第3幕 風雲 ~リフトで昇って外装を抜けて~
ついにピアノを弾いたアーバロン。
しかしなにをもってどうやったか?
ことは昨日に遡る。
この話、こんな回想シーンばっかりだな。
*
ここで、話を昨日に戻す。
ピアノを弾きたいアーバロンだったが、だからといって超巨大ピアノをホイホイ作るわけにもいかない。
また演奏アプリを組み込んだり、新たな外部機器を接続することは、プログラムに悪影響が出る危険性から禁止されている。
そこで快晴が思い付いたのが〝最初からアーバロン用に調整したロボットアームで、ピアノを弾く〟というものだった。
そもそもからして、アーバロンの手は人間と同じ二臂五指。構造が同じなら、電子頭脳からの命令先を変えてしまうだけでいい。サイズ差や負荷の変化に対する細かい調整はアーバロン本人が行える。
最低限の出費として、ピアノとロボアームを入手しなければならないが、スーパーロボットサイズのピアノを製造(もはや建造?)することに比べれば遙かに経済的だ。ロボットが普及している昨今、人型アームを調達するのも難しいことではない。
とはいえ、ピアノはともかく、五本指アームのお値段は低所得層まっしぐらだった快晴にとって、いちばん安価なスタンダードタイプでも相当なものだ。
費用が貯まるまでアーバロンには待ってもらおうか。それとも、何かのためにと残しておいた両親の遺産を使ってしまおうか。
うんうん悩みつつ、昼まで答えを出せなかった快晴は、昼食のため、いったん格納庫を離れた。
職員食堂では、いつものように別部署の連中に絡まれ、「彼女とはドコまで行ったのよ」などと訊ねられては顔を赤くした。
と、ここで幸運が起こった。
快晴が今日のアーバロンのことを持ち出すと、たまたまその場に、電子ピアノを私室に置いている職員がいたのだ。そして興味を持った彼女はそれを快く貸してくれた。
かくして、昼休憩のあいだに数名の職員に手伝われながらピアノを格納庫へと運び込んだ快晴。すると、アーバロンの足下には作業台と……なんと、一対のロボットアームが置かれていたのである。
「え? 主任が作ったんですか?」
「いやいや、さっきの今でそれは無理でしょ。これはアーバロンを作るときに、最初に作られた約1/32スケールモデルの試作アームです。何かのためにと倉庫に保管しててよかったです」
1/32スケールモデルって、なんだかプラモデルみたいだなぁと思いつつ、快晴はその精巧さに感嘆した。
恐らくこれも仁博士の作なのだろうが、試作の段階ですでに洗練し尽くされている。骨格も駆動部も、基本構造は実物のアーバロンと変わるまい。
「こう見えて触覚センサーや、熱感知も搭載してますからね。すこーしメンテすればすぐにでも使えます」
エヘン、と誇らしげに美麻は無い胸を張った。
それだけ色々な機能を積んでいながら人間の骨格模型のようにスリムなのは、やはり仁博士の開発したマグネモーターが随所に使用されているからだろう。
というか、そんなのがあるなら最初に言ってください、という文句を快晴は飲み込んだ。同僚たちに絡まれることがなければ、ロボット専門通販サイトの購入ボタンを押していたかもしれないのだ。
なにはともあれ、このアームならアーバロンの分身も同然。あとはこれを支えるボディと、手元を見るカメラがあればいい。
午後から開始した作業で、ボディは美麻が倉庫から引っ張り出してきたジャンクを使って早々に完成。メンテハンガーのモニター前に設置することで、アーバロン側の視覚と聴覚の両方を確保することにも成功した。
そして翌朝、いよいよピアノ用アームと、アーバロンの頭脳とを直接繋ぐ作業が開始されたのだが──
「え、オレがやっていいんですか?」
ここで駆り出されたのが快晴だった。
「だってぇ、接続するところ頭にあるんですよぉ! 高いし怖いじゃないですかぁ!」
「寝そべってもらえばいいじゃないですか。だいたい、いつもメンテのときどうやって内部チェックしてるんですか?」
「そういうのはメンテナンスハンガーのAIが全部やってくれるんですよー!」
この人ホントに技術主任かよ、と呆れたくなる快晴であったが、アーバロンの内部が見られるというのは、やぶさかではない。
ハンガーを操作してアーバロンの頭部装甲の一部を剥がし、人間用リフトに乗って地上五〇メートルの高さにまで昇った。
さすがの快晴でも足がすくむ光景だが、アーバロンと目線が合ったと思うと、それはそれで嬉しかった。
「なんか、ようやくソラの顔、近くで見れたね」
そう言うと、腰に提げていたトランシーバーから美麻の声が流れてきた。
「か、快晴さん! なんかモニターに意味不明の言葉と記号の羅列が出てるんですけど、そっちは異常ありませんか!?」
ああもう、と快晴は恥ずかしげに溜め息を吐いた。
自分がここにいるためか、“頭から蒸気!”……は、なんとか我慢してくれているらしい。
「ええ大丈夫です。それ、前にも見ましたので、ええ……まったく問題ないです。詳しくはあとで」
話を打ち切って装甲内部に入り込むと、幾重もの緩衝材と耐衝撃構造を備えたフレームの奥で、光が快晴を迎えた。
一辺が三メートルはあろう正方形のスーパーコンピューター。設計図で形だけ見てはいたが、巨大なロボットを動かし、人間と変わらない感情をも生み出しているのがこれ一台きりとは、俄には信じがたい。
以前、首の部分で治したケーブル類も、もとを辿ればここに行き着くのだろう。分厚いフィルムに包まれていた首とは違って、ここではまだ一握りほどの太さにとどめられている。
さっそく、快晴は美麻から聞いていた腕への出力元を見つけ、ドライバーで留め具を外した。
「ソラ。腕の線、抜くよ?」
頭のなかで喋って聞こえるのだろうかと思ったが、念のために訊ねた。設計図によれば全身に百二〇ヶ個もの集音マイクがあるが、体内には一個も──
──ゴゥン。
聞こえるらしい。音がフレームや装甲を伝うのだろう。
肯定の返事だと解釈してケーブルを引き抜き、代わりにピアノ用アームの線を挿す。実はここまで、ずっと引っ張ってきていたのだ。
地上のアームとアーバロンの頭を繋ぐ、六〇メートル超のケーブルである。これだけ長くても、アーバロンの神経伝達にはニュートリノ信号(と聞いても、もう驚かない快晴だった)が使用されているため、ラグはほとんどゼロ秒だという。
「挿したよ。どう、ソラ?」
「快晴さん! 動いてます! ワッキャワキャに動いてますよ! やったー!」
アーバロンよりも、主任のはしゃぎ声が腰から聞こえてくるほうが早かった。
ワッキャワキャってなんですか、と呆れながらリフトで地上に降りてみると、ロボットアームは人間の手のように、滑らかに関節を屈伸させていた(ワッキャワキャの意味は相変わらず分からないが)。
戦闘用の分厚い装甲がないぶん、その動きは本来の手よりも軽快に見える。
『負荷、距離感、ともに修正完了。信号の異常反動なし、連動率グリーン。さすが私の試作ですね』
適応も上手くいった。
これでピアノが弾ける。ソラの願いが叶う。
快晴の胸は躍った。
「ではさっそく!」
テンションの高い主任に引っ張られるように、快晴は電子ピアノをアームの前に設置した。
するとどうだろう。銀色の両手は最初こそ、おずおずと──初めての場所に連れてこられた猫のように──鍵盤にそっと触れ、ひとつひとつ、その音と感触と確かめていたが、やがて意を決したように、両手で和音を奏でた。
そして、今度はゆったりとしたメロディが快晴たちを包んだ。
ベートーヴェンの『悲愴』──無論、快晴も聞いたことのある曲だが、パッと名前を出せるほどクラシックには詳しくない。
ただ、曲調が人の心のように揺れ動き、とてもロボットの腕が奏でているようには聞こえなかった。
いや、そもそも、アーバロンがピアノを弾くのはこれが初めてだ。にもかかわらず、この技量である。もともと演奏プログラムが組まれていたのだろうか?
『いかが、でしょうか?』
気が付けば曲は終わり、モニターがアーバロンのおずおずとした言葉を伝える。
「あ……」
先の疑問を打ち消せず言いよどむ快晴。
その横で、大きな拍手が起こった。
「すごい! すごいすごいすごいすごい!」
技術主任が飛び跳ねながら喝采を送る。ちょっと快晴には真似できない褒め方だが、その素直さは羨ましいと思う。
「すごい! ですよアーバロン! あなたに、こんな特技があったなんて!」
そうだろうか、と快晴は訝しむ。アーバロンではなく、美麻に対してである。
彼女はすべてを知ったうえで、アーバロンがピアノを弾くのに協力しているのではないのか。
『記憶されているピアノの基本構造と、音楽データを使ってシミュレートはしていましたから。でも、実際にこんなに弾けるなんて自分でも驚いています。まるで、今日が初めてじゃないみたい……』
「やや! ピアノの情報からそんなことが出来たんですね! これは新発見ですよ! ね、快晴さん!?」
「え? ええ、そうですね……」
『快晴? どうかしました? お気に召しませんでしたか?』
「いや、そんなことないよ……! ただ、本当に凄くて、圧倒されて……」
不意を突かれた動揺をなんとかごまかす。
「その、オレはクラシックなんて全然分からないけど……とても素敵だった」
『ありがとうございます! 嬉しいです……ッ』
素敵だと思ったのは嘘ではなかったが、奥底にある疑心はうまく隠せたらしい。
状況的に仕方ないとはいえ、こういうことに慣れてゆく自分を、快晴は好きにはなれない。
いつか、こういうやましさも、包み隠さずソラと話せるようになるだろうか。
『あの、出来ればあと何曲か、弾いてみてもいいですか?』
「もちろんですとも! 我々としてもせっかく作ったわけですし、ジャンジャンやっていただかないと勿体ない! ね、快晴さん!」
「え、ええ。オレも、もっと聴きたいな」
『ありがとうございます。では、さきほどは初めてだったのもあって、腕の様子見のためにゆっくりした曲にしてみたのですが、今度はもう少しテンポの早いものを試してみますね』
そう言うとアーバロンは新しい曲を奏で始めた。リズミカルな高音が印象的だ。コロコロと転がるように音が回るのだが、手の動きはひと目で分かるほどに激しい。指は常に上下し、腕全体が右に左にとせわしなく振られている。
この曲名は快晴も知っていた。リストの『ラ・カンパネラ』だ。アームが耐えられるか不安だったが、さすがはアーバロンの分身とも言える腕。ほとんど淀みなく弾ききってしまった。
「すごいよソラ。もう誰が見ても完璧なピアニストだ」
今度は快晴も躊躇いなく拍手を送った。
『ありがとうございます。あなた方のおかげで、夢が叶った気分です。けれど、やはり今のような曲は、関節への負荷がやや大きいようです。現在、微細ですが駆動部に異常振動と抵抗が見受けられます。精密なチェックを受けてもよろしいでしょうか?』
「分かりました。では、アーバロンはいったん休憩にして、私たちのお仕事タイムといきましょうか」
こうして、ピアノを弾きたいというアーバロンの願いを叶える快晴の作戦は、ひとまず成功に終わった。
その後のチェックで、連打のような細かく持続的な動きに対する惰弱性や、ボディの可動性のなさが間接への負荷を高めることなど、いくつかの課題も分かった。
ロボットアームの動きの滑らかさと頑丈さは予想以上だったが、それでも人間が手を使いすぎて痛めるように、小さな摩耗や損傷は避けられない。
人間のように自力で回復出来ないことをアーバロンは嘆いたが──
「オレがきみを治すよ。治せるように、なってみせる」
と快晴が不器用に伝えると、アーバロンは恥じらいながら(快晴にはそう見える)──
『ありがとうございます』
と短く返事をした。
そしてチェックを終え、再びアーバロンがピアノを前にして、今度はショパンの夜想曲を演奏し始めたところで、司令官が乱入したのである。
「いますぐに配線と装甲をもとに戻せ」
「ロボットがピアノを弾いちゃいけないっていうんですか!?」
『私は、あなたに甘えすぎてしまったんです』
「えええ今!? マジで今!? 嘘でしょ!?」
「あーもう! ほら見ろ!」
次回『スクランブルは忘れた頃に突然に』




