第14話 白衣の罠(ᚹᚨᚾᚨ)
暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリアが御使いの竜。
ノヴァンの錬成果たした余韻に浸る間すら与えぬ白の襲来。
ヴァイロ側の半年間を見透かしかの如き絶妙な頃合い。戦之女神側の間者が居るのではと疑い抱く心の暇さえ皆無。
然も白銀の女神があろうことか空襲すべく騎乗している白い竜を賢士ルオラに託し、漆黒の神へ一騎討ちを所望する大胆不敵。
森の女神の従属である暗黒神のみ許容された呪文、重力解放をあろうことか無詠唱で扱い、薄暗いカノンの空を跳ねるのだ。
「──全てを焦がすその息を我に与えよ!」
紅色の蜃気楼だけに在らずな魔法剣士のヴァイロ、カノンの谷間を駆け巡りながら、次なる術式の詠唱を間もなく終える。
「「──『爆炎』!」」
ズガーンッ!
等しき魔導が渓谷に響かせる轟音。
ヴァイロが左掌から繰り出した火の玉、心に巣食う燻りと焦りをそのまま形にした物を鬱憤晴らすべくエディウスへ投げ込む。
またしても同調決めた白銀の少女から辛抱堪らず溢れ出す嘲笑。
爆炎をまんまと相殺せしめたエディウスの愉悦。
同じ呪文を好きに使われ気が変になりそなヴァイロ。細く鋭き赤目を見開き、駆け抜ける震撼。
理由不明だが最早確信するより他なき現実突き付けられた憂鬱に沈む。
戦之女神は森の女神と同様、無詠唱で魔導を操れる。
ヴァイロは、幼少期から森の女神を研究し尽くした云わば生え抜き。認め難き必然に血が滲むほど歯軋り潰した。
──巫山戯んなッ! ファウナは俺の女神、戦を謳う女神が別の女神の力を使うなどッ!
怒りに打ち震えるヴァイロの身勝手、森の女神は当然、誰のものでもないのだ。
そんな己が未だ成し得ぬ無詠唱、よもや敵にかっ拐われた劣等感。
悲憤がマグマの如く沸き立つのを抑え切れぬ嫉妬。
信心深さ──。
人が最も拗らせてはならない執着の駅なのだ。
まるで嘲が真顔な程、顔色を微塵足りとも変えず竜之牙を振るうエディウスの先攻。降りしきる雪の様に止まぬ白が黒を塗り潰す。
神が他の神力を操る他力本願──。
神同士の異常事態、生き残るのは果たして何方だ?
一方、リンネと彼女を乗せた黒い竜。遊女の様な出で立ちのルオラを乗せたシグノがカノンの空で折り重なる。
地上から見上げる者達には、白を貪る月食を匂わせた。
「へぇ……成程。素朴だけど可愛いのね貴女。暗黒神? 中々見る目あるじゃない」
御相手が可愛げある16の乙女、白い衣が隠す冷徹な下心がリンネを魂を這いずる。殺気より妖気が先往くルオラの在り様。
「何だよアンタ、私はヴァイを助けに行くんだ。だから邪魔しないで……」
リンネの怒り、誇大な声に在らずな震える呟き。
漆黒なる竜の背中で一際映えるリンネの白いドレス。
善悪を純白で染め上げたシグノと賢士ルオラを、正義の紛い物呼ばわりするリンネの存在意義。
リンネは眼前のルオラに視線を絡めない。虚ろな白銀煌めく少女相手に苦戦強いられた自分の男を救う欲求だけで満たされていた。
黒い竜が身勝手に白に向け、炎の息を断続的に吐き続ける威嚇。
ヴァイロ達を態度で蔑み続けたのが嘘に思える。少なくともリンネだけには従順な姿勢を貫く。
だが哀しきかな──対するシグノ、同じ息でも鼻息だけのみ。それらを消し去る平然ぶりで応じた。
ノヴァンは独り信じ難い想いに駆られる、己の吐いた炎を蝋燭の様に消し去られたのだ。
カチンッ!
16の小娘に拒絶されたルオラの苛立つ固執の気分が弾けた音。
ルオラは戦を司る女神より邪魔者達の相手をするよう神の命を受けた。こんな小娘如きに拒絶されるなど在ってはならぬ。
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ。我の心に潜む茨の刃、我は剣也、神の剣也、裂けよ全てを! ──『心之剣』!」
美麗──がっ、16の少女に比べれば年増な女性が眉顰めた迫真の詠唱術。両腕を赤い剣に変えた。
自らの身体を錬成の対価に払った二刀を用い、小生意気な娘を斬り刻まんと迫り征く。
キンッ!
「み、ミリア?」
剣の交わる音が渓谷に木霊したか。
そう思われた矢先、ルオラの繰り出す心之剣と相対したのは、新月の守り手で此方も己の腕を文字面通りに剣化したミリアである。
凛々しくも険しいオレンジ色の視線をルオラへ飛ばすミリア。
重力解放で浮遊した後、新月の守り手で固めた両脚を用い地面を蹴り飛ばし此処まで辿り着いた。
6ヶ月前、ヴァイロから貰った黒マント。
黒ずんだ肩当てや手甲、灰色こそ変わらないが長いスカートは脚が自由に動かせる様、深いスリットが入っていた。
さらにこれは争う前に後ろで結ったらしきポニーテールを揺らす。
黒い竜の錬成時は、必死の気分で気に留めなかったリンネの目端に映り込む。
「リンネ……ヴァイを護りなさい、早く」
僅かに怒気を孕んだミリアの言伝。ヴァイを護る、本音なら自分が果たしたい役目を恋敵に捧げた彼女の決意。
「き、気を付けて……」
「……」
リンネに気遣いを無言で応じるミリア、乙女の意地。
ミリアからの贈り物を無駄に出来ないリンネ、ノヴァンの首筋を軽く叩き主人の元へ羽ばたけと促した。
「マー・テロー、暗黒神よ、その至高の力であの者に裁きの鉄槌を──『神之蛇之一撃』!」
黒い竜と入れ替わった様な時機、大蛇の影が固まりルオラを襲う。
されどルオラは自らの手を汚さぬ防御を見せる。何と大蛇の影をシグノに噛ませた。骨まで喰らい尽くす様な何とも惨たらしい音が周囲に響いた。
「クッ! やってくれる。リンネ、この敵は俺とミリアが預かる」
自らも重力解放で空に浮き、加えて神之蛇之一撃が具現化した影に此処まで運ばせたアギドが言葉少なめ、己が師匠の命を託した。
実の処、ミリアとアギドの二人は刺す様な頭痛を抱えていた。
ノヴァン錬成時、絶望之淵を攻撃でなく材料に使ったアギドと、未だ扱い慣れてない新月の守り手を詠唱したミリア。
この頭痛はその際の対価。魔力を使い過ぎた代償。数値化出来るほど便利ではない。
なれどこの争いを長引かせるのは危険。疲労感でその位の判断なら想像に容易い。
現状を打破出来るのは暗黒神の神聖術でなく、魔力を使わぬリンネの声と音だと知り抜いていたアギドとミリアなのだ。
──それに頭に血が昇った師匠を救うのは、赤い馬鹿が適任なのさ。
余剰な思いが脳裏に浮かんだアギドの苦笑。師匠の危機に真っ先駆けつけるべき弟子の独り、何故か姿が見えない。
「ルオラッ!」
「──ッ!」
敵の大将と剣を交えたままの大太刀回り、エディウスが言葉少なく一番弟子へ何かを望む。
さも一騎討ちの体を装いながら戦う以前、何か言いくるめられてたらしきルオラが無言で頷く。
「やらせんッ!」
青い衣装が映えるアギドが両手のエストックを振り翳し敵の賢士の女を牽制する働き。
何らかの術を扱うと決まった相場、ミリアも一番弟子に続いた。
「キシャァァ!」
だがルオラは独りに在らず、騎乗してる竜シグノが口を開き炎の息を吐いた。回避以外の選択肢をアギド達に与えぬ威力。
ニタリッ……。賢士ルオラの冷笑、詠唱の刻は稼げた。
「デエオ・ラーマ、戦之女神の名に於いて、自らの心に潜む不安の痛みに苦しみ藻掻け! ──『心澱の誘い』」
師エディウスが弟子に課した役目が、未だ悪夢に心囚われた優し過ぎる神の魂を羽交い締めに堕とす術が決した。




