第1話 悪夢と音を操りし少女
全てが漆黒の竜『ノヴァン』に騎乗し、自分達の故郷カノンを守る戦いの先陣をきっている暗黒魔法の使い手でありながら、剣術にも長けている魔法剣士『ヴァイロ・カノン・アルベェリア』
全身を黒い服で被い、テンガロンハットもやはり黒。その手に握る刀身から柄までが全て赤い両手剣『紅色の蜃気楼』。
左右非対称で竜の牙の骨をそのまま剣にした様な、とても効率的とは思えない形をしていた。
その巨大な刀身は魔術師が扱うには手に余る様に思えるが、使い手であるヴァイロ自身が細身の身体とはいえ、180cm近い身長があるので意外と様になっている。
短い銀髪、そして美形の優男。戦いよりも研究者の方が似合いそうだ。当の本人が実は戦いを嫌ってるのだが、カノン最上の実力者。
寄ってこのカノンを守る戦争に駆り出されている。
対するは色も完全に正反対の白い軍勢。
それらを指揮する『エディウス・ディオ・ビアンコ』も白い長髪に白い両手剣。白き鎧という全てを純白に染め上げた女剣士。
彼女も自らが召喚した白き竜に騎乗している。女剣士と言うが見た目は小さくまるで少女の如き出で立ち。その身体でよく振えると思える両手剣を主兵装にしている。
ヴァイロと決定的に違うのはその妖しき表情。カノンを打ち破らんとする攻め手の勢いに満ち溢れている。
「な、何故だエディウスっ! 俺達は何故戦わなければならない? 不毛の地カノンに一体何用があるというんだっ!」
ヴァイロは無益な争いを望んじゃいない。剣を交えながら必死に訴えかける。
「ククッ、知れた事。この世に竜使い二人は無用ッ! そして何より太陽すら当たらぬ黒の象徴とも言えるカノンの悍ましき存在である! 我はロッギオネを中核に何処迄も清廉潔白な神の国をアドノスに築くッ!」
「か、カノンは邪魔だというのか……」
エディウスの声は良く通り、威厳に満ち溢れてる。対するヴァイロは決して悪ではないというのに、神に追い詰められた咎人の最期の足掻きにすら見える。
「な、ならば戦ってこのカノンを守るまでだ。俺の弟子達は負けん!」
自らを励ましながら徹底抗戦を宣言するヴァイロ。耳に届いたエディウスの顔が歪み、顎まで裂けたのではないかと思える程に嘲笑する。
自ら神を名乗る者が地獄の鬼の如き表情だ。
「な、何がそれ程可笑しい!?」
「気でもふれたかヴァイロとやら。貴様の言う弟子達とは、醜い屍を晒しているアレか?」
目だけでヴァイロを促すエディウス。白い竜は黒き竜よりも高く飛んでいるので、見下した格好になる。
ヴァイロが地上へたじろぐ視線を向けると、愛弟子達の無残な成れ果てが転がっていた。
「あ、アズ!?」
最年少の男子、赤い衣を纏ったアズールの死骸は、無数の白い鳥達の食事と化し最早原型を留めていない。
「み、ミリアは!?」
アズールの一つ上、あまり目立たないグレーの装束のミリアは、まるでモズの早贄の様に枯れ果てた木にその小さな身体を突き刺していた。
「アギド、アギドはどうした!?」
アギドの骸は地面ではなかった。エディウスの騎乗する白い竜の口に腸を噛まれて、首と脚だけを晒していた。
一体何時殺られたのか!? ヴァイロの思考がまるで追いつかない。
──そ、そうだ!
「り、リンネッ! 吟遊詩人の彼女はどうした!?」
ヴァイロが慌ただしく周囲を見渡す。狼狽具合が最早痛々しさすら感じさせる。
エディウスが首を振りながら、さも憐れんだ表情を彼に送り届ける。
「嗚呼……遂にそれすら。貴様の身代わりで肉体を塵も残さず消え失せた女の末路をよもや忘れたと?」
「ヴァ……イ……」
ヴァイロの目前で今にも消えて無くなりそうな、緑髪の女の声が聞こえてきた。
◇
「り、リンネェェェッ!」
「う、うわぁ、びっくりしたぁ!」
ヴァイロはガバッと身体を起こす。隣で寝ていたリンネも起こされ驚きの叫びを上げる。
彼等の住むツリーハウスを支える樹々で寝ていた鳥達が、驚き羽ばたいていく音が聞こえた。
「ハァハァ……、ゆ、夢っ!?」
「ヴァイロ、アンタ凄い顔してるよぉっ。身体まで震えて。一体何見たの?」
息切らすヴァイロはリンネの健在ぶりを見つけると、大きく安堵の息を吐いた。
「な、何でも……ないさ。も、もう忘れた」
顔の蒼白ぶりが、どうにも尋常ではない事を雄弁に物語る。ヴァイロ自身、流石に忘れていない。
なれど夢の内容を決して語りたくない。叶うのものなら真に忘れてしまいたい。
16歳のリンネは彼の夢の内容こそ不明だが、嘘をついている事くらい流石に見抜けた。12の頃拾われこの家に移り住み、彼のこれまでをつぶさに見てきた。
髪の毛と同じ緑色の瞳に誤魔化しは通用しない。だからこそ、この嘘を追及しようとも思わないのだが。
「ハーブティーでも入れるかい?」
歳が9つも上のヴァイロに気さくな声を掛けるリンネ。尤も彼女の場合、誰に対してもこうなのだ。
「いや、それより……」
ヴァイロがベッドに寝転がってポンポンっと叩く。『此方へ来い』と言っているのだ。
「え……またあ」
「そ、例の耳かきを頼むよ。あれが一番落ち着くんだ」
「もうっ……耳垢なんて残ってないだろ?」
「わざとらしいな。そんなこと望んでないの判ってんだろ?」
諦め顔でリンネはベッドの縁に座ると、ヴァイロが幼児の様にその膝上へ頭を載せて片耳を向ける。
此処までは普通の耳かきをせがむ男の姿だ。
「じゃあ……いくよ」
リンネはヴァイロの左耳に右手を添える。傍目には何をしているのかちょっと良く判別出来ない。
然しヴァイロはあからさまに恍惚な顔をしている。彼の左耳の中では、耳かきの音だけが響いているのだ。
「強い? 痛くない?」
リンネが面倒そうに訊ねているそれは、耳かきのソレなのだがあくまで音だけ。
「問題ない……あ、そこそこ……」
応える方も耳かきをされている体。しかしやっぱり音だけなのだ。ヴァイロはこの音だけの耳かきを永遠にされるのが大好きである。
幾ら掻かれても痛くはならない。それ処か耳かきの気持ち良さだけが残る。
滑稽なのは、25歳で180cmの男が、16で160cmにも満たない女子へ完全に甘えている様子。
音だけでは満足出来ない。一見無駄な声の掛け合いとて、このやり取りに不可欠な要素。
この醜態とも言えるヴァイロの姿を知っているのは、同居人のリンネだけ。呆れつつも自分だけに見せるこの態度。
次第に脚が痛くなるが、自分だけがヴァイロを独占出来ている現状。決して悪い気しないリンネであった。