第10話 守りの覚悟
暗黒神、ヴァイロ・カノン・アルベェリア。
愛しきリンネの内に真なる竜の錬成術式を編み出し歓喜した。
あれからさらに3カ月の月日が流れ、季節は秋を迎えている。エディウスと白い竜の襲撃からおよそ半年。
何故二度目がないのか、あの時対峙した連中は不思議でならない。
それ処か竜の錬成方法という置き土産を寄越したのだ。ヒントと時間まで与える不気味な余裕。
いよいよ戦之女神の掌で踊らされている気さえしてきた。
されど御陰で錬成への準備を進める作業が順調に整う。
先ずはエディウスが提示した材料集め。
彼女の側は一体どれ程の労力を掛けたのか不明だが、此方は優秀な魔導士が居るにしても、如何せん数が少ない。
然も希少種のワイバーンを倒すべく、探索するだけでも時間を要した。後は致命的に財力がない。
こればかりは、リンネの稼ぎ任せにしておく訳にいかなかった。
ヴァイロはフォルデノ王国の有力な貴族に、アドノス西部の守りとして竜の必要性を説いて金蔓に成って貰う様、働き掛けた。
ロッギオネから来た女神が竜を率いて襲撃してくる恐怖に対抗するには、此方も毒を保有する必要があると言ってのけたのだ。
竜・ドラゴン……モンスターが現存するこのアドノス島に於いてすら、実像がハッキリしない生物を兵器として保有する。
たとえ戦いが起こらぬとも、竜を現界する未知の行動に参画出来る喜びがある。金持ち達の心は目先の夢で動いた。
かくしてヴァイロの望む準備は、全て整った。
◇
アズールとミリアは実戦さながらの模擬戦を行っていた。この半年でアズールは13、ミリアの方は14歳を迎えていた。
「グラビィディア・カテナレルータ……」
「……暗黒神の名に元に…」
「……解放せよっ、我を縛る星の鎖よっ!」
「「『重力開放』!」」
アズールとミリアがそれぞれに重力の鎖を破り、宙に浮かぶ呪文を唱える。半年前はヴァイロに付与して貰った術だ。
二人が宙に浮く。舞台は渓谷の間、お互い岩肌を背負っている。
「ロッカ・ムーロ、暗黒神の名の元に、いかなるモノも通さぬ強固な壁を我に『白き月の守り手』!」
ミリアが空中移動しながら、いつもの防御系魔法を使う。一見変わった様子は窺えない。
初動がミリアであり、アズールは後追いをする形。
「暗黒神の名において命ず! 火蜥蜴よ、その身を焦がせ! 『破』!」
アズール得意の小連鎖爆発の呪文。これを煙幕の如く相手に散らした後、本命の攻撃を叩き込むのが彼のいつものやり方。
──ミリアの白き月の守りにはどうせ効かない……だけど守って動きが止まった所へ爆炎……何っ!?
アズールの破はミリアに防がれることなく、向こう側の岩盤を破壊した。
てっきりミリアに止められると読んでいた彼は、破砕され上から落下してくる石礫をまともに受ける羽目に陥る。
そこへミリアが彼の想像を遥かに上回る飛行速度で特攻を仕掛ける。
ミリアの白き月の守りが不発であったのなら、彼女とて無事では済まない。
彼女は輝いた右手を振りながら、落下する石を全て弾きつつアズールへ迫る。
「アズっ! 御覚悟をッ!」
「グワッ!?」
ミリアの輝いた右手の手刀が、アズールの頭を上から叩く。憐れアズールは墜とされ地面に叩きつけらた。土煙が上がる。
「それまで! ミリアの勝ちとする!」
二人の戦いをさらに上から眺めていたアギドが勝敗を告げる。彼の凛々しい声はいかにも審判役が似合う。
「グッ……」
まだやれるとばかりに身体を起こそうとしたアズールだったが、首筋にミリアの手刀が触れている事に気付くと流石に己の敗北を認めた。
「アズっ! お前どうやって負けたか自分で説明出来るかっ!」
空から浴びせらる質問に、アズールは歯を食い縛り背を向けるしかない。
「ミリアの手刀、そこに白き月の守り手の防御力が集中しているっ!」
「な……そ、そんな事が出来るのかっ!?」
兄弟子の解説に狼狽えるアズール。白き月の守り手は全身の防御力を底上げするだけ。思い込みが崩れ落ちる。
「ミリアは自分の周囲全てを防御するのではなく、敢えて右手だけに集約した。だからお前の破は彼女をすり抜け、岩盤を破壊した。次いでに言えば、崩落しやすい場所にお前は誘導された!」
アギドの説明が続く中、ミリアは未だに手刀を首にあてがうの止めようとしない。
「さらにミリアの急加速。あれはお前が落としてくれた岩を蹴ったものだ。この勝負が始まった時、既に勝敗は決していたのだ」
「な、何だって……防御魔法の変調だけじゃなく、俺の戦術が全て読まれてたっ!?」
「フゥ……」
勝敗の一部始終の説明が終わると、ようやくミリアは術を解き、手刀をあてがうのを止めた。
そして未だ地面にしゃがみ込む敗者に厳しい視線を送る。
「アズ、貴方が私達の切り込み隊長。その能力は充分に評価していますわ………」
「──ッ!」
「けれど私は皆の命を預かる言わば生きる盾。だから決して負ける訳にはいかない。防御系しか使えない? 違いますわ……私は皆を守るべくこの道を選んだのですわ」
そこまで厳しく言い捨てるとミリアは、ようやくアズールへ綺麗な手を差し伸べた。
「じ、自分で立てらいっ!」
その綺麗な愛しい手を本当は握りたい衝動駆られるアズールだが、流石にプライドが許さなかった。
太陽が当たらない地面は、深まる秋でさらに冷たさを増し、敗北で堕ちるアズールの腰を容赦なく冷やした。
「お、俺だって好きだけで炎系の魔法を使っている訳じゃねえッ! 道を切り拓く、それがこの俺の役目だッ!」
「それが判っているのなら、もっと励んで下さいませ……」
二人はそう言うと互いに頬膨らませ背を向けた。空から一部始終を見ていたアギドは苦笑を禁じ得ない。
──あの二人、互いの能力は認め合っている。後は、もう少し仲良くなって欲しいものだ。
これは戦術的なアギドの願い。
それとは別にアズールの好意とミリアの意識が、完全にすれ違っているのも理解している。そんな複雑な想い絡み合う微笑みなのだ。
ただ半年前、彼自身がミリアに手を差し出した気持ちも混じっているのを置き去りにしている。
「ムッ……二人共自力で上がって来れるな? ヴァイが呼んでる」
「と、言う事は………」
「遂に竜の儀式が始まるのですねっ! こうしてはいられませんわ!」
アギドがヴァイロの呼び出しに気づく。それを聞いたアズールとミリアの顔が一斉に明るみを増し、再び宙へと舞い上がっていった。