4 救出劇
「リーリエ!」
アスカの叫ぶような声が、少し遅れて聞こえて来た。考える間もなく、リーリエは鉄骨のを組み上げた足場に置いたままの、愛機フェイド・ファミリーズの背に飛び乗っていた。
「みんな、離れて!」
リーリエがなにをするのかを瞬時に悟ったアスカが、外に出て来た野次馬たちを牽制する。
「従機が通るよ。さあ、どいたどいた!」
酒場の女主人がアスカに倣って叫ぶと、常連の屈強な男たちが事態を察知し、野次馬を下がらせた。
「みんな、ありがとう」
鉄骨の上で従機の向きを変えたリーリエは、機体の膝部を低く沈ませ、反動を活かして高く跳躍し、バンクシー・ペイントサービスの屋根へ飛び移った。
「お願い、間に合って……!」
屋根の上で従機の右腕に取り付けていたエアブラシを外して落とし、左手が握る銃のトリガーとなるレバーを引いた。銃からは空気砲のように鉤爪状の錨がついた鉄線が射出され、街を囲む塀の突起に食い込む。次の瞬間、リーリエはレバーを戻し、鉄線を巻き取った。
ぐんっ、と身体が撓るような重力の負荷がリーリエを包み込む。リーリエの視線は、壁上の高速道路から迫り出した車に縋り付く青年にまっすぐに注がれている。淀みない操作で従機を操作したリーリエは、腰部に取り付けられた空気圧縮機の空気を排出し、機体を浮かせながら従機の左腕を撓らせて錨を抜くと、次の目標に掛け替えた。
「おお……」
僅かでも錨の狙いが外れれば、従機は墜落する。その危険を顧みないリーリエの操作の腕は、人々にその恐怖と危険性を忘れさせていた。
リーリエもまた、高い壁に錨を打ち立て、空気圧縮機を巧みに利用しながら宙を舞うようにして高速道路に迫っていく。鉄線が巻き取られるたびに反動で反らされる機体は、それでも真っ直ぐに救出対象を視界に捉えて離さず、無骨な従機が見せる華麗とも言うべき空中移動に人々の口からは感嘆の溜息が漏れた。
「助けが来るぞ!」
「下がれ、下がれ!」
事故現場である高速道路からも接近する従機に気づいた人々の声が上がる。リーリエは錨を撃ち込む速度を上げて救出対象の青年に接近し、従機の背から身を乗り出して彼に手を差し伸べた。
「掴まって!」
リーリエの叫びに青年が手を伸ばし、強く手を引く。その力に負けじとリーリエは支えにしていた操縦桿を強く握り、空気圧縮機の浮力を借りて高速道路の上に降り立った。
反動で青年の身体が操縦席側の足場に引き上げられる。リーリエは、両脚を突っ張らせて足踏み板を強く踏み込み、従機のブレーキをかけた。
「……はあっ」
従機が停止すると同時に、大きく息を吐いたリーリエは、強く握ったままの青年の手を思い出し、指を伸ばした。が、その手を解くことは出来なかった。
淡い藤色の髪と、穏やかな光を湛えた宝石のような蒼眼が不思議そうにリーリエを見つめている。
「……怪我はありませんか?」
リーリエの問いかけに青年は目を瞬き、それから右手で自分の身体を確かめるように触って頷いた。
「……ありがとう。その、君は――」
その先の言葉を忘れてしまったかのように、青年は言葉を切り、リーリエを見つめている。リーリエが手を動かしても、青年はしっかりとリーリエの手をとったまま離そうとはしなかった。
「あ、あの……」
命綱のように壁に刺さったままの鉄線がぴんと張って、落下寸前だった蒸気車両を壁の上に繋ぎ止めている。
ぎぃぎぃと拉げた車両と鉄線が触れ合う音が止まり、一瞬の静寂が周囲を包む。
「…………」
自分の手を強く握ったままの青年に困惑の視線を向け、唇を動かしたが、リーリエの声は、突如として起こった沸き立つような歓声によって掻き消された。
「やった! やったぞ!!」
「リーリエじゃねぇか!」
「凄い腕だ! 従機だけであんな……!」
人々の拍手がリーリエと青年を包み込み、賞賛の声が浴びせられる。
「リーリエ……」
青年は群衆から飛んだリーリエの名を呟きながら、やっとリーリエの手を解いた。