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16:大いなる勘違い

 キャンプサイトに辿り着くと、私たちは早速テント設営を始めた。

 今回のテントは全てレンタル品だ。当然ながら誰の持ち物でもないわけで、キャンプ素人にとってはまずその設営からして大変だった。


「えっと、まずシートを敷いて……」

 私が説明書を読み上げると、柳たちが手分けしてシートを敷く。

「それからインナーテントを広げるんだって」

 次の手順を告げた瞬間、柳を含む女子たちは一様にけげんな顔をした。

「インナーテントって何?」

「テントはテントじゃないの?」

「あ、これガワもあるんだ。じゃあこれを広げるってこと?」

 実を言うと私もテントを建てるのは初めてだ。キャンプをしたことはあるけどそのときはすでに建ててあるものを借りただけだし、ドームテントだから簡単みたいな文言が急に嘘みたいに見えてきた。

 テントにポールを通したり、そこからテントをふくらませたり、地面にペグを打ち込むのだって一苦労だ。

「ちょ、待って待ってペグ真っ直ぐになってる!」

「え、違うの? 直角にするんだよね?」

「地面に対してじゃなくて、ロープに対して直角って書いてるよ」

 しまいには私も病み上がり設定を忘れて参戦したけど、一向にペグが理想の角度にならない。

 キャンプサイトは木陰とは言え昼間ともなれば全然暑く、みんなで汗をかきかき試行錯誤する。ぼちぼち設営を終えてお昼のバーベキューに移りたいところなんだけど――。

 そこへ、

「こっち終わったから手伝おうか?」

 伊瀬が駆けつけて、私たちからペグハンマーを受け取る。

 彼の慣れた様子は自分で言うだけあって、実に鮮やかだった。ペグを打ち込む手つきは素早くも正確で、私たちがてこずった分もあっという間に片づけてしまう。その後の作業も的確なら私たちに飛ばす指示も的確だ。

「キク、ちょっとテント押さえといて」

「こう?」

「そうそう。今ポール通すから、誰かフライシート用意しといて」

 伊瀬はあっという間にフライシートとインナーテントを固定すると、さらに地面と固定してかロープを締める。気づけばテントはすっかり形になっていて、仕上がりを見た私たちは思わず拍手をしてしまった。

「すごい、悪戦苦闘が嘘のよう!」

「さすがキャンプの達人! 自分で言うだけあるね!」

「達人までは言ってねえよ! でもありがとな!」

 褒められて、伊瀬もまんざらではなさそうだ。

 聞けば男子たちのテントも伊瀬がてきぱき指示して組み立てたそうで、あっという間に4つのテントが張られ終わっていた。みんな口々に彼を褒めていたし、いてくれてよかったと感謝もされていた。

 そういう伊瀬を見て、私もなんだか誇らしくなる。


 高校時代も、伊瀬はそういう人だった。

 イベントごとは率先して動いて、なんでも完璧にやってのけた。それだけじゃなくて困ってる子には必ず手を差し伸べてくれたし、本当になんでもないそぶりで手伝ってくれるから、大変な時にはすごくありがたい存在だった。

 そういうところがすごく、好きだった。


 だった、というにはまだ冷めてもいない想いだけど。

「さすがだね、伊瀬」

 みんなからの称賛が一段落したところで、私は彼にささやいた。

 すると伊瀬も誇らしげに、声を落として応じる。

「惚れ直したか?」

「――直してないっ! 何その前提は!」

 思わず大声が出てしまって、とたんに伊瀬が耳を押さえてしゃがみ込んだ。

「おいキク、いきなり叫ぶなよ……」

「あっ、ごめん。でも変なこと言うから」

「そんなに変なこと言ったか?」

「言った! そこは自覚して!」

 惚れ直したのは事実だった。

 正直にそう言えたらどんなによかっただろう。

 まあ、彼女持ちでありながらあんなことを他の子に言えちゃう伊瀬もどうかと思うけど。


 伊瀬の彼女、かあ。

 あんまり考えたくないことで、私は事実だけを認めて目を背け続けてきたけど、彼女は今頃どうしてるんだろう。

 もう伊瀬の不在に気づいて心配してたりするのか、あるいは一日くらいじゃわからないし知らないままでいるのか。伊瀬がこのまま未来に帰れなかったらきっとひどくうろたえて、嘆き悲しむだろう。どんな人かも知らないけど、伊瀬の大切な人を悲しませるのはやっぱり嫌だ。


 いや、そもそも――。

 未来に伊瀬はいないんだろうか。22歳の伊瀬がこっちに来て、その存在だけが消えてしまった、ということで正しいんだろうか。19歳の伊瀬からの連絡はもらえてなくて、彼の無事も確かめていないからそんな思いがよぎるのかもしれない。

 伊瀬同士が入れ替わって、19歳の彼が未来に行ってしまった、とかでなければいいけど。

 伊瀬の彼女は若返った伊瀬を見たらどう思うのかな。最初はきっと戸惑うだろうけど意外とすんなり受け入れて、まだあどけなさが残る彼と一緒に戻る方法を模索したりするんだろうな。きっといい人だろうから、心配はいらないのかもしれない。

 なんて、妄想が過ぎるかな。


 ポケットから携帯電話を取り出した。

 不在着信も未読メールもなし。伊瀬からの連絡は来ない。

「キク、どうした?」

 22歳の、ミルクティー色の髪をした伊瀬が尋ねてくる。

 私は携帯電話をしまって、あわてて答えた。

「なんでもないよ、今何時かなって確かめただけ」

 こっちの伊瀬には、19歳の伊瀬にメールをしたことを話していない。

 昨日あれだけ怖がっていたから、言わないほうがいいだろうと思った。自分がふたりいるかもしれないなんて怖くて当たり前だし、ふたりいなかったとしても怖いだろう。だから、この件については黙っていた。

 でも、本当にどうしてるのかな。

 ちょっと一言、メールで『元気だよ』って言ってくれるか、あるいは数十秒でも通話できたら安心できるんだけどな。

「もう昼飯の時間?」

 彼が続けて聞いてくるから、私は首をかしげておいた。

「そろそろかもね。お腹空いた?」

「空いた」

「じゃあいっぱい食べなよ。その分働いたんだから」

 そう告げたら伊瀬はうれしそうに顔をほころばせる。

「さすが、優しいなキクは」

 優しいのかな、私。

 伊瀬に対する態度を言うならそれは純粋に『好きだから』だし、私の心が優しいからではないはずだった。

 それに私はこの伊瀬と過ごす時間を、このキャンプのひとときを楽しみはじめている。伊瀬の身にとんでもないことが起きたっていうのに、伊瀬を待ってる人が未来にいるっていうのに、すっかり浮かれて楽しい気分になっている私を、優しいというのは正しくない。

 大いなる勘違いだ。


「キク、バーベキューの段取りお願い!」

 柳が向こうで私を呼ぶ。

 その隣で棚井くんが、クーラーボックスの中身を改めているのも見えた。

「はーい」

 私は答えて、まだしゃがんでいる伊瀬に手を振る。

「じゃ、私お昼の用意してくるね。ここで休んでて」

 そう言ってあげたにもかかわらず、彼は疲れも忘れたようにぱっと立ち上がった。

「俺も手伝う」

「いいよいいよ、テント張りで疲れたでしょ」

「全然。人手は多いほうがいいだろ、行こうぜ」

 伊瀬が私の手を取った。

 それはびっくりするほど自然で、何気ない動作だった。私が意識してびくっとしなければ、伊瀬はこちらを向く気さえなかったのかもしれない。私のわずかな抵抗に、彼は振り返って薄く笑う。

「ほら」

 繋いだ手が温かい。

 でも私の頬はそれ以上に熱い。

 大きな手の感触は懐かしいというより、ただただ緊張しかなかった。歩く足元がおぼつかなくなって、夏の強い陽射しに眩暈がした。それでもその手を振りほどけなかった理由は、わかりきっている。

「柳、キク連れてきたぞ」

 伊瀬が柳に声をかけるのが聞こえた。

 柳がどんな顔で私たちを出迎えたのか、確かめる勇気はなかった。


 勘違い、しそうになる。

 だめだってこともわかりきっているのに。

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