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7 アルフレッドからの招待

 リーリエの元に、リヒテンブルグ家からの使者が現れたのは、それから三日後のことだった。


「リーリエ・バンクシー様ですね。お迎えに上がりました」


 真新しい蒸気車両の運転席から現れた従者は、恭しく頭を垂れ、注文のパネルを届けて店に戻ってきたばかりのリーリエを迎えた。


「お時間が許すようなら、是非公爵家に起こし頂きたいと、アルフレッド様から仰せつかっております」


 丁寧な物腰でアルフレッドからの招待を伝える従者にリーリエは従い、公爵家の邸宅へと赴いた。

 リヒテンブルグ家の邸宅は、アーカンシェルの北西に位置する。リーリエを乗せた蒸気車両は、鋼鉄製の門扉をくぐり、美しく剪定された生け垣によって囲まれた石畳の道を進むと、広い庭園の入り口でゆっくりと停車した。


「リーリエ!」


 後部座席の扉が従者によって開かれるのと、その声が響いたのはほぼ同時のことだった。


「アルフレッド様!」


 庭園の向こうから駆けてくる青年の姿に、リーリエは思わず声を上げた。アルフレッドはリーリエの姿に顔を綻ばせると、息を弾ませながらリーリエに向けて手を差し出した。


「来てくれたんだね!」


 アルフレッドは、リーリエの手を取り、笑顔で歓迎の意を示す。


「先日は、危険も顧みずに私を救ってくれてありがとう。君は私の女神だよ」


 自らリーリエを迎えたアルフレッドの言葉に、リーリエは眉を下げ、緩く首を横に振った。


「女神だなんて、そんな……」


 アーカンシェルの女神。

 アルフレッドがリーリエを評して呼んだというその名が、脳裏に浮かぶ。リーリエの反応にアルフレッドは小首を傾げ、リーリエの目を覗き込むようにして見つめた。


「お気に召さなかったかい?」


「いえ、光栄すぎて身に余ります」


 命を助けることが出来た。それで充分だっただけに、今の状況には困惑を隠せない。だが、改めてアルフレッドの無事を間近で確認したリーリエは、安堵に表情を緩めた。


「本当に、ご無事でよかったです」


「君のおかげだよ、リーリエ。あの時、颯爽と現れた君は、まさに女神そのものだったよ。従機があんな動きをするのにも驚いた」


「……お怪我は――」


「掠り傷さ。窓が開いていたのが幸か不幸かはわからないけどね」


 軽口のような口調で言われたが、どう受け止めるべきかは判断がつかなかった。曖昧に微笑むリーリエを見つめながら、アルフレッドは続けた。

「君を想うと事故の恐怖なんて忘れてしまう。あの時ばかりは死を覚悟したというのにね」


「アルフレッド様――」


 手を握る手は熱を帯び、彼の興奮を伝えている。


「アルフレッドでいいよ。君のこともリーリエと呼んでも?」


「もちろんです。申し遅れましたが、父の保険のことを調べて頂いてお手続きまで……本当に、なんとお礼を申し上げたら――」


「正しいことをしたまでだよ。この街は貴族の特権を勘違いしている輩が多すぎる」


 自分の行いを当然のことだと言い切ったアルフレッドの顔に、微かな嫌悪の表情が浮かんだ。


「あんな隠蔽をして、君の父君の想いを蔑ろにするなんて恥ずべき行為だ。……どうか許して欲しい」


 さほど年齢の変わらないアルフレッドから、大人びたものを感じ、リーリエは緩く頭を振った。


「許すなんて、そんな……。アルフレッドはなにも……」


 その立場に自分はないと言いかけたリーリエに、アルフレッドは真顔で言い添えた。


「公爵家は市民の味方であるべし」


「……え?」


「私も父上もそう考えているんだよ。ただ、この街の偏見は根強い」


 微笑んではいたが、アルフレッドの表情には公爵家だからこそ見えているものがあるような気がした。安易に相槌を打つことも出来ずにいるリーリエの手を名残惜しそうに解き、アルフレッドは照れたように空を仰いだ。


「……さあ、立ち話が過ぎてしまったね。君ともっと話をしていたいのだけれど、いいかな?」


「はい。もちろんです。私もお礼を言いたくて参りました」


「それはもう聞いたよ。それから、言葉遣いも崩してくれて構わないよ、リーリエ。その方が助かる」


「でも……」


 砕けた口調のアルフレッドに、リーリエは戸惑いの表情を浮かべたが、彼の切なげな視線を受けてそれ以上は食い下がらなかった。


「君は命の恩人だ。堅苦しい間柄ではいたくないんだよ」


 リーリエをエスコートするように、アルフレッドが手のひらを差し出す。


「さあ、どうぞこちらへ」


 そっと指先を添えると、長い指がそれを絡め取った。



◇◇◇



 アルフレッドの案内で庭園を進むと、ガラス張りの温室のような建物に辿り着いた。


「どうぞ気兼ねなく。今日は私と二人きりだからね」


 大きなガラス扉を開くと、豊かな緑と花の匂いを含んだ柔らかな風が、リーリエの髪を梳かすように撫でた。

 温室の中央には白いテーブルが置かれ、その上には三段のティースタンドが置かれている。一段ごとに少しずつ小さくなっていく皿にはレースのような繊細な装飾が施されており、下段には一口サイズのサンドイッチやスコーン、中段には色鮮やかなベリーのタルトが、上段には煌びやかな砂糖細工の菓子とチョコレートが乗せられていた。傍らのワゴンにはたっぷりとした容量のティーポットが置かれており、氷が入ったグラスとティーカップが並べられている。


「君の口に合うと良いのだけれど」


 アルフレッドがワゴンの前に進み、自ら紅茶を注ぎ始める。


「わ、私が――」


「客人を働かせるわけにはいかないよ」


 リーリエの申し出をアルフレッドは柔らかに制し、手前の椅子を勧める。リーリエが迷いながら座すと、アルフレッドは氷の入ったグラスに注いだ紅茶を、優雅な仕草で差し出した。


「他に人がいると緊張するだろうし、君と二人きりが良くてね」


 アルフレッドはそう言いながら、慣れた仕草で自分の分の紅茶を用意すると、ゆったりと椅子に腰かけた。


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