第21話 過剰なる鏡面の裏側(ᛗᛁᚱᚱᛟᚱ ᛋᚢᚱᚠᚨᚲᛖ)
シアン・ノイン・ロッソ扮するエトラ婆と連れの子供達。
戦之女神軍相手に殆ど無血で陥落した森の都ラファンの首都ディオルの調査へ赴いていた次第。
多勢の戦之女神軍と一騎しかいない筈の白い神竜シグノが群れを成しているをみつけ、脅威を感じずにはいられなかった。
ラファンの屈強な木こり達。
いざ争いに至れば樹木を叩く斧が戦斧に転じる勇猛果敢ぶりを発揮する。
だが今回、彼等はほぼ戦わずして屈服したのだ。
噂に聞く白銀の女神が白い烏の群衆を差し向けて来た絶望。
これを全力以て打ち払う愚直を選ばず、敢えて無条件降伏を受け入れた次第。
困った来客に気楽を以て接するには、不意に湧いた鉄砲水の様に流すのが一番手っ取り早い。
街並みも戦力とてこれなら温存出来得るのだ。『いつの日か、偽りの純白を蹴散らしてくれようぞ』身体に似合わぬ頭のキレ具合でこの窮地を甘んじて受け留めた。
ディオルに住まう民草のそんなあざとさを一目で察したシアンであったが、白い鎧を纏う琥珀色の瞳から声を掛けられた。
騎士風情な若い女性。他の兵と等しい白き姿をさも当然と押し付ける。
されど街の周囲を巡回してる僧兵達とは一線を画す比較にならぬ圧力。
肩辺りで切った茶髪。スカートの下から僅かに覗く柔肌。剣士にしとくには惜しい美貌が際立つ。
キャシャーンッ!
「このレイシャ様相手にしらばっくれてんじゃあ……!?」
何処からともなく現れたナイフ、レイシャが黒い二刀を咄嗟に抜刀、二重に交わり火花を散らす。
如何にか弾いたナイフを見やるレイシャ──まさか突然斬り掛かって来るとは予想だに出来ず用意した台詞を濁らす。
レイシャの前を覆ったマントが、シアンに斬り裂かれ、虚しく宙を舞い散る。
何の小細工もなく、此方から声を掛けた相手より一挙に距離を詰められ、気がつけば斬り結びを余儀なくされた。
──チィッ! み、見えなかった……一体いつ抜いた!?
レイシャが剣を抜刀させられたと感じる屈辱。
図ったつもりが逆にシアンから謀られ相手に押し切られそうな底辺。
敵がナイフを抜いた初動がまるで認識出来ない軽業。
此方に向かって来る以上、合わせて抜き対処しただけの悔しさ。然も敵の身のこなしが殺意の後から降り注いだ。
「ば、ババアッ!? 貴様、一体何をっ!?」
白い騎士レイシャは、フード姿の三者が危うき間者であるのを完全に見抜いた。
それにも拘わらず、エトラと云う老婆を未だ求めている奇妙な口振り。
話の流れで『ババア』呼びしてる様には見受けられない。頭でなく躰で思考を決める人物なのか今ひとつ要領を得ない。
「ほぅ……。今のを受けるか。戦之女神の騎士、中々の力量だな」
シアンはレイシャの問いに応じず、次なる得物を手に握る。一見、軽妙な片手剣の出で立ち。矛先以外に刃がない剣。柄の在る手槍といった風情か。
レイシャから尋問を受けてた側が瞬時暗転、煽る方へ移りゆく実に巧妙な立ち回り。
「黒い刃……然も二刀持ち。夜の闇に紛れたらさぞかし厄介な得物だな」
「こ、声が!?」
レイシャが自らの過ちを漸く理解した。
侵入者と思しき輩、未だフードを頭から被ったまま。
エトラ婆──に在らずな中低音混じる凛々しき女戦士の声がレイシャの心を揺さぶる。
喫茶ノインでの和らいだ女性の声と同質だが、相手を削る戦慄を縫い込んでいた。
「ただ白い女神の御使いというより、その武器だけ見ればまるで闇の手先だ」
若い女にかえったシアンの声音。『闇の手先』の件、より鋭さを帯びる。さらに高貴な紫の髪色がフードの中で揺らめき輝く。
バッ!
大胆な女間者──独りだけ被ったフードの面を自ら剥ぎ取り、老婆から美麗な大人女性へ瞬くく間に咲き乱れた。
正真正銘シアンと化した緑の瞳がレイシャを睨む。レイシャ、迂闊にも美しいと一瞬心奪われる。
レイシャ・グエディエル──。
飼い主に似たのか、女性の色香を好むらしき感覚匂わせた。
これから命のやり取りをするであろう自分を相手取り、舞台役者さながらの演舞を観劇している気分に堕ち掛ける危うきシアンの艶やかさ。
フードの内側──。
さらに奥地を覗きたい歪んだ衝動に駆られる。酔いしれ落ちると想い、強く頭を振った。
◇◇
一方──。
世界最上位の街並みFortezaにて戦之女神と護りの女神を繋いだと思しきレヴァーラ・ガン・イルッゾの痕跡求め、独り彷徨うアギド少年。
戦之女神の中にみつけた違う人間の意志。
加えて白銀の女神がファウナの魔導を唱えた。確固たる証拠を掴みたい。
然しこの街、この文明が冷静な少年の心を大いに惑わす。
何しろ普段地元で見ている世界、紙に手書きで書かれた魔導書しか知らぬのだ。
「ふぅ……。こう何もかも違うと一体何処から手を出せば良いのやら」
アギドらしからぬ迂闊、心の声を溜息に乗せて飛ばした。公園のベンチで項垂れ座り込む。
──潮風?
椅子に腰かけ暫くジッとしていた所為か。
食事を取る気分さえ失せたアギド少年の嗅覚を誘う港町の特有なる潮の香り。
常日頃から行動に原理を求めるアギド。今回ばかりは殊更意味なく風の精霊が運ぶ香りの先へとゆるり足を運んだ。
賢い若者は知らぬのだ──。
この手の導きが運ぶ運命の悪戯が巻き起こす奇跡の味わいを。
「あ、あれは!」
河口付近、船の道が二手に分かれる頂点。
自分達の神すら従う最高位。ファウナ・デル・フォレスタが天に祈りを捧げる石像。
アギドは砂漠で蜃気楼でも見ている気分に独り昂る。
彼自身、何故こんなにも惹かれるのか意味を問われても答えを知らなかった。
磁力か引力にでも導かれたが如く、ファウナの石像に近寄るアギド少年。
恐らく地域的にもローマにて掘り出されたと思われる大理石を彫ったもの。
海風などが表面を風化させ、目元辺りこそ怪しいが両膝を落とし、両手を絡み合わせ天に祈る形は損なわれてはいなかった。食い入るように見つめる眼鏡越しのアギド。
Fortezaが一度喪失の危機に瀕した後、街を再構築した記念と云う伝承が存在する。建造後150年なら、未だ当時の歴史を伝えるのに充分なのだ。
「ムッ? 髪の毛が長過ぎるし、第一背中に翼が生えている」
アギドは師ヴァイロからファウナの魔導書を見せて貰った記憶を辿る。
ファウナ自身の自画像だと思える絵が魔導書に記されている。
アギドの知るファウナは、髪を肩の辺りで切っており天使の様な翼を背負ってなどいなかった。
「まあ、記念碑なんて所詮こんなものか……」
特にこれといった収穫を得られず、アギドが肩を落とした直後。
1羽の白い鳩がファウナ像の右肩に舞い降りる。次に黒い烏が左肩に降り立つ。
一見単なる自然の営みを思わせる図式。途方もない現実が潜んでいたのを思い知る。
「ファウナを止まり木にした白と黒……!?」
ドガッ!
アギドの脳裏に確信めいたものが浮かんだ直後、背中から何者かに後頭部を固い木の棒で殴られ、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。




