第80話 そんな悲しいことを二人は言うの?
ほんの少しだけ時間を遡る。シアンが昔のエディウスを神として、そして人としても愛していた連中へ、偽物をのさばらせておく愚を説いた後の話だ。
「そ、そのお話……。私達も当然入っていますよね」
このエターナからの発言の続きである。シアンはあえて声を掛けなかった。……いや、掛けられなかった。
偽物の女神を本物に従っていた者達が倒す。これは実に理に適っている。だが此処で真の本物が戦いを挑むのは、全く意味が異なるとシアンは思っていた。
「え、エターナ。君は判っているのか? この場面で真の女神が、偽の女神を討伐する。エターナ・アルベェラータは、ただの女の子に戻れなくなるのだぞ?」
これがシアンがエターナを誘わない真意だ。
ヴァイロ等と共にエディウスを倒した女神を、人々は彼女こそ真の戦の女神と語り始めることであろう。
ヴァイロ達が敗北して、エターナが生き延びた場合、神を語ったペテン師か。
加えてエディウスがヴァイロを乗っ取った場合は、どう扱いを受けるのかいよいよ判らない。
「シアン様、それは私がこの姿を晒した時、既に覚悟しています」
少し曇らせ気味の顔だが、首を振ってエターナは応える。それを見たシアンは自分が何も大事なことを判ってなかったと感じた。
加えて最早この者には、自分の腹の内を全て明かそうと決心を固めた。
「し、シアン様!?」
次のシアンの行動にエターナは、驚いてどうしたら良いのか途方に暮れる。シアンは急にエターナの前で片膝を落とし、恭順の意を示したからだ。
「真なる戦の女神様、私ライラ・カスード並びに私の中に住まう妹トリル・エドル・カスードは、以後貴女様の忠実なる信仰者であることを誓います」
「し、シアンさんっ、お、お止め下さい。こ、困りますよ、こんなの……」
さらにシアンは、自分の槍の矛先を此方へ向けて、半ば強引に柄の側を信じる女神に握らせた。
略式でこそあるが、王族達が以後天命を全うするまで自分に仕えさせる騎士に行う儀式に似ていた。
そしてシアンは、その姿勢を決して崩さず、自分の判っている全てと、恐らくこうなるであろう未来を語り尽くしたのだ。
◇
そして場面は再び、エターナとエディウスの舌戦に戻る。
エターナとグラリトオーレに一体何をされたの気になったエディウスは、自身に何らかの変化がないか全身に意識を集中する。
(ムッ?……心なしか脚と腕の治癒が思ったほど進まない? ……この者の魂を在るべき世界へ……っ!?)
「そのお顔、どうやら気づいたようですね。この奇跡……本来は、天にも昇れず、地にすら堕ちない彷徨える死者の霊魂を送るもの。要は低級な不死を葬送するのに使うものです……」
自らの身体の変調とエターナ等が自分に寄越した奇跡の意味を考察し、恐らく答えに辿り着いたエディウス。
これまでにない驚愕の表情でエターナを見つめる。少し身体が震えて始める、止めたいがこれは拒絶の表れだ。到底叶いそうにない。
「貴女様は、アギド君の提案を額面通りに受け入れ過ぎたのです。俺の身体で次こそヴァイを手に入れればいい……」
「…………!」
「そう言われ、アギド君にキスをした貴女は、身体も魂さえもトリル様のことを捨てた。竜之牙が使えるという能力だけ残して……」
エディウスのみならず、これまで激しい争いをして連中も置き去りして、淡々と語るエターナ。
その口調が尻上げりに相手を見下す感じに変化してゆく。
さらに内容がエディウスの考察すら超えてゆき、思い当たる節にグサリグサリと見えない刃物を突き立ててゆく。
「あ、ああ……」
「貴女は身体に結び付く魂を捨ててしまった。シグノとかいう可哀想な竜によって、アギド君の肉体も失われた……」
「よ、よせ……。止めろ、それ以上……」
「エディウス、貴女の治癒能力は肉体と繋がる魂があって本来の能力を発揮するとトリル様から伺いました」
エターナの話す一字一句に過敏と思えるほど反応し、頭を抱え、耳を塞ぎもう聞きたくないと言わんばかりのエディウス。
どんな攻撃を受けても、どんな手を出してもこれだけ乱れ狂う彼女は、一番身近にいた筈の賢士ルオラですら、見たことがない。
バチンッ!
「黙れと言っているッ!」
「どれだけ多くの者から力を得たとしても、今の貴女は仮の肉体に魂を載せただけの不死のようなもの。だから効いたのです、この救世が」
(……本来ならそのまま光の中に消えて逝くのですが、流石にそうはならないようですね)
とうとう声を荒げて平手で頬を殴るという凡人の行動に走る。
戦の女神という神輿に担がれたエディウスという存在は完全に地に落ちた。
頬を殴った手を力強く握りしめ、憐れみを含んだ眼差しを送るエターナ。
エディウスにしてみれば殴った手よりも此方の方が余程苦痛だ。
「さあ皆様、今ならこの有り得ない存在の厄介な治癒能力は、殆ど皆無ですっ! そしてこの私がもう決して司祭の力をこの者に貸すことも未来永劫ございませんっ!」
このエターナの一言で、女神の定位置がトランプのクイーンの如く完全に反転した。
元のエディウス、アギドを捉えたマーダ、そして魂を持ったシグノを引き連れた今のエディウス……。
苦渋、辛酸、死別……。
これまで散々なものに押し潰されどうにもならなかったが、一気に道が開けた気がしてきた、光が差してきた、いくら手を必死に伸ばしても届かなかった者が、向こうから降りて来た。
「ヘッ! 今なら殺れるってことかぁぁ!」
「音速の刃!」
これを聞いたレアットが標的を変えて、一気呵成を狙って襲いかかる。
リンネも音速を超えた刃を今しかないとばかりに解き放つ。何れもエディウスに致命の一撃を見舞うと誰もが思った。
「ククッ………。そ、そんなものか?」
しかしエディウスは笑って、此方を罵った。余裕がある訳ではないが、レアットの二刀は、エディウスの前へ瞬時に移動したシグノが盾となって代わりに果てた。
そしてリンネの音速の刃は、竜之牙に斬り裂かれ、後ろに飛んだ分が、流れ弾となって別のシグノを左右に割った。
「……私の愛するルオラ、それにレイシャよ。一体そこで何をしている?」
「ハァッ!?」
「アンタを討伐しに来ているのよ。……あっ、もし色仕掛けで私達を籠絡するつもりなら、もうちょっとマシなやり方があるんじゃなくて?」
エターナ達に混じって空に浮いて来ている嘗ての愛しい下僕達に、顔すら向けずに声だけ掛けるエディウス。
目つきだけでそれを一蹴するレイシャ。
一方ルオラは、色のある声で昔の愛を語るような仕草。血の滴る偽物の腰から脚の辺りを撫で回す。
「え……、そ、そんな悲しいことを二人は言うの? あの時の……」
「「………?」」
急に少女気質な乙女声を出すエディウス。ルオラの煽りが効いたのであろうか?
その懐かしくも可愛げのある仕草にルオラとレイシヤは、つい惹かれる。
「………で、どうなのだそこの二人っ! 貴様達とは文字通り愛の契りを交わしたではないかっ!」
再び……いやそれ以上にエディウスの口調が神を帯びている。
それは決して抗うことの出来ぬ縛りの始まりであった。




