第25話 家族の居場所―Family home―(ᚠᚨᛗᛁᛚᛃᚺᛟᛗᛖ)
ヴァイロ・カノン・アルベェリアが鬱屈した暗黒神への想いを同棲中の少女リンネに打ち明けてからおよそ3日後。
戦之女神の先兵達に頭を割られた不覚のアギドが、包帯を赤に湿らせた痛々しい姿で無事にFortezaからカノンまで帰還を果たした。
正確には間もなくヴァイロの待つツリーハウスの道程にて、倒れている処を空を自由に散歩していたヴァイロの神竜ノヴァンが、偶然捜し当て拾い上げた次第。
普段は冷静沈着なアギドが熱にうなされていたのをヴァイロの家まで送り届けた実は気遣い達者な黒い竜。一体誰に似たのやら。
「うっ、うぅ……」
ゆっくり蒼い目を開くアギド。目に差し込む灯りがやけに眩しい。
何しろ気絶していたのだ。一度堕ち掛けた永久の眠りから現世へ帰還果たせた光明。
されど任務の中途で倒れ、自力を以て帰れなかった苦心が渦巻く。
「あ、アギド! ヴァイ──アギドが!」
いつにも増して騒々しいとアギドが感じたリンネの大きな声。
アギドは自分が師ヴァイロとリンネの聖域を占領している罪深さに苛立つ気分と未だ痛む頭の傷、両方から苛まれた。
「アギド! 大丈夫か? 一体何があった?」
暗黒神に取って第一の徒が酷い有り様なのだ。
争い事や政治の舞台では搦め手を使うヴァイロだが、こんな時は自分を取り繕ったり決してしない──いや、出来ぬ男だ。赤い目線で弟子を案ずる。
「──ヴァイ? あ、ああ……問題ない。Fortezaをうろついていた戦之女神の雑兵相手に不覚を取った」
未だ虚ろな視線を返すアギドの鬱屈。
敬愛する師匠相手にこんな無様を見せたくなかった。
ほんのひと時Fortezaで見聞きした情景が彼の脳裏を過ぎる。魔法よりも不可思議な世界に自分は心囚われミスを犯した。
「うん、熱も下がったみたい。良かった良かった。ヴァイがさぁ……滅茶苦茶アンタのこと心配してたよ。『俺は回復術を何故知らん!』ってうるさかった」
「えっ?」
アギドの額と脈を測り穏やかな告げ口を肩竦めアギドへ伝えるリンネの茶目っ気。
アギド──とても意外そうな視線を師匠へ手向けた。
心優しき暗黒神、咄嗟に背を向け咳払い。ツリーハウスの中だというのにテンガロンハットを帽子掛けからぶん取り深く被って顔を隠す。
「す、済まない。ほ、本当にもぅ何とも……ぐっ!」
自分に取って神の台座と云うべき場所を一刻も早く開放すべく、身体を起こそうとしたアギドが苦痛で顔を歪めた。
「コラ! 駄目だ! まだ大人しくしてな!」
リンネがアギドの両肩を優しみ込め押さえ込むベッドの上。アギドより僅か年上の力なき押さえ込み。
何故か抵抗出来ないアギド、諦めてベッドへ寝転ぶ。
リンネから感じた日向の匂いとツリーハウスの樹々に潜む森の精霊達が届ける木の香り。
──この場所……こんなにも居心地良かったのか。知らなかったな。
アギドが魔法を習うべく幼少期から散々通い尽くしたこの場所。
彼がとうの昔に捨てた実家の暖かみと心に穏やかさをくれる感覚。
今さら思い返し、改めて至る所へ視線を送ってみた。普段と変わらぬ木目や染み、窓から映る景色が違って見えた。心に染み入る得体の知れない何かを感じた。
「──で、どうだったFortezaは」
未だそっぽを向いたまま、弟子にものを訊ねる子供の様な態度のヴァイロ。
リンネはその場に居ては笑いを抑え切れないと感じ、洗濯かごを持ち上げその場を後にした。
「驚いた……魔導を使わずあんな文明が築けるとは。俺の想像を遥かに越えていた」
Fortezaの印象を語るアギドの珍しい舌足らず。語彙力を喪失した結実の『驚いた』氷が解けた真顔で応じた。
森の女神とFortezaの創設者レヴァーラ・ガン・イルッゾが造った新しき街。知識だけは充分、勉学欠かさぬアギドは持ち得ていた。
よもや魔術の類に全く頼らぬ場所だとは──蒼い少年、思いがけぬ誤算だったのだ。
「だな……がっ、150年以上前。あれこそ人が創れた当たり前の技術。魔法や異能の方が余程異端なんだ」
リンネに暴露された恥ずかしさから漸く立ち直った師ヴァイロの教え。
そして帽子を脱いでアギドの前へ躍り出た。しゃがんで目線を可愛い弟子に合わせるヴァイロ。
途端に何故か顔が火照った気がするアギド、まだ微熱が続いていると自分に言い聞かせた。
「それでアギド……お前さんの勘は当たっていたか」
真剣な眼差しを向け確信を突くヴァイロの問い掛け──。
何故戦之女神が自分達に取って上位種である森の女神の魔法を成し得たのか。これを調査すべくアギドはFortezaへ向かったのだ。
「済まん──不覚にも邪魔が入り証拠は取れなかった。……だが確信した。あれは間違いなく森の女神の魔法──俺達の真似事じゃない」
次はアギドが無念の目を逸らす。油断していたといえ、戦之女神配下の最下層、僧兵に後れを取った悔しさ滲む。
然し答えの方は責任を以て返す。
誇り高き暗黒神の一番弟子として、白銀の女神が唱えた重力解放と爆炎は、ファウナの魔導書から引き出したのだと断言した。
ポンッ。
「そうか判った。アギド──俺が最も信頼する弟子の言葉だ。間違いなかろう。取り敢えずもう少し休め。今夜ラファンに出した使いが此処に来る。だから僅かな時間しか休めなくて済まない」
敵はヴァイロの上位──師と等しき力を秘めた相手。心が回ってもおかしくない報告を聞いたにも関わらず和らいだ顔を弟子に注いだヴァイロ。
軽く肩を叩き、寝れる時間が少ない現実を弟子に穏やかに謝罪した。
「し、然しッ!」
「アギド……俺の身勝手な思い違いなら悪いが、此処はお前に取っても家だ。そして俺は家主。家族なら家主の云うことは聞いとけ」
白銀の女神の扱う魔法≒護りの女神の魔法。
あくまでアギド自身が思い描いた想像の域──途方もないことを現実として受け入れろと伝えたのだ。『どうしてそんな涼しい顔をしていられる!』アギド心の絶叫。
優しい綺麗事で説き伏せた師ヴァイロ。
まるで何ごとも聴かなかった様な柔らかい口振りで『お前は家族だ。後はゆっくり休め』と締め括る師のおおらかさ──アギドの心に染み入るのだ。
温かさ──。
広さ──。
心地良さ──。
暗黒神の神聖術を粗方手にしたと自負するアギド。
神に匹敵する力を持ち得ながら『敵わない』と心音が漏れた。躰の力が自然に抜け、独りベッドに沈んだ。
聞き慣れた小鳥達の鳴き声が心地良い子守唄に思え、安らぎの中へアギドは落ちた。




