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失意の結婚生活

「静かにしろ!」


 ワイセラが険しい表情で、大声を出した。


 まさか、今、怒鳴ったの? 驚きと恐怖で、体が硬直してしまった。


「俺は今日からこの部屋を使うことにする。お前の部屋はこれまで通り使わせてやるから心配するな」

「……何? どうしたの?」


 ワイセラはムッとした表情のまま、一言、「使用人を全員一階に集めろ」と私に向かって言った。


 この私に、命じたの?

 ――信じられない。


「早くしろっ!」

「きゃ」


 思わず悲鳴を上げてしまった。ビクンと体が震える。

 と、とにかく、言われた通りにしなくっちゃ。



 仕方なく、執事のケルビンに指示して使用人たちに集まってもらった。


「お嬢様。何事ですか?」


 コリーンに不安げな顔で聞かれても、私は答えることができない。



 全員が集まった頃合いを見計らって、ワイセラが二階から下りてきた。

 使用人の中には、新しい主人から何か言葉をいただけると思っている者もいるようで、頬を紅潮させている。


「お前たちは今日限りクビだ。今すぐこの屋敷を出ていけ」


 ……ああ、どうしてなの。今日の彼はどうかしている。まるで別人だわ。

 でも、今は、とりあえず彼の言う通りにしないと。


「ねえ、みんな。とりあえず、お父様のところに行って。この家には、ワイセラが使用人を連れてくるから。お願い。言う通りにして」

「ですが、セラフィネ様」


 コリーンが抗議しようとワイセラを睨みつけている。

 ああ、止めて。彼を怒らせないで。


「コリーン。お願いよ。私なら大丈夫だから」

「……お嬢様。承知しました。ですが、何かあれば、すぐに知らせてくださいませね」



 急な通告にもかかわらず、皆急いで荷物をまとめると、不承不承ながらも屋敷を出ていってくれた。

 最後にコリーンを見送ってドアを閉めると、がらんとした空っぽの部屋だけが残った。


 これで、この家には、私の味方はいなくなってしまった。




 ワイセラは料理人兼使用人を一人、新たに雇っただけだった。

 当然、家の管理は行き届かなくなり、家の中も外も荒れていった。


 私は外出を禁止され、庭に出ることも許されなかった。


 急に怒り出すワイセラにビクビクしながら、彼の機嫌を窺うだけの暮らしが始まった。





 ある日、美しい女性が我が家を訪ねてきた。


「妹のヘレナだ」

「まあ。私の義妹になるのね」

「勘違いするな。こいつは王子と結婚して、ゆくゆくは王妃となるんだ。今に、お前なんかは口も利けない存在になるんだぞ」


 何を言っているのかしら。王妃だなんて。


「鈍い奴だな。王子を紹介しろって言ってんだよ。とっとと段取りをつけろよ」


 私が?


「どんな手を使ってでも、王子とヘレナを結婚させるんだ。いいな?」


 え? 私が? アトモントンに彼女を?


「早くしろ! お前って奴は、本当に使えない奴だな」

「ご、ごめんなさい」


 でも、いくらアトモントンが私に甘くても、私がお願いしたからって、彼女と結婚するなんて――。

 そんなことありえないわ。

 私にそんな影響力はないもの。



 それでも、やるしかない。それに、久しぶりに外出できて、アトモントンと会えると思うと、胸が高鳴った。





 ヘレナを連れて王宮に上がると、彼女は興奮を隠しきれないようだった。


「あんなところに黄金の鎧があるわ! ちょっと! あの人が運んでいるのって、南国のフルーツじゃない?」



 アトモントンは私を見るなり、驚いて駆け寄ってきた。

 今日は久しぶりに着飾ってきたのに、どこかまずいところがあったのかしら。

 やっぱりコリーンがいないと、支度一つ満足にできないのね。


「どうしたんだい? 君は――君は幸せに暮らしていると聞いていたのに。その顔はなんだ? もしかして泣いていたのか――?」


 やっぱり泣き腫らした目は、そうそう簡単に治らないのね。

 それよりもアトモントンの方こそ、すっかりやつれているように見える。一体何があったのかしら。


「殿下。お初にお目にかかります。私、ヘレナ・ウラクロと申します。今日はお義姉様がどうしても紹介したい方がいらっしゃるって、誘ってくださいましたの」


 私たちが互いに驚き合っていることなど無視して、ヘレナが割り込んできた。


「まさか、殿下だとはつゆ知らず。こうして厚かましく王宮に来てしまいましたの」


 にっこりと微笑みかけるヘレナは、純真無垢な天使のような美しさだ。

 そんなヘレナに心を動かされることなく、アトモントンがきっぱりと告げた。


「悪いがセラフィネと二人にしてくれないか」


 ヘレナはいきなり「外せ」と言われて傷付いたと訴えるように、上目遣いで目を潤ませたが、アトモントンに通じないと分かると、観念して外してくれた。


「セラフィネ。正直に話してくれ。何があったんだ? 今、幸せなのか? ご両親はご存知なのか? あいつは何をしているんだ。君を幸せにできないのなら――」


「幸せよ! そりゃあたまに喧嘩をすることはあるけど、私たちは愛し合っているのよ。幸せに決まっているじゃない。他人にどうこう言われたくないわ」


 ああ、私はどうしてこんなひどいことを言っているのかしら。


「そ、そうか。幸せならいいんだ。すまなかった」


 あなたは変わらないのね。私の言葉をそのまま信じてくれる人。


「それより、ヘレナをあなたに紹介したいの。彼女のこと、気に入ってくれるといいんだけど」

「なんだって?」


「そんなに驚くことはないでしょう。王族は十八歳で結婚するしきたりなんだから、そろそろ婚約者がいてもいい頃よ。あなたがヘレナと結婚してくれれば、私たち義理の家族になるのよ。素敵なことじゃない。ねえ、お願いだから、いい返事を頂戴」


 アトモントンの顔から血の気が引いていた。

 結婚の話題に緊張しているのかしら。


「本気なのか? 君は本気で言っているのか? この僕に――」


 アトモントンは急に背を向けると、喉から絞り出すような声で呟いた。


「それが君の望みなら」





 二月後、ワイセラから、アトモントンとヘレナが婚約したと聞かされた。

 まさか本当に二人が婚約するとは思わなかった。どこか冗談のような気がしていたのに。

 意外にも、その知らせを聞いて、私はショックを受けた。

 王宮から帰った後のモヤモヤした気持ちは、彼を失った喪失感に変わってしまった。


 ……ああアトモントン。私、何て馬鹿なことを――。心にもないことを言ってあなたを傷付けて。

 本当は婚約なんて、してほしくなかったのに。

 馬鹿な私。本当に馬鹿な私。こんな私なんて、きっと神様だって見放すわ。




 ヘレナは屋敷にやってくると、「支度が必要だから」と、私のドレスや宝石類を一切合切持っていってしまった。

 代わりに使用人が着るようなドレスを置いて。


 私は抵抗しなかった。

 なんだかもう、どうでもよかった。



 ワイセラが機嫌がよかったのも束の間で、すぐに昼間から酒を飲んでは私をいたぶって笑う生活に戻ってしまった。


 しばらくすると、見るからに怪しい不逞の輩が出入りするようになり、屋敷自体が汚されていくように感じた。

 下卑た笑い声が聞こえてそっと覗いてみれば、見覚えがある宝石類がテーブルの上に並べられていた。


 ――あれは。パーティでどなたかが身に付けられているのを見たことがあるわ。でもどうして? なぜワイセラが持っているの?


 いかがわしい者たちは宝石類を吟味して鞄に入れると、代わりにお金を置いていった。

 何やら犯罪の匂いがして、部屋に戻ってもしばらく体の震えが止まらなかった。


 あの人は――ワイセラは一体、この家で何をしているの?




 両親やコリーンへ手紙を出しても返事は届かなかった。

 見捨てられのかも、いや、まさかそんなはずはないと、悶々とした末に、意を決して訪ねて行きたいと懇願したが、ワイセラは承知しなかった。

 それどころか、逆に目障りだからと部屋からも出ることも許してもらえなくなった。


 使用人も仕事をサボりがちで、食事も一日に二回運んでくれたらいい方だった。

 面倒くさいのか忘れているのか、一回しか運んでくれない日もあった。


 毎日が辛くて苦しくて……。

 何故なの? どうしてこうなったの? と、うじうじ考えては、最後にはいつも自分を責めていた。

 もういい加減、考えるのはよそう。何も思わなければいい。――何も。

 そう思って死んだように生きていた。




 結婚して一年が経った頃、珍しくワイセラから一階に下りてくるよう言われた。


 何かが変わるのかしら?

 そんな淡い思いを抱いて階段を下りると、彼はワインボトルを持ったまま言った。


「お前に言うのをすっかり忘れていた。お前の両親だが、馬車が崖から落ちて二人揃って逝っちまったそうだ」

「……なんですって?」

「雨風の強い中を無理して走らせたのが悪かったんだろうな」


 何がおかしいのかしら。ワイセラはニヤつきながら話している。


「……まさか。まさか、ここへ向かっている途中に事故に遭ったんじゃ……」

「かもしれないな。ま、自業自得ってやつだな」


「ひどい。きっと私のことを心配して……。ああ、そんな……。あなたに何て言われようと、訪ねて行くべきだったんだわ。あなたなんか無視して」

「何だと! 俺に向かってよくもそんな口を!」


 そう言うと、彼は私の頬を思いっきり叩いた。

 私は衝撃で床に倒れてしまった。

 自分の身に起こったことが信じられなかった。

 頬はじんじんと痛み、口の中は血の味がしている。


 この瞬間、私の中で全てが崩れ去った。

お読みいただき、ありがとうございます。


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