第26話 緑の瞳とオレンジの苛立ち(ᛚᛁᚾᚾᛖ ᚨᚾᛞ ᛗᛁᚱᛁᚨ)
Fortezaから負傷したアギドが無事帰還を果たした。
街の異質な雰囲気に呑まれたとはいえ、戦之女神に仕える底辺の存在である僧兵二人に傷を負わされ、アギド少年のプライドはズタズタに引き裂かれた。
然しそれでも出迎えてくれたリンネとヴァイロは優しく、アギドは己の置かれた立場に安堵した。
やがて日が暮れ始めると最年少のアズールと守備魔法を極めたミリアがヴァイロ・カノン・アルベェリアのツリーハウスを訪問。
目的は当然、ラファンに送った偵察者からの報告を聴く為であった。
されど頭に怪我を負い包帯の巻かれた兄弟子アギドが、横たわっているのを知り仰天。アギドはそれ程実力、判断共に慕われていたことが改めて窺い知れた。
皆を迎え入れるべく、リンネは簡単な食事を用意している途中。黙ってミリアも手伝いを始める。
ラファンの首都ディオルで勃発した戦争の話を聴く──。
そんな非日常さえ待ってなければ、極自然な家族の交流を思わせた。
太陽の時間が終わり月灯りが辺りを照らす。今宵は満月の一歩手前といった処か、光量を用意せずとも月が導いてくれる。
ヴァイロのツリーハウスでは天窓が開け放たれ、此方も月の優しい輝きとランタンの灯が贅沢に家の中を照らしてくれた。
そんな月灯りのお陰で少しだけ楽な行軍を熟せている者共がいた。
深い迷彩色に近いマントで全身を覆った三人組。うち二人は子供の様に小さな影。
語る迄もなかろうが、ラファンへ出向いたシアン一行。風の精霊術に頼り、宙を舞うことで夜の闇に溶け込んでいた。
「──シアン、あれのこと?」
可愛い幼女の様な声が屋根から灯りの漏れた家を指す。
シアンは声でなく頷きだけで返した。
キンキンッ。
窓ガラスを割らぬよう軽く叩いた音が耳に届き、ハッと天井を見るヴァイロとその弟子達。
リンネがヴァイロに視線を送る。声要らずの確認、ヴァイは小さく頷いた。
キィィ……。
リンネが天窓を開く。ヴァイロから予め聞いてた通りの三人組が、宙に浮いた姿勢で受け入れるのを待っていた。
フワリッ……。
リンネが入室を許可すると音もなく緩やかに先ず片足を立て、ツリーハウスの中へシアン一行が入って来た。まるで風が縫い込まれた羽衣を身に纏っているかのよう。
羽織ったマントを最初に脱いだシアン・ノイン・ロッソのさりげないマナー。付き従う小さなエルフ、ニイナとレイチもシアンを真似た。
──う、うわぁ……。
同じ女性であるリンネとミリアがシアンの流麗さに固唾を呑む。
短い紫の髪。宝石を思わす緑。装備も紫が中心。紫色のマントをたなびかせ胸元に輝く菱形の装飾。
それ等より真っ先視線に飛び込む大人の胸元。此方も紫の胸当てが実に眩しく華やかで、リンネとミリア、思わず自分のものと比べた。
「やあ、思ったより遅くなって済まない。私が傭兵シアン──此方は連れのハイエルフ、ニイナとレイチだ。宜しく頼む」
声を聴き慣れたヴァイロとアギド以外がこれまた息飲む鮮麗。
またもやリンネとミリアの方が顔を紅潮させた。男性的にはキレがある高音、それでいて和らいだ女性の口調に心揺らいだ。
シアンの鮮烈な登場に心奪われ、紹介の中に混じったとんでもない一言を聞き逃した乙女達。
「ま、待て。その二人ハイエルフって言ったか!?」
アズール少年に取って唯一響く乙女はこの世でミリアだけ。だから聞き遂げることが適う。ただの耳長族ではない正体を。
「はい、まだ150歳ですがハイエルフ──私がレイチ、此方がニイナです」
人の物差しで測る意味不明──。
気軽過ぎる150歳、確かにエルフの精神年齢としては或る意味見た目通り。
だが身体の成長自体は20歳位まで人間と等しい成長線を描くと思っていた一同、これには呆気に取られた。
「ど、どうぞ……」
全部で8人、かなり手狭になったツリーハウスだがアズールとミリアがベッドの縁に座れば客人向けにテーブルが空く。リンネが椅子を引き出し、座る様促した。
ピョンッと真っ先そこに座る本当に子供な仕草をみせた、ハイエルフの少女ニイナ。
「ニイナ、行儀がなっていないな」
「えぇぇ……。だって座ってて言われたじゃん」
例え勧められても礼儀を弁えゆっくり座る様ニイナにお灸を据える保護者なシアン。
ニイナは見てくれ通りの幼女を皆に彷彿させた。赤いルビーの様な瞳を細め文句を返す。
皆の視線がニイナへ注がれる。
ハイエルフ二人は迷彩色のマントを脱いでも黒い探索者といった出で立ち。
だがニイナは子供の背丈でありながら胸元と腰回りがアンバランスに成長しており濃いブラウンのストッキングをガーターベルトで吊るしていた。
乙女らしからぬ躰つきがまたもや、リンネとミリアを釘付けにした。
「いや、いいんだシアン。此方が招いた大事な客人、気遣いは無用。良かったらスープとサンドイッチも用意してある。遠慮せずくつろいで欲しい」
いつにも増して口調が穏やかに思えるヴァイロ。実に丁重な心遣いを受けるシアン一行にミリアは若干嫌な気分──客人に嫉妬を感じた自分に嫌気が差した。
「そうか……有難い。何しろ此処まで飲まず食わずだったからそれなら遠慮なく頂くとしよう。──君がリンネだな、この色男から可愛い女性だと話を聴き及んでいる」
この流れ、礼儀を重んじるシアンも礼には礼で返す応対。
また、『喫茶ノイン』マスターとしての気分覗かせ、自分の店を訪れた客人ヴァイロの話を持ち出す。
「え、え、いえ。あっ、スープ暖めてお持ちしますね」
リンネらしからぬ敬語応対、まるでヴァイでなくシアンから『可愛い』と云われ、ほのかに喜んでいるかに見えた仕草。緑の瞳が泳いだ。
──……っ!
一方オレンジ色の瞳をぎらつかせたミリア。
然しこの流れで苛立つのはいよいよ自分が惨めになるだけ。これではシアンから自分だけ『可愛い』と云われてないのを歯痒く思っているようだ。
シアンに悪気など全く以てないことくらい重々承知している。それでも比較された気分に落ち往くのだ。




