第17話 降り積もる白哀(ᛒᛃᚨᚲᚨᛁ)
ロッギオネの中心地、白銀の女神エディウスを祀る神殿が迎える沈んだ夜。
粉雪散らつく様な白き鎧を脱いだ白銀の少女。
長きに渡る髪の毛さえ銀世界、永久凍土かはたまた氷河を思わす白愛が織り成す奇跡の造形。
されど性を求める乙女に堕ちのび、一番弟子ルオラの部屋を今宵も訪ねていた。
女神が態々毎夜、弟子の寝室に出向く。
同じ性同士が重なり求める累卵。この共依存、誰かに見抜かれようものなら、割れて破れても不思議ではなかろう。
今夜は魅せるネグリジェをエディ、ルオラ互いに羽織っている。着衣の方が余程艶めかしいやも知れぬ露わな姿形。
濡れた愛欲の余韻が、かえって露骨に映えた。
ルオラは独り、大人の煙草を燻らせている。
少女エディが唯一嫌うルオラの汚点だ。例え愛溢れても、何もかも自身に染み入らせるほど人間とは不出来な生き物である。
「エディ……幾ら何でもアレは、やり過ぎたんじゃなくて?」
少し窓を開け、街並みの灯り失せた夜に視線と記憶を落とすルオラの指摘。神を咎める大胆さ。
賢士ルオラが煙草の味を不味く感じる『アレ』とはヴァイロ・カノン・アルベェリアが召喚せしめた黒い竜ノヴァンとの争いでみせた森の魔法。
加えて『その力、我が譲り受ける』堂々宣言してみせた例のアレだ。
戦之女神──。
教えを解かぬ戦頼みな女神の存在意義、禁忌が相手に伝わる深刻さをルオラは、エディの好まぬ煙に乗せ送り届けようとしていた。
それは白銀の乙女が、同性を好む性癖にも繋がりゆく人生の転機。
エディウスは、名も性も変え実に200余年の人生をこれ迄歩んできた。
元来、男の形をしていた。──がっ、それは性別と区分け出来る代物でさえなかった。
やがて長い黒髪を結い、口元にほくろの在る翠眼を湛えた流麗なる大人の踊り子に自らの意志だけを捻じ込むが如く強引に孕ませた。
異性を全く以て愛さず、当人も気づかぬうちに歳がひと回り以上若い金髪の女性をこよなく欲する捻れに堕ちた。だから今とて女性が愛の対象、男を好む意識が欠落していた。
この際、戦之女神の性癖は敢えて捨て置く。
性別無き存在が、踊り子に移り変わった後の話。ルオラが咎める理由の本筋へ繋がり至る。
「わ、判っている……」
酷く言い淀み俯く白銀の女神。落とした肩震わせ蒼き視線を曇らせる。
誤魔化しなのか、或いは濡れた身体と心が真から冷え切ったのか。
エディはルオラの香り漂う床の間を這いずる様に抜け出すと、ファサとネグリジェを床へ落として部屋の湯浴み場を借りるべく席を立った。
「い、言われる迄もな…い」
荘厳な女神を置き去りに白く透けた肌を湯に沈め、口の辺り迄顔を落とした。意味こそ違えど文字通り清濁混ぜて飲み干す役目を強要された乙女の憂鬱。
己が生誕して200年、さらに人間の踊り子に生まれ変わってから凡そ170年。この谷間──森の女神とアドノスを創生した黒い女神、危ういにも程がある。
百数十年──。
人の歴史、ましてや一個人の人生と照らし合わせるならば伝承が歪む刻の流れやも知れない。
それはこの世界軸に於ける医療でも未だに不変だ。
さりとて同じ人族でも悠久の暦を駆け抜けるエルフ族、さらに人類より優秀な記憶媒体を持ち得た人型アンドロイド。
彼等の側に立ち返れば寸刻に成り果てる。
また仇が森の女神のよもやな従属──最も気に掛けねばならない事柄を知り抜きながら150年前拾った幸せの欠片を迂闊にも晒した。
白銀の女神、水に等しき透き通った今の己に触れながら独り孤独な虚空を見上げる。天井から落ちた雫か、或いは自身の身体から流れ溢れた何か判らぬ余剰を拭う。
──ファウナ、そして我を成す黒の女神。愚かだと思うならこんな我をどうか嗤ってくれまいか……。
◇◇
一方、戦之女神の襲撃を受けたカノンの暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリアと若輩過ぎる弟子達。
如何にか退けたエディウスから『戦争をしようぞ』と熱き御指名を受け、対応策に明け暮れた。
何しろ圧倒的戦力不足のヴァイロ陣営。まともに勝負出来るのは、ヴァイロと弟子の総5名。乾いた笑いさえ起きない。
戦之女神が率いる兵力なぞ皆目見当もつかないが、何しろ1国の神を名乗る者。最低でも数百単位は覚悟すべきだ。
然もアテにしてた新戦力、黒い竜ノヴァンが敵のシグノ相手に軽くあしらわれた。
神竜──神を体現した竜。
ノヴァンが戦力差を埋めてくれねば戦争処か話にならぬ。
さらにエディウスが無詠唱で具現化した重力解放と爆炎。
悩ましい事柄が余りにも多大過ぎ、何から手を付ければ良いのか途方に暮れるヴァイロの子供達。
取り合えずヴァイロのツリーハウスに押し入り作戦会議──とは名ばかり。
菓子を奪い合う愚痴の合戦に精出す始末。然も今日は合戦相手のヴァイロがリンネだけに言伝、逃げる様に出掛けた後であった。
ヴァイロの子供達──酒要らずの酔いどれ共が、矮小過ぎる暗黒神の神殿に収まり切れず、哀しい放し飼いに転じたノヴァンの耳を揺らす程の怒声を発した。
然も酔っ払い達の矛先が勘当された形のノヴァンに向かう憐れ。
ダンッ!
「なんだなんだぁッ! ノヴァンの情けねぇ炎の息はよぉ……。このアズール様直々火焔を授けてやったってのにッ!」
リンネが淹れたハーブティーの注がれたティーカップをテーブルの上、叩き付けるアズールの絡み、何しろ別称紅のアズールに酒は要らぬ。
「まあアズの話、判らんでもない。まさか白い竜の鼻息ひとつで吹き消されるとは……」
青い素面の一番弟子アギドも不満を漏らす。この両者の意見が合うのは随分稀有、大抵アギドにアズールがコケにされ話が終わるのだ。
「あら、私の創造した黒い鱗は無傷でございましたわ」
良く整った灰色の長い髪を掻き上げ、新月の守り手の防御力を独り強調するミリア、少々お高く留まる。
本音の処、興味がない。何しろ御目当てのヴァイが不在。どれだけ御洒落しようが魅せたい者が居ないのでは全く以て意味がなかった。
加えて未だ恋敵認定のリンネをチラ見。
軽く睨まれたリンネ、小さな背丈が殊更縮んだ可哀想な当て付け。茶盆の中に顔を隠した。
「──処でリンネ、ヴァイは一体何処へ出掛けた?」
アギド、顔こそ普段通りの冷静ぶりを装うが実の処、彼も相当苛立っていた。
アギドは以前師匠ヴァイロと話したForteza探索の任について真剣に相談を持ち掛けるつもりであったのだ。肩透かしを喰らった次第。
「えと……フォルデノ王国の貴族に頭を下げに行って来るとか」
フォルデノ王国の貴族達、ノヴァン錬成に大枚叩いた出資者達だ。
いつもより声が小さいリンネ、やはり肩身が狭い。
自分の歌で与えたノヴァンの意志、これが上手くいかなかった? 身勝手な思い込みで何の根拠もないが、この中に於ける年長者、人一倍の責任感を抱いていた。
「──で、その後シアンって女の人がやってる喫茶店を訪ねるとか……」
続きの話について語尾が濁るリンネの返答。再び茶盆に顔を緩やかに沈めゆく。
前半戦はヴァイロの御仕事、此方は言い逃れ出来ないお遊びなのだ。
「はぁッ!? そんなのただの遊びじゃないですか! 然も女性がやってる喫茶店に独りとか。リンネは嫌じゃございませんの?」
やはり真っ先喰い下がるのはミリア、リンネの向こうに知らぬ女が透けて見えた気分で嫌悪感を露わにするのだ。
「い、いや……べ、別に。やましい事が在る訳じゃ……ない…し」
俄然ボリュームの撮みを下げるリンネの声音。然し嘘を付いた覚えはないのだ。リンネは、ヴァイを信じていた。




