【なれる】底様作家の集いスレ【ワピョーイあり】と俺
「やれやれ、今日も賑わっているな」
家族の寝静まった深夜1時、俺はPCの画面を見つめ、好意と侮蔑の入り混じった嘆息を漏らした。ここは「底様スレ」。小説投稿サイト「小説屋になろうよ」で活動する自称未来の大作家たちが、夜ごと泣き言をつらねては傷を舐めあう場所だ。
『ブクマが禿げた~』
『14万字突破するもブクマ一桁』
『今日3回も更新したのにpv18なんだけどw』
ああ、これだよこれ。画面をスクロールしながら思わず頬が緩んでしまう。俺はここの空気が大好きだ。一日のクソったれた仕事を終え、やっと自宅に帰ってきたという安堵さえ覚える。しかしながら、俺は緩んだ頬を引き締め、大きく深呼吸をした。今日の俺にはとある目的がある。ただ漫然とスレを眺めにきたわけではないのだ。
『次のサラしマダー?』
『今サラせば打ち上げてやるぞ』
『早い者勝ちだぞー』
ちょうどタイミングよく、住人たちが無責任なヤジを飛ばしはじめた。――本当だな? 信じるぞ。どりゃあ!
カチリと小気味よい音を立て、俺は「書き込む」をクリックした。
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344 この名無しを見よ(ワピョーイ xxxx)
【URL】 https://kassassagi.xxx/...
【掲載日】 2022/10/3
【ブクマ】 6
【文字数】 119,855
【指摘点】 タイトル・あらすじは変じゃないか?
どこでブラバしたくなるか?
【その他】 辛口おk。深夜なんで1.5時間で〆てクレメンス
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この底様スレには、「サラし」という文化がある。誰かが自分の作品URLをスレッドに晒し、それを読んだ住民たちが口々にアドバイスを与えるというものだ。
俺はいま、まさにその晒し者となったのだ。
なお「アドバイス」と言えば聞こえはいいが、実際は罵倒同然の批評も少なくない。あまりのショックに筆を折ってしまう者さえ出る始末だ。それでも俺は、今夜この舞台に躍り出ることを決めた。それは、ただひとえに自分の作品を改善したいからに他ならない。
――さあ、うなれ俺の力作! 『異世界×醒めない夢=現実世界⁉ ~〈黒の聖騎士〉も大変ですぅ!~』
しかし、なかなかレスがつかない。
俺はブラウザのリロードを連打する。心臓が口から飛び出しそうだし、マウスを握る手の汗がハンパない。このわずか数分が永遠のようだ。もう何でもいいからレスしてくれよ!
『>>344 下げろカス』
「え?」
スウッと血の気が引く思いがした。あわてて自分の書き込みを確認し、失態に気付く。――くそ、やらかした! 緊張のあまり、スレの大原則であるsage進行を怠ってしまったのだ!
『344です。すみません、次から本当に気を付けます』
しかし『ルールを読まない奴は帰れ』という旨の手厳しいレスがいくつか続き、開始4分にして俺の心は折れそうだ。
『>>344
じゃあ言うけど
タイトル・あらすじ変じゃないかって?
そりゃまあ変だが、まず三点リーダーは2個セットで使え。改行時は1マス下げろ。話はそれからだ』
ちくしょう、やっとまともなレスがついたと思ったらコレか!
「おまえは文法警察かよ! そんな些細なことよりも本文を読んで判断してくれよ! 分かってないな、これだから底様は……」
俺は画面に向かって悪態をつくが、そんなことは書けやしない。
『文法のことはいいので、タイトルのどこがおかしいのか教えてくれませんか?』
『こいつはダメだ』
『お子様乙』
『久々に痛そうなのが来たな。春休みだからか?』
「なんだよ!くそっ、どいつもこいつも話にならねえ!」
「うるさい! アンタ何時だと思ってんの!?」
ほら! 姉ちゃんも起きちまったじゃねえか!
『>>344
なら指摘するけど、タイトルが意味不明で即ブラウザバックだ。
「異世界×醒めない夢=現実世界⁉」って何? こっちに問うてくんな。てか結局現実世界なのかよ。
サブタイトルがさらに意味不明でブラバ。
~〈黒の聖騎士〉も大変ですぅ!~ とか言われても具体性がなくて何も想像できん』
「なっ……」
俺は目を疑った。タイトルでブラバ、だと?
そんなはずは、そんなはずはないぞ。「これしかない」と確信して付けた端的かつシンボリックなタイトルだ。そしてタイトルの意味深長さを緩和すべく、くだけた表現にキャッチーな単語を織り交ぜた絶妙なサブタイトルなのだが?
「しかし、言われてみれば意味不明な気もしてきた……いや、いかんいかん!」
『>>344
あらすじだが、助詞がちょくちょくおかしいな。
自分で一度声に出して読んでみろ。
しかしそれよりも字ヅラがキツすぎ。
「私立黎明聖泉清花学園高校普通科準特進級に所属する十条朔夜は車とぶつかる」でブラバだ』
『>>344 「車とぶつかる」急に雑で笑う』
『>>344
「目を覚ました朔夜は、自分が漆黒の鎧をまとった戦死であると気付く」目覚めてすぐ戦死すな』
『>>344
これどうせ昏睡状態に陥った主人公の見た夢でした~ってオチじゃないん』
俺は机につっぷして悶絶した。
誰も第1話に到達せぬうちから、ぐうの音も出ないほどのサンドバッグぶりだ。
「くそっ、お前らだって底様のくせに……! くそくそくそ安全圏からウンコ投げやがって‼」
ゴリラのように机を叩いてみるがどうしようもない。ていうか、すでにオチが読まれてやがる。こいつら底様のくせに予言者か?
『>>344 第1話読んだけど』
――おっ! ようやく救世主が現れたか⁉
『>>344
第1話読んだけどいろいろ凄いな。
まあ1行目で轢かれるのは手っ取り早くていいが「通学路の細い路地を時速130キロは出ていそうな車が」は無理がある。
おまえの通学路は無法地帯か?』
うわああ! 2行目で詰まってやがる!
頼むから誰か聖騎士のくだりまで到達してくれ!
俺のライフと自尊心はすでにゼロ近かったが、それでもレスは返さねばなるまい。まとめてですいません、気を付けます、直します、と無難な言葉を叩きこむ。
くそ……サラしなんか、やめときゃ良かったかな。
――ん?
『>>344
そもそもお前さ、つい先週別の板でサラしてなかった? マルチは嫌われるぞ』
「え?」
俺はあわててレスを打ち込む。
『サラしてません、初めてです。本当です』
――まさか、他人にサラされた?
スッと背筋が寒くなる。まさか俺の作品があまりにあんまりで、誰かがどこかにサラして笑いものにしたのか?
『ユーザー名「牛乳寒天」を含む 57件
あ、おんなじ名前のやつが多すぎるのか』
「まじかよ⁉
なんでだよ! なれる作家、牛乳寒天大好きかよ⁉」
安堵も手伝って、また大声を上げてしまう。
間髪入れず、ドスン! と姉が隣の部屋から壁を殴ってきた。
こわ……。三次元の姉なんて、まじで萌え要素皆無だ。
「ていうかさ……結局俺の名前も作品タイトルも思いきり書かれちゃったじゃん。何のための匿名掲示板だよ」
『なお、タイトル「黒」「騎士」を含む 72件』
「やかましいわ!」
『>>344
まあ酷いっちゃ酷いが、ブクマ6で約12万字を書く熱量は称賛に値する。他者からの承認に依らず、自分のパッションで書き続ける姿勢ってのは見事だよ。
このまま行けば200万字書けば100ブクマだ。がんばれよ』
『時間になったので、ここで〆ます!
厳しいご意見も多々ありましたが
これからも頑張って生きます。
みなさん、ありがとうございました!』
そう打ち込んで、俺はベッドに倒れた。
「お……終わった……」
地獄の1時間半だった。シメの挨拶を書き込む前に変換ミスに気付いたが、実際死にそうだったので直さなくていいやと思った。
くそ、せっかく風呂に入った後なのに、さんざん嫌な汗をかいてしまった。もう何もする気になれない。今夜はこのまま寝てしまおう。
(……いや、少しだけ触っておくか)
俺は寝転がったまま、スマホで「なれる」の管理ページを開く。
あらすじを見直してみるか。
ああ、タイトルも散々に言われたよな。
俺はこれで良いと思っている。思ってはいるが、ものは試しだ。
「漆黒の断罪者
~転生したら【邪竜】特攻持ちの騎士でした~」
翌朝、通勤中に「なれる」を覗くと、ブクマが1つ増えていた。
(や、や、やった――‼)
電車の中でなければ、あやうく声を上げていた。
しかし同時に、重大なことにも気付く。
作品タグの欄から「底様サラし中」の文字を消していなかったのだ。
俺は急いでそのタグを削除する。
あんな連中の仲間だとは思われたくない。
心の底ではどれだけ彼らとの時間を愛し、その場所を拠り所としていても、だ。
電車が停まる。いつもと同じつまらない一日が始まる。まあ適当にいきますか。――あ、三点リーダーは昼休みにでも一応直してみようかな。
そして俺は、今夜も底様スレを覗くだろう。
この物語はフィクションです。特定の個人、団体を揶揄するものではありませんが、しいて言うなら自虐ですかね。
「黎明聖泉清花学園」「朔夜」あたりは実際に作者が過去に使った固有名詞なので、万一かぶっちゃった人は気にしないでください。