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11 許嫁の影

「アルフレッド! これは一体どういうことですの?」


 罵倒の響きを持った甲高い声とともに、テーブルに新聞が叩き付けられた。

 アルフレッドとともに静かに朝食を楽しんでいたリーリエは、アルフレッドの母エリザベートの突然の剣幕に口もきけず、凍り付いた。

 テーブルに叩き付けられた勢いで紅茶が零れ、アルフレッドとリーリエの笑顔の写真が茶色く滲んでいく。


「母上。これは、商業区の皆さんが、ご厚意で――」


「貴方には、リヒテンブルグ家の長男たる自覚が足りないのではありませんか?」


 実の息子の言葉を冷たく遮り、エリザベートはリーリエに蔑むような視線を向けた。


「……どういうことですか?」


「自分の胸に聞いてみなさい」


 ゴミを見るような視線を向けられ、リーリエは堪えきれずに俯く。頭上から注がれる悪意に満ちた視線を痛いほど感じながら、リーリエは震える手を握りしめた。


「……はぁ、こんな落書きを前に、よく笑顔でいられること」


 昨日描いた絵には意味があった。

 アルフレッドの母エリザベートの心に咲いているであろう花。絵画コレクションからそれを感じ取り、敬意を込めて描いたつもりだった。だが、それは微塵も伝わってはいない。


「…………」


 唇を引き結び、沈黙を保つリーリエに苛立った様子で、エリザベートは不機嫌な溜息を吐いて続けた。


「こんなお粗末なものを芸術と呼ぶなんて、大衆の目は誤魔化せてもこの私の目は誤魔化せませんよ。……やはり私が選んだ婚約者でなければ、このリヒテンブルグ家の気品は保たれないのではありませんか?」


「お言葉ですが、母上――」


「お黙りなさい」


 反論の意を述べようとしたアルフレッドの言葉を鋭く遮り、エリザベートは手にしていた扇子でテーブルの上の紙面を叩いた。


「今一度、婚約者について再考することを母として進言しますわ。手遅れになる前に、許嫁に――」


「アンナのことは、もう終わったはずです」


 珍しくアルフレッドが母親の言葉を遮る。反感の目を向けられたエリザベートは、扇子を振って広げ、口許を覆った。


「いいえ。あの子は貴方を愛しています。それを貴方は――」


 皆まで言わせるなと言いたげな視線が、厳しくアルフレッドを見つめている。


「…………」


 あまりの威圧感にリーリエは再び目を伏せ、アルフレッドも沈黙した。


「あの人も教育だなどと、無駄なことを……」


 口許を扇子で隠したまま、侮蔑の視線を残してエリザベートが室を去って行く。扉の前に控えていた従者が、頭を垂れてエリザベートを見送った。


 再び扉が閉ざされるまでの間、息をするのも苦しいほどの重い沈黙が部屋を包んでいた。温かい湯気を立てていたはずの朝食は冷え切り、テーブルの上に叩き付けられたままの新聞は、零れた紅茶を吸い上げてぐしゃぐしゃに歪んでいる。


「……済まない」


 従者が扉を閉めるのを待ち、やっとアルフレッドが声を発した。


「あなたが謝ることじゃないわ。アルフレッド。でも……」


 リーリエは頭を振り、取り繕うような笑顔を浮かべたが、上手くいかずに俯いた。


「お母様が選ばれた婚約者ってどういうことなの?」


「隠しても仕方がないことだから言うけれど、君の前に婚約者がいたんだ」


 問いかけに答えるアルフレッドは、目を合わせずに続けた。


「けど、それは私が年端もいかない頃に母上が勝手に決めた相手だ。私は彼女を愛してはいない」


 そう言いながら背を向けたアルフレッドの表情は、リーリエにはわからなかった。朝食を中断し、アルフレッドもまた部屋を後にする。

 呼び止めることも出来ずに、一人残されたリーリエは冷めた朝食を再開した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 昼ドラ姑さん将来損するタイプですね [一言] 更新お疲れ様です 姑さん将来損すますね。現代アートは評価されたらものすごく莫大な値段が付きますし汗 有名な人なら何十億って評価されてますね。
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