弐話 女王と強敵と意地っ張りな義弟
朝九時。
我の登校に合わせ学園の門が警備員によって再び開けられる。
一般の生徒たちはそれまでに校庭に集合しておかなければならない。
そして校舎まで赤い絨毯が引かれるのに合わせ男女左右に分かれて我に深々と礼をする。
それがこの聖マルタ学園生徒会長である我ゴリアテッサ・アイアンローズを迎える朝の風景だ。
しかし前世の記憶を取り戻した今となってはこの仰々しさが些か気恥ずかしくもある。
「おはようございます、鉄薔薇女王!!」
「本日も我々弱者にご指導をお願いいたします生徒会長!!」
「私を愛してください、ゴリアテッサ様!!」
我は入学以来悪役令嬢の嗜みとして武による支配でこの学園を統治し続けていた。
結果まるで帝王のように崇められるようになったが心には虚しさが広がるばかりだ。
その空白を埋める為に見目のいい男子生徒を側に侍らせ芸をさせていたが何一つ満たされはしなかった。
やはり我の荒ぶる心を沸き立たせてくれるのは戦いのみ。
そう、この乙女ゲームの正ヒロインとの闘争こそが悪役令嬢である我の最大の舞台となる筈なのだ。
来たるべき時を待ちひそやかに胸を高鳴らせる我の目に見慣れない光景が映りこむ。
校庭の隅にある大木の根元に男子生徒が複数屯っているのだ。
「不敬である」
我は懐から鉄扇を取り出すと連中に向け軽く投げつけた。
ズ、ズズズ……ン。
幹を鉄扇に貫かれ真横に裂かれた木は己が何をされたかもわからぬように緩慢に倒れていった。
当然その側にいた男どもも巻き込まれ無様な悲鳴を上げる。
しかしその見苦しい中において、一人だけ背筋を伸ばし仁王立ちする姿があった。
その愛らしい容姿には見覚えがある。
この乙女ゲームの正ヒロインであるアンジェリーナだ。
我と目が合うと彼女は深々と頭を下げた。
「有難うございます、生徒会長様。私、彼らに絡まれてとても困っていたんです!」
「フン…勘違いするな小娘。我は礼儀知らずどもに灸を据えただけよ」
そう告げると後は一顧だにせず我は校舎へと入る。
すると下駄箱の前に一人の男子生徒が寄りかかるようにして立っていた。
我の義理の弟であるカインだ。
男の跡継ぎを望む父によって養子にされた彼はそれ故に最強の姉である我を邪魔者だと思っているらしかった。
なのでこのようにちょくちょく我の歩みを妨げては力関係を見せつけようとするのだ。
「おはよう、ゴリアテッサ義姉さん。相変わらず登校が一大イベントだね」
「邪魔だ、のけ愚弟」
「ちぇっ、つれないの。姉想いの弟としていい情報を教えてあげようと思ったのに」
「いらぬ」
「義姉さんの子飼いの男ども、最近人急上昇中の学園の天使にかなり入れあげているみたいだぜ」
「ふむ、アンジェリーナか。目障りな女よ」
「どこぞの鉄仮面の女なんかと違って彼女は可愛くて優しいからね、義姉さんの親衛隊全員寝返るかもよ?」
そうしたら裸の女王様だね。そう邪悪な笑みを浮かべる義理の弟を掴み上げると我は容赦なく壁に叩きつけた。
叫び声を上げぬのは腐ってもアイアンローズ家の一員だと内心カインを少しだけ見直す。
何より美しいものをいたぶるのは、悦い。
我は獲物をかみ殺す直前の獣のような高揚感で口角を上げた。
「…もしそうなれば、貴様を閨に招き貪り尽すのも一興かもなァ?カインよ」
「は、えっ、ばっ、馬鹿じゃないの!!この淫乱!!…そんな気もない癖に!!」
怒りで顔を紅色に染めるとカインは疾風のように立ち去って行った。
我に比べ非力だが素早さでは向こうに分がある。
だが、それでも物足りない。我の敵となれる存在はただ一人。
「大木の倒壊の軌道をあの細腕からの殴打一つで捻じ曲げてみせた…楽しみよな」
アンジェリーナよ、我は強敵との戦いの予感に身を震わせた。
それを祝福するかのように一時間目の授業を告げるチャイムが鳴り響いた。
―――――――
登場人物紹介
アンジェリーナ
人気乙女ゲー「聖拳に散る薔薇」の心優しいヒロイン。あなたの分身です。
16歳。特技はお菓子作り。趣味はぬいぐるみ集めとパンクラチオン。
平民だが特別な力があると判断され貴族が通う聖マルタ学園に特待生として入学します。
カイン・アイアンローズ
人気乙女ゲー「聖拳に散る薔薇」の攻略対象の一人。悪役令嬢の情報通な義理の弟です。
傲慢で我儘な姉を嫌って正反対のタイプであるアンジェリーナに話しかけてきます。
けれど姉嫌いは彼の寂しさとコンプレックスの裏返し。
照れ屋で意地っ張りな彼の本音を引き出してあげるともっと仲良くなれるかも……?