第15話 宣戦布告
──何やら下界が騒々しい……。
戦之女神エディウス──。
白ばかりの女神が馬の如く扱う白い竜シグノ。
加えて己が一番弟子、賢士ルオラを連れ、やたら黒が悪目立ちするカノンの神。ヴァイロが具現化したノヴァンの力試しに訪れた。
少女が如き体躯で白い両手剣、竜之牙を羽根の様に軽々操り、敵の繰り出す魔法や炎さえも斬り裂く異様。
数だけなら劣勢であるのに相手を寄せ付けぬ様子、まさしく神を名乗るに相応しき姿。
エディウス、暗黒神の剣と交わりながら地上への警戒も怠らない余裕。
さりとてそんな女神でも想像が及ばぬ転変、地面を這う子供達がこれより巻き起こす。
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に如何なるモノも通さぬ強固な壁を我が腕に『白き月の守り手』!」
灰色めいたミリアが詠唱を終える。彼女の両手に光が集中してゆく。両手を広げアギドの背後に回る。
「で、では行きますッ!」
ドカッ!
鈍い音と共にミリアの光る両手で突き飛ばされたアギドが宙へ跳ぶ。彼は押されると同時に地面を全力で蹴り飛ばした。
然しながら2つの打撃合わせた処で、アギドの背丈2倍程度の高さに過ぎない跳躍。空中戦をしている崖上には到底及ばない。
「──その身を焦がせ! 『破』!」
そこへ中途まで詠唱を済ませていたアズールの破。赤い少年が青いアギドの足元を狙い小爆発を起こす。
「グッ!」
破の爆風に顔を歪つつ耐えるアギド。吹き上がる爆風、さらに上空へと舞い上がる。けれどまだ足りない。
「マー・テロー、暗黒神よ、その至高の力であの者に裁きの鉄槌を『神之蛇之一撃』」
此処で宙を舞いながら、アギドが神之蛇之一撃を完遂させる。黒い大蛇の影が一つだけ出現した。
何とアギド、その大蛇の上に堂々胸張り立ってみせた。
「あ、アギド!?」
「ほぅ……成程。影の大蛇で我々の所まで運んで貰おうという腹か。子供の癖良くもまあ知恵が回る」
驚くヴァイロを一時放って、エディウスがアギドの大蛇を斬り裂きに向かい、瞬時にそれを熟した……かに誰の目にも映った。
──どれだけ速かろうが見えている! そして感謝する戦之女神ッ!
「……全ての物の拘束を具現化せよ──『枷の鎖』」
斬られたかに見えたアギドの大蛇は二首に割れた。元々二頭の大蛇を重ね一匹と欺かせていたのを斬られた瞬時に分けた。
さらに相手へありえない重さを感じさせる枷の鎖を、途中まで詠唱しつつ、エディウスと相対する時に完遂させる独り時間差。
右手の剣で竜之牙を受け、左手の剣を下段から振り上げエディウスの胴を狙う。
アギド、これしきで敵の神を斬れると驕ってなどいない。だがこの動作でエディウスは、本気で踏み込めなくなる僅かな隙を作り出す布石と為す。
「チィッ!」
「どうだッ! 俺の剣は戦の女神にも通用する!」
エディウス自身、青い少年の思い通りに動いてるのを自覚し苛立ちの舌打ち。さらに2匹目の黒蛇が、ルオラの方へ襲い掛かる。
強か過ぎる15歳の少年。
目算通り事運ぶ迄、声を押し殺す暗躍ぶりを見せ付ける。
「ぐわッ!? よ、よくもこのガキィッ!」
──じ、術が解けた!?
背中へ大蛇の突撃を喰らい悶絶するルオラ。リンネは自分に掛けられた術が解けた事を五感で理解する。
「ラァァァァァァ!!」
「ヴァイッ!!」
リンネが間髪入れず高周波の雄叫び上げる。落下しながらアギドは、師に次の一手を打つよう鼓舞する。
ヴァイロ、被ってた帽子をエディウス等の頭上に放り投げる。すると帽子が赤き光を4本射出し、それがピラミッド状に相手を包み込んだ。
「──結界か!」
「これがないと此処にいる全ての者が対象になるからな! さあ果たしてこれも斬れるか白い女神ッ!」
優秀たる愛弟子と阿吽の呼吸で仕掛ける黒い魔導の真祖、ヴァイロ。魔術の種にされたエディウス、結界を見渡す揺るがぬ真顔。
「フッ……やってみるが良い」
「暗黒神の足! 神の足! その一歩で全てを踏み潰せ──『神之枷』!」
未だ余裕面を崩さない敵の大将。
苛立ちに歪む気分を魔法へ叩き付けるヴァイロの叫び。
「あぁぁぁぁッ!?」
「こ、これは重力? 重力を無効化して飛ぶ事も出来るが、その逆も然りかッ!」
赤い光が形成するピラミッドの底辺に向かう押し潰される感覚。エディウス、ルオラ、シグノが苦悶の表情で落ち往く。
ルオラはその重みと苦痛に耐え切れず、白目を剥き気絶する。
一方エディウスは、神の力を体現する健在ぶりを示すが、決して余裕ではない。大剣を支えに立っているのがやっとの状態。
「どうだ、流石に動けまい。俺がこの帽子を下げるとさらに重力が増す。このままでは本当に押し潰されるぞ!」
「そ、それは……どうかな」
遂にドラゴンのシグノですらも、完全に伸びた状態。エディウスのみ、片膝と大剣を杖代わりに未だ強がる。
「そうかよッ!!」
「ウグゥッ!!」
ヴァイロがさらにテンガロンハットを押し込む。エディウスから苦しみ悶える声が上がる。
──し、死ぬのか……これで? これであの夢は回避出来るのか?
エディウスと相対する際、ヴァイロの脳裏に常時これが居る。勿論このまま終局を迎えて欲しい。
その直後、エディウスの目が白く輝いた。
「竜之牙・『混沌を斬る刃』!」
エディウスが体勢を変えず、光のピラミッドの底を逆手に握る竜之牙で突き刺す。
白い輝きが結界を貫通し光のピラミッドは、一挙風化した様に崩れ去った。
「な、何だとっ!?」
「フ、フフッ……」
ヴァイロ、動揺しながら取り合えず帽子を取って被り直す。エディウス、目の輝きが消えない。先程迄の余裕を残した感じとも一線を画した様子。
まるで意識此処に在らず、なれど威圧感は寧ろ増大したように思える様。
「ヴァ、ヴァイ……な、なんかアレやばい……」
リンネは身体も声も震え上がる。ノヴァンは羽根に生やした爪を、エディウス目掛けて勝手に振り下ろす。
生物の頂点を思わす黒き竜でさえ、リンネと等しくたった独りの矮小な人間に脅威を覚え、後先考えず物理攻撃に転じたのだ。
「ハァァァァァッ!!」
エディウス、気合と共にシグノの背中を蹴り、ノヴァンの翼目掛けて突きを繰り出す。
鋼より硬い皮膚にカウンターとなった剣先が刺さり、何と突き破る驚異の結実。
「グワッ!? ば、馬鹿な。に、人間如きに!?」
ノヴァンの傷口から黒い血が一斉に吹き出す。純白であった筈の女神が、暗黒に染まり往く。最早、どちらが暗黒神か判別出来ない様相。
「え、エディー! もう止めてぇッ!」
何時の間にやら気絶から立ち直ったルオラが、そんな彼女を背後から抱き締めた。
女神として、師匠として、そして愛する相手としてのエディウス全てを知り尽くしたルオラ。
そんな彼女から見ても現状のエディウスは、異様に満ち溢れていた。引き止めずにいられなかった。
「………ルオラ?」
「え、エディーッ! エディウス・ディオ・ビアンコッ!」
ルオラの温かみが届いたのか、エディウスが我を取り戻した。ルオラは泣いた、抱き締めたまま、涙しながらその名を叫ぶ。
ヴァイロ、リンネ、ノヴァンは何故か手を出すのを躊躇い、ただ押し黙って様子を見つめた。
「ヴァイロよ………」
「むっ?」
「そもそも今日は、貴様の創造した竜へ、挨拶をしに来たまでの事……」
「……」
エディウスはルオラにしがみ付かれたままヴァイロへ告げる。その顔は何故か慈愛に満ちていた。
次の台詞まで少し間を置き、指差してさらに続けるの。またも敵としての手厳しい表情に返る。
「次やる時は互いの全力だ。……戦争をしようぞ」
「──ッ! エディウス……承知した」
穏やかだが力強いエディウスの宣戦布告。
ヴァイロも厳しい視線を全く外そうとせず、然も相手に合わせ穏やかなる声でそれを容認した。
「往くぞ、ルオラ、シグノ」
「はっ……」
白い雄大な翼を広げて、シグノが飛び去って往く。それは厳しい戦闘の後とは思えぬ程、大層優雅な光景を残す者共の心根に植え付けた。