第13話 白亜の解脱(ᚷᛖᛞᚨᛏᛋᚢ)
我が故郷、カノンと何より大切な子供達を護りたい──。
そんな一心で意志を持ち得た黒い竜の召喚に成功した暗黒神ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
意志を秘めた強大なる竜。主人ヴァイロの言いつけ聴かぬ絶望へ落ちるかと思いきや、声を与えてくれたリンネだけには意外な程の従順な態度を示した。
ホッと胸撫で下ろす一同。
何しろ此処で邪悪な影を振り翳せば竜を錬成する事業が地に落ちるばかりか、いよいよ安っぽい神話にさえも出演しそうにない暗がりの神様が走り出す手前であった。
「──おっと、最後の儀式を忘れる処だった」
再び錬成陣に触れたヴァイロ。
黒い竜を育んだ直径200mもの錬成陣、『ᚾᛟᚹᚨᚾ』といった文字が赤く浮かび上がる。
「No…van? ノヴァンか」
錬成陣に浮かんだルーン文字を即座に読み解く一番弟子のアギド。
「そういう事だ。何しろ俺の竜だからな、俺を否定するって初っ端から読んでたのさ」
腕組み胸張る何とも痛々し気な暗黒神。ガクリッと肩落とし「それで良いのか…」とアギドは青い頭を抱え師匠のいい加減な様にあきれた。
やたらとリンネだけになつくノヴァン。
LinneとVairo──実の処、両者の名前を取り込んだ。
だいぶ無理矢理感が否めないが皆の纏め役を担うリンネ同様、ヴァイロを叱咤激励する意味合いを密かに込めた。
ヴァイロの否定形は表の名前、裏の少し恥ずべき意味は敢えて漏らさぬ。やはりヴァイロは何処か子供じみてた。
強面だが何処か憎めないノヴァンの首元に乗り、自由に空を渡り歩く楽しみに暫く浸るリンネの母性。
地上からさも満足気に二人を眺める父親役のヴァイロ。
アズールが赤頭揺らし「俺が描いたんだ!」と喚き散らして飛び跳ねる。
高い金を搔き集めた出資者達も、幸福と寒気が共に空舞う不思議に一喜一憂。歴史の瞬間切り取るべく望遠レンズのシャッターを切り続けた。
独り面白くなきミリア──。
ヴァイロの弟子達が一丸と為って生み出した竜なのだ。それなのに母親面で竜を小鳥の如く飛ばすリンネと共に愉悦の気分を滲ますヴァイロ。
さりとてそんな小さき嫉妬を抱く自分自身に腹立て虚しき想いに心囚われた。
だが──そんな呑気を吹き飛ばす白き天体。
再びカノンの闇深き渓谷に恐怖の白色矮星を堕とすべく一気呵成に距離を詰めるのだ。
キラッ。
──え? あんな所に星、然も昼間なのに?
ノヴァンと一緒に可憐な空中散歩に興じていたリンネがいち早く何かに気が付く。それは白く小さな輝き、余りに気が早過ぎる一番星。
「ち、違う! あ、あれはまさか!」
リンネ、即座に総毛立ち小さな身を縮こませて震えた。
一瞬星に見えた存在が文字通り瞬く間に此方との距離を迷わず詰めて来た。生物とは思いたくない瞬速、この世で最も見たくなき傲慢なる白銀。
「ガァァァッ!」
リンネと同じ方を見やったノヴァンが勝手に熱過ぎる息を吐いた。
これぞまさしく亜種でない本物の竜の息。首元に騎乗するリンネ、自らも焦げる戦慄駆け抜けた。
ノヴァンが竜の十八番と云うべき炎を吐いた。ならば白い竜、シグノとて対等の手段を用いると誰もが思った矢先。
白銀の少女自ら、白刃の両手剣を迷わず抜刀。
戦之女神の愛刀、竜之牙が『我こそ神』と体現する輝き放ち、何とノヴァンが吐いた竜の息を真っ二つに裂いた。
「フンッ……随分と温い! 温い息だな。我自ら置き土産してこの程度とは、ヴァイロ・カノン・アルベェリア……。大した存在ではなさそうだ」
未だ炎で為した別れ道の最中、余裕の笑み浮かべる白銀の少女。相も変らぬ見た目の可憐さと力の差別を見せつける。
──自らの判断で炎の息を吐いた? フフッ……よもや本当に意志を秘めた存在を錬成するとは。
なれど心中は、見た目ほど穏やかに在らず。
谷底から此方を睨む黒いテンガロンハットの魔導士如きが、真実なる生命を錬成した禁忌。
依って余裕ではないのだ。
何しろ初太刀から本気の境界線の刃を惜し気なく披露する。
鎧からはみ出た白き肌震わす女神、然しこれは武者震い。想像を超えた成果を遂げた結果が手の届く位置に在る幸福に心躍らす。
「温い? 人間如きが我の炎を侮辱するとは」
腹立たしいさこの上なきノヴァンの怒り。白い同種族に赤一色で僅かに見やる。躰の大きさこそ己と近しいが力で劣勢だとは思えない。命の息吹を感じないのだ。
「ルオラ! あの餓鬼共の相手は任せたぞッ!」
戦之女神の竜、シグノの背中。
今日は鞍がひとつに在らず。
もう独り、妖艶過ぎる遊女が如き女が、ニコリッと楽し気に嗤い返す。両肩と両膝を堂々晒す白き六芒星を杖に抱いた賢士ルオラだ。
前回単騎で現れ、暗黒神の可愛い御使い共相手に思わぬ苦戦を強いられた白銀の女神。だから今回は最もアテにしている一番弟子を連れ添わせた用意周到。
「グゥッ! グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名に於いて命ず。解放せよ、我等を縛る星の鎖よ!」
此方も自分のノヴァンが敗北する結末は想像出来ないヴァイロ。
然し空を飛べているのは、ノヴァンに乗った愛しのリンネのみ。リンネを護るべく地球の重力を千切る術を即決で詠唱始める。
「「──『重力解放』!」」
此処で森の女神ファウナの従属であるヴァイロ的に我の耳を疑う言葉が天から降り注ぐのだ。
「なッ!?」
「ふっ……」
驚天動地──。
何とあのエディウスが暗黒神の呪文、重力解放を言い重ねた珍妙なる言動。
然も詠唱は全く以ってヴァイロの耳に届かなかった。
重力解放は300年以上前、ファウナが考案した重力を忘れさせる術式。ファウナは魔導書に書いた詠唱を黙読か、或いは脳裏で唱え魔導を具現化した鬼才。
まあ、それは良い──。
何故あの戦之女神がファウナの真似をするのか?
然も驚くべきこと、ただの御遊戯でも牽制ですらなく、シグノの背を蹴り、本当に重力無視を実現したのだ。
目の前の現実に自らの五感を疑うヴァイロ、幻術を掛けられたと思いたい。されどそんな気配は微塵も受けなかった。
──今は悩んでる場合じゃないッ!
地上の岩場を力強く蹴り、重力を損ねた身体で空に浮かぶ白銀に向かいヴァイロが飛び込む。紅色の蜃気楼で先行を狙うのだ。
なれど僅か一歩及ばず──。
シグノの背中から飛び降り重力の枷も敢えて用いた上空から、竜之牙に依る突きを繰り出す白銀の女神の攻勢が先に届いた。
「グゥッ!」
何故か赤霧に沈まず戦之女神の竜之牙と斬り結ぶことを選んだヴァイロ。エディウスの圧力に思わず唸りを上げる。
空中で斬り結んだまま互いの左右を交互入れ替えた死の舞踊。女神と暗黒神、赤目同士の視線が絡み合う。
「──紅色の蜃気楼、相手の殺気を探し斬り裂く剣」
「──ッ!?」
またしてもヴァイロの赤目が多大に拡がりみせる。
敵の反応に愉悦の嘲笑を手向けた戦之女神。半ば想像通りのカマかけが見事当たったのをたった今知り抜く。
「我の境界線の刃は、最早承知あろうが魔法を斬り裂く刃」
剣を交える狂気の沙汰から笑み覗かせ態々力の根源のたまうエディウスの不可思議。
「敵の殺気を裂くには貴様からの仕掛けが必須であろう? だからこうして我から振るい続ければ返せまい?」
これも白銀の女神からの問い掛け、あくまで予想から転じたハッタリなのだ。




