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運命の再会

 ピクニックから戻って以来、ぼうっとすることが多くなってしまった。

 そうかと思えば、水をこぼしたり、花瓶を割ったりと、立て続けに失敗してしまうし。


 何をしていても、涼しげな目元のワイセラが、頭の中で笑っているせいだわ。

 どうかすると、微笑みながら話しかけてくることまである。


 そんな私の異変に最初に気が付いたのは、幼馴染のアトモントン王子だった。


「来月、十六歳の誕生日を迎えたら、公務が多くなるからね」


 そうそう遊びには来られないからと、最近は毎日のように屋敷に来ている。

 忙しいなら来なきゃいいのに。言っていることが意味不明だわ。


「はい、セラフィネ。今日はプルメリアを持ってきたよ。これは森には咲いていないだろう」

「ありがとう」


 アトモントンは、うちの温室にある花を熟知しているから、そこにない花をいつも持ってくる。

 それが少し癪に障る。王家には手に入らないものなどないと言われているような気がして。


「コリーン。はいこれ。よろしく」

「あ!」


 コリーンに花を渡すと、アトモントンが情けない声を発した。


「何よ」

「い、いやあ。ほら、そうそう見る機会もないだろうから、もうちょっと見てもいいんじゃないかなって――」

「見たわよ」


 ついつい不機嫌になってしまう。お母様に見られたら叱られてしまうような無礼な態度だけど。

 そんな風にさせたアトモントンが憎い。


 私はプイッと顔を背けると、二階の自室に戻るため、階段を上がった。

 慌ててコリーンがとりなしているのが聞こえる。


「……殿下。その、セラフィネ様は、今朝からお加減がすぐれないご様子なのです」

「そうか。確かに、ちょっと変だったね。じゃあ、今日のところは失礼するよ」

「申し訳ございません」


 そう言って一旦背を向けたアトモントンが、振り返って大声を出した。

 部屋に入る前に、私にも聞こえるように。


「そうだ。来週のプレッセント家のパーティでのエスコート役を――」


 パーティの話だったので、階段の途中で足が止まった。

 不敬なことだが、コリーンはアトモントンの言葉を遮った。


「そのことでしたら、エスコート役は不要かと。今のところお嬢様は出席なさるおつもりはないようですので。もしかしたら、前日に急に気が変わられることも、ないこともないかもしれませんが」

「……?」


 アトモントンは煙に巻かれたような顔をして、家を出て行った。

 コリーンは、ワイセラとの約束のことを黙っていてくれたのね。





 プレッセント家のパーティには、王族を始め名だたる貴族たちが出席していた。

 普段なら両親の側で、名門貴族の子息たちに挨拶をするところだけど、今日ばかりは一人になりたくて、見知った顔を呼び止めて、両親から自然と離れた。



 すぐに会えると思ったのに、なかなか現れない。

 玄関の近くで、ソワソワと落ち着きなく行ったり来たりしている私って……。


 もう、落ち着きなさい。みっともない。


 自分で自分を叱っていると、背後に人の気配を感じた。

 話しかけられてもいないのに、勝手に胸がキュンと返事をした。


 その人は、背後からそっと髪に何かを挿してくれた。

 ……ああこの香りは。ハイビスカスね。


 どうしよう。胸がいっぱいで、何も言えそうにない。

 呼びかけられるのを待てずに振り返ると、アトモントンが立っていた。


 嘘でしょう! どうしてあなたなのよ!


 どうやら彼の顔を見た途端、露骨に落胆してしまったらしい。

 彼が気まずそうに謝ってくれた。


「あ、ごめん。驚かせちゃったかな」

「ううん」


 彼だと分かっていたら、こんなにも目を輝かせて振り向くことはなかったのに。

 でも、そんなことは言えない。


「来ていたんだね。てっきり君は――」


 玄関のドアが開き、使用人が招待客を招き入れた。

 ハッとして目をやると、漆黒の長髪を右手でかきあげている背の高い男性の姿があった。

 正面から見るまでもなかった。辺りを窺っている整った横顔はワイセラだった。


 きっと私を探しているんだわ!


「こっちよ!」


 自分でも信じられなかったけど、人目も憚らず手を振っていた。



「セラフィネ様。ご機嫌麗しゅうございます。お言葉に甘えて参上させていただきました」


 相変わらずワイセラは礼儀正しく他人行儀に挨拶をする。


 それでも、彼の瞳に自分が映っている――そう思うだけで体が火照ってしまう。

 彼も、私と同じように感じてくれていたらいいのに。




 この日を境に、ワイセラとはすっかり親しくなった。

 一緒に過ごす時間もどんどん増えていった。


 ワイセラはとにかく優しい。

 私を気遣う行動だけじゃなく、その眼差しも言葉も、もう何もかもが優しくて素敵だった。


 そして、時折、彼の瞳の中に、熱い情熱を見ることがある。

 そうかと思えば、遠慮しているような、どこか一歩引いているような態度を取られて、がっかりすることもあった。


 一体私のことをどう思っているのかしら。私は彼にとってどういう存在なの?

 悶々と考え続けた挙句、とうとうワイセラに詰め寄ってしまった。


「ねえ。こうして私を誘ってくださるのは、どうしてなの? ただの暇潰しの話し相手?」


 彼は心底驚いた顔をした。


「そんな風に思われていたのですか? 私がどんなに自制しているか、あなたには分からないでしょう。あなたに釣り合う家に生まれたかったと、どれほど嘆いたことか」

「本当なの? どうして言ってくれなかったの。家柄なんて。私、そんなもの気にしないのに」


「でもあなたのご両親は違うでしょう?」

「それは――」


 確かにお父様は気になさるわ。

 だから、ワイセラのことは両親にはまだ話していない。

 ……そうか。私にも覚悟が不足していたのね。


「ねえ、私たち、同じ気持ちだったのね!」

「同じ気持ち? もしかして、あなたも私のことを、その、好ましく思ってくれているのですか?」


「何よそれっ! 好ましいだなんて。そんなつまらない感情じゃないわ。私は――」

「どうか先に言わせてほしい。私はあなたを――セラフィネ、あなたを愛している!」

「私もよ! ずっと言いたかったの!」



 私たちは愛を誓い合った。そして結婚することを決めた。



 でもいざ私の両親に会う段階になると、ワイセラは美しい顔に苦悶の表情を浮かべて、弱々しく呟くのだ。


「やっぱりどう考えても、私とあなたとでは不釣り合いだ。……はあ。私を選んだあなたが悪く言われるかと思うと耐えられない」


 私よりも二十センチ以上背の高いワイセラが、か弱い子どものように見えた。


「私の家は爵位を返上したんだ。領地は全て売り渡し、財産もない。あなたにこれまで通りの生活をさせてあげるのは難しい。……悔しいよ」

「お金なら私の財産があるわ。二人で暮らすには十分だと思うけど」


「そんなことを、あなたのご両親が許されるはずがない。やっぱり、あなたの将来を思えば、私が身を引くべきなんだ。でも、そのことを考えると、あなたと別れることを想像しただけで、私の胸は張り裂けそうなほど痛むんだ」

「私だって同じよ。私が両親を説得してみせるわ」



 結局、私の考えた作戦――説得とは、ワイセラと結婚できなければ、命を絶つと脅すことだった。

 さすがの両親も渋々折れてくれた。



 ワイセラとの結婚!


 ああ、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれる彼と、毎日一緒に居られるなんて、なんて素敵なの!



 結婚後も、これまで通り我が屋敷で暮らすことになった。

 両親は、新婚生活の邪魔をしたくないと、別宅に引っ越していった。





 夢のような結婚式が終わり帰宅すると、ワイセラは両親が使っていた二階の寝室に向かった。


 私もウキウキして、ウエディングドレスを着たまま、彼のあとに続いて階段を駆け上がった。


 部屋に入ると、これから始まる二人の甘い生活に心を踊らせて、鼻歌を歌いながら思わずステップを踏んでしまったほどだ。

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