第9話 ᚱᛃᚢ ᚾᛟ ᛟᛏᛟ(竜の音)
白銀の女神は白き枷を脱ぎ捨て清廉潔白を装う一糸纏わぬ少女に帰り、安らかな眠りに自らを誘い預けた。
待ち兼ねたるは、此方も戦之女神の一番弟子を自ら剥いだ魅るも妖しき淑女ルオラであった。
愛絡み合うのに男と女の差別はとうの彼方に失われた。寧ろ平等故得られる悦び。この二人は、普段そんな絆を密やかに愛交していた。
鎧を嗜む騎士の割、流麗極まるエディウスの美脚。辛抱堪らず愛でたルオラの愉悦。顔引き攣らせた少女だが、決して恐れを抱いた訳に非ずだ。
歪んだ愛傾けた御相手の訪問が突然過ぎた、白銀の髪震わす少女。この先々、来られたからには渇望に夢躍らせ、白き肌が紅に変わる化学反応。
女神の神殿──神が貢ぎ者に堕ちる慧聖謔天起こりうる。
「ルオラ、我が帰って来るのを…か、勝手に待つ…など」
女神の威厳を如何に保つか、無駄な足掻きを演ずるエディウスが言葉濁すも既に諦めベッドの上、涅槃に転じた。
「だってぇ……私を置いて黙って出ていくエディーが悪いのよぉ」
涅槃の女神に甘えて無遠慮に縋り付く嫋やかなるルオラ。
頭文字に戦を掲げた血の気数多な女神をエディーと手軽に呼べるは、二人きりのルオラだけ。
あくまで相手は動きを忘れた涅槃の像──。
霊言あらたかなる女神の加持を求めたルオラの鮮やかな手先が慈悲なき女神の道を無慈悲に渡り旅する。
女神像が何故か吐息降らせて蠢く不思議呼び込む。
弟子の前に堕ちた女神──蒼い瞳揺らぎ滲ませ独り溺れる。
さも満足気な視線流し尽くして、ほくそ笑むルオラ。快楽溢れる『仕置きの時間』だ。長い茶髪を白銀なる少女の上に垂らし川を流せば大地が震えた。
──ま、全く……わ、我も暗黒神の事をどうこう言えんな…。
互いに神と呼ばれながらも所詮は人の子。他人の温もり欲するただの人間。
「フフッ…可愛い私のエディー。独りで出掛けて収穫はあったのかしら?」
甘ったるい声音ですら撫で回すルオラの特権。無論旅路の脚は歩みを止めぬ。
言葉を巧く言い表せないエディウスが如何にか語るべく必死に足掻くのだ。
「あ、あっ、あったぞ。し、然も想像…い、以上だ…」
涅槃の女神が最初の御使いに躰任せ、初々しさを潤ませる。まともに語れていなかった。
「へぇ……どんな好い男が居たのかしら?」
不意に性地巡礼の旅路を休め、エディーの態度に心手向けるルオラの戯れ。
旅を止められ、白銀の大地が淋し気に揺れる。
切なさ溢れた穢れなき少女の愛らしさが、またしてもルオラを歓喜させた。
ルオラの語る男に殊更意味はないのだ。
一見いたいけな少女にしか見えぬエディウスが、争いだけを求む在り様の意図を彼女だけは知っている。信者に特段教えを解かぬ女神の本質を認知していた。
エディウスはアドノス北東の端に於いて、大層良さげな獲物を見つけた。その歓喜を今の悦びに混ぜルオラに告げる。
戦のみ追い求める白銀の女神──。
彼女は人々を間引いているのだ。戦争の最中、進化を遂げゆく優良種を目覚めさせ己の虜と為すべく。
執拗だが所詮ルオラは一番弟子、エディウスを超越した部位無き友達枠。
それを知った上で見た目可愛げしかなき少女を玩具として扱うルオラもかなり大概だと云えた。
◇◇
再びカノン、ヴァイロとリンネが同棲する森の家。
未だ戦之女神との争いの余韻冷めやらぬヴァイロ。白い竜の錬成式が書かれた紙切れと己が慕う森の女神の残した書物を読み漁る本の虫。
ドサッ。
──ファウナ、俺は一体どうすれば……。
埒が明かずベッドに飛び込み横たわる醜態晒した暗黒神。神が従属する女神へ心の奥底で教えを乞うのだ。
竜の創造性湧かぬ悩み処と一番弟子アギドが言い残した『俺にだけは全ての魔法を…』の件がせめぎ合う。
アギドの主張とて良く判るのだ。なれど余分な力を与えれば、強敵を呼び込む危険を孕む。迂闊に目を閉じれば瞼の裏側、例の悪夢が蘇る気分に怖じ気づくのだ。
ギュッ。
「リンネ? 如何した?」
ヴァイロ、ぶらりと下げてた右手をリンネに強く握られる。緑の瞳が今にも大粒の雨を降らせそうに思えた。
「ごめんヴァイ…やっぱり貴方を独り占めするの…良くないって思えた」
リンネらしからぬ呟き、聞き耳立てねば逃しそうな儚き声音。
「夜の戦いで良く判った、ヴァイロは皆の護り神。私独りで縛っちゃ……ッ!」
涙滲ませ自分の恋路が、皆の神様を独占する我儘感じたリンネの辛み。
肩震わせた途端、ベッドから跳ね起きた灰色の男から背中を抱かれた。背丈高い男が小さな16の少女を包み込む。赤一色の瞳と黒に染めた服の腕を少女に絡める暗黒神。
仮にこんな絵柄を飾り付けた芸術品が在れば、吸血鬼に憑かれ自ら枷に堕ちた妖艶なる絡みに映るやも知れぬ。
「や、やだ。止めてヴァイ…私そんなつもりじゃ」
泣きじゃくり愛し愛された神様から逃れようと躍起になるリンネ、涙が床に散り往く。
「おぃ、それは悲しいなぁ……たった一度で俺達は終わりか?」
穏やかに顔緩ませ首振りフラれる哀愁漂わす暗黒神の身勝手。一度切りのまるで愛など生まれなかった仮初の関係を言い渡された様子に酷く嘆いた。
加えて少々強引な引きで緑の瞳を此方に向かせ真正面から抱き直す、何とも人間じみた神である。
「だ、だってさ。あ、あんなことが、こっ、これから皆に降り掛かるのか……と」
リンネ──この男は皆の守り手でなければならないと思った。
ヴァイロの胸内で嗚咽漏らすリンネの悲哀。昨晩に続き甘ったれな暗黒神へ恵みをもたらすのだ。
リンネを抱く両腕の力を心持ち抜き、深緑帯びた髪を伝い渡りて慈しむヴァイロの手が滑らかな首筋に触れ優しみ込め己を向かせた。
「何が戦之女神だ、俺の女神はお前独りで充分。この腕、御覧の通り二本しかないんだ。生やせる魔術なんて俺は知らない」
──お前を愛する為、俺はこの世に生を受けた。
自分の女だと昨晩決めた契り。真っ直ぐ見つめ恋の呪文を彼女に繋ぐ。続けざま、唇奪い取るあくどさ際立つ大人の神様。子供を自身へ落とし込んだ。
「う、うわぁぁッ! ヴァイィッ!」
またしても少女を泣かせた悪い神様、心優しき暗黒神は、随分罪深き男なのだ。
自身の胸元で躰揺らして涙に濡れるリンネ。
ヴァイロから昨夜受けた絶望の霧が晴れ渡る。リンネのみえざる力に希望抱いた。
独りヴァイロは思うのだ。──俺は欲深い男、護りたい者を総てやり抜いてみせる。何より麗しの声音が己の心奮い立たす目前の女を捨てるなど出来ようものか。
「うっうっ……」
未だ嗚咽止まらぬリンネを見ると心安らぐのを感じるヴァイロ。同時に根拠ない自信漲る。竜の音の声は、魔法なんかより力の根源に生まれ変わるのだ。
「みえざる……ち・か・ら?」
白い竜の錬成式、竜の形を成した傀儡を造り出す落書きに落ちてた紙切れに書かれた言葉がヴァイロの脳裏をふと過ぎる。
「そ、そうかッ! リンネッ! お前だ、お前の力が本物の竜を生み出すッ!」
リンネの腰を無遠慮に鷲掴み、突然宙へと浮かせたヴァイロの歓喜なる仕草。そのまま彼女を回して燥ぐ。
「な! い、一体如何したってのぉ!?」
ヴァイロの様子に驚きの大声上げたリンネ、最早普段通りの幸せが此処に輪廻した。




