第24話 影の片鱗と鮮やかな怪盗一味(ᛈᚺᚨᚾᛏᛟᛗ ᚦᛁᛖᚠ)
理不尽なる白亜の虚無──。
ただ戦と力を渇望するだけに存在する戦之女神とその御使い達が白き神の竜の群衆を見せつけられ敗北を演じた街ディオル。
その片隅では当人が否定するも、戦の天秤を傾ける実力者。
紫色の傭兵シアン・ノイン・ロッソVs白亜の女神を慕う守護者レイシャ・グエディエルとの激烈な鍔迫り合いが人の目がつかぬ街の片隅で繰り広げられていた。
手槍に鍔を仕込んだ少し風変りな得物を羽織ったマントの内側から敵に気取られ様、突きを見舞うシアンの華麗なる一閃。
これを受けるレイシャの黒い二刀。未だ20歳に満たない、生娘なる剣で、文字通り火花を散らす。
不敵な笑みがまるで敬愛する白き女神エディウスが憑依した印象。
──嫌な嗤いだ、正直虫が好かん。
相まみえるシアンの気分。ヴァイの奴はこんないけ好かぬ輩の親相手に魔剣を交えたのか、シアンが少し鬱に気分に魂を湿らせた。
「レイシャ殿、御味方をこのまま呼ばないつもりか?」
シアン、剣で語りながら声の牽制も同時に熟す。あくまで己が上位種である意志を曝け出す。
「フフッ、戦場を独りで決めるジャンヌとの一騎討ちなんだよ。こんな楽しみ、誰にも分けるものか」
その手には乗らない──。
足を引っ張るだけの味方なぞかえって邪魔なだけ。全身を横に捻りシアンに背を見せながらの剣闘を大いに楽しむ。
白い鎧の腰下から覗くスカートを散らしたレイシャの余力。
この実力者を処刑台に自分が送ればさぞや嘲笑する白銀の女神を引き出せるに違いない。
──然し妙だ。
シアンが剣を交える度、レイシャからの剣圧が着実に重みを増していた。シアンは立ち合いに於ける基本、間合いの重要度を理解し尽くしている。
此方の手槍が間合いは上。然も槍故、自ずと矛先へ重心と攻勢の圧が掛か
る。自身の攻撃のみそういった当り具合に調整しているのだ。
柄下以外握れぬ両刀剣には出来ない芸当、手槍なら柄だけでなく矛先迄の途中を握り微調整が可能だからシアンはこれを選んだ。
されどレイシャの黒い二刀とぶつけた際、手に掛かる圧力が増しているのだ。まるで伸びる剣を相手取る気色の悪さ。気が付けば建物の影下から陽の光に晒される場所まで押されていた。
「そらそらぁっ! シアン・ノイン・ロッソってのはこの程度なのかい! とんだ見込み違いだねぇ! 名前の通り血を見せておくれよ!」
またしても全身を回転させ、シアン側から見えぬ奥の手を伸ばし切るレイシャの演舞。
一見派手だがこれは自身の背中で太刀筋を消し、なおかつ最長のリーチを活かし切る高等技術だ。但し余程の力量差が必須なのだ。
──ムッ!?
建物の影から止む無く飛び出した後も続いた立ち合いでさらなる違和感に気づいたシアン。相手に気取られぬ様、合図を送る。
キャシャーンッ!
「おっと、危ない危ない。エルフの餓鬼共からの仕掛け。本当に嫌らしいことをする」
上空から陽の光を跳ね返しレイシャを襲うナイフの一斉掃射。後方に飛んで逃れるレイシャの顔から冷笑が消せぬ。シアンの連れはエルフだと知られていた。
なお最初から決めてた合図を密かに送ったシアンはその場を微動だにせず足元を確認した。
──やはり私は影を出てから一歩も動いていない!
同時に自身の影が伸びていることに漸く気づいた。レイシャの黒も伸びている必然。
ダンッ!
ダダンッ!
自分の間合いから外れてしまったシアンを追うべく石畳の地面を蹴り、黒い剣を掲げシアンに飛び掛かろうと迫るレイシャ。
だが此処でシアンの電光石火。
手槍の間合いを敢えて吐き捨て此方から敵レイシャに飛び込む突貫。
遂にレイシャの顔から氷の微笑みが──消えた。
レイシャの足元──相手より低い位置から迫るシアンの槍が鎧に守られていない腿へ矛先を最短で届けた。
「ぐぅ!?」
シアンに刺されたが傷は浅いレイシャ。
全身鎧でありながら、頭と僅かに腿を覗かせたのは彼女の自信。
若い女性の色気を例え戦場で見せ付けようとも勝ちは揺るがぬと決めつけていた自分に対する怒りで顔を歪めた。
同じ女の弱味を瞬時に見抜いたシアンが揺らいだレイシャに対する足払いを繰り出す。レイシャの視界が回り砕けた。
「ぐっ!」
例え倒されようとも地面を全力で叩き躰を起こそうと躍起になるレイシャであったが、眉間に冷たいものがあてがわれ咄嗟に動きを止めた。
「恐ろしいなレイシャ・グエディエルの黒い刃。本当に伸びていた。刃でなく影を伸ばし相手を斬る」
槍の矛先を眉間に突き付けたシアン。黒い刃の種を粗方明かした。およそ午後5時頃、沈みかけた陽の光を背に受けた傭兵が背中に差す後光
「陽が落ちれば伸びる刃とは恐れ入る。ならば完全に落ちれば一体どうなるのやら?」
いつでも殺れる位置で黒い刃の真実を問うシアンの役者ぶり。今日はあくまで偵察任務。依頼以上の仕事は決してしないシアンの哲学。
「こ、殺さず聞き出すとは何と不埒な女だ!」
応答の代わりに文句を吐き捨てたレイシャはやはり未だ若いと言えた。黒い双刀にはまだ続きがある。答えたのとほぼ同義であるのを知らなかった。
「ふふっ……悪いが今日はディオルの偵察が任務だ」
今日は偵察──。
目的を敢えて晒したシアン、勝者の微笑みひとつ浮かべぬ冷たい声音。
「こ、殺さねば『あのシアン・ノイン・ロッソが来た』と味方に言い降らしてやる!」
わざと眉間に在る矛先にあて血を滲ますレイシャの怒髪天。自らロッソを垂らす負けを認めた。
本当はそんな汚名を自分で着る真似事などしたくないのだ。単なる繰り言に過ぎないのだが、実際尋問を受ける屈辱の未来が見えた。
「云うがよかろう。シアン・ノイン・ロッソがカノン側──暗黒神ヴァイロに与したと精々大々的に頼む。──それに」
戦争の天秤が暗闇に味方すると堂々宣言。傭兵シアン──ジャンヌが如き運命の輪から逃れられない己の運命を知り尽くしていた。
「──っ?」
「それに中々の好敵手をみつけた心地良い気分なのだ。次に期待するよレイシャ・グエディエル殿。その名を刻ませて戴く。──ニイナッ!」
漸く顔を綻ばせたシアン。年甲斐もなく……そして捨て去るつもりであった戦場の緊張感に酔う自分を認めざるを得なかった。
若き敵中に真剣勝負で首を獲りたい宿敵をみつけた自分の皮肉に笑うのだ。
建物の屋根の上に身を隠すよう予め言い渡しておいたニイナを呼ぶ。
「ほぃっ! 風の精霊達よ。我らに自由の翼を授けよ!」
民家の屋根から気軽に飛び出してきたシアンに付き従うエルフの独り。ニイナが風の精霊に祈りを捧げた。
ダンッ!
シアンとニイナ、二人揃って地面を蹴り空へ舞う。自由落下せずそのまま浮き、ディオルの街並みと呆気に取られたレイシャを置き去りに飛んだ。
「わ、私も決して忘れんッ! この屈辱、必ず倍にするッ! シアンッ! 次は首から下がなくなると思えぇッ!」
完全にコケにされたと感じたレイシャが空を見上げ怒りを露わに告げた。負けた事など既に何処吹く風の如し。
「ふふっ──ええっとレイ……シャ様? 歳を取ると物忘れが酷いのですホッホッホッ」
声音を中途でエトラ婆に変え、耳が遠い仕草を態々示しながら老婆で嘲笑った。
空に掛かった見えぬ道先でもう独りの相棒、レイチとも合流。実に鮮やかな怪盗シアン一味の手口であった。




