Prologue 悪夢と幸せな夢の旋律(ᛗᛖᛚᛟᛞᛇ)
──夢か、はたまた悪夢か。黒と白の旋律が、300年前アドノスと鞍替えした島国東の果て、カノンの空に交錯する。
鱗全てが漆黒の竜『ノヴァン』に騎乗し、自分達の故郷カノンを守る争いの先陣を切る魔導の使い手。
されど剣術にも長けている魔法剣士『ヴァイロ・カノン・アルベェリア』
全身を黒い服で被い、テンガロンハットもやはり黒。その手に握る刀身から柄までが赤に染まる両手剣『紅色の蜃気楼』
左右非対称で竜の牙の骨をそのまま剣にした様な、とても効率的とは思えない形をしていた。
その巨大な刀身は魔術師が扱うには手に余る様に思えるが、使い手であるヴァイロ自身が細身の身体とはいえ、180cm近い身長があるので意外と様になっている。
短い銀髪、そして美形の優男。剣士より研究者の方が似合いそうだ。当の本人が実の処、戦いを嫌ってるのだがカノン最上の実力者。
依ってこのカノンを守る戦争を指揮せねばならぬのだ。
何しろ数多の女性を振り向かせそうな優しき顔立ち。戦を嫌う意志が如実に滲む。
対するは色も完全に正反対の白い軍勢。陽の当たらぬカノンの大地と真逆、津波の如く覆い尽くした。
それらを指揮する『エディウス・ディオ・ビアンコ』も白い長髪に白い両手剣。白き鎧という全てを純白に染め上げた女剣士。
彼女も自らが錬成した白き竜に騎乗している。女剣士と言うが見た目は小さくまるで少女の如き出で立ち。その身体でよく振えると思える両手剣を主兵装にしている。
ヴァイロと決定的に違うのはその妖しき表情。カノンを討ち破らんとする攻め手の勢いに満ち溢れていた。
「な、何故だエディウスっ! 何故俺達は戦わなければならない? 不毛の地カノンに一体何用があるというんだっ!」
心の奥底から戦を嫌うヴァイロ、剣から伝わる相手を斬ろうと成す衝撃が心地悪い。彼は人を分け隔てなく好む。それは嘗て血の洗礼で為した記憶の所為やも知れぬ。
エディウスの白い剣を交えながら必死に投げ掛ける。歳の割、少し甲高い少年じみた声。生まれの良さが窺えた。
白黒割れた軍勢を見下ろしつつ、空で激しく尊厳賭けた火花散らす。
「ククッ、知れた事。この世に竜使い二人は無用ッ! そして何より太陽すら当たらぬ闇の象徴とも言えるカノンの悍ましき存在こそ罪ッ!」
「グッ!? カノンが悍ましいだとッ?」
威厳に満ちたエディウスの声、目前の黒い青年のみならずこの地を否定すべく巨大な剣を軽々片手で横に薙ぎ払う。
「我はロッギオネを中核に何処迄も清廉潔白な神の国をアドノスに築くッ!」
「こ、此処は邪魔だというのか……」
エディウスの声は良く通り、威厳に満ち溢れていた。少女の姿に似つかわしくない低い声が戦場に轟き敵を畏縮させ、己が味方の白を鼓舞した。
清廉潔白──。
聞こえは良いが、邪魔者は消す矛盾孕んだ白の暴力。
ヴァイロ達は決して罪を犯した訳には在らず。されど断罪者に追い詰められた咎人の最期の足掻きにすら映った。
「な、ならば戦ってこのカノンを守るまでだ。俺の弟子達は負けん!」
自らを励ましながら徹底抗戦を宣言するヴァイロ。
痛々しき声が耳に届いたエディウスの顔が歪み、顎まで裂けたのではないかと思える程に嘲笑を湛えた。
自ら女神を名乗る者が地獄の鬼の如き形相。宗教が絡むと人は此処まで残虐へ塗り変わるものか。
「な、何がそれ程可笑しい!?」
「フフッ…気でもふれたかヴァイロとやら。貴様の語る弟子達とは、醜い屍を晒しているアレか?」
冷酷な視線でヴァイロを促すエディウス。白い竜は黒き竜よりも高く飛んでいるので、見下した格好になる。既に断罪の鎌は振り下ろされていた。
ヴァイロが地上へたじろぐ視線を向けると、愛弟子達の無残な最期が転がっていた。
「あ、アズ!?」
最年少の男子、赤い衣を纏ったアズールの死骸は、無数の白い鳥達の食事と化し最早原型を留めていない。
「み、ミリアは!?」
アズールの一つ上、あまり目立たない灰色の装束を好むミリア。
まるでモズの早贄の様。枯れ果て折れた木の頂点、その小さな身体を突き刺しダラリと垂れていた。
「アギド、アギドはどうした!?」
アギドの骸は地面ではなかった。エディウスの騎乗する白い竜の口に腸を噛まれ、首と脚だけを無惨に晒していた。
一体何時の間に弟子達は殺られたのか!? ヴァイロの思考がまるで追いつかない。冷汗と身体の震えが止められぬ。
──そ、そうだ!
「り、リンネッ! 吟遊詩人の彼女はどうした!?」
ヴァイロが慌ただしく周囲を見渡す。狼狽具合が最早痛々しさすら感じさせる。
エディウスが首を振りながら、さも憐れんだ表情を彼に送り届けた。
「嗚呼……遂にそれすら。貴様の身代わりで躰を塵ひとつ残さず消え失せた女の末路をよもや忘れたか」
「ヴァ……イ……」
ヴァイロの目前で今にも消えて無くなりそうな、緑髪の女の声が聞こえてきた。
◇
「り、リンネェェェッ!」
「う、うわぁ、びっくりしたぁ!」
ヴァイロがガバッと身体を起こす。隣で寝ていたリンネも起こされ驚嘆の叫びを上げる。
彼等の住むツリーハウスを支える樹々で寝ていた鳥達が、驚き羽ばたいていく音が木霊した。
「ハァハァ……、ゆ、夢っ!?」
「ヴァイロ、アンタ凄い顔してるよぉっ。──って何すんの!?」
息切らすヴァイロはリンネの健在ぶりを見つけると彼女の肩を鷲掴み。
リンネの心が跳ねる必然を呼び込んだ。
「な、何でも……ないさ。す、済まん」
リンネを掴んだ不意打ちを詫びる。
顔の蒼白ぶりが、尋常ではないのを雄弁に物語る。ヴァイロ自身、流石に忘れてなどいない。
なれど夢の内容を決して語りたくない。叶うのものなら忘却の彼方へ置き去りにしたいものだ。
16歳のリンネは彼の夢の内容こそ不明だが、冷汗だらけの優男が嘘をついている事くらい流石に見抜く。
12の頃拾われこの家に移り住み、彼のこれ迄をつぶさに見てきたのだ。緑の髪を揺らし首傾け不審を抱いた。
髪の毛と同じ緑色の瞳に誤魔化しは通用しない。だからこそ、この嘘を追及しない気遣いが出来る。
「ハーブティーでも入れるかい?」
歳が9つも上のヴァイロに気さくな声を掛けるリンネ。尤も彼女の場合、誰に対しても気軽なのだ。
「いや、それより……」
ヴァイロがベッドに寝転がってポンポンっと叩く。『此方へ来い』と無言の合図。
「えっ……またあ」
「そ、例の耳かきを頼むよ。あれが一番落ち着くんだ」
「もうっ……耳垢なんて残ってないだろ?」
「わざとらしいな。そんなの望んでないって知ってるだろ?」
諦め顔でリンネはベッドの縁に座ると、ヴァイロが幼児の様にその膝上へ頭を載せて片耳を向ける。
此処までは普通の耳掻きをせがむ男の態度だ。
「じゃあ……いくよ」
リンネはヴァイロの左耳に右手を添える。傍目には何をしているのかよく判別出来ない。
然しヴァイロはあからさまに恍惚な顔をしていた。彼の左耳の中では、耳かきの音だけが響いているのだ。
「強い? 痛くない?」
リンネが面倒そうに訊ねているそれは、耳掻きのソレなのだがあくまで音だけ。
「問題ない……あ、そこそこ……」
応える方も耳かきをされている体。けれどやはり音だけなのだ。ヴァイロはこの音だけの耳掻きに心も躰も委ねるのが好きなのだ。
幾ら掻かれても痛くはならない。それ処か耳掻きの気持ち良さだけが残る。
滑稽なのは、25歳で180cmの男が、16で160cmにも満たない女子へ完全に甘えている様子だ。
音だけでは満足出来ない。一見無駄な声の掛け合いとて、このやり取りに不可欠な要素。
この醜態とも言えるヴァイロの姿を知っているのは、同居人のリンネだけ。呆れつつも自分だけに見せるこの態度。
頭に押され次第に脚が痛くなるが、自分だけがヴァイロを独占出来ている現状。決して悪い気しないリンネであった。
だが──。
のんびり今の幸せを満喫してる様に見受けられるヴァイロの様子。目を閉じれば瞼の裏側に先程の地獄が映る思いに独り駆られた。




