第27話 哀しくも愛しき査定(ᚨᛋᛖᛋᛋᛗᛖᚾᛏ)
暗黒神──。
ヴァイロ・カノン・アルベェリアの元を訪ねた紫の傭兵シアン・ノイン・ロッソとその連れ。ハイエルフの少年少女、レイチとニイナが鮮烈な美を連れて現れた。
特に全く以て隙の見えぬ美麗さを湛えたシアンの存在が、独り虚ろな愛を探求し続けるミリアの乙女心を抉ったのである。
「シアンってさ、ヴァイが通ってる喫茶店のマスターだろ? 何で傭兵なんかやってんのさ?」
前知識を何も知らされていないアズールの素朴な疑問がシアンへ降り注ぐ。アギドの寝ているベッドから立ち上がって前のめり気味に喰らいついた。
「全く君の言う通りなんだ……爆炎を極めた紅の魔導士殿。──えっと、アズールで良いかな? 私は君達の暗黒神から引き摺り出された」
リンネが用意した食事を残さず綺麗に食する本物の礼儀を弁えたシアン。白いハンカチで口を拭った後、穏やかにも程ある口調で皮肉を煽る。
「アズ……言ってなかった俺も悪いがこのシアンは元来傭兵の方が本職なんだ。ま、まあ確かに引退したのを煽動したのは認めるさ」
ヴァイロの大層苦しい云い訳──。
先ずシアンの詳細を語ってなかった彼が悪い。加えて『喫茶ノイン』で安らかな余生を望んだ彼女を引っ張り出したのも、全部自我の押し付けなのだ。
それからアズールを『爆炎を極めた紅の魔導士殿』と湛えた上で『アズールで良いかな?』と寄せるシアンの卓越した人心掌握。
客人であるシアンの方がヴァイロの子供達をよく見知っている現状の表れを示す。
俺達のヴァイがこの喫茶店の女主人に心を開いているのか自ずと知れ、神ヴァイロを暗黒に突き落とす水面下の交渉。
アズールは「あ、アズで……いい」とベッドへ戻りながら応じ、瞬時屈服に落ちた。
4人掛けのテーブルにシアン一行三人で座り、自然にヴァイロ達を見下ろす形になった。
シアンは手を組み顎乗せ、戦装束とは思えぬ妖しい脚を組む。これは喫茶ノインの女主人のみ許された能力。
「皆──待たせて済まない。それでは本題を語ろうか。戦之女神軍に制圧されたディオルの現状を」
緊迫と洗練が同居するシアンの仕草。ヴァイロと子供達からの注目を一斉に浴びた。誰かが飲んだ息の音が聴こえた気がする錯覚。
「先ずディオルは無条件で屈服した。あれでは私も必ず同じ道を選ぶ。逃げすら赦されない。何しろ20頭もの神竜シグノが街を闊歩していたのだから」
「──ッ!?」
「に、20ッ!? ば、馬鹿な!」
ベッドに沈むアギドや暗黒神でさえ目を見張る戦慄が走り抜ける。
シアンに食後のハーブティーを注ごうとしたリンネが危うくカップを落とし掛けた。
たった一頭のシグノとギリギリの攻防戦を強いられた彼等だ。その驚愕──察して余りある。
「リンネ、大変申し訳ないがテーブルの上で広げたい物があるんだ」
シアンの良き声に押され、早速食事の後片付けに勤しむリンネ。
ミリアがリンネの手伝いに行けない。意地の悪さではないのだ、白い竜20頭と云う途方もない数字を聴き躰が竦んだ。
ザッ。
食器が粗方片付けられたテーブルの上、「レイチ頼む」とシアンから促されたハイエルフのレイチが、ディオルの街並みと戦之女神軍の配置を詳細に示した地図を広げた。
またしても仰天を強いられるヴァイロ陣営。それはまるで現状を生き映した様相。
さらにニイナから聞かされる1000は下らぬ戦之女神兵達から拾い集めた声の情報。精霊を街中に散らして収集したのだ。彼女にしか出来ない芸当。
悪い冗談でも見せられた気分に落ちて往くヴァイロ達。暫く誰も口を開けずただただ重圧に抗うのみ。
「──どうだアギド、お前に同じ仕事を頼んでこれが出来るか?」
沈黙を破ったヴァイロの問い掛け。実の処、半ばやけくそ気味な思いを声に乗せ、最もアテにしている一番弟子へバトンを渡す非道な大人を貫いた。
「ひ、酷く脇腹を突く言い草だな。や、やれなくもない。だがこんな短時間で。ましてや傷ひとつ負わずになど……」
10歳離れた大人から振られた煽りを真に受けるアギドの真っ直ぐな返答。『やれなくもない』傷の痛みと気分を押し殺し、声震わせ意地を通した。
アギドは師ヴァイロの狡猾さを理解した上で答えを敢えて演じた。
これは師の書いた台本。ただ今回ばかりはやり口が正直汚い。頭に傷を負いながら『傷ひとつ負わずに』と云わせる酷みを感じた。
ヴァイロが望んだ正答。ニヤリッと笑い、今宵の本命を語る。
「シアンには今後、俺達カノン側の指揮を任せようと思う。彼女はただの傭兵じゃないんだ、その辺りも卓越しているんだ」
笑顔のまま周囲を見渡すヴァイロ。アズールが僅かに腰を浮かせ一瞬何か言いたげであったが口を開くの諦め沈黙に落ちた。
「はぁ……成程。ヴァイロ・カノン・アルベェリアと云う男は確かに暗黒の神だ。今回の偵察任務は私達の査定。然も己が弟子達の反応さえ試した」
溜息さえ色艶帯びるシアンの台詞──。
大切なカノンと子供達を護り抜く為なら、暗黒神の立場を貫くヴァイロの意志。この家を支える巨木より根深いと改めて知った気分を、煙草を燻らす様に溜息に混ぜたのだ。
「全く以て同感だな。──がっ、今回ばかりは悪質過ぎるぞヴァイ。これで『断る』と云う者は愚かで哀れだ」
未だ仲間に在らずなシアンに同意せざるを得ないアギドも肩を落とした。
ひょっとしたら自分が『Fortezaに行きたい』と伝えた時点で初手が決まっていたのでは。誇大過ぎる読みを考察した。
「あぁぁぁッ! 俺はヴァイに従うだけだ!」
アズールが赤い頭を掻きむしる。『難しい話は判らん!』と云った処か。
「ま、まぁ……シアンさんが出来る人なのは充分判ったから……」
自分は戦術とか難しい事柄に口を挟むつもりがさらさらないリンネ。
ただシアンの美しい背中にヴァイロを愛する心が擽り語尾が沈んだ。
シアンを味方に付けるのは半ば決定稿。
だが独り──回答を保留に埋めたうら若き蕾が拳を握り締め震える……。
「し、シアン様が大変優秀な方でいらっしゃるのは……み、認めますわ」
「み、ミリア?」
灰色の出で立ち。全身を心毎揺さ振り、声音震えたミリアをみつけたヴァイロ。
これは……こればかりは読みが甘かった。いや、むしろ配慮が足りな過ぎたのだが、彼は彼女の気分をまるで知らない。
「……」
ミリアの心境が痛いほど心に染みるリンネ、ただ押し黙る。
──キッ。
「んっ?」
完全に察した未だ部外者で在る筈のシアンが、ヴァイロに示す不快感滲ます睨み。
全く以て理解の及ばない朴念神ヴァイロ。首を捻る返しに留まる。
ギィッ……ダンッ!
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に、いかなるモノも通さぬ強固な壁を我に──『白き月の守り手』!」
なんとミリア、防御術『白き月の守り手』を絶叫。
ツリーハウスの壁に設けた窓を開け、独り夜空へ飛び出したのだ。白い煌めきを放つ白き月の守り手が軌跡を漆黒に描いた。




