第14話 竜之牙(ザナデルドラ)
明らか過ぎる敵将、エディウス・ディオ・ビアンコではなく、御付きと言うべき賢士ルオラを先に狙ったヴァイロの魔法剣と紅色の蜃気楼の二段構えに寄る戦術。
ルオラはエディウスの背中に位置していた。ルオラ狙いでどちらか必ず手傷を負わせる目的。
在り得ない展開──。
何れもエディウスの竜之牙に防がれてしまう。
然も報復の怒りをルオラの方から受ける理不尽。
賢士ルオラ恐怖の術式、心之激痛がヴァイロに巣食う心の不安を激痛に変え襲う泥沼に転じた。
「「──ヴァイっ!」」
「ど、どうしたのっ!?」
ヴァイロが胸押え苦しむ姿は、地上に居るアギド、アズール、ミリアも視界に捉える。
特にミリアの心配顔が悲痛に映る。自らの力不足で戦えない怒りと、愛する人への気持ちが露呈し、如何にもならぬ涙顔。
「ヴァイ、大丈夫なの!?」
「ウッ……グォォォ……」
心配なのは近くに居るリンネも勿論同然である。
ヴァイロの脳裏に、例の地獄な夢が渦巻き心と意識の周囲をドス黒く旋回している。
相手の不安定な部分を引き出し、そのまま勝手に死ねという何とも無慈悲なる術式。魂之束縛同様、賢士の術は人の心根の弱さに漬け込むさもやらしいものが多い。
「フンッ!」
追い詰められたヴァイロに、ノヴァンが荒い鼻息を浴びせる。黒い霧が勢い良くヴァイロを吹き飛ばした。
「んっ!? な、何ともなくなったぞ?」
「なっ、何ですってぇぇ!?」
ヴァイロの顔から苦痛は消え去る。驚きノヴァンの方へ目を流すヴァイロ。
その様子に賢士最強のルオラが愕然とする。竜の鼻息が術を吹き飛ばす? 彼女もノヴァンへ仰天の視線を送らずにはいられない。
「あの娘は音の波紋で術を受け流し、竜は術を吹き飛ばす!? そんなものどうやって相手しろって言うの?」
「──狼狽えるでないルオラ。あの娘の方は、絶対魔法防御という訳ではなかろう」
驚くルオラの肩に手を置き、落ち着くよう促すエディウス。
ルオラは幾分冷静さを取り戻すと、口調を戦之女神に仕えし一番弟子としての立ち振る舞いに戻す。
「処で魂之束縛が、あの黒い竜に通じると思うか?」
「お、恐らく無理かと。アレは普通の生き物でない故、やれる気が致しません……」
互いに黒き竜を見やりながら語る。ルオラ、暗い表情で首を横に振る以外の選択肢を見出せない。
「で、あるか……」
それを聞いたエディウスの顔が、何を考えているのか判らない風変わりなものに思えた。
「ですがあの男か竜の娘であれば…」
「──ならん」
「はっ?」
「それだけは断じて容認出来ん。特にあの二人をこの場で殺しては絶対ならん」
明らかに有効であるルオラの提案をエディウスは無表情で跳ね除けた。ルオラには全く以って意味解せない。
──な、何故……取るに足らない娘は兎も角、あの男さえ殺ればその影である竜も消えるのではないの?
これがルオラの推測であり、弟子である自分が思う位なのだから当然、師匠にも似た様な気付きがある筈なのだ。
「兎に角この場は我と竜之牙で切り抜ける。お前には援護を頼む」
「ぎょ…御意」
エディウス、師というよりルオラが敬愛する女神そのものの趣きで指示を出すと、再び敵の方へ斜に構えて睨みを効かす。
ルオラもこれに逆らう気は最早毛頭起きない。
そんな両者へ無言で紅色の蜃気楼による突きを見舞うかにみえたヴァイロ。けれどもエディウスが迎え撃つ以前、再び赤い霧の中に沈んだ。
一方リンネが深く息を吸い、再び音による援護を試みる。
「ラァァァァァァッ!!」
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が戦慄よ、旋律と為りてかの者の中を駆け巡れ──『戦之音』!」
──調子に乗るな、小娘っ!
再度リンネの高周波攻撃を受けてしまったものの、苦しみに耐えながらルオラが詠唱を完遂させる。
ルオラがこの戦いに於いて相手に感じた戦慄。心中に溜め込んだ恐怖の声がリンネの聴覚を大きく揺さぶる。
──どう、貴女自身恐らく初めてでしょ? 耳をやられる体験を返してあげるわ。
「な、何これ!? こ、声がっ! こ、怖いっ!」
リンネの顔が恐怖に歪む。これまで自分達がこの争いで与えたルオラの身震い。そのまま返され如何に大きかったか身を以って知る羽目になる。
酷く震えながらノヴァンの上で塞ぎ込むリンネ。
──今さら耳を塞ごうと無駄。確かに声だけど貴女の心に訴えるのよ……だから音の波とやらの防御も通じまい!
「───ノヴァン!」
「我の首に座ってるのだッ、流石に届かぬ!」
「クッ!」
ノヴァンの鼻息が使えないのなら、自らが術者に攻撃を加え、その集中を乱すだけ。ヴァイロは攻撃目標を遊女の様な女に切り替える。
「マー・テロー、暗黒神の名の元に、その至高の力であの者に裁きの鉄槌を『神之蛇之一撃』ッ!」
赤い霧の中から大蛇の頭の様な形をした影が3匹出現すると、一斉にルオラへ襲い掛かる。
「やらせんと言っている!」
だが再びエディウスが大剣・竜之牙を軽々と振り下ろし、先ず1匹撃ち落したかと思えば、そのまま身体毎縦に回転して2匹目。さらに真横に振り抜き3匹目も難なく斬り落とした。
──なっ!? 魔法を斬るとは奴の剣はどうなっている? そう言えばさっき輝く真空の刃も受けきられた!
つい先程の攻防を思い返すヴァイロ。物理攻撃でないものを受けられる剣というのは、余り聞いた覚えがない。皆無という訳でもないが。
「ノヴァンっ!」
ヴァイロの指示を受ける迄もなく、ノヴァンは炎の息を断続的に吐き続ける。相手に避けられない様、広範囲に散らしてみせた。
外れたものが地上まで届き、観客達が悲鳴を上げ逃走する。
──フッ……。
エディウスの真正面に飛んでいく炎。エディウスは剣を上段に構えると、その炎目掛けて大きく振り下ろす。
「な、何だと?」
「馬鹿な、我が炎を刃が斬る!?」
エディウスの眼前まで迫った炎が完全に二つに裂かれ、まるで本流だった川が支流に別れた様子と化した。
旧約聖書のモーゼが海を割る……それほど在り得ないものを見せられている感覚。
「フフッ……こんなものか、本物の竜の炎とやらは? 金属すら溶かすのではなかったのか?」
驚くヴァイロとノヴァンを、エディウスが嘲笑する。
「ならばこれで……」
「詠唱の暇は与えぬ!」
何かを唱えようとしたヴァイロに対し、エディウスの鋭い突きが繰り出される。
その小さな身体でどうやって大剣を扱えば、出来る御業か理解に苦しむ。
「くそぉっ! 幾らドラゴンを呼び出せたからと言って、やはり俺達の連携がないとッ!」
「悔しいがアズの言う通りだ。それに……ノヴァンだったか。アレも加えた戦闘スタイルを考えないと、その力を存分に発揮出来ない。せめてリンネだけでも解放しなくては……」
「──ッ!」
地上の三人の顔が相変わらず雲行き怪しい顔。特にミリアのそれが顕著だ。
「俺は模擬戦をしてない分、まだ2回位は魔法が出来る気がする。ただ空を飛ぶ術は無理そうだ……アズとミリアはどうだ?」
「破1回位は……けど近づいて撃たなきゃどうにもっ!」
「わ、私もさっき邪魔された白き月の守り手を1回だけ……」
弟弟子二人の解答を聞いたアギドは、瞬時に判断を下す。
「いける……ミリアは白き月の守り手の一点集中で俺の背中を宙へ突き飛ばせ!」
「そ、そんなことして一体何になるというのですか!?」
「さらにアズは、俺に向かって破だっ!」
「ハァッ!? ど、どういうことだってばよッ!?」
アズールとミリアの疑問を他所に、アギドの頭の中では次の展開に於ける最善手と身体の動きを繋げるべく想像を自動再生させていた。