォルデノは気楽なものだ。Fortezaに護りを預け、大陸とは真逆な南。
150年程前、半ば滅んだ世界の上。大抵の街並みが歴史なき云わば若造。
フォルデノ王国の辺りは嘗て星を降らせたと云われる異能者『エルドラ・フィス・スケイル』が穿って造った護岸が点在している。
これを手軽に整備し港を築いて貿易を謳歌しているのだ。
然もその北に位置するは周りの恐怖を煽る暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアと、黒い峡谷を固めて無理矢理成したカノンが恐怖を島外へ強いた。
敢えて他国を侵略せず領土を拡げる愚を棄てた小国。
フォルデノ王国とはそうした気楽さを背負っていた。こんな甘っちょろい国が故『黒い竜を錬成したい』そんな危うい夢に乗せられたのだ。
尤も腐っても王国を名乗る以上、雛壇飾りの騎士団が存在し得る。数は希少──されどこの飾り雛、意外と強靭。
早い話──裸の王様さえ守ればこの国は成り立つのだ。
この王国の東端に居を構えた貴族バンデの館を訪れた人物。
此方も裸一貫の黒い王様、ヴァイロが未だ青過ぎる一番手アギドを連れて現れた。
戦之女神との戦力差を埋めるべく此処を訪れたら黒い神と第一の徒アギド。
初老の香り漂うバンデ以外、皆が亜人族の屋敷の中。
アギドは己だけ移ろう気分に大層苛立っていた。貴族の遊び? 趣味が暗澹過ぎると狼狽えた。
屋敷の主人自ら案内された奥の間。バンデが自室兼客間の扉を重苦しく、ゆっくり両開きで押し開けた。
哀れアギド少年──。
彼は今日何度目の驚きの感情なのか数え切れない。
二足歩行で然も天井に頭が届きそうな狼と、新緑を思わせる髪色に赤と青の双眼。
漆黒の翼を畳んだ麗しと妖艶を混ぜ込んだ女性が立って暗黒神と第一の徒へ恭しく頭を下げ出迎えたのだ。
「御紹介致します──此方がコボルトのカネラン」
バンデが先ず紹介したのは狼に在らず──何と犬であった。
勲章や肩章がやたら目立つ軍服を羽織っていた。
何しろコボルトにしては巨躯過ぎるのだ。礼儀正しく落ち着き払い頭を垂れる辺りだけは犬だと云えた。
「そしてハーピーのルチエノ。この二名がこの屋敷を取り仕切る者達です」
肩で切った若草色の髪色と同じ唇で微笑み揺らしたルチエノ。
ハーピーにしとくのが惜しい美貌、翼さえ黒でなければ天使か妖精の彩を彷彿させた。
「カネランです。暗黒神ヴァイロ様、お目通り適って至極光栄」
「恐れ多い、ルチエノでございます。流石生きた竜を錬成された御方であらせられる、空気の震えさえ感じますわ」
この屋敷の亜人達、皆が人語を嗜んでいたが、この二人は最早別格。
流暢でかつ、ヴァイロに対する明らかな敬意を払う声音の響きが何とも鮮麗を際立たせていた。
バンデの案内で部屋の真ん中に置かれたソファに座るヴァイロとアギド。
ヴァイロはまるで既に闇の王の風格漂わせ、堂々腰を落とす。
真逆のアギド、座ったが最期。二度と逃れられぬ暗闇の蜘蛛に囚われる呪いを感じつつ、躰震わせ如何にか座った。
二人より部屋の入り口側、向かいで直立不動。立ったままカネランとルチエノは話を伺う誠意を体で表す。
アギドは戦々恐々が滲む顔を抑え切れない。
バンデの屋敷に着いて以来、彼の知る人懐っこい師匠ヴァイロの面影が失われ、闇色に堂々沈み切ったままなのだ。
「来て早々済まないバンデ殿。無償で彼等の力を貸して貰えると聞いたが、本当に信じて良いのか?」
いきなり訪問の目的を切り出したヴァイロ。
赤い眼に一点の曇りなし。商談的には招かれた上方を繰り出す。そう言えばテンガロンハットさえ被ったままだ。
「恐れながら無償と云うのは少し違います。私の優秀な亜人達を、戦場で堂々この世に示して頂きたいのです」
脇でバンデの言葉を拾ったアギド──解せない。
──それが無償と云わずして何とする!?
美味しい話の危うさ、そんな次元ではないと思えた。
「どういう意味かと訊ねているが……」
あくまで無償の理由を言葉足らずでバンデに問うヴァイロの沈着。
アギドは気味の悪さで二人のやり取りが頭に入って来ない。
「判りませぬか……。亜人と云うだけで蔑まれた彼等。私は人語を教え、人の理を解きました。結果は御覧の通り、人間より余程優秀な者共です。この者等にどうか人権をお恵み下さい」
ずっと細やかな笑顔であったバンデが初めて見せる寂し気。
然し顔上げ、カネランとルチエノ。さらに部屋の外側──屋敷で精出す彼に取って誇り高きも人でなしを魂で指差し賛美を届ける。
「本当に良いのか? これは戦争──相手は神の竜を20頭も連れて来る。仮に名誉を授けた処で皆潰えるかも知れんぞ?」
ヴァイロ、両手を組み少し前のめりで最後通告。震える愛弟子アギドは置き去りだ。
「それで次世代の礎に成れるのであれば彼等は喜んでその命、見事散らして御覧にいれましょう」
顔色ひとつ変えないバンデの応答。既に腹は括っていた。
未だ律儀に立ち尽くした犬とハーピーも迷い無き顔で頷き合わせる。
「「……」」
ヴァイロとバンデ、代表者同士。暫し続いた互いの沈黙と絡め続けた視線。
アギドは呼吸するも忘れた戦慄──完全に哀し気な飾りと化した。
「ふぅ……判った。バンデ殿、貴方の好意。このヴァイロ、カノンの代表者として誓います。無駄には決してしない。早速ですが隣の山に砦を設けます、人手を貸して頂きたい」
バンデ、そしてコボルトのカネランとハーピーのルチエノが皆、顔見合わせ破顔した。
「ハッ! 必ずや御期待に応えてみせますッ! 私の子供達をどうか良しなに!」
バンデは椅子から転げ落ちる様に床で平伏したまま、ヴァイロ達を見送った。
ギィッ……バタンッ。
ヴァイロとアギドが二人きりで廊下を歩く。ヴァイロの歩みが妙に早く、アギドは必死に追い縋る。
「ヴァイ! 一体どういうつもりだ!?」
亜人族の使い達と擦れ違いながら師匠ヴァイロへ、必死な形相で耳打ちするアギド。
「聞いてなかったのか? バンデの息が掛かった亜人共をすべからずこの暗黒神の兵士とする。尤も実際に率いるのはシアンだがな」
さも当然──涼しい顔で返すだけのヴァイロ。『率いるのはシアン』サラリと告げる。『シアンも知っている。初めから決まっていた』云わずと知れた。
アギド茫然自失──。
シアン・ノイン・ロッソとの師匠ヴァイロからわざと漏らした話の本質を漸く知り抜く。
早足だけでない、心迄置いて往かれる気分に駆られた。
「アギド、お前はFortezaで何を見て来た? 戦之女神は俺の力が欲しいと云った割、カノンでなくお隣さんを先ず落とした」
いつになく冷ややかなヴァイロの口振り。
Forteza市でアギドが交戦した戦之女神の僧兵。大方威力偵察と云った処。
そして次が決定打──。
戦之女神の宣戦布告が真っ先に自分が居を構えるカノンでなかった理由。
攻めるのに邪魔なラファンの首都ディオルを先に落とした。
「戦之女神はその力をアドノス全土に示す。先ずラファンを落とした。俺がもし戦之女神なら次にやるのは此処だ」
普段冷静沈着な自分の遥か彼方上往くヴァイロの道理。必然が語っていた。
「ラファンとフォルデノ王国の境界線、此処が次の戦場。──バンデと云う男、中々強かだ」
「──っ?」
フォルデノ王国を上から見下ろす山に軍敷く鉄板の戦陣。それはアギドも腑に落ちた。だがバンデを『強か』と称える要素が未だ見当たず眉を顰めた。
「自分達だけでは確実に潰される。少なくともカノンへ進む途中、駄賃ついでに此処だけは落ちる。ならばこの俺に総て捧げる。判り易い台本だ」
アギド──本日最後の驚愕。
自分は未だ賢しいだけの子供なのだと打ちのめされた。




