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甕星の民  作者: 憂羽
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第四話 夢憑 (2)

 追行者の三人がこの地に降り立ったのは、夜の十一時を五分ほど回った頃だった。

 なるべく早く現地入りしようと新幹線の時間を調節した割に成果はなく、先ほど終電が走り去ったホームでは、自分たち以外に人の姿を見受けることはなかった。それでも、東京を発ったのが酔い潰れたサラリーマンで賑わうような時間帯であったことを思えば、今日中に目的地へたどり着けただけでも幸運だったのかもしれない。


「……ったく、デートを断ってわざわざ来てあげたのに、何もないフツーの田舎町じゃない」


 率先して改札を抜けた八岐亜衣(やつきあい)は、すでに営業を終了している売店の前に立ち構内を見回した後、ため息混じりに悪態を吐いた。


 快活さを象徴するようなショート髪は、うっすらと茶色を帯びている。学校指定のプリーツスカートをおもいきり短くして“女子高生”という記号を忠実に再現している亜衣だったが、その切れ上がった双眸には、風体から連想されるイメージとは異なった意志の強さが感じられた。


「にしても、ホント何もないのね。ご飯を食べられるお店の一つくらい、あってもいいと思うんだけどぉ」


周辺を見回しながら慣れた手つきでスマホを操作する亜衣は、適当な場所を選んで数枚の写真を撮る。最低限の機能しか持たない駅の構内は決して見映えのする光景ではなかったが、都会に住む亜衣にとっては逆に物珍しかったので、ほんの少しだけ気分を持ち直すことができた。SNSにアップすれば案外良い評価がもらえるかもしれない。


「駅の中がこんな調子じゃ周りにも遊べるところはなさそうだし、ホント、歴史が古いっていうだけでつまんないトコよね。一葉もそう思わない?」


「あ、亜衣さん、そんなことを言ったら地元の方に失礼ですよ。それに、わたしたちは遊びに来たわけじゃないんですから、不謹慎です」


 結った黒髪をひょこひょこ揺らしながら亜衣の背中に追いついた方違一葉(かたたがえいちは)は、遠慮がちに進言した。

 いくら人気(ひとけ)がないとは言え構内にはまだ数人の駅員が残っているはずだし、その中で素朴な地域性を批判するような発言をするのは明らかにマナー違反だ。

 本人に悪気ないのは分かっていたけれど、亜衣とは対象的に一葉は体裁を気にするタイプだったから、相手が先輩とはいえ注意せずにはいられなかった。


「あはは、あたしは正直に見たまんまを口にしただけなんだけどぉ。あんたって、ホントにマジメよねぇ」


 亜衣は頭一つ分ほど背が低い一葉の眼前に指先を移動させると、いたずらっぽく微笑んでメガネを下にずらす。


「あ、亜衣さん……」


 あわててメガネを元の位置に戻した一葉は、横で笑っている亜衣に困惑の表情を投げかけた。重度の近視である一葉はメガネをかけていないと視界がぼやけて何も見えなくなるので、亜衣は度々この手を使う。本気で困らせてやろうというつもりはないだろうが、年齢よりも幼く見える一葉が困った顔をすると、亜衣は決まって嬉しそうに笑うのだった。


「……何言ってんだ。方違が真面目っていうよりは、単にお前が不真面目なだけだろ」


 二人のやり取りを見守っていた最後の同行者が、見かねて審判を下す。


 何食わぬ顔で後頭部を掻いている石上良知(いそのかみよしとも)は年齢こそ亜衣と同じだったが、髪型に気を使っている様子はないし、服装にもファッション誌で紹介されるような流行の要素は見あたらない。ジーンズにジャケットという、どちらかというと地味な恰好だ。

 素材は悪くないんだからもっとオシャレに気を使えばカッコ良くなるのに、とは亜衣の言だが、当の本人にはそのつもりはないらしく、袖口から這い出した異様に太い前腕のみが、唯一彼の主張を現しているかのようだった。


「へぇ、良知は、あたしより一葉の肩を持つんだぁ……。あ~! それってもしかしてぇ……」


 名案が浮かんだとばかりにパンッと手を叩き、含み笑いが洩れる表情で良知の顔をのぞき込む。


「もしかして、二人はつき合ってるとかぁ!? あはは、それならそうと、早く言ってくれればいいのにぃ。良知ってば、エロかわなあたしよりもペッタンコな一葉の方を選んじゃったのねぇ」


 良知は一葉の不利を見かねてフォローしただけなのだが、その行動は亜衣のいたずら心に油を注ぐようなものだった。どんな事柄でも自分が主導権を握れるように解釈して、面白おかしい笑い話に変えてしまう。それは、この世代だけが持つ社交能力であり、特権だ。


「ば、ばかかお前は! そんなわけないだろうが!!」


 亜衣の策略にまんまと乗せられた良知が、ほんの一瞬だけ一葉の胸元に視線を落とし、反論する。

 根が真面目な良知のようなタイプは、亜衣にとってはまさに絶好の遊び道具だ。実に理想的な反応を返してくれる。

 追い打ちをかけるように、亜衣は続けた。


「え~、何よ、そこまで否定しちゃ一葉に失礼じゃない。まるで、一葉に魅力がないみたいに聞こえるけどぉ」


「え!? い、いや、俺はそういうつもりで言ったわけじゃ……」


 一葉の顔色を伺いながら、良知は精一杯の弁解をする。


「はぁ? 言い訳は見苦しいっての。いくら相手が対象外の男だからってさ、そういうふうに言われたら女の子は傷つくでしょ。ねぇ、一葉。あんたも何か言ってやんなさい」


 迫真の演技で良知を責め立てつつ、亜衣は話題の中心人物に意見を求めた。


「えっと、あの……」


 少し困った顔で相槌を返す一葉。

 自分に合わせろという意志をアイコンタクトで伝えて続く言葉を待つ亜衣だったが、しばらく後にようやく返ってきたその答えは彼女の予想を大幅に上回るものだった。


「あのぅ…………ペッタンコって何のことですか?」


 あまりにも見当違いな発言に、亜衣は思わず吹き出してしまった。

 首を傾げてキョトンとしている一葉の表情を見れば、それがウケ狙いの冗談ではないということが一目瞭然だったから、余計に笑いが込み上げてくる。


「えっと……わたし、何か変なこと言いましたか?」


「あはは! いいのいいの! あんたはそれで正解よね」


 幼い頃より、俗世間の毒に侵されないようにという理由から狭い世界の中で生きることを余儀なくされていた一葉は、時としてこのようなズレた応対をする。

 一族の大義をその小さな体に背負うため、年頃の女の子が当たり前のように手にしている幸せには触れることも許されなかったし、高校への進学は当然の如く却下された。


 本人の意思とは無関係に。


 それは、彼女が権力者の犠牲となった証であり、悲しいことだ。

 けれど亜衣はそんな一葉の世間知らずな一面を「天然ボケの面白い子」としか解釈していない。精神的な理念や理想によっては永遠に交わることがなかったであろうこの二人が同じ空気の中で笑い合うことができるのは、きっとそのためなのだろう。


「ホンット、一葉って面白い子よねぇ。ね、あんたもそう思うでしょ!」


 いまだ狼狽したままの良知の肩を叩き、「あんた、さっき一葉の胸見たでしょ」と小さく耳打ちした亜衣は、構内を抜けて駅の外に飛び出した。


 深夜営業のコンビニに照らされた夜空に星は見えなかったが、流れ行く雲に混じって丸い月が輝いている。

 目が痛くなるくらいキレイな月だな、と亜衣は思った。

 ここへ来たのが遊び目的ならもっと楽しかったのに――


 事情を知らない者からすれば観光か修学旅行の類にしか見えないだろうが、彼女たちはこの地へ遊びに来たわけではない。

 一葉の腰に巻かれているポーチには幾重にも束ねられた咒符(じゅふ)が入っているし、良知が肩に担ぐ刀袋には、亡くなった父親から譲り受けた霊剣が納められている。


 日本政府との契約に基づいて霊的な任務をこなす『特例型民間協力会社・神威(しんい)』。

 国の権力者の間では、警視庁霊的テロリスト対策分室、などと形容されることもあるその組織こそが彼女たちの元締めだ。

 そして、この日本を転覆させようなどという夢物語を本気で実行しようとしている敵勢力から罪無き善良な国民を守るのが、彼女たちに与えられた役割。

 この平和な島国でテロなんて馬鹿馬鹿しい、などと大半の国民は切り捨てるだろうが、その平和を維持しているのが彼女たちのような末端の特異能力者であることは紛れもない事実なのだ。


 学校の友人に誉めてもらえるわけでもないし、テレビで取り上げられて英雄になれるわけでもない。それなのにどうして危険を顧みず戦うのだろう……? 亜衣はいつも自分に問いかけている。


「……今日は満月か……。周囲の薄雲が月の輝きを引き立たせて、まさに名月ってやつだな」


 亜衣の後方で夜空を見上げていた良知が呟いた。


「へぇ、良知ってば、オシャレなこと言うのね。でも、ぜんぜん似合ってないわよ」


「お前な……そういう言い方しかできないのかよ?」


「あはは、だってそれがあたしのキャラなんだから、仕方ないじゃない」


 いつもの調子を取り戻した亜衣は、呆れ顔の良知に笑ってみせる。


 ――世界の平和を守るために。


 正義の味方にありがちなスローガンだったが、それでも、彼女たちを一つにまとめる支柱として有効に機能していた。

 その慣用句の中にいくつかの欺瞞が散りばめられていることに亜衣はまだ気づいていない。些細な疑問を吹き飛ばす優越感の意味を見極めるには、彼女はまだ若すぎるのだ。


「さてと……とりあえず、何か食べに行こっか。あんたたちもお腹空いてるでしょ? お店探そ!」


 二人に同意を求め、答えが返ってくる前に亜衣は歩き出した。


「おい、ちょっと待てよ」


「あ、亜衣さん、こんな夜中に外食なんて……不良ですよ!」


 文句を言いながらも、亜衣の気まぐれに慣れている二人は後に続く。


 大きな嘘を支えるために小さな嘘を集めなければならないのが顕界の摂理だとすれば、彼女たち正義の信奉者は無知な道化として誰かに利用されるだけだ。

 だからと言って、大義のために滅びへと向かう彼女たちが愚者であるというのは誠実な結論ではない。

 無軌道に生を浪費するだけよりは余程生産的だし、他人のために自己を犠牲にする行為は、数多ある善行の中でも最上級に位置するはずだ。

 様々な葛藤の末、生きる理由を自己の外に見いだした人間の弱さを、誰も裁けやしない。

神威の能力者登場シーンです。

亜衣は動画投稿が趣味のエロかわJKで、一葉はペッタンコです。

良知は地味で無骨ですが、僕は好きです。

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