第20話 翻弄する世界と幻想の老婆(ᛈᛁᛈᛖ ᛞᚱᛖᚨᛗ)
Fortezaに独り潜入を試みる最中のアギド。
暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが、喫茶ノインから帰宅した後。アギドが自ら名乗り出た。
シアン・ノイン・ロッソの怪盗ぶりを調査したのも彼独りの手柄。
こんな任務が適任なのは、自他共に認める処だ。
ヴァイロはアギドからの提案を耳にした折、顔に一瞬暗い影を滲ませた。
だが直ぐにいつもの穏やかに返り咲き『頼む、くれぐれも無理はするなよ』16歳になったばかり、大人の階段上がる一歩手前な少年の肩を気軽に叩き快諾した。
ヴァイロに取ってこの蒼き弟子たるや、その優秀ぶりを頼もしく思う。
だが同時に全く自身を顧みない危うさも案じていた。
こうしてアギドは地元カノンを後に、ただの青い少年を装う探索の旅路に出向いた。
カノンはアドノス島の西北端に位置している。目指すForteza市は、おなじ北端なれどほぼ東の端。
真下の海へ切り落とした黒い断崖絶壁。穏やかな砂浜を拝めぬカノンから海伝いに渡り歩む。
隣の漁村エドナ──。
慎ましくも美麗な砂浜と民草の安堵を湛えた村だ。
然し何の感傷にも浸らず沈み往く。己の徒歩頼みで陸路を直向きに巡る。侘しさなど彼の脳裏に浮き沈む事無かれ。
漁村エドナを潜り抜けるとやがて欧州、旧イタリアへ伸びる橋桁の様な岬に当たる。この岬を北へ登ればアドノス島の最北端、Forteza市に至れるのだ。
それにしてもアギド、随分と旅慣れたものだ。
Forteza市の真下には、自分達の取って最大級の危険地帯、戦之女神の聖地ロッギオネが恐怖を抱いて居を構える。
されど全く以て意に介さない蒼き少年の大胆不敵。白銀の女神の笑いさえ伴わず暖簾をくぐるのだ。
宙に浮ける魔法『重力解放』も彼の探索行を不断に押し上げた。
アギド、何事もなき様相。
世界中の文明を独占したFortezaの街並みが眼鏡越しに届く辺りまで無事に辿り着けた。
先ずは街の様子を外から窺い、如何にも地元風情な少年の姿を身に纏うべくそれらしい衣服を調達に走る。
但し流石の彼とて、この街の異端なる様。見た目通りの少年として青い眼を幾度となく瞬きさせ脳裏のフィルムに焼き付かせる作業に追われた。
透明な扉は前を通り抜ける度、身勝手に開き、自分を招き入れようと試みる。
荷車を曳く馬が見えぬ動力不在な車達の群れと行き交う。
師匠ヴァイロから事前に聞いていたとはいえ、16の人生に於いて想像だに出来ぬ世界観が拡がり、少年の不安な心を無駄に囲うのだ。
「これがForteza……よく西欧文化に剣と魔法を混ぜた物語を異世界と聞くが、これぞ異世界と呼ばずして何とする」
驚き慄く珍しきアギドの絵柄。
異世界とは見知らぬ世界を指した造語に過ぎぬ。剣と魔法ありきの景色こそ彼に取っては正規の世の中。
ドカッ!
「うっ、す、済まない」
冷静なアギドが誰かにぶつかり頭を下げるも、特に気に病んだ様子もなく通り過ぎた気配を感じぬ人間。
紺色の制服らしき衣装。
よく見れば似た雰囲気を醸し出す者達が、そこら中にうろうろしながら周囲を警戒している感じに受け取れた。
──この街の警備兵なのか? 然しこの俺が気配を捉え切れなかった?
アギドの疑問──。
答えはAIを搭載したアンドロイドで構成した警察官。
普段から周りの気配に一際過敏な彼的に得体が知れぬのも無理からぬこと。
他にもアギドに取って未知なるものが多勢に列為す。
腕時計の様なものへ必死に何かを訴え掛ける者。
耳に何かを充て歩く女性、溢れて聞こえた音楽。
およそ18世紀後半から19世紀ぐらいの街並みしか在り得ぬ世界の欠片に佇む22世紀前半辺りを独り彷徨い続ける時間の止まった街。
アギド少年の目に映る余りにもズレた世間が、彼の脳裏を捏くり回わす感覚に独りのたうつのだ。彼の追い求める結び目は果たして?
◇◇
一方──。
此処はほんの数日前。戦之女神軍に占領された森の都ラファンの首都、ディオルと云う街の手前。森の女神が晩年を過ごした森に通じる場所。
街の周囲は兵士達が取り囲んでおり、入る為に彼等の質問に応じる必要がある。
街を囲える程の数。1000人は下らない。簡素な装備故、底辺の僧兵といった処か。
人が人を従わせる手前勝手な生きた牢獄の璧。
アギドは一見、手際良くFortezaの侵入を果たした。
それは粗方間違ってはいまい。
だが裏を返せば戦之女神は戦勝に浮かれた直後。子供の相手なぞする気もないのやも知れない。
「あ、名前でございますか? エトラと申します。孫に差入れを届けに参りました。後ろの二人は親戚の子供達でございます」
微笑み交えた嗄れ声でエトラと名乗った女性。
頭から緑のローブに身を包んでおり、顔色は窺い知れぬ。明らかな老女の問い掛け、されど可愛げがそこはかとなく混じる。
腰は杖を突き、3本足でならぬ程老いた風体。
目隠しの布が被せてあるバスケットにパンや果物などが散々押し込んであり、それらがはみ出していた。
さらに後ろの二人。腰が曲がったエトラと同じ位の背丈。
やはり頭からローブを被っているのは変わらぬ。背格好からして10歳くらいの子供であろうか。
「ふむ……判った。入っていいぞ」
「これは、これは。御親切にありがとうございます……」
元より曲がった腰をより深々と曲げるエトラと云う老女。
付き従う子供達は無邪気を円満に見せつける。これぞ挨拶の代わりと云った処か。
「1日で占領って聞いたからどんなヤバい連中かと思ったけど、チョロいチョロい」
フードの内側から滲むふわっとした可愛げ感じる声が、背中で僧兵達を小馬鹿にあしらう。
「シーッ……ニイナ、迂闊に喋っては駄目ですよ。それにしてもエトラ婆、いつもながら見事です」
「……」
冷静な少年の声に呼ばれた老婆は何も応じない。ニイナと呼ばれた少女は口を尖らせるが、正論なので言い返す台詞を押さえ、意外と大きな胸内に沈めた。
後は歩幅を変えることなく、ゆるりと街中を歩む3名。
「処で占拠と云う割に街は意外な程、綺麗じゃないですか?」
「恐らく誰も抵抗すらしなかった。ディオルには屈強な山男が大勢居る。だがこんな神憑りな陣営で襲れたら諦めるが自明の理だな」
ラファンの首都、ディオルは林業が盛んなのだ。『屈強な山男』とはそれを示唆する。
相変わらず小声ではあるが、声色だけ普段の精悍な様子に戻る不可思議な老婆。
この老婆、中身はシアンである。
先程のエトラは偽名。然し全く以って別人帯びた老婆声であった。
シアン・ノイン・ロッソ──。
変装の名人であるだけでなく、声色すら変化出来る優れ者なのだ。
これは自身の地声が余り好きになれず、ひたすら努力した結実。
特殊な能力と云った類ではない。されど特殊能力の定義とは?
これは無粋な問い掛けと云えよう。
然し何とも多彩なシアンの声音、つい先日躊躇いもなく互いを晒したヴァイロとのひと時。あれがシアンの真実なのか疑わしき横槍を匂わす。
なれどシアンが声音を変えられるのを些事に投げたい現実。
途方もない存在が、街の中心にある広場で数え切れぬ程鎮座してるのを彼等は知る。
「し、白いドラゴン! 一体どれだけいるのっ!?」
「こ、これは確かに戦う以前の問題……」
フード越し、例え見えずとも判別出来る子供達の驚異に揺らぐ顔色。
「二人共黙りなさい。レイチ、敵の数から陣営まで把握しておくのです」
レイチと呼んだ少年へ的確な指示を鋭く促すシアン。促した彼女自身、此処迄の道程を完璧に記憶へ留める。
──戦之女神の白い竜は1頭と聞いていたが?
実の処、冷静を装い子供達を先導するシアンさえも冷汗を掻いていた。
処でこれではニイナが独り出番なしを思わす、彼女とて既に帯びた任務を水面下で着々と進行中。
レイチとニイナ──。
子供の様相でありながらシアンの懐刀。
ヴァイロから『鮮やか過ぎる手口』と茶化された怪盗の一員でもあるのだ。
「──そこのお前等……ちょっと待ちな」
「は、はて……。何でございましょう?」
背中から若い女に突然制止を掛けられ、歩みを止める一行。
シアンが瞬時エトラに変化。その声色、寸分の歪みもない。
「匂いだ……特にそこの婆。とんでもなく血と金属の匂いがすんのよ。一体どんな人生を送ればそんな体臭になれるのやら。あと人間じゃないのが混じってるな」
騎士風情な若い女性。他の兵と等しい白き戦之女神の先兵である様子を惜しげもなく敵と思しき相手に敢えて晒した。




