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私はこんな裁判をするために裁判官になったのではない。

作者: 山木 拓


 裁判官は私にとって、憧れの職業だった。そうなったのは、海外のリーガルドラマを見過ぎたから。SUITに始まり、グッド・ワイフ、私はラブリーガル、その他諸々。これらを見ていく中で私は、登場人物の中で裁判官が一番カッコいいと気付いた。こういうドラマは大概弁護士がカッコいいという感想を抱くのはわかる。そう思う人が大半だし、自分の視点が大多数から外れているのもわかる。


 しかし見たことがないだろうか? こういうシーンを。


裁判官:それでは判決を言い渡します。今回の事件は、原告リサの過去の罪から始まりそれが今の被告マイクの行為に及んだ理由になります。しかし事情があったとはいえ、総合的に判断して原告には看過出来ないと考えられます。

弁護士:…すみませんマイクさん、貴方を救えなかった。僕の力不足です…

マイクさん:いえ、いいんです。先生は上手くやってくれました。

裁判官:マイクは過去の行為を反省し、清算する必要があります。そのため、被告マイクを、

マイクさん:先生、そんな辛い顔をしないでください

裁判官:…被告マイクを、今後は二杯目以降の飲酒を禁止するものとします。これを破った場合は罰金ですよ、マイクさん。原告のリサさん、そちらはまだまだ余罪がありそうなので別の日に呼び出しますからね。


 こういう粋な判決をする姿が本当にカッコいいと思った。




 …なので私は、今が裁判中というにも関わらず、こんな裁判をするために裁判官になったのではない、と強く思っている。

 なんだこの裁判は。知らん芸人が知らん芸人のボケをパクったとか言って著作権を言い争っている。一体全体なんなんだこの裁判は。


原告側のコント『遠足の前日』

ボケ:先生〜質問でーす

ツッコミ:はい、何かな?

ボケ:その300円というのは税抜きですか? 税込ですか? 消費税はおやつ代に含まれますか?

ツッコミ:いや家庭的!


被告側の漫才『遠足の思い出』

ツッコミ:遠足のおやつであったじゃん。「バナナはおやつに含まれますか〜」とか

ボケ:あと「消費税はおやつ代に含まれますか〜? 」とか

ツッコミ:なんでやねん!


 このネタの中で、「消費税はおやつ代に含まれますか?」のセリフを被告側がパクったのではないかと主張している。それよりも、『いや家庭的!』のツッコミもいかがなものかと思うし、途中まで標準語だった漫才が最後のツッコミで急に関西弁になっているのは何故だ。

 裁判官がこんな事を考えてはいけないのはわかっている。しかしそれでも、思ってしまう。

 いやいやいやいやいやいや…、知らんがな。お前らで話し合って解決してくれや。


 私はそこそこお笑い好きで、あまりテレビに出ていないけど今後期待の若手芸人とかにも詳しい。それでも、こいつらの事は知らん。聞いたこともない。

 確かに、芸人が芸人のボケをパクった! とかこのボケとこのボケが似ている! とかそういう諍いをファンどうしでしているのも知ってる。でも大概はそんなに大きく争うこともないし、当人達は全く気にしていなかったりする。そもそも言い回しや前後の展開が違っているので似ている事に気付かなかったりもする。

 だというのに、この若手芸人達は一体何故そんなに躍起になっているんだ。


 若手芸人アンビシャスジャンパーのネタ作り担当、舘川は静かに放った。

「私はパクってなんていません」

 いやどっちでもいいわ。私を巻き込むな。

「被告側、意見はありますか」

 私は気怠く言ってしまった。やる気がないのがバレてないだろうか。

「はい、被告人の無罪を主張します。彼らアンビシャスジャンパーは、漫才の中の一節として発しており、原告側はコント上のものになりますので、意図的ではありません。今回の件に関しては、内容のテーマに重複がある以上仕方ない事かと」

 ほらもう弁護士も言っちゃってるもん。仕方のない事って言っちゃってますやん。

 若手芸人リーサルファイトのネタ作り担当、帯谷は声を荒げた。

「ふざけるな! 帯谷さん、こっちは一個一個のボケを頑張ってひねり出しているんです! 今回のコントだってそうだ! そんな簡単に盗作されていいはずがありません!」

 いやその主張もわかるんだけど、これは思いつく人多そうな気もする。

 遠足における『バナナはおやつに入りますか〜?』の部分でショートコントを作ろうとしたら、思いつく人何人かいるのではないだろうか。著作物に認められないものとして、ありふれた表現・題名・ごく短い文章が挙げられる。つまりはベタ寄りのボケは、著作物ではないのだ。

 あと、言い回し的には被告の漫才形式の方が面白く感じている私もいる。

「パクったんじゃないですか!? 私のボケを!」

「いや、私はそんな事をしない!」

 本当にどっちでもいい。

「そんなはずない!」

「じゃあ証拠を見せて下さいよ!」

「・・・・・」


 著作権の裁判で、こっちが先に考えていた! とかも証明するのは難しい。

 それでも今回は、お笑いの話だ。コンビニをテーマにした漫才に著作権は無いし、ファミレスというコントの設定にも著作権は無い。細かいボケがたまたま被ることだってあるし、それが二人にとって死活問題なのもわかる。ただ、これだけは言いたい。裁判を起こすほどではないだろう!


 二人がひとしきり言い争い終えると、帯谷は語り出した。

「舘川さん…、私はあなたに憧れていたんだ」

 知らん奴が知らん奴に憧れとる。

「でも、ある時から若手芸人のボケを盗用するようになるのを見てきました」

 え、こいつ常習犯なの?

「私はそんな堕落した姿を見たくないんだ。だから、私が自らあなたにもう一度高みを目指してほしいと思って!」

 だからこっちを巻き込むなって。お前らで解決してくれ。

「帯谷、そんなふうに思っていてくれたのか」

 知らん奴が知らん奴に憧れられとる。

「これは、そろそろ決着ですね裁判長」

 被告側の弁護士が、私にそう言った。

 正直、私は何も考えていなかった。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 よし。

「それでは判決を言い渡します。今回の事件は被告舘川さんの過去の行動が、行為の起訴に及んだ理由になります。おそらく売れない苦しい時代が続いていたという事情があるかと思いますが、総合的に判断して原告には看過出来ないと考えられます」

「すみません舘川さん、貴方を救えなかった。僕の力不足です…」

「いえ、いいんです。先生は上手くやってくれました」

「舘川さんは過去の行為を反省し、清算する必要があります。そのため、被告人を今後は自らの力でお笑いの世界を進み、さらに二人でも切磋琢磨し合っていくものとします。これを破った場合は罰金ですよ、舘川さん」

「ありがとうございます! 裁判長!」

 ・・・・・・・なんなんだこの裁判は。



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