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君と出会った夏。僕は君を描く

作者: 空野善

「死なないで!死なないで!」

「ごめんね、千鶴」




7年前の夏。まだ小学生だったあの時のことを今でも夢に見る。もう何度も見た夢なのに大切な母親を1回も救えることはなく。目覚めた朝は汗がだらだらで動悸が激しくなる。










***


「あちぃ〜」高校一年の夏。親と喧嘩して、家を出た最初の感想だった。ある日を境にいきなり気温が上がる8月。つい一昨日までは冷え込む時があったというのに今日に限って外は快晴だ。夏休みだというのに友達からの遊びの誘いもなく、家で絵を描いていると酒によった父親が怒号を飛ばしてきたのがきっかけだった。


今年の春から父親の仕事の都合で田舎から引っ越してきたがこちらの生活はうまく行っていない。いや、もっと前からか。僕が小さい頃に母親を亡くしてから酒癖が悪くなった。新しい生活で改善されるかと思ったがかっての違うストレスで余計めんどくさくなった。突然暴力的になったかと思えば泣いて謝り出す。最初は怖かったが今はもう諦めている。でも、僕の描いた絵を破りしてたことだけは許せなかった。ようするに家出したわけなのだ。祖母の家ぐらいしかあてもないので、貯金したお金を持って新幹線に乗った。度々おとずれる浮遊感に気持ち悪くなりつつも新幹線を後にしてバスに乗る。祖母の家についた頃にはもう外は暗くなり始めていた。僕が住んでいたウシロ姫地町は人口約2万人。幸い若い人が多く仕事場を増やしたり、子育てしやすいように公園や施設などを建設している。それでも田舎であることに変わりなく夜になれば外は真っ暗で川に行けば蛍の光が鮮明に見えるようになる。歩いて30分ようやく祖母の家についた。東京に住んでいたらありえないことだがドアに鍵はかかっていない。


「おばあちゃん。千鶴(ちずる)だけどはいるよ」


靴を揃えて中に上がると驚いた顔をした祖母が座ってテレビを見ていた。


「ちずちゃんどうしてここにいるの」

「お父さんと喧嘩して家出してきちゃった」

「そうか秋人(あきひと)さんとね。それで私のところに来ることは伝えたのかい」

「ごめん。何も言ってない」

「心配するよ秋人さん」

「心配なんてしないよお父さんは」


目線をそらして答えるとしょうがないといった様子で黒電話を取った。


「私から連絡しておくから自分の部屋に荷物おいてきな」

「ありがと」

「置いたらもどってきてねご飯作るから」


わかったとだけ言って2階にあるかつての自分の部屋に行く。机や漫画はそのままで部屋の掃除だけはしてくれていたのかホコリは見当たらない。たいした物は持ってきていないが背負ってあったリュックをおろして、階段を下る。


「そうだ。先に風呂入ってきな沸いてあるから」

「そうするよ」


外で歩いた時間も結構あったので汗でベタベタとしていた。服を脱いでいる最中に着替えがないことに気がついた。絵を描いてる時に喧嘩してすぐ出たので、リュックには財布とスケッチブック、色鉛筆しかない。

服どうしよかな。


「ちずちゃん着替えないよね」

「うん」

「おじいちゃんのが残ってるからそれに着替えて」


バスタオルが積んであるところを見ると緑と黒のジャージが置いてあった。祖父の服も残してたんだと少しだけ心配になる。祖父と母親が亡くなった時祖母は相当滅入って体調を崩していた。今は元気そうだけどまだ気持ちに整理できていないのかもしれない。風呂を出て、ご飯を食べる。時間は8時を過ぎていた。せっかくこっちにきたんだ。蛍でもみたいな。祖母に許可をもらって外に出る。虫の鳴き声が聞こえてくる。虫自体はビジュアルが気になって好きになれないが虫の声は風情があって嫌いではない。ここから一番近いのは天地川だろうか。まあとにかく僕の知ってる蛍の見える川はそこしかない。


「おぉ」


久しぶりに見た。ここに住んでた時もいつでも見えるからとずっと見ていなかったし、やっぱ綺麗だ。青々とした緑色と真っ黒な空川の流れる音。見える光は蛍と多くの星々。月は三日月とも言えないほど削れた形だったが、月が星の明るさを邪魔していない。東京じゃきっと見えないここだけの景色。

こんなに良いもの見たら絵を描きたくなる。溢れ出る高揚感と掻き立てられる衝動。今朝の陰鬱とした気持ちなんてもうどこかへいった。


「こんなことならリュック持ってくればよかった」


仕方ない今日は座ってただ見てるだけか。また明日来れば良い。ふぅ〜今日一日の疲れた気持ちを吐き出すと景色だけしか捉えていなかった視界に白いワンピースが写った。うわっここに人いたんだ。しばらく気にせずに見ていたがいつもはしないのについ話かけてしまった。



「ねぇ君はよくここに来るの?」

「え……」


声をかけると驚いた顔をして振り向いた。少し小さい子かと思ったけど、そんなことはなさそうだ。僕と同い年くらいだ。幼気な可愛い顔立ちだったけど、表情が大人というか雰囲気が小さい子とは思えなかった。肌は半透明なのかと思うほど白くて日差しに焼けていない。相当気をつけているのだろう。



「もしかして私」

「君以外はいないだろ」

「それもそうだね。さっきの質問だけど毎日いるよ」

「良いなこんな景色を毎日見えるのは」

「へーじゃああなたはここの人じゃないんだね」

「少し前まで住んでいたんだけどね」




これ以上どちらも話さなかった。話すことは特になかったし、あまり知らない人に話しかけるべきじゃない。

これ以上ここにいてももっと描きたくなるだけだ。帰ろう。そっと立ち上がり女の子に背を向けて歩き出す。


「ね、ねぇ」

「ん?」

「明日も来る?」

「見に行くよ。というよりも絵を描きに来るよ」

「そっか。じゃあまた明日」

「また明日」


不安そうに言う彼女についまた明日と言ってしまった。明日はこの子がいないところに行こうと思ったがいいや。この景色を僕は描きたいし、それに直感的に思ったんだこの主役のいない景色を彩るのは彼女になるって

僕と彼女はこうして出会った。まだ名前も知らない2人だけど、この出会いはきっと忘れられない。


昨日は帰ってからすぐに寝てしまった。旅の疲れと懐かしさに布団の中で爆睡をこいたせいで起きたのは12時だった。久しぶりの布団のせいか体が少し痛い。下に降りると祖母がよく寝たねと昼食の準備をしていた。顔を洗って寝癖を整える。よく寝たはずなのにあくびが出る。深く考えずにこっちにきたけど学校もあるし宿題だって出ている。ずっと家出を続けるわけにはいかない。だからといって戻りたくはない。今はまだ考えなくてもいいか。とりあえずご飯でも食べて外に出よう。何も考えずに歩いたつもりだったけど、中学校にきてしまった。全学年あわせても2百人ほどしかいない。大会なんてないくせにサッカー部が練習している。何を目標にしているかもわからない活動をしてないが楽しいのか理解できない。大会があってもわからないけど。ボーと眺めていると統一された青を基調とした青と白のユニフォームの中黒い運動服を着た男がこちらに気づいて走ってくる。


「お、川島じゃないか」

「久しぶりだな遠藤」


遠藤太一(えんどうたいち)中学の同級生だった男。彼はクラスの学級委員でサッカー部に入っていた。クラスメイトってだけでそこまで話した記憶はないけれど、授業とかで話すことはあった。


「後輩に教えてるのか」

「ああ、こんな田舎にコーチなんていないし、顧問の先生も未経験だからなちょっとした伝統なんだよ元部長が夏の間は指導するって」

「サッカー部って何を目指してるんだ」


さっき思った疑問をぶつけてみることにした。この人達は何を思って部活をしているんだろう


「ん?何も目指してないよ」

「じゃあなんで部活なんてやってんの」

「そんなの好きだからだろ。まあなんとなくやってる奴もいるだろうけど、結局は楽しくて好きなんだよ」

「そっか」


好きだから。たったそれだけで3年間頑張れるのか。いや、それに近しい気持ちを僕だって知っているじゃないか。ただそれが、サッカーか絵を描くことかの違いしかない。


「蓮斗と雛にはあったのか」

「いや昨日来たばかりだし」

「連絡先知ってるか」

「中学の時持ってるやつなんてほとんどいなかっただろ」

「スマホは持ってるよな」


そう言ってポケットからスマホを取り出してLINEをひらく。QRコードを見せてくる遠藤に僕はLINEをひらいて読み込む。サッカーボールのアイコンに太一と記された名前が出る。友達申請を送って事務的によろしくと打つ。相手も同じように返してから蓮斗と雛の連絡先が送られる。


「じゃあ俺指導に戻るから」

「ああ、ありがとな」


天崎蓮斗(あまさきれん)と、遠藤と同じく中学の同級生。仲で言えば一番良い友達だろうな。もうひとりの太陽雛(たいようひな)。僕ら3人は幼馴染みだ。この狭い町だと高校まではだいたい一緒になる。そのあおりを受けてというか幼稚園の頃、母親同士が仲良くなったのが一番のきっかけだっただろうな。小さい時から友達をつくるのが苦手だったが親同士が帰りにお茶したいとかで蓮斗たちと遊ぶ機会が多くあった。それから中学3年までクラスは離れながらも仲良くやっていた。それも卒業までだったが。

追加してよろしくだけ送っておいた。そしたら電話がなる。


『千鶴!久しぶり』

「蓮斗いきなり電話してくんな」

『いきなりLINE追加したやつが何いってんだよ。それにしても誰から』

「遠藤と学校であったんだよ」

『え、お前今ウシロ姫地いんの』

「家出してきた」

『なにそれ面白そう待ってろすぐ行く』

「は!」


ってもう切れてるし……はあ今日も炎天下なのに。15分ほど待つと自転車に乗ってきた蓮斗がやってきた。


「お、まじでいるし」

「そりゃね」

「雛にも連絡したからすぐに来ると思うよ」

「え?あぁ」


雛と合流してからファミレスに入った。自動ドアが開いた瞬間に今までかいた汗の分余計に涼しく感じた。

とりあえず僕と雛はドリンクバーを注文して蓮斗は昼を食べていないからとランチセットのハンバーグを頼んだ。


「それでどうして家出」

「絵を破り捨てられたうえに怒鳴られた」

「あー親父さんか」


2人も当然僕の父親がどんな風に変わったか知っている。田舎の嫌なところはこういう噂はすぐに広まってずっと残り続ける。そのせいで2人が知ったわけじゃないだろうけど、知らない人に同情の声を向けられるほど腹の立つことはない。


「千鶴にとって絵は一番大切なものだもんね」

「そんなことは……」

「だって誰に頼まれても描きたいと思ったもの以外描いたことないじゃん」


確かに誰かに頼まれて描いたことはない。ただそれは僕がひねくれてただけだ。誰かのために絵を描くことかのが嫌いだった。クラスのためとか言われて時間を潰されるのが納得いかなかった。それに何かが擦り切れる気がしたんだ。それから適当に会話をした。思い出話や最近のこと笑ってまた遊ぼうねと解散した。

それからあの時間になった。今日からしばらく絵を描くからと伝えて家を出る。スケッチブックと色鉛筆の入ったリュックをもってあの場所についた。いなければいないで良い。もしいたら……



「今日もちゃんと来てくれたんだね」

「一応約束だし」


今日も彼女は白いワンピース。彼女の動きは踊っているように綺麗で蛍が彼女を追いかけるように周りを飛び回る。あぁやっぱり……


「なあ名前を教えてくれよ」

月野芽結(つきのめい)あなたは」

「川島千鶴」


知らなくて良いことなのに関わらないほうが安全なのに僕は少し踏み込んでしまった。

絵は思ったよりもはかどらなかった。昨日と少し違うからなのかもしれない。そしたら明日だって変わってしまうのにまた言ってしまった。


「明日も描きに来るよ」

「そっか。また明日楽しみにしてる」


次の日の夜も天地川に行くと月野芽結の姿があった。お気に入りなのか必ずあの白いワンピースを身に着けている。清潔感はきちんとあって川にいるのに汚れは見当たらない。


「どうしたのそんなにこっちを見て」

「いや何でもない」

「ふーん。じゃあ絵を見せてよ」


座っている僕の隣に座って描き途中の絵を眺めてくる。なんだか気になって描いていた鉛筆の動きを止める。仕方なくスケッチブックを渡す。ペラペラとめくりながらいちいち声を出して反応する月野に気になりながら一緒に今までかいてきた絵を見る。その絵はどれも景色や架空のもので人物像がない。すると月野があるページでめくるのをやめた。気になってよく見てみるとスケッチブックの間に一枚の紙が挟まれていた。


「これ千鶴のお母さん」

「そうだよ」


こんな絵が残っていたなんて思わなかった。幼稚園の時に描くことになった母親の似顔絵。お世辞にも上手いとは言えないがあの時は一生懸命描いた。


「この絵が一番好き」

「は!」


思わず驚いて声が大きくなって顔を近づけてしまった。何を言っているんだ。明らかにこの絵はここにあるもので一番下手だ。


「だって絵が生き生きしてるもん。他の絵は確かに上手だけど見たまんまって感じ」

「芸術作品じゃないんだ。見たまんまになるのが普通だろ」

「まあまあ怒らないでよ。こんなにかわいい子が隣に座ってるんだし」

「自分で言うかそれ」


はあとため息をついて近くなった距離を戻す。ついでにスケッチブックを取り上げてまた描き始める。それを見た月野はおもむろにたって月を眺めながら言葉をこぼす。


「でも良いな好きなことがあって、それをできるくらい絵がかける」


その言葉に触れていいものか少し悩んでから話す。


「今はなくてもいつか見つかるんじゃないか死んだわけじゃないんだ」

「え?」

「僕のお母さんもう亡くなってんだよ。7年前に。毎日家事とか僕の世話とかご近所付き合いしてやりたかったことできないまま亡くなっちゃたんじゃないかなって時々思うんだ。だからと言ったらあれだけど、生きてるうちはやりたいこと探せるんだ。焦る必要はないよ」

「ごめんね。でもありがと」


まだ3回しかあったことがないのにする話ではなかったなと少し後悔する。月野の顔も少し暗い。これじゃあ余計なことを言っただけだな。


「重い話して悪かった。でも何かやりたいことが見つかったら言ってくれ手伝うから」

「えー千鶴もしかして私のこと好き」

「なわけ」

「じゃあ今はとりあえずこうやって隣で絵を描いてるところ見せてよ」


女の子はよくいい匂いがするとか言われるけど、実際はそうとも限らない。ここにいた時は人によって気にして軽めの香水とかつけている人がいたが東京だときついこともある。前にバスに乗った時は前のおばさんがかなり強めの香水でバス酔いもあいまって吐きそうになったことがある。でも月野はそのどちらとも言えない。無臭なのだ。それが逆に清涼感のようなものを感じてなんとなく隣りにいても気にならなかった。


「何もしかして私臭う」

「真逆、無臭だよ」

「なら、良かった」


しばらく無言が続く。別に気まずいわけではない。どちらかといえば居心地がいい。遠藤はもちろんのこと蓮斗と雛にしてもどこかで気を使う部分がある。あったばかりなのか気を使わないから楽だ。


「あのさ、さっきの話なんだけど私も親が亡くなってるんだ。7年前に」

「そうか。月野の親もあの事故か」


7年前の大災害。川の大氾濫と強風によって多くに人と家を飲み込んだ。ウシロ姫地街最大の災害と言われている。


「あれも7年前。もうみんな忘れよとして生きてる」

「嫌か」

「自分でもわからない。こんなことが起こらないようにずっと覚えていくことも大切だと思う。だけど傷を負った人たちにとっては思い出させないでほしいものでもあるから」

「社会利益か個人の尊重ね。僕なら個人の尊重だよ。忘れられるなら対策だけして忘れたほうが良いどうせ誰も忘れられないから」

「どういうこと」

「少なくとも日本ではお墓参りとかお盆とかそれこそ亡くなった人との思い出がそこら中に溢れてることのほうが多い。さらにこんな小さい町だ。どこへ行ってもその人との思い出がある。だから全体だけでも忘れて個人で大切に抱えたほうが良いと思うだけだよ」


考える仕草をしてから月野は同意した。それからこういった。


「ねえ明日お墓参りしに行こうよ」


今日の待ち合わせも天地川だ。ただし、集合時間は13時。流れでお墓参りすることになったが夜にしか合ったことがない相手とは不思議な気持ちになる




「おまたせ」

「ちゃんと来たね」

「またそのワンピースか」

「やっぱり好きなのもあるけど、私達は不思議な関係だからね。これがトレードマークに思えてきて」

「それもそうだな月野がそれ以外の服着てるのイメージできないし」

「でも千鶴の服なんかおじさんくさいね」

「仕方ないだろ家でした時服持ってきてないんだからおじいちゃんのなんだよ」

「あーなるほど」


これでも選んだほうなんだ。ほとんどが半袖のシャツに水色の入ったボーダーだったり、袴のような和服しかなかったんだ。お墓参りなら花は買うとしてお供物と線香は必要だよな。お墓を管理してくれるところに大体のものは売っているだろう。



「お供物って何が良いと思う」

「持ってかないほうが良いよ。今どき持っていっても持って帰るように言われるだろうから」

「そうなのか」




天地川から15分ほど山の方に登るとお墓が並んでいる。お墓参りしやすいようにその一部だけは車が通れるように整備されていたり、木々が伐採されて眠っている人の方向にこの町が見えるようになっている。

そのさらに上の方に行くと小さめの本部のような場所があって線香や花を購入できる。




「花ってどれが良いんだ」

「思いが大事なんだから自分で選んだほうが良いよ」


金銭面を考えって一番安いので良いや。思いと言われれば母親は好きだったが、お墓参りすることに特別な意味を僕は感じない。天から見守っていてほしいなんて生きてる人間のエゴだ。早く生まれ変わって新たな人生を歩んでと願うほうがよっぽど良いと思う。でもしなくて良いわけじゃない。だって親の遺骨が埋まってるんだ。綺麗にしてあげたいだろ。線香も選んで、月野の方を見ると何も手にしてない。


「買わないのか」

「私お金持ってない」

「え?」

「だって両親亡くなってるんだよ。親戚の人に預かってもらっているのにお金なんて貰えないよ」




そうだった。月野は僕よりも災害で大変な思いをしているんだ。あんまりにも考えていなかった。


「同じのでいいか」

「え?」

「花だよ」

「だからお金ないんだって」

「ちげーよ買ってやるって言ってんだ」


困惑している月野を放っておいて同じものを購入した。月野はありがとうと恥ずかしさと嬉しさの混じった笑顔でお礼をしてくれた。こんな顔が見れたんだ。花なんて安いものだ。




「月野の親のお墓ってどこだ」

「先に千鶴のお墓参りしようよ」

「なんで」

「感謝したい気分なんだよ。千鶴を産んでくれたことに育ててくれたことに」

「さっきのでか大げさだな」




名前の知らない水を汲むための道具を持って掃除を始める。祖母から借りた使わなくなった歯ブラシと雑巾で水を使いながら綺麗にしていく。月野はその間周りに生えた雑草を抜いたり、落ち葉を拾ってくれていた。一通り終わると束になっている線香の紐を解いて半分にライターを使って火を付ける。それを月野に半分渡して入れる。手を合わせて目を瞑る。


久しぶりお母さん。お父さんとの二人暮らしはやっぱり大変でお母さんのいない穴は大きいよ。ここに戻ってきたのだってお父さんと喧嘩して家出したから。絵は今でも描いてるよ。好きなものを描くのは楽しい。また来るよ。あの時は助けてくれてありがとう。助けられなくてごめんなさい。


「大丈夫?すごい汗」

「暑いだけだよ」


嘘をついた。正直ここに来るとあの瞬間を思い出す。何度も夢で見たからまだ耐えられた。でもやっぱりトラウマで体が冷えるのに汗が止まらなくなる。母親の顔が、声が、姿が、濁流に飲まれて苦痛に歪む。自分は助かってしまった。


「あれ、千鶴じゃん」


顔をあげると蓮斗と雛が僕らと同じようにお墓参りのセットを持って手を振っている。


「2人もお墓参りか」

「あぁ俺は付き添いだけどな」

「私のお母さんもあの災害でなくなってるから」

「てか、お前平気かすごい汗だぞ」

「平気だよ」

「蓮斗もう行こうやっぱり……」

「あぁそうだな。じゃ行くわ」



2人は気を使ってくれたのか足早に去っていった。僕らも月野の親の墓の方へ歩き出した。

月野家の墓は端の方にあった。ただ、その墓は誰が見ても長い間放置されていたのがわかる。木々が近くにあるせいか蜘蛛の巣がかかっていたり、黒ずんでいる。花はとうに枯れたものがさされていた。




「最後に来たのいつ」

「もう、覚えてないよ」

「来なかったのか」

「来れなかったのほうが正しいかな。今はもう受け入れられても親がなくなってから長い間受け止められなかったから」

「親戚もきてないのか」

「うん。そうみたい」

「そうみたいって」

「文句なんて言えないでしょ」


その言葉の奥にはきっと私を育ててくれてるからって気持ちがあるんだと思う。でもだからって、預かった親の墓参りもしないのかよ。それとこれとは別だろ。僕はどこまで言っても他人だ。月野が何も言わないというのなら何もしない。


「そんな顔しないでよ。今は私がいるでしょ。ほら手伝ってよ」


今度はお互い役割を変えて墓自体は月野がその周りを僕がやる。だけど、僕もこの墓を綺麗にしたくなった。


「雑巾貸して僕もやるよ」

「ありがと」


かなり時間をかけてやったおかげで来た時とは別物レベルで綺麗になった。達成感があるなと少し場違いかもしれないけどそう思った。さっき半分に分けたうちのもう片方の線香に月野が火をつけて僕も少しもらって置く。目をつむって手を合わせたが特に何かを言うことはなかった。借りたものを元の場所に戻して帰る。



「今日はつかれたから天地川にはいけないな」

「そうだね」

「ちょっと話とこうかな」



近くの石垣の上に座って僕のことを話した。あの日災害があった時。僕と母は川の近くのにいた。買い物の帰りだった。この辺の川は流れが緩やかで反乱なんてしたことがなかったからか対策が何もされていなかった。元々強風ではあったなのに突然ゲリラ豪雨に見舞われていつもより水深が深くなって勢いが増した。ただそれだけだったらまだ良かったなのに地震が起きた。奇跡とまで言えるほど不運が重なった。山上にあったダムが崩壊していよいよ川の周辺は飲み込まれた。走って高いところに逃げようとしたのにギリギリのところで流れてきた大木にぶつかった。僕がギリギリ助かったのはお母さんが自分を犠牲にして川の中で僕を持ち上げたからだ。なんとか地に足ついた時お母さんはもう限界ギリギリで僕はただ泣き叫んでいた。

ウシロ姫地街で大災害と言われたのはこの町に川が多く水源に恵まれていたからと後に言われた。




「僕の命はお母さんによって助けられた」

「ごめん。先帰る」

「え?」

「私も思い出しちゃった……辛いよ」


そんな顔しないで。初めてみたその表情にあぁまだ誰もトラウマを傷を克服できていないのだと悟った。

今日の夜空は三日月だけが雲から顔を出していた


***


「プールに行こうぜ」


深夜0時突然蓮斗から電話がかかってきた。イラッとしておやすみと言って切る。また直ぐに着信がくる。


「ひでーよ千鶴。明日暇だろ雛と行くから準備しとけ」


否応無しに電話を切られる。仕方ないな。まぁ水着とかはこっちに置きっぱだからあるだろう。着々と準備をすすめていけば行くほど、月野に対して罪悪感が残る。もう彼女は清算できていると勝手に思っていた。

でもそんなことはやっぱりなくて、泣かせてしまった。いつかの日に話した思い出させないほうが良いと言ったのは僕なのに……


翌朝。蓮斗と雛がやってきた。向こうに行けば空気入れがあるだろうにすでに膨らませた浮き輪を

持っている蓮斗ははやくはやくと腕を引っ張ってくる。プールは学校のすぐ近くにある。この辺の子供にとっては定番の場所だ。流れるプールやウォータースライダー、時間によって波が流れてくる場所や温水プール定番なものがたくさんある。蓮斗はもう水着を下に履いてきたようで更衣室に入ってすぐにTシャルを脱いで出てしまった。


「ほんとテンション高いな」


呆れながら着替えを済ませて更衣室を出ると雛と鉢合わせた。フリルの付いた黄色露出の少ない水着を着ていた。


「どう、似合う」


くるっと一回転して聞いてくる。色合い的にも明るい感じが出て似合っていると思うと素直に伝えた。


「つまらないなドキッとしないの」

「雛だし」

「はーなんだか懐かしいね」

「中学の時も来たもんな」

「あの時のこと覚えてる」

「……はやく蓮斗のところいこう」


2年前にもこの3人で来たことがあった。今よりも傷は癒えてなかった中でもたくさん遊んで楽しかった。

そろそろ帰ろうかとなった時に僕は雛に呼び止められた。自惚れてるかもしれないけど、雛は僕に告白をしようとしていたんだと思う。でもなんだかそれ以上のことがありそうな気がして僕は話をそらした。関係をこじらせたくなかったってのもある。


「安心してもう好きじゃないから。もう誰のことも好きになれないから」


駆け足で蓮斗のところへ向かう背中に冷たく背中を刺される。それでも僕は足を止めずに聞こえないふりをした。そのせいかずっとこの3人の空気が凍らないように慣れない高いテンションをつくって必死に笑った。その度自分の中にいる冷静な僕が気持ち悪いと連呼する。


「千鶴ごめんな。体調悪かったか」

「え?」

「なんか無理してテンション高くしてたから。無理に誘って悪かった。今日は解散にしよう」


蓮斗が昼食を食べ終わった時に言った。その顔は申し訳なさそうだった。雛は無表情でそうだねと言う。

二人が席を立って帰ろうとしている。待ってくれ。大丈夫だから上手くやるから。離れていかないで1人にしないで。蓮斗が一足先に姿が見えなくなると雛が振り返って冷たく睨む。


「結局千鶴は自分だけ傷つきたくないだけなんでしょ。ずっと前から」

「そんなこと……」

「それもちょっと違ったね自分だけ可哀想でありたくて自分だけ救われたいんでしょ」


もう言葉も出なかった。僕は2年前のあの瞬間から間違えたのだろうか。あの時向き合ってたら良かったのだろうか。答えはでない。あぁそうだ。今日は天地川に行かないと絵を描かないと。月野に合わないと


***


「元気ないね」

「そうだな」


昨日のことはなかったのではないかと思うほど、月野はいつもどおりだった。僕の顔が死んでいるのは言うまでもない。幼馴染に嫌われて、いよいよこの街で積み上げたものが全部なくなった。あるのは辛い思いでばかりだ。


「もしよかったら話してよ」

「え、ああ」


2年前のプールの出来事から今日のことなるべくわかるように話した。


「そりゃ怒るよ。私でも嫌。でもそれだけで嫌いになるかな」

「それは個人の差じゃないか」

「うーん。2年前にたった一度告白から避けただけなんだよね。それってショックはあっても嫌いになるのかな。むしろ2年もあれば別のチャンスを待つと思うけど。だからもっと理由があると思う。じゃないとさり際にそんな事言わない」

「それがわからないんだ」


月野は腕を組んで考える。短い付き合いでわかるのだろうか。僕のことだってそんなに知らないだろうに。


「あ!」

「わかったのか」

「でもこれ言っちゃいけない気がする」


意味がわからないこれは僕の問題だというのに。その答えを知っているのに言っちゃいけないなんて


「自分で考えろってことか」

「それもそうなんだけど、千鶴にとって一番刺さることだよ」

「それでも知りたい」

「昨日の話を聞いて思ったんだけど、千鶴って自分が一番可哀想な被害者みたいに話すよね」

「え?」

「確かに目の前でお母さんが自分を助けて、死んだのはトラウマになることだと思うけどずっと近くにいる人達は自分も辛いって言えないよね。あの子雛ちゃんだって親を亡くしてるんだよね。だったら千鶴を誘わないのもわかるかも」


無自覚だった。でもたしかに僕の話したことは話し方は自分が一番の被害者みたいに聞こえるな。そりゃ一緒に墓参りなんて行きたくないよな。悲しめないもんな。


「でもこれだけか」

「推測だけど他のことでも似たようなところあるんじゃい。それと告白よりも千鶴が言っていた勘がもっと重要なことだったとしか考えられない」

「もう手遅れか」

「そこ!なんじゃないの。その諦めってより楽な方を選んだんじゃないの」


図星だった。自分の心に染み付いた考え方は認識しても意識できないな。


「もう今日は描けないだろうから帰ってどうしたら良いのか考えな」

「ごめん。そうする」

「気にしないで、私は好きでここにいる。今日は約束もしてないしね。でも今日は言わせてね。また、明日」

「あぁまた明日」


***


家に帰って、風呂に入る。気持ちを切り替えるために心についたモヤッとする感情を洗い流す。とにかく自分は楽な方に逃げているようだから意識して面倒事に首を突っ込む。そうするくらいが丁度いいはずだ。

東京に行ってもしかしたらもう合うことなんて年に1、2回程度だとしてもこれまでがなかったことになるわけでも思い出が消えるわけじゃない。だから話しかけよう。風呂を出て、LINEを開く。家族とあいつらしか登録していない。もし、完全に拒絶されてLINEを消されていたら……いやだとしても家にでも言ってやる。首を振ってトーク欄を見る。


「良かった。あった」


安心して力の入った肩が緩む。ここからが本番だ。


『雛明日会えないか』

『無理』


撃沈ではあるが本気で拒絶しているわけじゃない。そうでなきゃ返信なんてしない。


『いつなら会える?』

『会いたくない』

『頼む少しでいい』

『いまさら何がしたいの』

『謝りたい』

『もういい』

『ならあってくれ』


これじゃあ埒があかない。何か打開策はないのか。いやそんなまどろっこしいことは向いてない。

会ってもらうしかないなら会いに行けばいいだけだ。


「おばあちゃん自転車借りる」

「え、こんな時間に」


半ば無視をして自転車に乗って全力で漕ぐ。まだ乾ききっていない髪が風になびかれておでこが出る。

夏の夜は暑い。そんな長い距離ではなくても全力で漕ぐと汗を掻く。ふうーと一息ついて、名前を呼ぶ。


「雛、もう僕から会いに来た」


田舎いつだって静かだ。夜なんて暗くてほとんど見えない。だから少し大きめに言った僕の声は家中どこにいても聞こえただろう。反応はないか……でも関係ない。今日を逃したら一生楽な道に逃げてしまう。

そんなのは嫌だ。


「僕は謝りたいんだ!ずっと自分だけが被害者だって心のなかで思ってた。もうこれ以上傷つきたくなくて何かが壊れてしまうのが嫌で誰とも向き合わなかった。2年前だって、それよりもっと前も。だから、だからやり直したい。雛とも過去とも向き合いたいんだ。僕と会って話をしてくれ‼」


これでもだめか。声をちゃんと張ったのは久しぶりだった。喉が少し痛い。感情を引き出すと涙が出てきそうだ。もう祈るしかない。2回の窓が開く音がする。パジャマ姿の雛が枕を抱えて顔を出す。あぁよかった。少しだけでも伝わってくれた。


「恥ずかしいからやめて。今からそこ行くから待ってて」

「わかった」


パジャマのままで雛が玄関から出てきた。お父さんがいるからと少し離れた小さい公園まで歩いた。


「それで話って」

「雛の言葉と月野って人の言葉で気がついたんだ。僕のしてきたこと」

「謝りたいってこと。ならもういいよ過去は変わらないから」

「そうかも知れない。だけど、未来に向けての話もしたいんだ」

「未来?そんなのないよ。千鶴は東京にいて、合うことは1年に1,2回いてもいなくても変わらない。だから合う必要なんてない」

「確かにあうのはそのくらい少ない。でもここにいた時間は嫌なこともあったけど大切でなかったことにしたくない。このまま全部終わりにしたくないんだ。責任は最後まで負う。だから2年前何を言おうとしたのか教えてくれないか」

「何私に告白しろってあなたが好きでしたって」

「違う。雛はあの日他に何かを言おうとしていたはずだ。」

「気づいて…たの……」


あってたのか。やっぱり。深く考えてなかったけど2年前のことだ。解決してる可能性もある。それでも関係ないきっと向き合うことに意味があるから。


「逃げない?」

「もう逃げない」

「責任最後まで追ってくれる?」

「約束する」

「じゃあこれ見て」


僕が首を傾げると雛はパジャマの服をお腹が見えるまでたくしあげる。驚きの声を上げたのは一瞬で驚きの目に変わった。あらわになったお腹は青あざが見えた。その周りにも打撲の跡が見て取れた。水着がワンピース型のだったのも隠すためだったのか。痛々しいその姿になんて声をかけたらいいのかわからない。


「私、お父さんから暴力を振るわれられてるの」

「それって」

「うん。虐待だね」

「いつ…から……」

「7年前から」


それはつまり……雛のお母さんがなくなってから。あぁ僕と同じ状況いやもっとひどい状況だったのか。なのに僕は自分が一番の被害者みたいに振る舞って、あまつさえきっと同じ状況にいたから相談しようとしていた相手を見ないふりをした。


「大丈夫なのか?」

「ずっと暴力を振るってくるわけじゃないから」

「酒を飲んだり、気分が悪い時か」

「やっぱりわかる」

「同じようなものだからな」

「はー逃げたいな」


僕にはわかる。雛は逃げられない。離れようとしたら言葉で暴力でものを使って自分の周りから離れさせないようにする。僕の父親もそうだった。一度東京に行くのを断った。そしたらヒステリックになって暴れて怖くて仕方なかった。今僕がここにいることが許されてるのは父親は僕がいずれ戻ることを確信してるからだ。


「僕の雛も無理だよ」

「知ってる。少なくとも大人になるまでは。いや大人になっても無理だろうな」


悲しそうに笑う。僕はうつむくことしかできない。


「責任は持つ。何かあればいつでもうちに逃げていい」

「ありがと」


きっと雛は来ない。結果は変わらないことを何度も試しているはずだ。それでも最後は親から離れられない。諦めた顔を僕は知っているずっと同じ顔してるから。でもこのことを諦めたくない。これを諦めたらきっと自分のことも諦める。


「なんとかする」

「え」

「今すぐには無理だけどなんとかするから」

「今日は帰るよ。あまり遅くなると心配させるから」


心配させるか……


「月野さんて人にもお礼しておいて」

「あぁでも一度見かけてるぞ」

「え?ほんとに」

「墓参りの時僕のとなりいたでしょ」

「嘘ひとりだったじゃん」

「は?」

「じゃあもうほんとに行くから」


月野は僕に隠れていたから見えなかったのかな。でもこの会話のおかげで僕は後悔しなくてすんだ。過去と向き合うチャンスをえることができた。月野には感謝しなければ。


***


ザアーザアー

今日は1日中雨だ。昨日のことお礼を言いに行きたいのに無理そうだな。絵もかけず、特にやることもない。もんもんとしている。暇だ。1階でテレビを見るか。1階に降りると祖母が窓の外を眺めてぼーとしている。


「ちずちゃん」

「どうした」

「秋人さんが2週間後ここにくると伝えてくださいと」

「え……」


そんな確かに戻らないと行けない頃ではあるけど。まだ、ここにきてやっとスタートラインに立てたばかりなのに。時間が有限なのはわかってる。雛のことの解決策が何も見つかっていない。今日はただでさえ天気が陰鬱としてるのにこの先のことを考えるともっと嫌になる。今日はずっと何もできずにいた。ただ一人部屋の中でうだうだしていた。夜になっても今日は会えない。


「会えないのか……」


昨日のやり取りが頭に浮かんでくる。「また、明日」約束は違うのかもしれないが明日も会える安心感は僕にとって安らぎとも言えるものになっていた。


「まさかな」


いないとわかっているのに無性に天地川に行きたくなった。傘を持って走り出した。もしこれでいなかったら僕とんだバカだな。でもいないほうが安心はできるけど。天地川についた。雨で蛍は飛んでいない。

月も星も隠れている。見にくい視界の中探す。いつも絵を描いてるところでいつもの白いワンピースが見えた。


「何してるの」

「こっちのセリフだバカ。傘もささないでずっといたのか」

「さっき来たばっかに決まってんじゃん」

「にしてはずぶ濡れすぎんだよ」

「親戚が心配すんぞ」

「私も帰るから千鶴も帰りな」


違和感があった。その言葉は本当なのか。月野の親戚はいい人なのか。月野をこのまんまにしておけない。

うちに連れて行こう。背中を向けた月野の腕を掴もうと手をのばす。握ったはずの手は空を切った。


「え?月野お前」

「あーあバレちゃった。私もう死んでるんだ」


目の前にいる月野はどこをどう見ても可愛い女の子で、空から降る雨に触れて寝れているのに僕の手は空を切ったままで掴むことができない。


「一ヶ月なら騙せると思ったんだけどなーごめん。もう君の前には現れないよ」

「何いってんだよ。雨は冷たいだろ。1人は寂しいだろ」

「私は化け物だよ」

「知らないそんなの僕には今だって普通に生きる女の子に見える」

「だから私はもう死んでるの!あなた以外からは誰にも見られない」

「は?」


雛の言葉を思い出す。嘘1人だったじゃん。あれは見えてなかったんじゃない。見ることができなかったんだ。


「じゃあなんで僕には見えるんだよ」

「わからないよ。わからないよ!7年前に死んでから私のことを見えた()なんて誰もいないんだから」


雨か涙かわからない。ただ顔を歪めてることだけはわかる。でも僕は見てあげることしかできない。抱きしめることはおろか手を握ってあげることすらできない。半月が顔を出してこちらを笑うように見ている。

声は届くでも死者に何を言っても結果は変わらない。だって彼女の人生はもう終わっているのだから。


***


死者に何を言っても変わらない。それでもこのまま雨の中に放置しようものならもう合うことはできなくなってしまいそうで、せっかく逃げることをやめられたのにまた逃げるのは嫌だから家に連れてきた。家路に向かう間お互い何も言えなかった。


「風呂に入るか?」

「大丈夫。しばらくすれば何もなかったことになるから」


意図はわからない。でも本人がそう言うなら聞くことでもないんだろう。

部屋に入ってクッションを出す。月野にはそこに座ってもらい僕は椅子に座った。

やっぱりお互い喋らない。僕はどこまで突っ込んでいいのかわからずにいる。

部屋の壁に置かれている時計の秒針の音がカチッ、カチッと聞こえ続ける。

何十分にも感じる時間も実際は1,2分しか経ってない。月野の方を見るとずぶ濡れだった髪や服はまるで濡れていなかったかのように乾いていた。


「ね、言ったでしょ。何があったって何もなかったことになる」

「月野が死んでるってのも本当なんだな」

「家族と一緒に死んじゃったよ」


無理に笑っているのが伝わってくる。そのせいか今まで僕が言ってきたことが刃物となって自分に帰ってくる。生きているなら好きなことが見つかるだとか、大切な家族が亡くなったとかそれも1番の被害者みたいに。月野にとってはきっともう見つかることはないことで災害で家族どころか自分も亡くなった1人。そんな相手にかけた。希望の言葉は絶望の言葉でしかなくて、過去の話は月野にとって1番思い出したくない話だったんだから。


「なんで泣いてるの」

「あれ、おかしいな僕は泣ける立場じゃないのに」

「泣かないでよ。私は千鶴に出会えて嬉しいんだよ」

「傷つけただろ僕は」

「生きていたって無自覚に傷つけちゃうことってあるでしょ。それでも私は一緒にいたいって思ったんだよ。だってそれ以上にやっと私のことを見つけてくれる人がいたことが嬉しかったから」

「なんで月野まで泣くんだよ」

「溢れてきちゃったんだもん。7年間分全部。寂しかったよ。みんないるのに誰も見えてなくて、触れなくて、一緒に死んだ家族も誰もいないんだもん」


触れ合うことはできなくても言葉で過去で思い出で通じ合うことができるんだ。お互いが想い合うことができたから全部なかった事にならなかった。


「ありがとう。見つけてくれて。ありがとう。私達のお墓綺麗にしてくれて。ありがとう。諦めないでくれて」

「僕もありがとう。絵のこと褒めてくれて。ありがとう。逃げようとした僕に前を向かせてくれて。」


感謝の言葉は言った方も言われた方の心を温かくする。月野とであえて本当に良かった。ずっと泣いていた。うるさいとまで感じていた秒針の音はとうに聞こえなくなっていた。


「月野いいこと思いついたんだ」

「なに急に」

「僕は言ったことに責任を取りたいんだ」


どういうことと首を曲げる月野にニヤリと笑って答える。


「今まで我慢してきたこと全部やろう。僕が手伝ってやる」

「え?」

「だから、7年間分の思い出を僕と作ろう」


月野はまたグスグスと涙を流した。


「ばか、せっかく泣き止んだのに……でもありがとう」


***


「何かしたいことはあるか」

「海に行きたい。友達と遊びたかったんだ」

「わかった。でも昨日は雨だったから危ないし他のことにしよう」

「じゃあ、自転車で行けるところまでやりたい」

「結構ハードだな」

「ダメかな」

「まさか早速行こう」


体力なんて全然ないけどそれでも月野となら頑張れる。

いっちょ無理しますか。


「ところで月野自転車あるのか」

「ないよ。2人乗りしてみたかったんだ」

「それ今考えたろ」

「えへへ」

「はぁ仕方ないあんまり期待はしないでくれよ」


祖母に自転車を借りて前に僕。後ろに月野が乗る。月野は人に触れることはできないから自転車と足を結びつけてリュックには触れられたからそこに掴んでもらった。


「危ないから気をつけろよ」

「大丈夫死んでるから怪我もしないから」

「それ笑っていい冗談なのか」

「楽しければいいの」

「掴まれ行くぞ」

「レッツゴー」


自転車を漕ぎ出して自然豊かなこの町を駆け回る。ちゃんとこの街の景色を見たのは初めてかもれない。漕いでいるとなんだか楽しくなってきて、どんどんとスピードを上げていく。この先の坂急だな。


「ここ駆け抜けるか」

「もち」


下り坂を全力で下っていく。2人の絶叫がでかくなる。下り終わったころにはブレーキでは止まらない。キィーとタイヤと地面が擦れる音がする。人の家にぶつかるギリギリのところでなんとか止まることができた。


「怖かった」

「死ぬかと思った」

「もう死んでるだろ」

「ぶっこんできたね」


少なくとも僕らの距離感は踏み込んだ冗談もジョークも許すことができる。そのくらい楽しくておかしくて仕方ないんだ。


「やっぱり海に行きたい」

「おう、行こう」


今度はゆっくりと漕いで海に向かう。幸いそれほど荒れてはいなかった。自転車を止めて砂浜を歩く。月野の歩いた後はできても何事もなかったかのように消えていく。

気にしないふりをして隣を歩く。靴と靴下を脱いで波内側を歩く。今日は暑いから気持ちがいい。月野は一歩前に出て振り返る。


「おにごっこしよ」

「え」

「定番のアレだよ」


アレをやるのか恋人でもないのに。とはいえ協力すると言ったので恥ずかしさをこらえて覚悟を決める


「ほらー私を捕まえてごらん」

「おーいちょっとまってよ」


砂浜を優雅にかける月野を追いかける。


「ちょっとタイムはずい」

「実は私も」


何やってんだろ僕たちと、笑い合ってまた自転車に乗る。それから商店街に行ったりデパートに入ってみたり、夜には天地川で絵を描いて何日も月野のやりたいことを叶えてきた。一緒に絵を描いてみたりした。でも描いた絵もすぐに消えてしまって。月野はこの世界で何かを残すことはできずにいた。


「私、何かを残したい。千鶴と出会えたことこの町で暮らしたこと何かに残したい」

「そうだな」


もう二日後には満月を迎える。月の光が強くなって星たちの光が薄くなる。雨のせいで見えなくなっていた蛍も緑色に光って月野の周りを追いかける。


***


「今日は満月だってね」

「あーそう言えばそうだったな」

「トンネル山登ろうよ」

「いいよ」


そうはいったけど、2日間動き回ってたり、雛のことを気にしたり、蓮斗にこの前の事を謝って解決したことを伝えたりとかなり忙しかった。筋肉痛もしっかり引きずってて体中痛い。ここに来て山は流石に堪える。


「疲れてるなら今日は休む」

「気にすんな。なんとかなる」


付きのはどれだけ運動してもどれだけ動き回っても疲れない。いや少し違う何もなかったことになっているんだろう。彼女が干渉したものだけではなく、彼女自身のことも何もなかったことになる。まるでこの世界から拒絶されているみたいで不安になる。それにしてもトンネル山か。確か昔は地下に抱負な資源があったことからトンネルのような形で色々なところに繋がっているのが由来だと聞いた。


「山登りなんて小学生以来だよ」

「月野が死んだのは7年前だよな」

「うん」

「それで今僕と同い年くらいなら実際は22歳とかなんじゃ」

「おいおいレディにそんな事言うなんて殴られたいのか」

「殴れないだろ」


ひどーいと行って僕の一足先を歩く。いつもなら隣に行くのだが斜面を登るのに追いつくのは筋肉痛的にきつい。


「月野ちょっと待ってアレみろ」

「リフトなんてあったんだ」

「アレを使おう頂上まではないみたいだけどいい時短になるよ」

「そうだね」


リフトはまた地上から歩くのと違う世界だった。今までは見上げていた木々たちが今は足元にあって、風が吹くと一斉に動き出す。なんだか自然の香りがしてくる気がした。目をつぶると空に飛んでるみたいで気持ちが良かった。数十分くらい経つとリフトの最終地点についた。ここから1時間歩けば頂上に行ける。


「夜ご飯買っていかないの」

「もう17時か」


リフトの近くだからか売店がいくつかあって、おにぎりやパンを適当に勝手また登る。ぜえぜえ肩で息をしながら頂上につく。


「すごーい」

「あぁ……ほんとに」


そこからはこの街全体が見渡せた。駅前は少しだけ都会のような建物がいくつかあってそこから離れていくごとにどんどん木造建築が増えている。ただ建物が立っているのではなく木々がいたるところに生えているおかげでこの町だからこその光景が広がっていた。


「この町で沢山の人が生まれて死んでいったんだね」

「そうだな」

「それでもたくさんの出会いがあってありえないようなこともこうやって起きてる」

「ああ」

「千鶴と出会えてよかった。この町に生まれて良かった」


夕日が沈み、夜がやってくる。度々現れていた登山者達ももういない。静寂に包まれたかと思うと虫たちが歌い出す。いろんな虫たちが自分だけの楽器を使って騒ぎ出す。月が見えて、星が見えて、空が明るくなる。触れられないのに肩を並べて満月を見る。


「星を死者に例えることってあるじゃん」

「あるな人は死んだら星になるとかだろ」

「うん。でも私は月になりたいな。この体がほんとうの意味でなくなったら」

「思い残したことはまだあるか」

「わかんない。もうたくさん楽しんだ。強いて言うならかっこいい彼氏が欲しかったかな。このままじゃ22年間彼氏いない歴=年齢だよ」


なら、その彼氏僕じゃダメか。喉まででかかった言葉は無理やり押し込めた。彼女は死者だ。何をしたってなかったことになる。


「ねえ私と一緒にいる間だけでも彼女にしてくれませんか」


立ち上がり振り返って月野は言う。その言葉がどんなことを意味しているかどちらもわかってる。


「君はさ何もなかったことになるって考えてるかもしれないけど……そんなことはないんだよ。だって千鶴が全部覚えてるから。記録には残らなくても千鶴の心には残ってくれるから」

「あぁそうだな世界が君をなくそうとしても僕だけは覚えてるから」

「まったく。クサイこと言わないでよ」

「こんな夜にはいいだろ」

「うん。そうだね。もし良かった私の手を取ってください」


掴めなくてもいい握りしめられなくてもいい。ただ、想いには応えたいた僕も立ち上がって、伸ばした手をつかもうする。ガタ……伸ばしたてが掴む前に月野の足元が崩れる。重心が崩れ月野が落ちそうになる。とっさに腕を掴む。空を切るとわかっているのに。なのに、なのに、僕の手は月野の腕を掴んでいた。驚きをおいて引き寄せる。


「まさかさわれちゃうなんてね」

「ほんとだよ」


引き寄せた体を抱きしめて存在を確かめる。もう離したくない。でも体温は感じられない。それがあまりにも残酷で悲しくなる。


「ほんとに月になれたみたい」

「え」

「千鶴と初めてあった日も月は形を作り出していたから」

「それってつまり」

「私の存在は月と一緒に満ちたんだよ。だからもう欠けるしかない」

「そんなのわからないだろ。もしかしたらずっとこのまま」

「世界はそんなに優しくないよ。今だって私を拒絶している」


足元を指さす月野に従ってみると崩れたはずの場所は何もなかったかのように戻っていた。


「わかったでしょこれは奇跡なんだよ」

「ならこの瞬間だけでも触れていたい」


月野はうなずいて、そっとキスをした。これから先もう二度と触れられないことを理解しながら


***


次の日になるとやっぱり月野に触れることはできなくて、またいつもどおりに戻ってやりたいことを聞いた。でも月野は何も言わなくて、もう思いつかないと言って、俯いて、何もしなくなった。


「たまにはぼっとするか」

「うん」


いつもの天地川で朝からただ流れる川を見る。


「あと14日くらいかな」


なにがなんて聞こうと思ったけど、自分の中で答えは出てて、この月が新月になるのは多分これくらいでそしたら月野は見えなくなる。それまでに成仏できたならまだいい。でももし成仏できなかったら、月野は一人ぼっちでまた過ごすことになる。それは嫌なんだ。


「不老不死ってこんな気持なのかな」


もう死んでるだろと昨日までだったら言えたのにこんな風になってはなんて言葉をかけたらいいのかわからない。


「死んでるだろって突っ込んでよ」

「ごめん」

「謝らないでよ」


成仏ってどうすればいいんだよ。月野はやりたいこともう無いっていうんだから。


「夜になったらまた絵を描いてもいいか」

「許可なんている?」

「月野を描きたいんだ。この絵の主役にしたい」

「描いてもなくなるよ」

「写真だったらそうかも知れない。でも絵なら月野かどうかなんてわからないから残るよ」

「そっか。ならお願いしようかな」


僕にできることは絵を描くことだけだ。出会った頃と同じように絵を描いてそれを月野が見て、ゆっくりと描き上げる。この絵が完成するのはこの月が新月になる少し前と決めた。それから何日もたって何一つ解決しなかった。ただ、噂が流れてきた。

亡くなった家族が帰ってきた。そんな馬鹿げたことが囁かれていた。もしかしたら月野みたいに。でもそうだとしたら新月が見えた日からその噂があるはずだ。


「ところで明後日にはお父さん来るんじゃないの」

「あぁそうなんだよ。どうしよ」

「千鶴は抱えるものが多くて大変だね」

「どれも大切なものだから」


お父さんのことどうにかできることではない。お父さんはきっと無理矢理にでも家に戻そうとする。家事なんかもほとんど僕がやっていたし、大変なことになってんじゃないだろうか。会いたくないな。憂鬱な気分になってどれだけ願っても時間は過ぎている。


「大丈夫だよ」

「何が」

「お父さんのこと。ちゃんと向き合えば」

「それは月野の家族がそうだっただけだよ」

「それでも大丈夫。そうじゃなきゃこんなにもここにいること許してくれないよ」

「今日は帰るよ。僕もちゃんと考えて話す」

「うん。そうしな。生きてる間にしかできないことだから」


その言葉でわかってしまった。月野が成仏できないのは不安に思っていることが家族のことだからなのだろう。死者が死者に未練を残すのは何よりも残酷なことだと他人事に思う


***


「千鶴すまなかった」


父親が帰ってきてすぐに僕に頭を下げてきた。今まで一度もそんなことしたことなかったのに。白髪が薄っすらと見え隠れするその頭に年をとったなと場違いなことを思う。驚きと戸惑いでなんて口にしたらいいかわからない。


「ちょっとまって1回上がってよ」


居間に上げてテーブルを挟んで座る。祖母は気を使って買い物にでかけた。


「千鶴お前がいない間家事を色々やってみたんだ。掃除、洗濯、食事どれもちゃんとやったことなんてなくてたくさん失敗した。」

「そうなんだ」

「全部押し付けてすまなかった」

「いいよ。もう気にしてない」


父親がこんなにちゃんと目を見てくれたのはいつぶりだろうか。それこそ7年ぶりだったかもしれない。


「良かったね」

「うわ!」


後ろを振り返ると月野が嬉しそうに言っていた。だから僕も頷いて短く返事をした。


「どうしたんだ」

「なんでもないよ」

「そうか。それとなお父さん伝えたいことがあってな。(がん)が見つかったんだ。それも末期でな」

「ほんとに…」

「あぁ後半年くらいだそうだ」


凍りついたように場は静まり返った。月野の方を見ても残念そうに俯いていた。

僕もなんて声をかけたらいいのかそもそも頭はあんまり回転してなくてなにか無いのかとずっと頭で唱えているだけだった。


「それでちゃんとこれからのことを話したいんだ」

「ちょっと待ってくれ冷静になりたい夜でもいい?」

「ああもちろんだ」


こんな状態になって会いに来た父親と同じ空間にいたくなくて外に出た。

月野も僕の隣について歩く。


「まさか癌だなんてな」

「こんなこと聞いていいのかわからないけど、今どう思ってる」

「わからないんだ。混乱してて今まで全然ちゃんとしてなかったのにこんな時になって向き合いたいって言ってくるのにもムカつくけど、それでもお父さんだから亡くなるって聞いたら寂しいし悲しいしわけわかんないんだ」


僕のこれからどうなるんだろう。最終的に思ったのは自分のみのことだった。両親がいなくなる。学校に通えなくなるのかな。東京にもいれないよな。じゃあずっとこの町で暮らすのかな。1人じゃ何もできないから誰を頼ればいいんだ。こんなの机上の空論なのに今は考えて、考えて、考えて抜いていたい。


「あーもうなんで僕は1人じゃ何もできないんだ」

「仕方ないじゃない。だから誰かを頼ってみたら」

「子供だからか」

「そうだよ。当たり前じゃん。君たち子供は自分で飛べるようになるまでは1人じゃできないんだよ。そこはほとんどの人にとって平等じゃない。千鶴の友達だってそうでしょ」

「それもそうだな」


相談しよう。スマホを取り出してLINEを送る。小さい公園に待ち合わせて待つ。


「どうしたの」


呼び出したのは蓮斗と雛だ。この内容を相談できるのはこいつらしかいない。


「話を聞いてほしくて」


さっきあったことを全部話した。自分がどんな風に思って、どう感じたか。どうして連絡したのかも話した。月野のことは除いてだけど。


「そっか親父さんがか」

「良かったじゃん。簡単に考えれば嫌いだった人がいなくなるんでしょ」

「そんな簡単じゃない!僕がどれだけ嫌っていても支えられている部分がある」

「じゃあやり直したらいいんじゃない」


雛はわざと挑発するように話す。蓮斗はこんな雛を見たこときっとない。だから少し驚いてでもどうやら本質を見抜いていたのか黙って聞いている


「やり直すって全部なかったことにしろってことか。今までされたこと割り切って仲良く最後を過ごせってか」

「千鶴はずっと恨みながら生きるの。私みたいに」

「それは……」

「千鶴あなたがされてることは私にしたことと同じだよ。何かのきっかけがあって自分のしてきたことを思い直して向き合い方を考えた。それを自分は許せないの」

「2人が何の話してんのかわかんねえけど何が大切で何がいらないのか冷静に考えろよ。東京での生活か?親父さんとやり直すことか?今までされてきたことか?」


僕にとって大切なもの。ここにきて何がしたかったのか、何をしようとしていたのか忘れかけてた。


「ありがとう2人とも吹っ切れた」

「頑張れよ」

「貸しだからね」


家に帰った。父親はまだ居間で座っていた。玄関を眺めて。


「ただいま。お父さん」

「ああおかえり。千鶴」


向かい合って言葉をぶつける。


「ずっと嫌だった。家の中が憂鬱だった。家事だってやりたくなかったし、唯一の好きなもの絵だってバカにされたり否定されるのは嫌だった。たくさん傷ついた」

「あぁすまなかったほんとうに」

「でも、でも、僕だってお父さんの気持ちはわかってた。それに支えられた部分だってあって僕にとっての親はもうお父さんしかいないんだ。だから頑張っていきたい。この街で2人で今まで話せなかった分たくさん話したい」

「千鶴……向き合ってやれなくてすまなかった。俺がお願いすることだ。自暴自棄になっていたからお母さんがなくなったこと受け入れてなかった。俺も話していこう。この先迷惑をかけてしまう。置いて行ってしまう。だからわだかまりを解いていこう」


男二人が涙を流してやっと7年のときが動いた。それはずっと遅くて取り戻せないものはたくさんある。でも今ならその分を別の形で取り戻していける。残り超えた先できっと納得できるから。知らなかった父親を知っていこう。知らないであろう僕をしってもらおう。


***


父親と言葉を交わすようになってから月は半月まで来てしまった。新月になるのはあと1週間程しかない。それまでにできることはまだ見つかってない。ただ、あの妙な噂がどんどんと広がっていることが気になっていた。


「自由研究しない」


また突拍子もない事を月野は言う。呆れながらも僕は協力する。もしかしたら楽しんでいるのかもしれない。言うまでもなく楽しんでいるな。


「それで何を研究するんだ」

「例の噂」

「それ霊の噂とかけてる?」

「考えすぎ」

「でもなんで急に」

「もしかしたら仲間がいるかもって」


その言葉の先に僕が見えなくなった時のことが想定されている気がして、寂しくなる。ついていくことができないならせめて一人ぼっちにはさせたくない。


「じゃあ聞き込み調査開始」


僕らはその噂元の人に聞き込みを始めた。夏休みの自由研究といえば特に疑われずに話してくれた。結構たくさんの人が亡くなった人に合ったという人がいた。年齢も性別もバラバラで亡くなった霊自体も大人こども関係ない。ある一つのことを除いて。聞けば聞くほどそれは確信に繋がっていき、月野は少し喜びをうかばしていた。

誰もが口にする。亡くなったのは7年前の災害だと。ただどうして会えたのかわからないという。人によっては会ってすぐ消えたり数日いたりバラバラでどうしたら会えるのかわからない。


「せっかく見えた糸なのになー全員いなくなってる」

「気が付かなかった」

「成仏したってことなのかな」

「きっとそうなんじゃないか」

「どうして他の人は家族とか友人なのに私は初めて合う千鶴だったんだろう」

「嫌だったか……?」

「まさか良かったなって、千鶴じゃなきゃこんなに協力してくれないよ」

「なら良かった」


なんで出会えたのか確かにわからなかった。理由なんて無いのかもしれない。それはよく考えれば運命で端的に考えれば偶然でも僕にとってはそのどちらもどうでも良くてただこうして出会えたことが僕にとってほんとに大切なものになっている。だから恩返しがしたい。


「このまま千鶴には見えていてほしいなー」


月野は空を仰いで言葉を漏らす。見ている先はずっと彼方で虚空だ。


「こんな世界にいないほうがいい」


これはきっと本音でこれはきっと想いで僕以外誰にも認識されない世界なんて悲しすぎるから。家族の傷を抱えすぎるのは辛すぎるから。この世界に残ろうとしている発言は肯定してはいけない気がした。


「そうだよね」

「誰ともう触り合えないのは嫌だろ」

「うん」


お互い手を伸ばしても透き通って何も感じない。ただ空に手を伸ばしているのと何も変わらない。僕らから見れば悲しい光景も誰かから見たら僕はたった1人にしか見えない。


「あれ、千鶴何してんの」

「雛?どうしてここに」

「買い物頼まれたから。それとその子は?」

「え?その子って」

「隣りにいる女の子」

「見えてるの!」

「あーもしかしてお墓参りの時に言ってた」

「そう」


何が起きているんだ。雛にも月野が見えてる。これはあの噂の一種なのか。でも関連性が何も見えない。


「あの災害で死んだ幽霊であってるよね」

「会ってるよ」

「幽霊って他の幽霊も見れるの」

「見えないよ。だから一人ぼっち」

「あーそこを千鶴につけこまれたと」

「そうそう」

「そうそうじゃねーよ」

「ねえ雛今日の夜暇?」

「うーんまあ大丈夫かな」

「なら天地川に来てよ。千鶴の絵一緒に見ない?」

「いいよ」


話は進んで月野と雛と僕で天地川で絵を描いていた。私も描きたいと言うので雛も描き始める。月野は描いても仕方ないからと言って2人の絵を見ている。雛は中学では美術部に入っていて絵は上手かった。授業なんかではいつも褒められているイメージだ。一度かけばスラスラと描いていく。


「上手いね」

「鉛筆だけだけど」

「明日も来ない?」

「お父さんが許してくれないから」

「大丈夫か」

「微妙かなこのままだと危ないかもなー」

「そうか……」

「母さんに似てきたなとか言い出してちょっと怖い」

「なんかあったら逃げろよ」


かなり危険な状況になっているみたいだな。実の娘ならそんなことしないだろう。いや自暴自棄になっていたらわからないかもしれない。中学生と高校生その差は大きい。


「雛も大変なんだね」

「そうかも」

「3人ともきっかけは同じだもんな」


あの災害がなければこうはならなかった。そんなのはタラレバだ。でもそんな風に思いたいほど理不尽だ。共通点か……もしかしたら全部はここがきっかけなんだ。


「もしかしたら全部繋がってるんかもしれない」


確信とまでは言えないでも見えてきた。僕が何をすべきなのか。この月が新月になる前に


***


「お父さん久しぶりです」

「千鶴くん久しぶりだね。話は雛から聞いていたよ」


あの日から3日が経って準備を済ませた。こうして雛の家を訪ねて、雛の父親に会っている。


「ちょっと待ってね雛を呼んでくる」

「ああいえ今日はお父さんにもようがありまして」

「私にか」

「お2人に用があるんです。今夜20時頃お時間ありますか」

「ここではダメなのか」

「はい。詳しくは言えないですが天地川に来てほしくて」


雛の父親は少し考えた様子を見せたが、わかったと言ってもらえた。準備をしたとはいえ確証はないことだから全部無駄になるかもしれない。でも調べた感じもう十分とは言える。20時になって雛と雛の父親がやってきた。僕の隣には月野がいる。


「千鶴くんその隣の子は」


良かった。これならきっと大丈夫だ。


「気にしないでくださいそれより」


視線を使って川の方へと誘導する。雛の父親は目を丸くして驚いた。


恵美(えみ)……」


恵美というのは雛の母親。つまり亡くなっている幽霊だ。雛の父親は僕らのことを忘れて恵美さんのところへ走った。その格好は情けないほど不格好だけど一生懸命で涙を流していた。


「私のこと見えるのね」

「あぁ見える……何が起きているんだ」

「お父さん私に心配をかけさせないでよ。全部見てたのよ7年間」

「すまない……」

「謝るのは私じゃないでしょ」


雛の父親は思い当たるフシがきちんとあるようだ。雛のことを虐待していたこと。その認識はあってよかった。


「雛……すまなかった。嫌なこと全部当たって傷つけたごめんなさい」


雛の母親に諭されて50を過ぎたおじさんが泣きながら謝っている。実際合わせたらどうなるのか不安だった。変わらないかもしれないし、解決するとも限らないと思っていたから。


「お父さんどうしてそんなことしたの」

「辛かったんだ。母さんが亡くなってから何も上手く行かなくて、周りからは悪口を言われている気がして唯一強気になれたのが雛相手だけだったんだ」

「もう約束して私のことで人生を棒に振らないこと。前を向くこと」

「何いってんだよ。恵美は帰ってきたんだろ」

「そんなに都合よく行くわけないじゃない。消えるわよ」

「そんなの嫌だ。もう失いたくないんだ」

俊哉(としや)あなたは雛のお父さんなのよ。自覚して7年間も私結構怒ってる。私の大好きな雛のことをたくさん傷つけて、私が愛した人がそんな風になって心配で悲しくていつまで経っても成仏できなかったんだから」


2人いや、3人はずっと本気で話していた。互いの思いっをぶつけて謝って反省して納得できるまでずっと。僕らは離れて目だけで様子を見ていた。解決することを願って。


「でもまさかあの噂の原因が私達なんてね」

「そうだな」


次の日から僕と月野は2人っきりでずっと過ごしだ。なるべく近くで触れられない分言葉をかわして。次の日自由研究というなの噂調査をすると件数が明らかに増えていた。僕らの関係が生と死の境を曖昧にしているという仮説を立てて雛の母親に会えるまで続けた。期限が一週間しかなかったため無理かもしれないと思ったが割合はどんどんと増えていった。そのため雛の母親とも合うことができた。1時間ぐらいしてようやく話し合いが終わったみたいだ。雛も俊哉さんも涙で顔が酷いことになっていて俊哉さんに関しては何回も殴られたのか顔が膨れていた。


「千鶴くんありがとう。君のおかげなんだろ。雛のことも妻のことも」


良かった。表情を見て安心した。俊哉さんの表情は7年前の雛の父親としての顔に戻っていた。


「本当にありがとう千鶴くんこれで安心して成仏できるわ」

「いえ気にしないでください。これは雛との約束なんで」

「雛のことこれからもよろしくね」

「千鶴ありがとう。やっと普通に過ぎせる……」


雛はまた泣き出して僕の胸に顔を埋めた。7年間も我慢してきたんだよな。すごいよほんとに。よく頑張った。精一杯頭を撫でた。


「雛、お父さん2人で上手くやるのよ」

「あぁ」「うん」


恵美さんは深い夜に消えた。ホタルが見え隠れするように一瞬で消えた。でも蛍と違って一度いなく慣ればもう戻っては来ない。


***


雛の件を皮切りにこの町では死者が蘇る事が大量に起きて話題になった。それだけなら良かったが、誰かがネットに書き込んで大きな話題となった。それは7年前の災害と合わせて「災害の死者7年越しに現れる」というタイトルの元記事だけではなくテレビも取り扱うこととなった。この町の大人にとってそれは歓迎すべきものでウシロ姫地町といえば災害のイメージがついていたためそれをはらう良い機会というわけだ。そしてその取材の影は僕のところにまで話が来た。町の人が話し合いをした時に誰が言ったのか自由研究として聞きまわっていた僕が提案されたのだ。迷惑なことに僕の過去も合わせて母親の死の話もそれで東京に行ったことも全部感動話にしようとしているみたいだった。


「それで千鶴は受けるの?」

「受けたくないのが本音でも責任があると思ってる」

「ふーんじゃあの子の話もするの」

「月野のことは言わないよ」

「私のことは」

「どっちも言わない。てかやっぱ断る。」


その旨を大人に伝えると残念がっていたが、理解はしてくれた。そもそもこれが続くのも後4日。僕と月野が会えなくなるのももう少し。なんとか……いやこの状況なんとかできるじゃん。忘れていたが、月野もその家族も災害が影響なのだから会えるのでは。月野に会って話す。そしたら月野も確かにと言って親を探した。そうはいってもそう簡単に行くわけでもなく見つからなかった。次の日は取材班がこちらへ来た。

僕が話すことはなかったがどうやら問題が起きたみたいだ。霊が必ずとも善良とは限らない。僕の会った人がたまたまいい人だっただけで、あの災害でなくなった人の中にも悪人はいた。それだけの簡単な話。そもそもが善悪以前の問題だったのかもしれない。7年間も成仏できずにたった独りで過ごしてきた霊が人と会えば同じ世界に引き込みたいと思うだろう。最愛の人や恋人、親なんかは特に。その結果テレビの取材は悪霊の方向に舵を変えたみたいだ。そんなものが放送されようものならこの町の再興は厳しくなるだろう。あてがわれたのは僕だった。何人もの大人が土下座をして頼み込んできた。僕だって再興は応援しているし生と死の境を近づけたのは僕らだ。受けざるおえなかった。


「君がこのことを調べていた川島千鶴くんだね」

「はい」


***


所々隠して、求めているだろう話をした。噂をきっかけに知り、母親に会えるかもと色々な人に聞きまわった。会えていないこと、昔あったこと父親と向き合ったことこれを同情されるための感動話なんかにしたくなかったが話した。そして、番組で母親と会うまでを追う取材がしたいと言われて、探すことになった。幸い雛以外の人に月野は見えないみたいで一緒に探すことにした。母親がなくなった場所や思い出の地を歩き回る。土足で踏み入られたくない部分にズカズカと入られることに怒りを感じつつ何もないまま1日目が終わった。企画をしたプロデューサーと2人で話をしていた時母親の姿があった。


「お母さん!」


プロデューサーは驚きを隠せずにいた。半信半疑だったのだろうが実物を見て急いでカメラを回した。


「千鶴久しぶりね。元気にしてた」

「うん。元気にしてた」

「こんなに大きくなって嬉しいわ。それに今まで見てることしかできなかったから」

「お母さんごめんなさい……僕のせいで僕を助けるために」

「そんな風に思ってはダメよ。私は千鶴に生きていてほしかったからそうしたのだから。最近は笑顔も増えて、楽しいこともたくさんあったみたいだから」

「そうなんだ。色んなことをしたんだ。あのさお父さんに会いに来てよ」

「そうね」


取材陣を連れて家に向かう父親は目を見開いて驚いていた。僕がそうであったように抱きしめようとした。でも透き通って触れることはできない。それでもここノア畳だけは感じたようで少し離れた。父親は謝っていた。僕のこと、荒れていたこと。もうじき君のところに行くことになるとがんの話をしていた。真面目な顔をして少し泣きそうになりながら話した。


「2人とも頑張って。お父さんはなるべく長生きしなさいよ」


そう言って消えていってしまった。カメラマンに心境を聞かれてありのままを伝えた。


「ウシロ姫地町に戻ってきて良かったです。この町に家出したから全部向き合えました。過去もお母さんのこともお父さんのことも友達のこともどうにかできたと思います」


撮っていたカメラには母親は写っておらず、音声もかなりとぎれとぎれだった。それは月野がカメラを邪魔していたからだろう。全世界に発信したいことではなかったから感謝しておいた。月野は笑って言った。


「もう少ししかないから私にできることしてあげたかったんだ」


今度は僕の番だと固く決心して今日を終える。


***


良くも悪くも反響はでかかった。しかし、連れて行く霊の問題は解決していない。多くはないが自殺未遂や行方不明が起きている。大きな問題だ。解決するためには頭に浮かんだ考えを肯定したくなくて頭を振る。


「もう月も見えなくなりそうだね」

「あぁそうだな」


天地川でいつものように描く。もう完成しかけた絵だが、何度も色を重ねる。これが終わればもうここにはいられない気がして完成をためらっている。


「お母さんもお父さんももう成仏してるのかな」


ここ数日探し回っても合うことはできずにいた。もし、成仏していたなら。もし、合うことができなかったら。月野は一生このままなのだろうか。もし、一緒に僕も行けば2人で過ごせるのだろうか。


「ダメだよ。変なこと考えてたら」

「何も考えてないよ」


色鉛筆で同じ空をなぞる。蛍は描きかけの月野を追いかける。


「成仏したいか」

「したいよ。ずっと前から」

「だよな」


宙ぶらりんな言葉を返す。返して欲しい言葉は月野から返ってこない。もしかしたら今日で月野が見えなくなるかもしれない。どうにかできないことはどうしたらいい。

次の日の朝。僕のもとに2人の大人が訪れた。


「あの川島千鶴さんの家で間違いないですか」


40代後半から50代前半くらいの夫婦が玄関先で立っていた。白髪交じりの髪に顔にはたくさんのシワがあった。知らぬ人の訪問に驚きながらも多分テレビのことだろう。それ以外僕のもとを訪れる人に心当たりがない。


「はい、そうですが何か用ですか」

「先日テレビを拝見しまして話を聞かせてもらいたいんです」

「記者か何かですか」

「いえそうではなく」

「とりあえず、上がってください」


外は暑いので中に入ってもらい。冷たい麦茶を出す。


「それで何を聞きたいんですか」

「亡くなった娘に会いたいんです」


男は胸ポケットから写真を取り出す。写真はカバーがきちんとされていて大切にされていることがわかる。写真を見させてもらう。白いワンピースを着た、僕と同い年くらいの女の子。


「あの…この子の名前は……」

「月野芽結と言います」


夫婦から出た名前に頭を打たれたような衝撃を受ける。月野の両親は生きていたんだ。自分のことのように嬉しくて涙が出てくる。どうりで会えないわけだよ。だって生きてるんだもん。


「どうされました」

「僕についてきてください。芽結さんのこと知ってますから」


涙を拭いて言うと、夫婦は驚きをあらわにして僕に近づいた。


「ほ、本当ですか‼」

「はい、たくさん助けられました」


天地川に向かう途中この夏の月野とのことを全部話した。会った日のことから今日までのことそして月野が両親も一緒になくなっていると思っていることそれで僕と一緒に探していることを話した。


「千鶴遅いよ…ってお母さん、お父さん‼」

「芽結……」「芽結‼」


3人は抱きしめ合おうとして近づく。でも生きてる人と死んでいる人は触れられない。


「そっか……2人は生きていたんだね」


涙を浮かべて言う月野に2人は顔をうつむかせている


「すまない」

「どうして謝るの私は嬉しいんだよ2人が生きていてくれて」

「芽結……」

「良かったなぁーこれでようやく抱えてたものなくなった」

「じゃあ僕はこれでもう時間も無いですから満足いくまで話してください」


僕は月野と最後に過ごせるであろう時間を譲った。これが最良の選択だろう。これで月野も成仏できるはずだ。そうして家に帰った。夜になって月野のことを考える。

成仏はできただろうか。この時間を良かったと思えただろうか。


「なんでこないの!」


後ろから聞こえたのは月野の声だった。


「どうして!両親は!」

「ちゃんと話したよ。でもこのままじゃ成仏できないよ千鶴とこんな別れ方じゃ未練が残っちゃうよ。そのくらい大切なんだよ」

「バカだろ……ほんとに……」


天地川についてキャンパスを開く。


「完成した絵を見ないと私は成仏できません。なにせその絵の主役は私なんだから」

「そうだな」


僕が絵を描く間月野は両親との話をしていた。あの災害の後両親はすぐに救出されていて助かった。その後家の崩壊などが原因で違う県で過ごしていたらしい。月野のことを受け入れるまでに時間がかかって今までこの町に帰ることができなかったらしい。これは僕にも言っていたことだがたまたまつけたテレビでもしかしたら会えるかもと来たらしい。相変わらず月野の周りには蛍が寄ってくる。まるで月と星みたいだ。生と死を繋げた月野を中心に蛍が現れる。よく日本では死者は星になると言われるが月は何なのだろうか。考えたってわからないか。完成しかけてたのもあってすぐに出来上がった。あれ、おかしいな……終わらせたくない描き続けてたい。感情が抑えきれなくて嗚咽が漏れる。


「やっぱりうまいね」


俯いている間に月野は隣でその絵を見ていた。絵を掲げて、目を輝かして、嬉しそうに見ている。


「まさか死んでからこんなに嬉しいことがあるなんてなー思ってもいなかったよ」

「月野いかないでくれ。僕のことを置いていかないでくれ」


月はもう新月になっていて見えない。でも月野は見えている。だから、このまま僕と一緒にいて欲しい。月野は僕に触れようとするでも透き通る


「ね、やっぱり一生触れ合えないんだよ。私はもう死んでるこれ以上は千鶴に関われないよ」

「どうして」

「知ってるでしょ。私達が関わったことで生まれたことは良いことだけじゃないこと」

「それでも…僕は」

「ダメだよ。いつ見えなくなってもおかしくないんだよ。それが千鶴の未練になるかもしれない。そんなのは嫌だよ。私をまた独りぼっちにさせるつもり?」

「ズルいよそんなの。」

「私に新しい人生を歩ませてくれないかな。」

「ダメだよな。月野を安心させないとな」


無理やり笑顔を作ってピースする。


「最後にお願いしても良い」

「なんだできることなら何でも」

「最後くらい私のこと名前で呼んでよ」

「わかったよ。芽結」

「それと、時々でいいからお墓参りしてほしいな」

「必ずいくよ」

「それと、好きなこと頑張りなよ」

「頑張るよ。芽結のおかげで頑張ってみようと思えた」

「それと、それと、この世で千鶴が一番好き」

「僕もだよ。芽結が一番好きだ」

「今までありがとう」

「僕も今までありがとう」


触れられないとわかっていても芽結を抱きしめる。腕の中で存在が消えていく。暖かさとかそんなものはなくて最初から何もなかったなんて思えてしまうほどだ。


***


あの後すぐに僕は東京に戻った。もう一度父親に絵のことを話して毎日書き続けていた。それから半年して父親は亡くなった。それから高校卒業まではウシロ姫地町に戻り学校に通った。卒業後は東京で絵の勉強をして、今は色々な絵を描いている。正直まだまだ人気とは程遠いがそれなりに食ってはいけている。そして数年経っても僕は芽結の家族と交流を持っていた。一緒にお墓参りをしたり、食事をしたりしている。

雛は東京の大学に行って、蓮斗は実家の農業を継いでいる。2人とも仲良くやっている。今日は久々にウシロ姫地町に帰ってきた。お墓参りをしに行くと母親と父親が眠る所を綺麗にして仕事の話をする。その後は芽結の墓を綺麗にする。


「芽結と出会えたおかげで僕の人生が大きく変わったよ。今でも夏になるとあの日々を思い出す。芽結を記録に残すことはできなかったら絵を沢山描いたんだ。それとこれあのときのキャンパス全部埋まったから芽結にあげるよ。」


僕だって芽結に未練を持ったままではいられないから誰かと付き合ったり、新しい友だちを作ったりと僕の人生を歩んでいるよ。これからも頑張っていくよ。


「また来るよ」


家に帰って依頼された絵を描こう。これが僕の選んだ人生で君にもらった人生だ。君の分もしっかり生きるよ。もう、すっかり夏だな。流した汗を拭いて自分の道へと歩き出した。もうすぐ君と出会った夏が来る。そんな事を考えながら。


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― 新着の感想 ―
[一言] 求めていた悲しくて苦しくてそれでやさしさに心打たれるそんな素敵すぎる作品でした。 主人公の彼が起こした奇跡はきっと芽結も誰もが救われたいい話であったと思います... ゴイリョクカイムデゴメン…
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