第15話 吼えた爆炎の魔導士(ᛒᚨᚲᚢᛖᚾ ᚾᛟ ᛗᚨᛞᛟᛊᛁ)
カノンを守護する優しき暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
戦之女神の一番弟子、火と水、2つの力が衝突し合う六芒星を背負う賢士ルオラの術式『心澱の誘い』に堕ちた。
それ以前、ルオラは心の茨を剣化する奇跡、心之剣を行使した。対峙したアギドとミリアは、その二刀相手に戦う図式を勝手に描いた。
これはルオラが狙ってやった事柄ではないかも知れない。然し、まるで狙った陽動と化した。
術者、或いは被術者の心に秘めた力を引き出すのが賢士のやり口。
ルオラの狙い目はズバリ、ヴァイロが見た例の悪夢だ。
「う、ウグッ!? や、やめろぉッ! 止めてくれぇぇッ!」
テンガロンハットを捨てる様に脱ぎ、短い銀髪を抱え全身で心の激痛を訴えるヴァイロの哀れなる図式。
帽子さえも頭に無理矢理載せられた枷的な物として受け留めた様だ。
「ヴァイッ!? な、何があったのよ!」
赤い目をひん剥き暴れ狂い、リンネの静止もまるで用をなさぬヴァイロの地獄絵図。
リンネだけでなく、普段人一倍冷静なアギドや、比較的落ち着いて行動出来るミリアさえも師匠ヴァイロの豹変ぶりに声を失う。
寝ている訳でないヴァイロが無理矢理見せられ続ける白昼夢。
アギドが竜に喰われ、アズールが鳥達の餌。ミリアが無惨にもモズの早贄が如く、枯れ木に串刺し。
そして愛しのリンネが淡い光と成りて失せ逝く最惡。
もう二度と見たくない絵面が何処の壁面にも描かれた闇の迷宮を抜け出せず、ひたすら彷徨うのだ。
ルオラの心澱の誘いは、標的の心に潜む最底辺をみせ往く生き地獄。
──ヴァイ? お前一体何を今観ている?
アギドはヴァイロと6ヶ月前話した夢の話をふと思い出す。無論詳細を聴いた訳ではない。だがアギド少年はとある理由でヴァイロが見た地獄の沙汰を粗方知っているのだ。
アギド、冷汗垂らしつつ次は賢士と白銀の少女の様子を窺う。
如何にもこの結果を知り抜いていた顔立ち、それ処か狙ってやったとしか思えなかった憎らしい余裕面。
──何故奴等が!?
腑に落ちぬ必然にアギドの脳裏が沈む。──がっ、別の疑問も即座に浮かぶ。生き地獄を見せるだけ、この仕打ちの理由が最たる謎だ。
「フフッ……ヴァイロ・カノン・アルベェリア。貴様の能力、あの黒い竜毎この我が貰い受ける」
重力解放の効力が未だ切れてないヴァイロ、宙に浮いたまま苦しみ足掻く。まるで見えぬ十字架で磔に処された印象。
その間近、白銀の少女が乙女の様な顔に反した残虐なる嗤い。口が裂けんばかりだ。竜之牙をヴァイロの頬向けチラつかせる。
──貰い受ける? 殺さないだとッ!?
アギド、その様子にまたしても自らの五感を疑う。
自らの疑問を声に乗せたくとも縛り首にでもされた様に心の底から卑屈へ堕ち往く。敬愛する師の困窮、指を咥えて見てるだけの終焉を迎えるのか。
リンネやミリアもアギドと同様、金縛りにでもあったかの如く動きを止めた。
ヴァイロの影を形にしたノヴァンさえも浮遊したまま制止。所詮は影故、影の元凶が動けぬのなら、この黒い竜とて同じなのやも知れない。
暗黒神──。
元来人であれど名前通り裁きを受けるしかない身の上なのか。
「──暗黒神使いの竜ノヴァンよッ! 全てを焦がすその息を俺に与えよッ! ──『爆炎』!」
静寂と絶望を突如ぶち壊した少年の甲高い咆哮、暗闇が支配する不毛なる大地へ大いに轟く。
──独り、空気を読まぬ紅の少年が動いた! ──
ズガガーンッ!
「グワッ!?」
「ぐぅ!? ば、馬鹿な師の背中を?」
ヴァイロとエディウスの背中で炸裂した赤い爆発。
二柱の現人神をまとめて吹き飛ばす不埒な輩。破砕された岩盤の欠片が堕ちた暗黒神の頬を殴り抜いた。
「へッ! 何やってんだお前等ッ! 俺みたいな餓鬼に起こされるとかどうかしてんぞッ!」
暗黒神ヴァイロが弟子、爆炎の魔導士アズールが神々毎、世界軸を笑い飛ばした。
「う、うう……あ、アズ?」
向こう側の岩盤迄、アズールの爆炎に依り飛ばされたヴァイロ師匠。
さらに地面に落下した最低の絵面。頭から叩き付けられ少し割れた所から血を流しながら如何にか目覚める。
ルオラが仕掛けた心澱の誘い、闇の迷宮から抜け出せた。
ガツンガツンッ……。
満身創痍と云って差し支えない師匠の元、ワザと足を踏み鳴らしアズールが近寄る。
「ヴァイッ! なんでそこの白い姉ちゃんがヴァイロの術を使えんのか? んなこた知らねぇッ! だがなッ!」
何とも痛々しいヴァイロの胸倉を情け無用で掴み、小さな躰で精一杯持ち上げるアズールの誠意。
「だが俺様の爆炎は、暗黒神ヴァイロ直伝の術だッ! ファウナァッ!? そんな奴ぁ知らねぇッ!」
師匠ヴァイロの顔、ほぼゼロ距離で睨み付け啖呵を切ったアズールの至極尤もな訴え。唾が師匠の赤目に飛び込む師弟逆転。
「ふふ……」
空から様子を眺めていた兄弟子のアギド、思わず緩む。
何故かアズールの姿が中途から失せてた状況に気付いていた。
何か狙っているのを期待した次第。然し想像の斜め上を往く結果を見せつけられた痛快な気分に駆られ、戦いの合間に迂闊にも笑った。
リンネとミリアの顔にも笑みが零れる幸せを呼び込む。ノヴァンは「フンッ」と独り鼻を鳴らす。主人の不甲斐なさは自身に返る立腹なのだ。
「──ルオラッ! 今一度仕掛けろッ!」
最年少が呼び込んだ緩みを再び緊張へ引き戻す戦之女神の低い声が飛ぶ。
やはり殺すつもりはない様子。兎も角またしても賢士がヴァイロへ悪夢を見せるべく動き出す。
ピチョンッ……。
「──『音の波』」
リンネが自分の両手を絡み合わせ、祈りにも似た穏やかな声を発する。ヴァイロ達の頭上、水が滴り落ちる波紋の様な音が拡がりみせた。
「……不安の痛みに苦しみ藻掻け! ──『心澱の誘い』!」
神の命に従い、2度目の奇跡を起こすべく最高峰の賢士、ルオラが仕掛けた。
「ハァァッ!」
間髪入れず、ミリアが新月の守り手の防御力を右拳に移し、戦之女神側の神竜シグノの頬を大胆にも真横から殴り飛ばす。
何が軋む大層嫌な音響、神竜の顎にヒビを入れた金星を音で示した。これ以上シグノが負傷すれば飛んで帰れなくなる可能性が生じた。
そして何より悪夢に堕とし動きを止めたかったヴァイロ自身が全く変化を見せなかった。
今度は驚き荒むのが白銀の側に転じる。
音の波とは、リンネが扱う音に依る防御。術の名前通り被術者達を音の波動で覆い、魔導等の状態変化を防ぐのだ。
「ええぃッ! ならば我自らの力で斬るのみッ!」
未だ重力解放による効力で上空からの攻撃姿勢が取れるエディウス。竜之牙を翳して暗黒神に襲い掛からんと迫り征く。
ズバァッ!
「グッ!? ば、馬鹿なッ!?」
斬り掛かった白銀の少女側が鎧の内側から血を噴き出す不可思議、斬られた苦痛より驚愕の気分が勝るエディウスに移り住んだ鬱。
間違いなく先に仕掛けたのは白のエディウス。
黒いヴァイロは紅色の蜃気楼を横に出した所謂守備表示。
殺気抱いたのは自身の握る竜之牙だと確信していた。
迂闊を自ら誘った状況に半ば気付いたエディウス。頭部からの出血で表情が上手く覗けぬ黒の男を歪んだ顔で睨む。
ニヤリッ。
顔が血の色だが未だ血の気は薄いと思われたヴァイロ、隠し通した殺意の冷笑。漸く魅せつける。
「戦之女神を名乗る割に甘いな──来ると判った剣閃。殺す気で受ければ済むだろ?」
互いに血みどろな現人神──だがこの場に於ける勝敗は決した。殺意を刻む紅色の蜃気楼が、エディウスのそれを着実に上回ったのだ。




