第12話 黒と白の邂逅
一番弟子アギドが唱えた存在自体を闇に屠る『絶望之淵』
防御系を極めたミリアが唱えた新月の如き陽の光さえ遮る『新月の守り手』
爆炎と共に生きるアズールが唱えた最強の焔『紅の爆炎』
これら暗黒神魔術最強に位置する術式を錬成陣の中で様々な代価と混ぜ合わせるヴァイロ・カノン・アルベェリアの稀有なる具現化能力。彼自身の影を投影する神憑り。
されどこれだけでは黒い竜を形どったハリボテが出来るだけ。
此処へ竜の音色を名前に関したリンネ自由なる宴が、彼女の意識を注ぎ込む。
かくして黒き竜がこの世界軸に初めて現界せしめた。
黒き竜の赤い目がギロリッとヴァイロを上から睨む。黒の中に唯一違う色が妖しく光る。
「嗚呼、そうだ! だがお前のその身体に色を付けたのはそこの青い髪のアギド」
「アギド……」
「そしてその鋼よりも強靭な身体を成したのはオレンジの瞳が綺麗なミリア」
「ミリア……」
逐一、力の源を与えた人物を紹介するヴァイロ。その都度名前を呟きながら、対象者に視線をゆるりと送る黒き竜。
見られた彼等は目を合わせたら、石にされるメデューサを相手にしているかの如く緊張し、視線を重ねる事が適わず。
「さらに岩すら溶かす高熱の炎の息をお前に与えたのは、赤い髪の少年アズールだ」
「し、少年は余計だ」
「アズール……」
アギドとミリア、二人と大して変わらない年齢なのに態々少年と紹介された。
憮然とするアズール。かなり震えながらも彼だけ竜の赤い視線を睨み返した。
「そして貴様のその声と自由な意志を与えたのが、緑色の髪……」
「リンネであろう……理由は知らぬがこの女は知っている………歌も聞こえていた。貴様の女だな」
黒き竜は赤い目を僅かに細める。リンネへ送る視線だけ他と異なる穏やかさ帯びる。そしてリンネの身体の下に己の首を下げた。
「の、乗れっていうの?」
貴様の女と言われたリンネは顔を紅潮させつつ、恐る恐る脚を伸ばしてゆっくりと首に座る。
硬いと思われた皮膚が和らいで、リンネの腰の形にまるであつらえたかの如く変形した。
「確かにこの女のお陰で我は人語と自由意志を与えられた。だがそれがどういう意味であるのか判らぬ貴様ではあるまい……」
「嗚呼……そうだな」
黒き竜が再びヴァイロを睨みつける。ヴァイロも見上げながら、瞬き一つせずに応じる。
「え、え、えっ?」
「クッ!」
訳が判らず視点が定まらないリンネ。アギドは即座に状況を理解して、剣の柄を握り締めた。
「意志を与えた、必ずしもヴァイの言う通りに動くとは限らないという意味だ」
「そう……でしょうね」
「なっ!?」
アギドの説明を聞きミリアとアズールの顔つきが険しさ帯びる。寧ろ敵になるかも知れない。
然し先程の模擬戦と錬成術で相当な魔力を三人共消費した。
いや、例え万全であったとしても、こんな生き物に敵うのであろうか。冷や汗が止まらない。
「確かに……。さりとて俺が貴様の身体を形作り、彼女が命を与えたと言っても過言ではないっ!」
「貴様が我を元のゴミ屑に戻せると言うのか?」
「フフッ……だとしたらどうする?」
ニヤリッと笑うヴァイロと、面白くないといった顔つきの竜の視線が絡み合う。
「判った……取り合えず貴様の口車にのってやろうぞ」
「素直じゃないな、俺じゃなくてその女に逆らう気がないと言えないのか?」
「………余り調子に乗らんことだ」
ひとまず竜と一戦交えるという最悪の事態は避けられた。アギドは剣の柄を離そうとした。
「待ってっ! 何か来るっ!」
「むぅ?」
「あ、あれは!?」
竜と共に空を飛んでいたリンネが誰よりも早く迫りくる者共に気づいた。小さき白い塊が翼を一度はためかせると、こちらの目前に一挙躍り出た。
「フフッ……大層待ちかねたぞ。あれだけ施して、まさか半年も掛かるとは。暗黒神、過大評価し過ぎたやも知れんな」
「えっ、ほ、本当にドラゴン作ったの? それにしても王国の貴族達まで闇側に力を貸すだなんて世も末ねぇ」
その姿、見間違いようがない。戦之女神と騎乗している白い竜シグノだ。
ただエディウスの後ろ、彼女を後ろから抱き締め、背もたれ付きの鞍の様になっている背丈の高い白き衣の女性の存在は定かでない。
肩と脚を惜しげなく露出し、まるで遊女ではないか思える程の出で立ち。
「さあ、とびっきりの遊びをしようではないか暗黒神」
「良いだろう、俺達の本物の竜の力。素晴らしい見世物になるぞ」
エディウスとヴァイロ、御互い負ける気なぞ微塵もない。冷笑を重ね合う相反する神々。
「い、いかん………」
「み、皆を守らなきゃ……」
「で、でももう余り魔力が……」
一方、アギド、ミリア、アズールの3名は、焦った顔で見上げている。魔法力が残り僅かなので、如何に効率良く動くのがか悩み処だ。
──い、今、役に立たないとかっ!
「グラビィディア・カテナレルータ、暗黒神の名において命ず。解放せよっ、我等を縛る星の鎖よっ! 『重力開放』!」
「や、止めろミリアッ! 迂闊だ!」
ミリアは喪失しかねぬ魔力に寄る激しい頭痛に顔を歪めながら空へ向かう。アギドの制止さえも振り切るらしからぬ様。彼女は珍しく冷静さを欠いていた。
無論愛するヴァイロの生きた盾になるべく余剰なる責任感に寄る処も多大ではある。
──貴女を此処で死なせる訳にはいかないのよっ! 悔しいけど彼のために!
ドラゴンを創造出来たのは、リンネの功績が大きいという事実を彼女は理解している。
また単刀直入に言ってしまえば、ヴァイロとあの竜が負ける未来は見えないが、リンネだけは自分が守られなけば殺られると判断した。
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に……」
──させないわよ、随分可愛い子だけど……。
「デエオ・ラーマ 戦之女神! 地獄の番犬ケルベロスの鎖を以ってかの者の魂の鎖を具現化せよっ! その身、自らの罪に縛られる運命を呪うがいいっ! 『魂之束縛』!」
エディウスの後ろにいるルオラが、冷笑湛えながらミリアの動きに反応し、先に詠唱を完遂させる。
──や、やべぇッ!! 間に合え!
「暗黒神の使いの竜よ、全てを焦がすその息を! 『爆炎』!」
アズールの手は何故か敵であるルオラの方でなく、満身創痍なミリアに向けられる。爆炎は効力の割に詠唱が短い。
ルオラの魂之束縛がミリアに届く前に何とか追いつく。
「きゃあぁぁぁ!!」
爆炎でミリアは吹き飛んだが、決して直撃を受けた訳ではない。アズールは爆風だけが届く位置に火球を投げ入れたのだ。
「フフッ……中々勘の良いのガキじゃない」
「へっ! 俺の前でそいつを殺らせるかッ!」
「ミリアっ!」
上から見下した視線を浴びせるルオラを、下からしてやったりといった態度で返すアズール。落下してきたミリアをアギドが冷静に受け止めた。
「い、一体どういう……」
「ミリア、幾ら何でも焦り過ぎだ。あの女の魂の鎖とやら……アレの直撃を受けていたら、恐らく魂毎お前は握り潰されていたぞ」
例え満身創痍だったといえ状況を飲み込めないミリアに代わり、アギドが視線も合わせず抱えたままの姿勢で注意を促す。
「え……」
「へへ……ミリアさんよぉ、攻撃魔法だってこうすりゃ防御にだって使えるんだぜ……って言うか、お前が死に急いでどうすんだよッ!」
何故自分はアズールにやられたのか、それすら判別出来ずにアギドの腕の中で蠢くミリア。
アギドの説明を聞いて唖然とする。そこへ模擬戦の返礼とばかりに容赦なく言葉を浴びせ掛けたアズール。
だがその憎まれ口と裏腹に、自分を心底心配しているのだ。それが判らない程、ミリアは愚鈍ではない。