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11:できることとできないこと

 みんなが食事を済ませる頃には、伊瀬と柳はすっかり意気投合したようだった。

「さすがキクの友達、けっこう話せるな!」

「やったあ、褒められちゃった。キクのいとこ、いい人じゃん!」

 ふたりが盛り上がっている様子を見て、とりあえずはほっとする。伊瀬ならうまくやってくれるとは思ってたけど、やっぱりね。

 ただその間、棚井くんはずっと蚊帳の外だった。柳とすら会話できずに黙り込んでばかりだ。

 だからって話しかけることはできない私が目をやれば、すかさず柳がフォローに入る。

「あ、いいのいいの。棚井のことはいないものと思って」

 フォローと言っていいのか微妙な発言に、棚井くんが無言で睨む。もっともそこで異を唱えることもなく、またむっつりと横を向いてしまった。

 それを柳は苦笑いで見ている。

「キャンプに来る他の子たちは、棚井に比べたら全然社交的な子ばかりだからね。伊瀬ならきっとすぐ仲良くなれるよ、安心して」

 それは私もそう思う。なんなら私よりも明るい子たちが揃ってるし、難なく溶け込んでくれるはずだ。心配はいらない。

「そりゃよかった」

 伊瀬もほっとした様子で私を見る。そして全開の笑顔で言う。

「明日が楽しみだな、キク」

 ずいぶんと変わってしまった彼の顔は、それでも笑うと高校時代の面影がちゃんとあって、私もつられたように笑った。

「そうだね!」

 まさか伊瀬と一緒にキャンプ行けるなんて思わなかったな。

 もちろん楽しんでる場合ではないんだけど――それでも一緒にいるうちに何か解決策を、伊瀬を未来に帰す方法を見つけられたらいい。

 そのためにも、明日はなるべく伊瀬の傍にいよう。そして今日以上にいっぱい話して、事態打開の糸口を見つけるんだ。彼がこっちに来たのにはきっと理由があるんだろうし。


 ファミレスを出た後、柳と棚井くんとはお店の前で別れた。

 夏の陽射しはまだ眩しかったけど、時刻はすでに午後四時を過ぎていたからだ。

「また明日ね、ふたりとも!」

 柳は大きく手を振りながら帰っていき、その横で棚井くんが軽く会釈だけしてくれる。

 別れ際まで対照的なふたりを、私と伊瀬も手を振って見送った。

 そしてふたりの姿が道の向こうに見えなくなってから、伊瀬がぽつりと言った。

「柳ってけっこう美人だな」

「まず感想がそれ?」

 私がちょっと呆れると、彼はにやにやしながら肩をすくめた。

「思ったことを言ったまでだって」

「ああそうですか……」

「棚井って奴は柳の彼氏?」

 彼女持ちの人がなんでそんなことを気にするんだろう。内心むっとしたけど、顔に出さないように努めて答えた。

「みんな聞いてるけど、柳が言うには違うって。ただの幼なじみなんだって」

「そりゃみんな気にするよな、距離近いし、保護者みたいだったじゃん」

 保護者、という言い方はたしかに適当かもしれない。人付き合いが苦手そうな棚井くんを、柳はいつもみんなのところへ引っ張り出してくる。棚井くんが無愛想な態度を取るとすかさずツッコミを入れて笑いに変えたりもする。

 だからだろうか、棚井くんは居心地悪そうにしつつも柳の誘いを断ったりはしないようだ。明日のキャンプだって参加と聞いた時はびっくりしたけど、柳曰く『あれで案外楽しみにしてるんだよ』だとか。きっと棚井くんには柳にしか見せない顔がたくさんあるんだろうな。

「お前は仲いいの? 棚井と」

 次いで伊瀬は私に尋ね、私はかぶりを振る。

「ううん、ちっとも……見てわかるでしょ、目も合わせてもらえない感じ」

「へえ」

「柳の幼なじみだからふつうに接したいんだけど、全然無理なんだ」

 正直に打ち明けると伊瀬が黙って眉をひそめた。それで私もあわてて言い添える。

「あ、別に嫌いってわけじゃないよ。うまく話せないだけ……」

 これは嘘じゃない。

 と思う。

 でも伊瀬は溜息をついて、こう言った。

「無理すんなよ、キク」

「べ、別に無理してるわけでは――」

「ってか、思ってたのと違ったな」

 そんなふうにも、ぽつりと続けた。

 どういう意味だろう。私がまばたきをすると、伊瀬は一瞬目を逸らしてから曖昧に笑う。

「お前、新しい環境でも楽しんでんのかと思ってたよ。専門学校で新しい友達作ってさ、夏休みにはキャンプ行ったりとかして。正直うらやましいなってさ。でもそうじゃなくて、お前もお前で苦労してんのかなって」

 鋭い指摘にぎくりとした。

「苦労なんてこと、ないけど」

 そう答えた時、私も伊瀬の目を見れなかった。

「お前の部屋にあった荷物もけっこうな量だったじゃん」

 伊瀬の声が続ける。

「買い物済ませた、って言ってたから用意したのもお前だろ。相変わらずそういうの背負い込んでんのか」

「背負い込んでるっていうか、当然だと思ってるし……」

 うまい反論もできず、私は伊瀬の足元から伸びる長い影を見つめていた。


 私の進学先には伊瀬はもちろん、高校の頃の友達はひとりもいなかった。

 だから人間関係も一から築くしかなくて、そんな時に出会えたのが柳という友達で、そのことは本当にうれしかった。でも――。

 柳は友達の多い子だから遊びに行くのも大勢でってことが多くて、そうなると私も黙ってただ乗りってわけにもいかなかった。今回のキャンプでは計画から参加して、細かいタイムテーブル作りや必要経費の計算に徴収、そして買い出しの一部を手伝った。高校時代からそういうのはやってきたし、苦でもないと思っていた。

 他の子も棚井くん以外は協力的で、準備はスムーズに済んだ。棚井くんだけは話しかけてもすぐ話を切り上げようとするから、何回も話しかける羽目になったけど、それでも苦労をしてるってほどじゃない。

 はず、だった。


「高校時代から変わんないよな、そういうとこも」

 伊瀬は言う。

 と言ってもしつこいようだけど高校卒業から4ヶ月、人間はそうそう変わるものじゃない。高校時代の私はイベントごと大好きな伊瀬に引っ張られるようにして計画を立てる手伝いとか、経費の計算と徴収とか、買い出しとかをしていた。それは私にできることだからという理由もあるけど、一番は、好きな人の傍にいたかったからだ。

 柳のことも、もちろん好きだ。だけどそれは伊瀬に対する感情とは全く違うものだし、今の私は高校時代とはもっと違う動機で働いている気がする。こうすることで自分の居場所を確保しようと必死になっている、そう感じることもあった。

 伊瀬はその違いを見抜いているのかいないのか、

「無理すんなよ」

 もう一度、その言葉を口にした。

「人間、できることとできないことがあんだよ。お前ができると思って背負い込んでるならいいけど、そうじゃないならいいところで引いたほうがいい。昔みたいに助けてやれるわけじゃないし、無理を重ねるとお前がつぶれるぞ」

「うん……」

 私はうなづいてから、ふと昔の記憶を掘り起こして笑った。

「伊瀬には時々助けてもらったよね」

 計算が合わない時に一緒に電卓叩いてくれたり、買い出しに付き合ってくれたり。そういう優しさもうれしかったし、好きだった。

「まあな」

 伊瀬も、22になっても覚えていたみたいだ。優しく目を細めた。

「そういう奴が他にもいるなら安心だけどな。中には気の合わない奴もいるみたいだし、余計な苦労してほしくなくてさ、お前には」

 今は、助けてくれる人はいない。私が助けを求めないようにしているからだ。

 そして、気の合わない人はいる。残念なことだけど。

「合わないと思ったら、そういう奴とは無理に仲良くなろうとすんなよ」

 伊瀬は言う。

 高校時代の伊瀬だったら、たぶん言わなかっただろうことを言う。

「世の中、どうしても馬の合わない奴ってのもいるんだよ。だからあいつは放っとけ。お前ががんばって歩み寄ってやることもないだろ」

 あいつとは、考えるまでもなく棚井くんのことだろう。


 そういうものなのかなと思いつつ、その考え方は少しだけ寂しいような気もした。昔の伊瀬なら『しつこく話しかけてりゃそのうち仲良くなれるって!』みたいなことを言うだろうと思う。どちらが正しいのかなんて私にはわからない。

 けど、できることとできないことがあるって、伊瀬もすでに学んだのかもしれなかった。


「そうなんだろうね……」

 私は否定こそしなかったものの、納得しきれたわけでもなかった。

 でもそんな内心を見透かしたように、伊瀬の手が私の頭を急に撫でた。

「大人の言うこと聞いとけよ、これは絶対役立つアドバイスだ!」

「わっ、何? というか年上ぶらないでくれる?」

「いや実際年上ですから。忘れんなよ」

 伊瀬が偉そうに応じる。

 不意打ちと大きな手の感触にどきどきした私は、ろくに返事もできずにむくれるしかなかった。

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