第30話 這いずり逝く灰宴ーᚠᛖᚨᛋᛏ ᛟᚠ ᛏᚺᛖ ᚨᛒᛃᛋᛋー
暗黒神ヴァイロ──。
その倹約ぶりすら薄黒いヴァイロの隠れ社。
シアン・ノイン・ロッソが告げた戦之女神との多大なる戦力差について『アテなら在る、(フォルデノ)王国の貴族だ』一声だけシアンに言い残した。
逆に言い変えればアテはそれより他なき貧乏神。
同棲に甘んじるリンネの懐を弄らねばならぬほど困窮の極みなのだ。
尤もヴァイロ・カノン・アルベェリアが真実の魔導を下せば1000の雑兵如き瞬時で灰燼に帰する。
なれどそんな独り旅を世間に見せつけようものなら、本物の暗黒神に魂を売り捌く羽目に陥るのだ。
競技でも例え戦争であろうと、拮抗を望むのが人類の本質と云うもの。チートの活躍を手離しで喜ぶのは安っぽい小説の世界軸だけなのだ。
だから戦争を演じられる力は必須、戦之女神との1対1であれば、どれだけ気が楽だったものか。
ヴァイロ・カノン・アルベェリアは昨晩、尖った石ころと、ミリアから愛の羽交い締めを甘んじて受けた。
そんな自らの罪を罰した傷癒えぬまま、青臭い一番弟子アギドを連れ、出立した。
未だ負傷中のアギドを連れて行くつもりはなかった。部外者シアンだけに言伝してる処を偶然聴かれた次第。
『そうやってアンタはいつも何から何まで自分独りで背負おうとするッ!』
弟子に胸倉を掴まれ止むなく同行をヴァイロの方から依頼した形。
生活圏が実質一部屋しかないツリーハウスで『偶々聞き及んだ』とは何とも奇妙な話の流れ。
ヴァイロとアギド──。
暗黒神の双頭二人が『重力解放』の術式で地球の鎖枷から逃れ、暗雲垂れ込めた空へ逃ぐる様に飛ぶ。
ガシィッ!
「──ヴァイ、随分下手糞な芝居だ。シアンでなく俺だけを連れ出す口実作り、実に小賢しい」
「……」
師の心を抉る言葉を吐くアギド。
何しろシアンとアギド──二人以外の留守を狙った判りやすい罠。
16歳の少年が気づいているのだ。百戦錬磨なシアン的も苦笑混じる筒抜けであろう。
二人の未来を嘲る様な空の下、弟子アギドに背後から肩に痣が残る程の力で掴まれた師ヴァイロ。
何事も語らず暗雲と近しい堕落した目を空へ手向ける。
「多方リンネ辺りに聞かれたら、ぶっ飛ばされる様な企みなんだろ?」
腹立たしいさこの上ないアギドの戦烈。蒼い目を吊り上げ師の背中を睨む。
シアンと自身の影ノヴァンに留守を任せた上での疚しさ覗くヴァイロの言い逃れ。
アギド少年は決して思い上がりで跳ねっ返る様な愚者ではない。
頭のキレ具合はシアンに及ばぬ己の力量を自ずと熟知していた。
これからかなり偏屈な貴族との交渉に赴くヴァイロの心境はこうだ。
『シアンでなく、此奴なら連れ出しても邪魔にはならない。独りで向かって舐められる訳にはゆかない』
ヴァイロ──黙して心で語る。──お前にも直に判るさ。
今にも涙振り出しそうな空の下、目的地らしき貴族の館が目に映える。小さな池の真ん中に建つ、まるで城の堀を匂わす。
──なっ!? 人じゃない気配が強過ぎる!
アギドの類稀なる魔法探知が、館に渦巻く吐き気をもよおす気配を捉えた。
彼の眼鏡には自らが付与した魔力を染み込ませてある。着実な何かを感じ空飛ぶアギドの軌道が揺らいだ。
建物の外、白髪の大層草臥れた感じの男がヴァイロへ手招きしているのが見て取れた。その者は直ぐにただの人間だと知れた。
ヴァイロ、迷わずその者の前に降り立つ。妖しい気分感じながらアギドも続いた。
「初めまして、カノンのヴァイロ・カノン・アルベェリアです。此方は私の一番弟子アギド」
ヴァイロ、先程迄の暗い顔を打ち消し友好を示す握手の手を伸ばす。
アギド──ヴァイロの珍しき外面を見た思い。自らを『私』と呼称するのは稀である。
「いえいえ……よくぞこんな辺境へ態々お越し下さいました。このバンデ、光栄の極みでございます」
手袋を取ったヴァイロの手を握り、さも満足気な微笑を湛えた初老の男性バンデと名乗る。
地元を自ら『辺境』へ落とした。
確かに館の裏手に見えるは、森の都ラファンへ至る裏山。
この場所とてフォルデノ王国の管轄下なのは間違いない。要は国境と云った所。
──あの山を幾つか越えれば戦之女神が支配下に置いたディオルか。
アギドの背中を嫌でも抜ける戦慄、だが今は目の前の現実に集中だと決め込む。
「どうぞ御二人共中へ……」
当主バンデ自ら、皺枯れた声で屋敷への案内を始める。
迷わず続く師匠ヴァイロの背後から暗い影色が滲むのをアギドは感じ取る。思わず足動かすのを躊躇いかけた。
屋敷へ足を踏み入れた途端、アギドが戸惑い感じた妖艶な調べが現実と化す。
バンデの屋敷──。建物自体は至って普通の佇まい。
問題なのは使用人達だ。
身体の大きなオークが荷物を運び、小さなゴブリンが廊下を真心込め磨いていた。
馬小屋に思えた場所に棲んでいたのは馬と人の半妖──ケンタウロスか。
「うわっ!?」
不意にアギドの周囲を玩具でもみつけた感じで矮小過ぎる妖精が蝶の様に舞い踊り嘲る。然も彼等彼女達が口から漏らす言葉が粗方理解出来るのだ。
アギド少年──気の滅入る思い抱えた。
何しろつい数日前、Forteza市が放つ異界の空気へ迷い込んだばかりだ。
次は反転の再来──人間と同然の生活を営む亜人族の群れが成す迷宮に迷い込んだ。
なれど何よりも忌むべき者。
そんな驚異が群れ成す最中を穏やかな笑顔を浮かべ先導出来るただの人間バンデの存在。
さらにその背後を悠々歩む師匠ヴァイロだ。
まるでバンデが暗黒神の使用人が如き絵面、闇の神を迎え称える絶望の祝宴。
ふとアギドがシアンの嫌悪溢れた顔を思い浮かべた。
恐らくヴァイロの行先を聞き及んだシアンも、百鬼夜行を彷彿させる場所の面妖さを見知っていたに違いないと思い知る。
アギド少年──。
最早、何も信じられぬ気分に魂が澱み沈んだ。




