第10話 加護の覚悟(ᚱᛖᚨᛞᛁᚾᛖᛊᛊ)
心穏やかなる暗黒神──ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
愛しきリンネの内に真なる竜の錬成術式を編み出し歓喜に揺れた。
竜──。
東洋の漢字でリンと発音適う言葉。これにドラゴンの咆哮すらも再現出来るリンネの声音を加算するのだ。東洋の竜……どちらかと言えば龍、巨大な大蛇の様な存在。
欧州文化的なドラゴン──巨大な胴体に首や手足を生やした似ても似つかぬ爬虫類の親玉的姿形。創造性豊かなヴァイロとて龍の方から答えを見出せるとは思わなかった。
あと、何よりリンネが授けてくれたみえざる力だ。
ヴァイロに勇気を与える心の道標だけに在らず。
エディウスとの争いに於いて、彼女だけが視界に映り込まぬ音だけの攻勢を示した。依ってリンネこそ最後の欠片だと見抜けたのだ。
戦之女神とシグノに依る命削り合った襲撃。
あれから約6ヶ月の月日が流れ、季節は晩秋。カノンを愛する者達は、冬を越す準備すらひと手間掛けねばならぬもの。
さりとて住めば都が人の本質、薪や食料を分け合う心根繋がる気分が自然と備わっていた。
されど二度目の襲来なき詳細不明。
あの時死ぬ思いで対峙した連中は不思議でならない。
それ処か竜の錬成方法という大層な置き土産を寄越した。切欠と準備期間迄与える不気味な余裕。
いよいよ戦之女神の掌で踊らされる底辺の前途多難を匂わす。
然し結果論だが錬成への準備を進める作業が順調に動き始めた。
先ずはエディウスが提示した材料集め。
優秀な魔導士が居るにしても、如何せん頭数が少ない。
然も希少種の飛竜を探索した挙句、材料にすべく倒すだけでも貴重な労力を要した。
また、致命的に財力がなさ過ぎた。
リンネの稼ぎ任せにしておく訳に往かぬとヴァイロ御自ら動き出す。
彼は隣国にして裕福なフォルデノ王国の有力貴族に、アドノス西部の守護として竜の必要性を力説。
暗黒神の権威を敢えて隠し、ただの民草として金蔓に成って貰う様、此処ぞとばかりに言葉を選んだ。
白銀の女神が竜を率いて襲来する恐怖。対抗するには、此方も毒を保有する必要があると言ってのけた。
様々な化物が現存するこのアドノス島に於いて、実像がハッキリしない竜を兵器として保有するヴァイロの危険思想交えた訴え。
金有り余る連中は、ヴァイロの祈り込めた備えより、その偉業に心惹かれた。
例え戦いが起こらぬとも、竜を現界する未知の行動に参画出来る喜び。金持ち達の心は目先の幻影が見えた気分で軽薄に動いた。
総ては暗黒神の策略通り──斯くしてヴァイロの望む準備は、全て整ったのだ。
◇◇
アズールとミリアは実戦さながらの模擬戦を行う。この半年でアズールは13、ミリアの方は14歳を迎えていた。
「グラビィディア・カテナレルータ……」
「……暗黒神の名に於いて…」
アズールとミリアが同じ術式詠唱を緊張帯びた声で重ね始める。
「……解放せよ、我を縛る星の鎖よ!」
「「──『重力開放』!」」
両者それぞれ重力の鎖を破り、宙に浮かぶ呪文を唱え終える。半年前の争いではアギドが付与した術だ。
二人が黒いマントたなびかせ宙を舞う。
全身燃ゆる赤一色のアズール。
まるで岩肌に沈む色合い選んだかのようなミリアの長いスカートが揺らぐ早熟なる妖艶。
舞台は渓谷の谷間、互いに岩肌を背負い、暗黒神の呪文が響き渡る。模擬戦越えた戦慄を風の精霊が運ぶ。
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に、いかなるモノも通さぬ強固な壁を我に──『白き月の守り手』!」
ミリアが空中移動しながら、子供らしからぬ凛々しさで得意の防御系魔法を詠唱。特別な様子は窺い知れない。
初動がミリアであり、アズールは後追いをする形が自然に整う。
「暗黒神の名に於いて命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせ! ──『破』!」
此方もアズール得意の小連鎖爆発の呪文。13に為っても変わらぬ活気溢れた詠唱。
これを煙幕の如く相手に散らした後、本命を叩き込むのが彼の常套手段。
──ミリアの白き月の守りにはどうせ効かねぇ……だけど守って動きが止まった処へ爆炎……何!?
何故かアズールの破がミリアに防がれず、向こう側の岩盤を破砕した。
ミリアに止められると思い込んだアズール。結果、自分で壊した石礫を上からまともに浴び驚き慄く。
石を頭に受ける愚を避ける為アズールは、腕で隠すより手がない。
それでも未だ宙から降りず、逃走を選ばないアズールの勝気。
結果自分が仕掛けた罠に囚われた最中、ミリアが彼の想像を遥かに上回る飛行速度で特攻を仕掛けた。
何と彼女は、白き月の守りで輝いた右手を振り、落下する石を全て弾き飛ばしアズールへ一挙迫るのだ。
白き月の守りは防御の結界術、安易に走ったアズールが完璧に虚を突かれた形。
「アズ! 御覚悟をッ!」
「グワッ!?」
ミリアの輝いた右の手刀が、アズールの赤頭を上から叩く。憐れアズールは、墜とされ地面に叩きつけられた。敗北決した土煙が舞い散る。
「それまで! ミリアの勝ちとする!」
二人の戦いをさらに上方から眺めていたアギドが勝敗を告げた。彼の凛々しい声は如何にも審判役が似合う。
「グッ……」
まだやれる──身体を起こそうとしたアズール、首筋にミリアの手刀が触れた絶望感。己の敗北を流石に認め、動きを止めた。
「アズッ! お前どうして負けたか自分で説明出来るかッ!」
兄弟子が空から浴びせた刺されるより痛い指摘。
アズールは歯を食い縛り答えを見いだせぬ自分に募る苛立ち。術者としての魂を焼かれた。
「ミリアの手刀、そこに白き月の守り手の防御力が集中している!」
「な……そ、そんなの出来るのか!?」
兄弟子の解説に顔歪ませ狼狽えるアズール。白き月の守り手は、術者を覆う防御の障壁。そんな思い込みが崩れ落ちた。
「ミリアは右手のみ結界を集約、お前の破をすり抜けさせ、岩盤を破壊させた。次いでに言えば、崩落しやすい場所にお前は誘導された!」
アギドの説明が続く中、ミリアは未だ厳しい表情。手刀を首にあてがうのを止めぬ。
「さらにミリアの急加速。あれもお前が落とした岩を蹴ったものだ。勝負が始まった時、既に勝敗は決していた」
「な、何だと? 防御魔法の変調だけじゃなく、俺は最初から負けていた!?」
アズールに走る衝撃。
いっそ手刀で殴られる決定的敗北を欲した。
「フゥ……」
アギドから一部始終の説明が終わると、漸くミリアは術を解き、アズールを解放した。
だが、未だ地面にしゃがみ込む敗者に手厳しい橙色の視線を届ける。
「アズ、貴方が私達の切り込み隊長。その能力、充分に評価していますわ」
「グッ!」
ズガッ!
ミリアから勝敗の一撃を受け損ねた代わり、アズールは冷たき岩盤に己を頭を打ち付けた。
「私は皆の命を預かる云わば生きる盾。だから決して負ける訳にはいきませんの。防御系しか使えない? 違います、私は皆を守るべくこの道を選んだのですわ」
厳しく言い捨てたミリアは、漸くアズールへ綺麗な手を差し伸べた。
「じ、自分で立てらいッ!」
綺麗で愛しき手を本当は握りたい衝動駆られるアズール。流石に意地が赦せなかった。
太陽が当たらない地面は、深まる秋でさらに冷たさを増し、敗北で堕ちるアズールの腰を容赦なく冷やした。
「お、俺だって好きだけで炎系の魔法を使っている訳じゃねえッ! 道を切り拓く、それがこの俺様の役目だッ!」
「それが判っているのなら、もっと励んで下さいませ」
二人は主張を言い合い、互いに頬膨らませ背を向けた。空からやり取りを見たアギドが苦笑を浮かべた。
──あの二人、互いの能力は認め合っている。後は、もう少し仲良くなって欲しいものだ。
これは戦術的なアギドの願い。
それとは別にアズールの好意とミリアの意識が、完全に擦れ違いなのも知れている。複雑な想い絡み合う微笑みなのだ。
「ムッ……二人共自力で上がって来れるな? ヴァイが呼んでる」
「と、云う事は……!」
「遂に竜の儀式が始まるのですね! こうしてはいられませんわ!」
アギドがヴァイロの呼び出しに気づく。話を聞いたアズールとミリアの顔が一斉に明るみを増し、再び宙へと舞い上がっていった。




