第13話 賢士ルオラ
上空より下界の様子を見ていたヴァイロから焦り混じりの声が届く。
「──大丈夫かミリアは!」
それに対しアギドとアズールが拳を上げて返答に変える。
ミリアがとても申し訳なさそうな顔で傾げた。
その様子にヴァイロは胸を撫で下ろすと、白い連中を怒りに満ちた表情で睨む。
まるで磔にした罪人を杭で、その場に打ち付けるが如き鋭い視線。
「それしてもルオラ。如何にお前が普段から心之鎖が解けている特異体質とはいえ、いきなりあの様なか弱き存在の魂を握り潰しに掛かるとは」
エディウスはそんな視線を意に返さず、ルオラに話し掛ける。ミリアをいきなり捻り潰そうした行為を言及している。
「あら戦之女神ともあろう御方が、可愛い女の子にまさかの情け? やだ、妬けちゃう。ほら…あの子可愛いから、それほど心の罪を背負ってないかと思ったの」
「な、何と適当な……。い、いやそれ以前に馬鹿なことを言うなっ!」
ルオラも同様、気にも止めずエディウスへ軽口を叩く。ムキになったエディウス。『妬けちゃう』と煽られ腹の内をぶち撒けた。
魂之束縛とは本来、術者の心之鎖を解き、その心の鎖を相手に巻き付ける『拘束之鎖』を使った上で、相手の魂を縛り上げる術。
なれど心之鎖を解く必要がないルオラは、そもそも拘束之鎖が不要。言い換えると投げる鎖を彼女は持ち得ない。
彼女の魂之束縛とは、術を掛けられた者の罪の重さに寄って魂を縛る鎖が形成される。
要は罪深き者ほど、きつく縛りあげる。『ミリアは穢れ知らなそうだから縛った処で問題ないでしょ?』そんな意味の軽口なのだ。
ルオラは美麗なる大人の女だが、シレッと虫でも潰すかの様な気軽さで、ミリアを殺そうとした残虐具合が窺い知れる。
「お前達、今日相手をしたいのはこの俺と『ノヴァン』の筈だ!」
「……?」
「の、ノヴァン?」
どうやら呼ばれたらしい黒き竜と、騎乗済なリンネの顔に疑問符が浮かぶ。
「嗚呼、今決めた。お前の名前はノヴァンだ」
「おっ、おぅ……」
そのまま怒りに任せて突っ走れば格好つきそうなものだが、いきなり命名なんぞするから、何やら妙にしまらない。
リンネはヴァイロの天然ぶりを良く把握してるので、竜が戸惑いながら返すやり取りに争いの最中、不謹慎にも思わず吹いた。
「何だ? 貴様は乗らんのか?」
「俺は自分の力で跳べるから不要だ。それよりも乗せている俺の姫を頼む!」
「フンッ……」
ヴァイロはいつの間やら重力開放を唱えて空を飛びながら紅色の蜃気楼を握っている。
この大剣、一体何処から持ってきたのやらと思えたが、冷静に考えてみれば紅色の蜃気楼という位だから、名前通り蜃気楼で初めから手にしていたのかも知れぬ。
「ラァァァァァァッ!!」
突然リンネが全く解せない大声を出す。然もこの声、味方の耳には全く届いてない。されどエディウスとルオラは耳を塞いで、酷く辛そうな表情へ転ずる。
「こ、これは高周波!?」
「然もこれだけの声なのに相手を選んで浴びせるというの!?」
耳は塞いだが既に手遅れ。エディウスは酷い吐き気を覚え、ルオラは頭痛と眩暈を覚えた。
「こ、この小娘! デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言の葉を捧ぐ! 斬り裂けっ! 『言之刃』!」
ルオラは苦しみながらも、以前エディウスが使った言葉の刃の術をリンネに向ける。旋風と刃に変わる木の葉がリンネを襲う。
リンネは他の面子と異なり、ごくありふれた白いワンピースを着ているだけ。防御力など皆無な姿。
「──『音の波』」
リンネがそう告げると彼女の上から、水の雫が落ちた様な音が木霊した。そして周囲の空気が波紋上に広がりを見せる。
言之刃の木の葉は、この波紋の前に無力であった。全て波に流され届く事はなかった。
「クッ! やってくれるっ!」
──ほぅ……。
明らかに不愉快な顔をするルオラと対照的に、エディウスは口を押さえて吐き気と戦いつつも、リンネの特殊能力が余程気になったらしい。
そしてさらなる受難が二人に襲い来る。目前にはノヴァン、背後からは紅色の蜃気楼を振り翳しヴァイロが来る。挟撃の形だ。
ノヴァンは如何にもドラゴンらしく、炎の息を吐き付ける。赤い蜃気楼の方は、持ち主ごと赤い霧の中に霧散する。
「る、ルオラッ!」
「デエオ・ラーマ、戦之女神よ、我が言之刃の風を心に吹き荒れる嵐に変えよ! 『心之嵐』!」
リンネの周囲にあった旋風が勢いを増し、嵐に変化する。リンネを襲撃するためではない。ノヴァンの炎の息の前に旋風を巻き起こし、炎を散らす。
ノヴァンの炎加減を見て、瞬時に自分の竜、シグノのブレスでは防げない事を悟ったエディウス。ルオラに対処を一任したのだ。
さらにルオラ自身、先程リンネを襲った言之刃とは実の処、この様な状況を想定した布石であった。
心之嵐は、言之刃の起こす旋風を元に強力な嵐を発生させる術。
リンネを襲った方が寧ろついでという次第。
──この息、シグノでは及ばぬが思った程でもない?
シグノの炎に比べればこれでも充分地獄の業火である。相手の竜がまるで全力を出せてないのをエディウスは冷静に分析した。
「ギャアアアアアッ!」
これはノヴァンの雄叫びではない。リンネの方だ。またも尋常ならざる叫び声で、相手の聴覚の撹乱を狙う。
──フッ…またこの間に他の者が詠唱をするのであろう?
「暗黒神に使えし竜共よ、その爪を我が剣に宿せ『輝く真空の刃』!」
赤い霧の中から詠唱の声がする。然し実際の処、エディウスとルオラには聴こえていない。
詠唱も気配さえも剣を突き出す寸前迄見せない圧倒的優位から攻撃を繰り出すヴァイロ。
ヴァイロの魔法剣輝く真空の刃は、剣の太刀筋を巨大な真空の刃の様に変化させて打ち出す術。
赤い霧を輝く真空の刃に変化させ飛ばすと同時に、エディウス達の背後に隠れて実体化させた紅色の蜃気楼も叩き込む二段構え。
然も本命であるエディウスを敢えて狙わず、背中に居る取り巻きのルオラを標的にする念の入れ様。
ガキンッ!
「舐めるのも大概にせよッ! 剣捌きで我が遅れを取るものかッ!」
「クッソ、まさか剣と魔法の同時攻撃を。然も狙いは後ろの女にしたってのに!」
「最後の出処さえ知れば敵に非ず!」
魔法剣と実体剣、それも背後からの襲撃を出処だけを見切り斬り結ぶエディウスよもやの剣捌き。
魔法剣士として非凡なる才能秘めるヴァイロでさえ舌を巻く始末。
──ムッ? 実体剣は兎も角魔法剣をどうやって止めた?
「デエオ・ラーマ、戦之女神の名に於いて自らの心に潜む不安で断罪を申し渡す! 『心之激痛』!」
「ウッ! ウグッ!?」
魔法剣を斬られた疑問を考える暇を与えず、賢士ルオラから怒りの報復。
未だ相手を舐めていたルオラの表情が、憤怒で目も口も吊り上がる。突如ヴァイロが心臓の辺りを押さえて苦しみ始める。
「おのれ……よくもこの私を守らせるために、愛するエディーを動かしたな……。貴様、楽には殺さん。己の心に潜む不安と共に苦しみ抜いて逝け」
口調すら完全に豹変。まるで男の様な怒りを告げるルオラであった。