♯2 強襲!恐怖の口裂け女
英樹は口裂け女が1階廊下の右側から迫ってきていると思い、少し前のめりに階段の方へ、体を動かしていたのだ。
じゃあ、賢治の今隣にいるものは、なんだ?
「私、私美しい?」
賢治は引きつった笑みを浮かべながら
「か、髪で顔見えねーんで、ちょっとわかんないっす。」
そう発言した途端、女は髪をたくし上げ、爛れた、醜悪な顔面を見せつけてきた。
引ん剝いた目は、賢治の顔から視線を離さない。
英樹は、固唾を飲み込んだ。
この男、賢治が何を言うのか予想がつかなかったからである。
だんだんと口裂け女の顔が賢治の顔へと近づいていく。
「あぁっ、くっせっ!」
空気が静まり返った。
その途端、口裂け女は持っていた袋を落とし、その腕で賢治の首を締め上げた。
だが、賢治は間一髪右手を挟み込んでいたため、窒息は免れた。が、口裂け女の力が桁違い過ぎる。
『っんだよこれ!力強すぎんだろ!!折れちまうって!』
賢治は咄嗟に口裂け女の足元に転がっている袋を蹴り上げた。
その中から、無数の生首が転がり落ちたのだ。
転がり落ちる生首を見た口裂け女は、潰れた喉でしゃがれた叫び声をあげながら一つ一つ首を拾い上げていた。
英樹は唖然としていた。賢治の口裂け女に対する発言に、ではない。
無数に転がった生首の中に、穂高君、そしてその両親が含まれていたのを見てしまったからだ。
その生首達には弄ばれたような痕跡が残っていた。
そして英樹に湧き上がるのは、堪えようもない怒り。
特別、穂高くんに思い入れがあるわけでもない、しかし、人一人の人生を終わらして、挙句の果てには殺した後に弄ぶ。
その愚行に対して、怒りと殺意がごちゃ混ぜになった、憤怒が腹の底から湧き上がってきたのだ。
大きな背丈を屈まして、生首を拾い上げる口裂け女の背中を英樹は全体重をかけて蹴り込む。
蹴り飛ばされた口裂け女は、勢いよく階段から転げ落ちていった。
「........躊躇ねぇな。」
「それよりも、アイツに苛ついたってだけだ。ぶっ飛ばしてやる。」
転げ落ちた際に口裂け女が手放した大きな刃物を賢治は拾い上げた。
「これは危ねぇから貰っとくぜ。」
階段から落ちた衝撃でうずくまっている口裂け女に対して、英樹が思いっきり脇腹を踏み抜く。
その際に口裂け女が吐き出したのは、吐しゃ物と髪の毛がぐちゃぐちゃに混ざった汚物であった。
「「臭っ!」」
その汚物の強烈な臭いに2人がたじろいだ隙に、口裂け女が立ち上がる。
瞬時に、英樹の方へと距離を詰め、首筋に噛みつく。
だが口裂け女が嚙みついたのは、自身が愛で弄んだ生首だった。
そのことに対して、絶望の表情を浮かべ、再度奇声を発する。
その隙を2人は見逃さなかった。
「これが人だったら、あとで仲良く出頭するぞ!!」
賢治は一思いに、口裂け女の胴体を刃物で貫く。
貫いた傷口から、ヘドロのような体液があふれだす。当たり前のように激臭であり、恐らく先ほどからの悪臭で鼻を慣らしていなかったとしたら、今すぐにでも卒倒していただろう。
「臭すぎんだろ!!!!お前!!」
英樹が間髪入れずに、口裂け女のコレクションであるだろう生首の入った袋を投げつける。
賢治は味方ながら困惑した、こいつには人の心はないのか?と。
しかしこの生首攻撃は口裂け女に思いのほかダメージを与えていた。
自分の作品たちが、辱められている。自分の作品たちに、辱められている。
その精神的ダメージが、口裂け女に非常に有効な一手となっていた。
英樹は、決して生首を弄ぶつもりはなかった。
しかし、この生首たちに口裂け女は異常なまでの執着があり、有効打になる、と判断しての行動であった。
しかし、英樹は今まで死体なぞに全くの無縁であった人生。たとえ中身が見えていないとはいえ、死体を投げつけたという事実。
その事実が英樹の心の奥底へ楔を打ち込む。
ずんと身体が重くなった気がした。
これが、トラウマの芽生える瞬間なのだろうと英樹は実感した。
そこに付け込まれたのか、口裂け女は生首を踏み潰した。しかも、それは英樹の知っている少年のものであった。
しかしそれは英樹にとって逆効果、英樹の罪悪感と恐怖心が怒りの感情で上書きされていく。
怒りのあまり英樹の身体は一瞬硬直する。
その隙に、口裂け女が距離を詰める。
詰めた先は、賢治。
「っっ!!!??いつの間に!?」
強烈な蹴りを刃物を持った方の腕に食らう。
吹き飛ばされる際に、刃物を手放し、それは口裂け女の足元へと転がってしまう。
「私の、私のチョキチョキ、私のチョキチョキで綺麗にしてあげるからねぇえええ!!!!!」
賢治はすぐさま態勢を立て直す。
しかし、口裂け女の凶刃は眼前まで迫っていた。
咄嗟に左腕を差し込もうと考えたが、一抹の不安が賢治によぎる。
このデカい刃を腕で受けていいものか、いや、ダメだ、と判断した賢治は、一気に体を捻じる。
間一髪、一撃を逃れることができた。
この判断は正解だったといえるだろう。
口裂け女が放ったこの斬撃は、床へ突き刺さり、深い傷跡を残していた。
「英樹!ボサッとすんな!!逃げんぞ!!」
「………くそっ!!」
「駄目!駄目駄目!!駄目駄目逃がさなぁいいいい!!!!」
2階へと逃げだした賢治と英樹だったが、そこで驚くべきものを見る。
口裂け女の脅威の跳躍力である。
先ほどまで1階の踊り場までいたのにも関わらず、軽いジャンプで、そのまま2階へと到達するほどのものだったのだ。
「おい、どうするよ、ここの廊下は一本道、階段で登ろうにも.......さっきのジャンプ見せられたもんで、逃げ切れる気がしねぇぞ...。」
「いも引いてんじゃねぇぞ、俺は一発ぶち込まねぇと気が済まん!」
「...........ったく、見つかった俺に責任があるからなぁ、くそっ、俺の尻拭いの協力頼むぞ!」
一直線上に口裂け女が現れる。
2人は奴の動きを観察する。いつ動く、どう行動する?
奇妙にゆらゆらと揺れて、体幹が安定していない。故に読めない。
..............刹那。
吹き飛んだのは、英樹。
「あの距離から......ドロップキックっっっ!!!??!?」
2人と口裂け女の距離は優に20m以上はあっただろう。
その距離をものともせずに、英樹に向かってドロップキックを食らわせたのだ。
英樹は廊下の端の壁に叩きつけられ、意識を失った。
「........おい!おい!出てこい!おい!出てこい!綺麗にしないとぉおおお!!」
口裂け女は、賢治を見失っていた。
どうする、.......咄嗟に隣の用具室に逃げ込んだものの、どうせジリ貧だってことは俺が一番分かってる。
やるしかねぇんだろ、俺一人で。英樹が止めを刺される前に!!
.........これだ......逃げ込んだ部屋が”用具室”で良かったぜ!
ガタッ
わざとらしく用具室でなった音に、口裂け女はおびき寄せられる。
扉を切り裂き、そのまま入室する。
その直後、足元に配置されていた、モップの持ち手が口裂け女の顔面に勢いよくぶつかる。
それほどの痛みではないが、唐突の出来事に面食らう口裂け女。
賢治はそれを見逃すほど甘くはなかった。
女へと飛びついた賢治は、手に持ったホースを口裂け女の首を巻き付け、締め上げた。
普通ならこのまま締め上げた方が制圧ができると考えるだろう。
しかし、賢治は先ほどからの驚異的な身体能力を目の当たりにしてきていた。
だからこそ、いまするのは、即絞。即投。
ホースで締め上げ、そのまま背負い投げを行う。
投げた後即座に、マウントポジションへと移行、左手ではホースを締め上げ、右手で鉄槌。
『頼むから!これで終わってくれよ!!』
格闘技経験者として、賢治は出来るものをすべて絞り出した。
『口裂き』
危険を咄嗟に察知した左手は無事だった。
しかし、握りしめていたホースが綺麗に真っ二つになっていた。
それだけではない、口裂け女が放った斬撃の威力を物語ったものが天井に刻まれていた。
パラパラと落ちてくる天井の瓦礫。
おいおい、さっきのよけてなかったら、俺の腕.......どうなってたんだ..?
この一撃により、先ほどよりも斬撃に対する警戒心が上がる。
『口裂き』
今度は横薙ぎの一振り。
どう避ける!?、不可避!?死ぬ!?
一か八か、賢治その場に倒れ込む。
鮮血が飛び散る。
賢治の右肩を斬撃が薙いだ。
これでも、幸運な方だろ俺。下手し、胴体真っ二つだったんだろうからな...!でも糞痛てぇし、多分右手が上がんねぇなこれ。
賢治が顔を上げると、口裂け女は奇妙な構えを取っていた。
次の瞬間、奇声を上げながら刃物を振り回し始めた。
『口裂き連撃!!!』
先ほどの斬撃を無数に飛ばしてくる。
流石にここまで凌いできた賢治だったが、死期を悟った。
あ......これ死ぬ...。
口裂け女の凶刃が賢治に届くことはなかった。
代わりに切り裂かれたのは、コレクションである生首たち。
予測不可能の展開に口裂け女は大きく取り乱す。
「.......飛んでたんじゃねぇのかよ、英樹!」
「ほんと最悪だ!、生首を袋に詰めるのなんてもう二度とやりたくねぇ!!!」
二手に分かれて、そのまま追撃する。
賢治が口裂け女を羽交い絞めにし、英樹が刃物を奪い取る。
「もう躊躇なんてしねぇ!ぶっ刺して終わりだ!」
その時、口裂け女は、賢治を振りほどき思いっきり殴打した。
吹き飛んだ賢治にダメ押しの追撃。
マウントポジションによる鉄槌の嵐、先ほどの攻撃によっぽど腹を立てていたのだろう。
刃物も一瞬のうちに英樹から奪い返しており、そのまま賢治に止めを刺そうとした。
しかし、ただでやられるほど賢治もヤワではない。
巻いていたベルトで刃物を抑え、刃先を女の方へと向けた。
それでもなお力が緩まることはなかった。
刃がついていない方でも、賢治の首を切断することを躊躇していない様子であったのだ。
均衡状態が続く。
その状態を長く続けたのが、敗因となった。
追いついた英樹が、口裂け女の頭を鷲掴みにして、思いっきり刃物の先へ叩きつける。
どちゅっ!
鈍い音が鳴る。
もう、口裂け女が動くことはなかった。
「はぁ、はぁ、........やっと、くたばったか.........なんなんだよ....こいつ...。」
「ふぅ、ふぅ、、ふぅーーーーー。まじで助かった!」
二人が口裂け女の死体から目を離したすきに、何者かが、死体を回収していった。
「........おい、賢治!、あの女の死体がねぇぞ!!どうなってんだ!」
「まだ、くたばってねぇってことか??!」
結局二人が警戒を解いたのは、日が落ちてからの事だった。
その最中に、生首たちも回収されており、すべての証拠が回収されている状態になっていた。
________一週間後
「...........で、結局、先週あったあの女の一件だけど、何にも分からずじまいだったな。」
「俺の親もずっと心配してるよ、........もう死んでるなんて言えねぇし、そもそも証拠がきえちまってるからな.....。」
先週襲われたにも関わらず、命知らずなのか、別館の踊り場で4人は駄弁っていた。
「お前ら二人、私らが学校休んでる日にそんなことあったんだ........災難ね。」
零はくすくす笑っていたが、ボロボロの二人を見たときはひどく動揺していた。
「...........零は風邪ひいてたから休んでんのはわかってたけどさ......、拓哉、お前何してたんだ?」
「.........俺を褒めてくれ。」
「はぁ....?なんで?」
「お前らは二人がかりだろ??俺は一人でやったんだぞ!!!??」
こうして拓哉の口から語られた事柄は、口裂け女の一件の前日まで遡る。