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元姉よ、貴族の婚姻に青春を求めてはいけない

作者: 環 エン

俺たちは今、貴族の子息令嬢たちが通う王立学園にある大図書館の本棚の隅で隠れるように息を潜めていた。何故こんなことになっているのか、この学園に入ってから何度自問したことだろうか。そしていつも出る答えは一つ。


「もう!放課後の図書館で恋仲になっている男女がやることと言えばひとつでしょうに!何でイチャつかないのかしら。パトリク、貴方もそう思わない?」

「アネモーネ、それは彼らが良識ある貴族のお子さんたちだからだよ」


今世でも繋がりがあるこの元姉の暴走に付き合っているからに他ならない。本棚の隙間から自習区画を嬉々と眺めている少女の横で、俺は何度目かのため息をついた。今世の俺の名前はパトリク=リヒター。王国の侯爵家次男として生まれた現在17歳である。


今世とわざわざ書いてあるように俺は前世の記憶を5歳の時に思い出した。前世の俺は今暮らしている世界とは違う、つまり異世界で大学生をやっていた時に双子の姉を庇ってトラックに轢かれて死んでしまった二十歳になったばかりの男だった。思い出した時は勿論しんどかったが、今の生活と全く違う暮らしをしていた前世の俺の日常生活は今世の俺にとって新鮮であり魅力的で前世風にいえばフィルムに収められた映画のように他人事でありながら感情移入してしまう、とても面白いものだった。この世界は娯楽も少なくそのような刺激を受けることなく育っていた5歳のお子ちゃまな俺はあっさりと前世の俺を受け入れ順応した。こうして前世の俺の感覚と今世の俺の感覚は反発することなく混ざっていき、12年経った今の俺は多少前世の感覚を持っているが至って平穏にこの国の貴族の子息として生きている。


この世界は前世の知識でいえばザ・異世界だった。あの頃に見たアニメや読んだラノベによくあるファンタジーな世界。中世ヨーロッパ風といって差し支えない文明レベルであり、王族が国を治め貴族が平民という身分制度が存在する世界だ。移動するための手段だって馬車で、車や電車なんてものはない。その代わり魔法が身近に存在した。この世界の住人は多かれ少なかれ魔力を持っている。それを簡単な日常生活に取り入れて暮らしているところが前世の世界とは大きく違う部分だろう、前世の擬似体験をした今世の俺からしてみればもう少し改善できるところもあると思うが、前世の俺から言わせれば中世ヨーロッパ人の発想と現代日本人の発想は違うから仕方ないの一言になる。


他にも身分に合わせた生き方が求められるが、貴族の家の次男に転生した俺はそこまで窮屈だと感じたことなく生きてきた。俺の住む王国は他国と比べて身分について厳しくはない方だと思う。勿論、国のトップである王族は別格の存在であり、王族を支え国の運営をする貴族たちの義務と態度はでかい。平民の生活水準は前世の俺が生きていたところよりは過酷であり、貴族や商家の下で仕えるような仕事につくことが多いという。まさに理不尽に健全だが、この世界の人々は自分の役目を知り、受け入れてそれでも日々を楽しく生きているように俺には見えた。決して後ろ向きでないところがこの国の良いところだと思う。


とまあ、簡単にこの世界と俺のことを語ってしまったが、今回話したかったことは今世では俺の従姉妹である前世の双子の姉、アネモーネ=モルガンについてである。今も本棚の隙間から楽しそうに覗き行為をしている姿は十分に怪しい彼女とそれに付き合う俺は不審者極まりない。だが、ここに至る経緯も深そうで浅い理由があるのだ。


先に話したように前世の俺は双子の姉を庇ってトラックに轢かれて死んだはずだった。しかしどうやら庇いきれずに姉も一緒に亡くなっていたらしい。らしい、というのもそれを知ったのは俺が前世を思い出した1ヶ月後に送られてきた、元姉であり今世の従姉妹だというアネモーネからの手紙だったからだ。


アネモーネ=モルガンは俺と同じ歳の従姉妹で俺の母親の姉、つまり叔母の子供だ。叔母は隣に位置する帝国で外交官をしている公爵である叔父さんのところへ嫁いで行き、そこで三人兄妹の末の唯一の娘としてアネモーネが生まれた。記憶を思い出す前から俺は母親から、お互いに結婚しても仲が良い姉妹だという叔母のところには俺と同じ歳の従姉妹がいて遠い地にいることを聞かされていたが、隣国という離れた土地にいる遊べない相手には然程興味を持てずにすぐに忘れた存在になっていた。


アネモーネから初めて手紙が来た時は、ちょうど記憶を思い出した後のひと月だった。その頃の俺は前世の俺との記憶と折り合いをつけている期間であったし、俺が言葉のとおり命を張って庇った前世の片割れがまさか一緒に死んでいるなんてことは考えてもおらず、たった一人の異世界転生者としてこれからの人生を考えたりしていた時期だった。


お互いが他家へ嫁いでからも定期的に文通をしている叔母と母親の手紙に便乗した形で同封されていたそれは、最近文字の勉強を始めたという内容からだった。中身は遠い地に同じ歳の従兄弟がいると聞き早速書いたので是非に読んで欲しいと最初に拙い共通語で書かれたものと、見覚えのある前世の文字と言語で書かれたものが同封されていた。曰く、自分も転生者であり俺が倒れたと聞いた後自分も記憶が戻ったこと、自分はお前の双子の姉であり一緒に死んでいたのだということが書かれていた。見慣れた懐かしい癖文字で前世の俺の名前と姉の名前のフルネームが漢字で書いてあったり、前世の俺たちしか知らないことも書いてあったこともあり、俺はアネモーネが間違いなく前世の片割れであると信じた。


せっかく助けたと思っていた姉が実は一緒に亡くなっていて今世でも同じ歳なのに共に生まれてこなかったことに何処か寂しさのようなものを感じたが、今世でも従姉妹なのだという血の繋がりを少し頼もしく思えたのは、記憶が戻ってからこれからのことを誰にも話せずに悶々と一人で考えていたことが5歳の俺にはやはり色々と不安で負担だったからだろう。


片割れを感じることなく今世で5年ほど生きていたのに前世の記憶を思い出したあの時、その20年近くずっと側にあった片割れの感覚も蘇っていた。今世ではいなくて当たり前の感覚だったことに気づき何処か寂しく感じていたが、コレをアネモーネも感じていたかは謎である。けれどアネモーネはすぐに俺に連絡をとってきてくれた。そうでなければ記憶が戻って1ヶ月で交通の便が悪い隣国からの手紙が届くはずがない。


そんなわけで母親たちの文通に便乗する形で俺たちも文通を始めたのである。5歳から文通を始め、直接顔を合わせることが出来たのは学園に入学する半年前の15歳の時だったので今からほんの2年前のことだ。今世では顔を見るのは初めまして、前世ぶりの元片割れとの再会に感慨深いものがあった。そして直接会話をしていく内に実感した。元姉の暴走癖は死んでも直っていなかったのだと。


暴走癖。良く言えば思い切りがいい、決断力があり、行動派。いうならば5歳の時すぐに会ったこともない遠い地の俺に手紙を送ったことだ。悪く言えば何も考えていない。楽天的で自分の欲望に忠実である。それは初めての手紙に前世の言葉を書いて送りつけるところだったり、突然我が家にやってくるところだろう。隣同士の国とはいえ、王国と帝国。早くても馬車で五日はかかる距離を、最低限のお供と荷物を持ってほぼ単身でやってくる15歳の公爵令嬢は転生者であるアネモーネだけだろう。さらにその後の我が家に対しての提案、お願いという名の決定事項を告げて居候しだしたのは、まさしく悪癖ゆえの暴走だった。


前世の時から傾向はあったのだ。要領が良く根回しが上手かった彼女は自分の欲望を叶えていく。そのとばっちりは一番側にいた俺が受けていたのは今世でも変わることがなかった。もちろん彼女も変わる気はないらしく、今世でも彼女は彼女だった。


「パトリク、貴方今失礼なこと考えていなかった?」

「別に。ただアネモーネの暴走について考えていただけだよ。ずっと君の欲望は変わらないね」

「あら、勿論よ。やっぱり人間なら10代の甘酸っぱい恋愛模様を眺めていたいじゃない」

「その考えには同意しかねるかな」

「だって青春よ?アオハルよ?眺めて言いたいじゃない!アオハルかよ!!って!!!」


感嘆符が多い発言だが、図書館内での覗き行為中である故、彼女は小声で控えめな握り拳を作って主張している。そう、アネモーネは前世から他人の恋愛を眺めて楽しむという悪癖があった。しかも10代限定。最初は少女漫画やアニメだったが、自身も高校生になった時に校内の男女交際を観察しては叫ぶことに快感を覚えてしまったらしい。大学に進学したときに高校教師を目指したのは実に不純な動機である。せめてもの救いはそこに自分を混ぜようと考えていないので、かろうじて無害な変態と呼んでもいいところだろうか。前世も今世も見た目からは想像がつかないところも擬態ポイントが高い。


「やっぱり失礼なこと考えてるわね」

「今は帝国の公爵令嬢だっていうのに、隣国の王国に身分を偽ってまで留学してくる目的が他人のカップルの覗きだなんて恐ろしいなと思っただけだよ」

「事実でしかないわ。けれど帝国には学園が存在しないのだから結局この手段しかなかったのよ」


彼女が言うように隣国の帝国には貴族が集められて教育を受けるような機関はない。職種に沿った専門の教育機関は存在するが、あくまでその道のプロフェッショナルが研究、学ぶための場所だ。ならば帝国の子供達はどう学ぶのかというと、貴族たちは各家で教育するらしい。隣国事情をここでは多く語らないがやはり国の成り立ちが違うのでうちの王国とは色々と違うようだ。


アネモーネの家は帝国の外交を担う家の一つであり公爵家だ。三人兄妹の末っ子である彼女は紅一点ではあるが、学んだ内容は上の二人の兄と変わらないものだったらしい。家庭教師からは男であったならと惜しまれるほどの優秀さなのだとか。帝国の貴族令嬢はあまり勉学に励まないらしいのでアネモーネのような才女は少ないときいた。前世の時から変態じみた趣味はともかく成績優秀であったアネモーネが帝国についてどう感じているか直接聞いたことがないのでわからないが、彼女が帝国から飛び出してきたのは決して通える学園が存在しないだけではないだろう。


ともかく無駄に知恵があり暴走癖持ちのアネモーネは持ち前の行動力で各方面へ根回しをして我が家にやってきた。間違いなく記憶を思い出した5歳の頃から計画していたんだと思う。布石を四方に置き確実に実行して俺の前に現れたのが15の時だっただけだ。とんでもない発想をまんまと決行したのことには流石としか言えず、直接対面した後は今世でも彼女に会えたことの喜び以上に、これから振り回される運命であることを嘆きもした。


アネモーネの学園での立ち位置は隣国の帝国から留学してきた公爵令嬢ではなく、俺の付き人つまり我が侯爵家のお抱え司書の孫娘という平民設定だった。ここ王立学園は国が管理する王国中の貴族の子供が通う学園である。貴族の義務には平民に施しを与えるべしというものがあった。平民に仕事を与え、教育を受ける機会を与える。そのための一環として貴族の子供が通うこの学園には申請すれば付き人として平民も通うことが認められていることに彼女は目をつけたらしい。


何処でどう用意したのかアネモーネは王国での平民としての経歴を作り、まんまと俺の付き人として学園生活を謳歌している。本人曰く、帝国の公爵令嬢として学園へ来るとゆっくりと鑑賞ができないのが嫌だからなので色々とツテを頼ったのだとか。執念が怖い。


「そこまでしたいものかな。そもそもこの学園に通うのは貴族の家の子だからみんな家同士の決められた婚約者がいるものだよ。だからアネモーネの望むような恋愛模様などは見れないだろうに」

「そんなことないわ。全員が政略結婚ではないし、10代の男女がいればそこには必ず青春があるものなの。前世より節度あるところが私的には奥ゆかしくて好ましくてよ」

「謎目線の評論はいらないよ」

「親同士、家同士の決められた婚約者という関係から一歩進んだ関係になるのが、きっとこの学園に通う期間だと思うのよ。入学したばかりの初々しさから卒業間近の貴族として自覚をし共に生きていこうとする関係づくりまでが、この学園でばっちり鑑賞できるなんて最高すぎる!!パトリク、私この学園に来て本当によかったわ」

「まあ、アネモーネが楽しいならいいよ。これからもしっかり擬態して無害の変態でいてほしいね」


アネモーネは学園で過ごす時、平民の付き人らしく地味な格好をしている。俺の国でも耳にしたことがある帝国の美形公爵一家のご令嬢は造形も身なりもオーラだって整っているが、前世でも完璧な擬態をしていた無害の変態にかかれば、地味な三つ編みをふたつ垂らした少し厚めの眼鏡をする大人しそうな女の子に早変わりだ。さらに猫背気味にオドオドとした態度、音量は小さくはっきりと喋らない口調から学園の人たちはアネモーネが公爵令嬢だとは気づかない。俺の付き人なわけだしマナーとして誰もそこまで関心を持たないが、それでも徹底とした擬態をすることでアネモーネは存分に他人の恋愛模様を鑑賞する日々を送っている。


それに俺を巻き込むのは宜しくないが放課後の大図書館は貴族以外は入れず、そのためには俺がアネモーネを付き添いとして申請し側に置いておかないといけないのだから仕方がない。こんな面倒な仕組みになっている大図書館にも理由があったが俺は忘れた。前世の時から俺より優秀なアネモーネに聞けば嬉々として説明してくれるだろうが、個人の欲望が存分に入った解釈はいつも長くてあまり聞きたくないので俺はなるべく質問はしないようにしている。しなくても彼女が語りたい時は色々話してくるし。


俺は暇つぶしに読んでいた近くの本棚から適当に手に取った本から顔をあげて、今も棚の隙間から覗き行為をしているアネモーネを見る。お互いすっかり外見は変わってしまったが、それでも変わらない仕草と瞳の輝きが前世でずっと一緒にいた無二の片割れなのだと伝えてくる。今世では知るはずのなかった感覚をこの身体が感じることに妙なくすぐったさがあるが嫌ではない。なんだかんだ今世もアネモーネの側にいるのはそういうことなんだろう。そうやって俺の心のうちを認めているとアネモーネも満足したのか覗き行為をやめて俺の隣に並んで座り込んだ。


「もういいのか」

「うん。二人とも出て行ったし今日の活動は終了よ。私たちも適当に帰りましょう」

「わかった」


俺は立ち上がって手に取っていた本を棚に戻す。アネモーネも立ち上がり一応付き人らしく二人分の鞄を持とうとしているので、本を片付けた俺はアネモーネの手から鞄を自然と引き受ける。この辺は前世のアネモーネの教育だろう、付き人設定とはいえ女性に自分の荷物を持たせようとは思えないのだ。いつものことなのでアネモーネも対外的に申し訳なさそうにするが素直に鞄を俺に渡してくる。


「パトリクも一応紳士なのにどうしてモテないのかしら。まだ婚約者いないわよね?」

「兄貴に婚約者が出来てからじゃないと俺に話は来ないんじゃないかな」


隣の少し後ろを歩くアネモーネは不思議そうに聞いてくるが、俺は貴族の家の次男なのでこの国の慣習としてはまずは後継の長男である兄貴の婚約が先だ。さらに兄貴の子供が産まれてからじゃないと結婚は難しいと思う。別にすぐに結婚したい相手もいなければ子供が欲しいわけでもないので俺は構わないのだが、兄貴までそういう態度なのは貴族としてどうなのかなと今世の常識が俺に問いかけてもくる。常識を問うのならばアネモーネは非常識の塊というか異例づくしなのだけれど。


それはアネモーネ自身も理解しているのに、あえて暴走しギリギリのところまで我を通すところは本当に前世と変わらない。迷惑なのに憎めないがやはり迷惑だと思ってしまう俺の眼差しを平然と受け流しながらアネモーネはさらに問いかけてきた。


「恋人もいないの?」

「アネモーネがよく知ってるでしょうが」

「好きな人は?」

「いたとしても話したくないね。前世で弄られたこと覚えてるからな」


そうなのだ。俺の恋愛事情は前世でも散々弄られた記憶がある。自分の恋愛は興味ないくせに周りの恋愛は美味しく鑑賞していた彼女に一番近かったのは俺だ。当時の俺だって思春期でそれなりに淡い恋心を抱いたりもしたが、悉く彼女に見つかり美味しく頂かれた。他人の時は風景に徹する無害な変態のくせに、俺には遠慮なしに自宅で根掘り葉掘り聞いてくるのだから最悪だった。思春期男子の心は繊細でありその機微が好きで見守りたいのだと日頃語る彼女のはずなのに、己の片割れである思春期男子の俺には見守るということをせずにグイグイ聞いてくるのだから本当に辛かった。よくグレずにいたと思う。


「だって身近な観察対象って貴方が適任なんだもの。学校というシーンも素晴らしいけれど自室で悶えてる姿をリアルで見ることができるのは弟のパトリクだけじゃない」

「おい、やめろ」

「ねえ今世は初恋もまだなの?今も中学の時好きだった3組の鹿島さんみたいな子がタイプかしら」

「本当にやめてくれ」


鹿島さんとか今では声も顔も思い出せないような淡い初恋相手を蒸し返してくるアネモーネのことをキツく睨むが全く効果がなかった。この元片割れには生まれ変わっても勝てる気がしなくて、思わず大きくため息が出てしまう。するとアネモーネが慰めるように背中を叩くのだが誰のせいだと思っているのだか。少しでもやり返したくて俺もアネモーネに聞いてみることにした。


「アネモーネは今世では田中君みたいな人はいないのかよ」

「なんで田中君?」


田中君とは俺の一番の友人でアネモーネが密かに好きだったはずの相手だ。自分の恋には興味がないと言いつつもアネモーネの視線が田中君のことを追いかけていたのを俺だけは知っている。しかし前世でも直接聞いたことがなかった話題なので、突然出てきた田中君の名前に彼女がキョトンとしているのがわかった。今更な恋心を自覚させてやろうと俺は口を緩ませながら教えてやった。


「好きだったろう田中君のこと。アネモーネってばよく眺めてたじゃん」

「そうだったかしら。貴方の親友としてよく会っていた印象しかないわ。そういえば今世はお兄様たちのご友人とは会ったことがないわね。何故か二人ともお友達を家に連れてこないのよ」


アネモーネと二人の兄とは少し歳が離れており、三人兄妹の末っ子であるアネモーネのことを溺愛しているとウチの母親から聞いたことがある。我が家は兄との二人兄弟なので女の子が羨ましいとよく母親が叔母から来る手紙の内容を教えてくれたのだ。あとは何通か件の従兄弟どのから俺宛に手紙が来たこともある。妹のアネモーネの可愛さから惹かれるのはわかるが手を出すことなく、くれぐれも変な虫がつかないように見張るよう書かれていた。従兄弟の俺にまで牽制してくるほどのシスコンかよと思いつつ、元片割れが今世の家族に大切にされているのは素直に嬉しかった。別に不愉快とかはない、ウチの片割れがお世話になっていますと思う程度だ。決して俺はシスコンではないからな。


思えば、アネモーネはよく単身で隣国にやってきたものである。自分の欲望のために溺愛していると言ってもいい家族たちを納得させて此処に来た目的が覗きなのだから恐ろしい。流石にこの趣味はアネモーネの家族も知らないはずだが、俺の会った事のない従兄弟たちはアネモーネの趣味を知ったとしても平然としている姿が想像できてしまうくらいに甘いことは知っている。


前世の感覚がある俺たちにとっては10代で結婚は早過ぎるがこの世界ではごく普通にあることだ。貴族ともなれば年齢が一桁の時に婚約者がいるのが当たり前だったりするが、アネモーネの場合は兄たちという高いハードルが用意されているようだ。あのシスコン従兄弟たちのお眼鏡に叶う人物など想像もつかないし、このままでは俺とアネモーネどちらが先に結婚できるかの正解は暫くわからないままになりそうである。


「アネモーネこそ結婚とか難しそうだな」

「え?私はいるわよ許婚殿」

「マジかよ!?」


思ったことをそのまま口にしたら、あっさりと裏切るような言葉を返したアネモーネに俺は思わず貴族子息だというのを忘れ前世の感覚で反応してしまった。そんな俺の態度に釣られるようにアネモーネも外では絶対にしない少しだけ砕けた態度でニヤリと笑うと言葉を続けた。


「帝国の公爵家の一人娘だもの、政略結婚の一つや二つ産まれた時からあるわよ」

「えー、マジかよぉ」

「さっきからそれしか言ってないわね」


言われてみれば確かにそうなのだろうが、俺の中では衝撃的事実すぎて未だ貴族子息キャラが戻ってこない。けれどそんな俺を呆れたように見ているアネモーネを見て少しだけ冷静になる。しかし、前世の片割れにはすでに婚約者がいるなんて。あのシスコン従兄弟たちが認めるような存在がこの世界にいるのか。俺が知っているやつなのだろうか。いや知ったところでケチをつけるつもりもないが、知らないのも元片割れとしては納得がいかない。今世でだって一応親戚なわけだし。その割にうちの母親からも聞いたことがなかったので動揺しただけだ。決して教えてもらえてなかったことが寂しかったとかではない。うん、俺はシスコンではないからな。


「色々と複雑な心境なんだ。てか尚更アネモーネは此処にいていいのかよ」


俺は自分の諸々な感情をどうにか処理しながらアネモーネに質問をした。悪癖のあるアネモーネだし現実ここまでしているのだからもうどうしようもないけれど、元片割れとして現在の従兄弟として、そして一応ではあるけれど形ばかりの主人として聞かなくてはいけなかった。そしてアネモーネは予想を裏切らない回答を、これまた前世でよく見かけた不敵な笑みを浮かべてするのだった。


「パトリク、青春を求める観測者のことは決して家族も許婚も止めることが出来ないのよ」


今日一番の大きなため息をついた俺の心には今度こそ一つの言葉しか浮かばなかった。


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