第28話 ミリア・アルベェリアの覚悟ーNight & Knightー(ᛗᛁᚱᛁᚨ・ᚨᛚᛒᛖᚱᛖᛚᛁᚨ)
傭兵シアン・ノイン・ロッソにヴァイロ達、カノン軍の指揮を依頼すると決めたヴァイロ。
ヴァイロの弟子達に取って云わば部外者に大役を任せるのだ。
子供達の胸中や如何に──?
然しヴァイロは自分達の神様、神の決定に逆らう気は毛頭ないのだ。
但し──男女の営みとなれば別の話。
ヴァイロ・カノン・アルベェリアは26歳の男性。
シアン・ノイン・ロッソもほぼ同い年の女性だ。
殊更、美男美女を描いた様な二人が同じ立場に並べば心穏やかでない少女達が居る。
ただリンネは愛称でなく愛情を以てヴァイと呼べる同棲者。ヴァイロが男女の明暗を逆さにしない限り、落ち着いていられるのだ。
問題はリンネに負けないほどヴァイロを愛している灰色のミリアだ。
彼女だけは女性としてシアンに敵うものが何もない自分に酷く落胆した。
真夜中──。
然も初冬にヴァイロのツリーハウスから身投げした格好のミリア。
だが前後不覚な自殺ではなかった。白い月の守り手を地上へ落下する手足に集中。
固い岩盤に叩きつけ跳ねる感じで難を逃れた。
体勢を整え脱兎の様に駆け出すミリア。
ヴァイロや仲間達との愛情溢れたツリーハウスから居場所を喪失した気分を乙女の白い脚に全速力で乗せた。駆け足が起こす風に、涙を載せ背後に飛ばし散らせた。
「ヴァイッ! 御願いだからミリアを追ってぇッ!」
普段朗らかなリンネが凄まじい形相で神へ激情を絶叫に変え迸る。
皆に平等で鈍感な神愛を届ける。これを信条にしていた心穏やか過ぎる暗黒神は、リンネの態度が正直解せない。
「良いから行って御願いィィッ!」
さらなるリンネの絶叫、空気が震え寝ていた鳥達が、一斉に目覚め翼を羽ばたかせた。
兎も角戸惑うヴァイロ、これは誰かに縋りたい思いの表れか?
シアンの方へ赤い目線を眉寄せた顔で向けてみた。
シアンは無言、ただ首をミリアが飛んだ方へクイッと曲げる。緑の瞳が月に照らされ氷の蒼に見えた。
「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名に於いて命ず。解放せよッ、我等を縛る星の鎖よッ! ──『重力解放』!」
ヴァイロは重力の枷を外すと窓枠を渾身の力で蹴り、夜空を駆けた。
満月に限りなく近い月齢の灯りが照らすとはいえ、ミリアの駆ける足元は難攻不落の石垣が如く彼女の行く手を阻む。
対して夜空を飛んでミリアの慟哭に追い縋るヴァイロは速い。直ぐにミリアの背中をみつけた。
されど何と声を掛ければ良いのか判らぬ朴念神の心は移ろう。
──ええぃ! 兎に角あの手を握り、止めりゃいいんだろッ!
迷いを振り切るべく銀髪を強く振り遂にミリアの後ろ腕を強く掴んだ。
だが碌な考えなしに握ったのが最低。
ミリアは足がもつれ転びそうになる。足元には岩盤が砕けて出来た鋭い石が牙を剝く。
ミリア自身が白い月の守り手を巧く使えば難は逃れよう。
なれどそれは魔法に対する集中力がなければ望みが薄いと思えたヴァイロ。
自分自身を地面へ叩き付ける様に不時着、ミリアの腕は繋いだまま、自分を軸に彼女を宙で回した。
グシャァァッ!
背中から固い石が多く転がる地面の上に倒れたヴァイロ。転んだミリアを全身で受け留めた。
但し無我夢中──受け身すら取れず鋭い大地の牙に噛まれた。
「ぐぅ! こ、これは我ながら頭の悪過ぎる落ち方だな」
ヴァイロ、背中の痛みと自身の愚かさに顔を歪める。されど狙わず彩滲ませる男の愚か。
「ヴァイィィィッ! な、なんで? どう……して?」
敬愛する神を下敷きにする信者ミリアの号泣。容赦なく神の傍らで泣きじゃくり、知らぬ間にヴァイロの背中を地面へ押し付けるのだ。
「さあな──心配したと云えばそれでお前は満足なのか?」
文字通り刺す痛みで頭が回らないのか、ヴァイロは安っぽい本音をミリアへ返す。
ミリアの美しい顔が酷く歪み怒りと哀しみが入り混じる。感情を損ねた破顔。
「ヴァイロ・カノン・アルベェリアァッ! 貴方は何故そんな優しいぃッ! 何が暗黒神よぉッ! こんなの好きに為るって決まってるじゃないかッ!!」
泣きながらヴァイロの胸を叩くミリアの拳。
苦痛よりミリアの激憤冷めやらぬ告白と、完璧に敬語を忘れた叫びにヴァイロの細い目が急激に開かれる。
「み、ミリア……お、お前」
初めてミリアからの愛慕を知ったヴァイロ。これまで家族同然の様に過ごした思い出が霧の様に浮かんでは消えるを繰り返す。痛みは麻痺して完全に逸した錯覚。
「リンネを愛してるんでしょうぉッ! 抱いたんでしょうぉッ! あの時私がどれだけ惨めだったか貴方に判りますかァッ!!」
──刺さった──
剣?
槍?
それとも魔法?
全てが生易しい虚偽だとヴァイロは思えた──
それから暫くの間、ミリアはヴァイロの胸内でひたすら泣き続けた。
そんなミリアに何も与えられないヴァイロに去来する虚しさ。きっとミリアは例え慰みだと知りつつも、自分がこの腕で抱いてやれば少しは気が晴れるのだ。
けれど愚直なこの男にそれは決して出来ない。リンネの笑顔が脳裏に浮かぶ。
彼氏と云うよりまるで自分は子供だと思った。
初めて出逢った頃のリンネを娘だと思う気持ちは何処かへ飛んだ。むしろ自分がリンネを子供の様に、真っ直ぐ無邪気に愛している必然に気づかされたのだ。
だからただミリアの涙を馬鹿みたいに受ける皿に成る道をヴァイロは選ぶ。ミリアの涙枯れ果てる迄、自分は黙って受け容れようと決めた。
唯一の救い──。
それは温もり。12月の深夜、ミリアの下敷きと化したヴァイロは奇妙な温かさに浸る。
背中から滲み出る血液の暖炉ではない人の温もり。
俺達の大好きなミリアと云う名の女の子は、此処で生きているのだ。
生きている実感──。
当たり前過ぎて、けれど決して忘れてはいけない生命の歯車が噛み合うのをヴァイロは感じ取れた。
「ヴァイ……私が必ず貴方を護り抜く。だからリンネは戦場に出して欲しくない」
あれから何時間経っただろう。ヴァイロの胸元で未だ半泣きのミリアが訴える身勝手。
「済まん、それは出来ない相談だ。俺は皆を自分の目が届く場所で護りたい」
自分の涙でぐしゃぐしゃに成ったミリアの髪。
ヴァイロの手が届く位置にあるのに漸く気づく。親の気分で優しく撫でた。
「随分と傲慢なんだ」
未だ子供扱いされているのが男のごつい掌から伝わって来たミリア、猫の様に甘えた。
「そうかも知れん。だがノヴァンを成長させるには彼奴が一緒じゃなきゃ駄目なんだ」
ビクッ。
ミリアがヴァイロの意図に気づき肩を震わす。
「判るだろ? 黒い竜は生まれたて。母親と共に戦わないと強くなれないのさ」
ミリアの頭を撫で続けながら、ヴァイロは思う。ノヴァンとは自分の影絵。
リンネが居なくては何も出来ない自分と瓜二つな化物を造った己の愚直を。
やがて地平線が白み始めた。新しい今日が間もなく始まる。
此処で漸くミリアがヴァイロを解放し躰を起こした──かに思えた。
「ンッ」
ただ重ね合わせただけ、ミリアが暗黒神の唇を奪った。ゆっくり身体を起こして自ら誓いを立てるのだ。
「私は必ず貴方を……皆を護り抜く盾に成ると誓いますわ。私の魂だけに刻んだ名──『ミリア・アルベェリア』として」
ミリアは既に男に甘えたがりな乙女を卒業したのだ。たった一夜、共に明かせた幸せと唇に残した名前と共に。そして驚くヴァイロを自分の笑顔に満たし尽くした。




