転生 ~ 覚醒
20××年、世界は核の炎に包まれ世紀末ヒャッハーなわけでもなかったし、
高度に発達した電脳世界が広がっているわけでもなかった。
ごくごくありふれた日常があるだけだ。
「ゲェェェェェップ!!」
その日、何本目かの缶ビールを空にした俺は盛大にゲップをする。
我ながらみっともないとも思うが、いいんだよ!どうせ誰も見てねえんだし!
と開き直る。
「なんだ、もう無くなったのか……」
どうせ明日は仕事は休みだし、少しくらい二日酔いでも何とかなるだろうさ。
ふらつく足取りで階段を降り、たどり着いた冷蔵庫から新しいビールを掴むと、
再び階段を上る。
思い立ったように20年前のヒットソングを口ずさみながら。
「ふんふんふ~ん♪」
われながらご機嫌である。
そうさ!なんたって明日は休みだ。嫌な仕事なんか行かなくても、一日中ゴロゴ
ロしていられる。
しかし、ご機嫌で奏でられるその歌は、最期まで続くことはなかった。
「うわっ!?」
我慢できずに、階段途中で缶ビールを飲もうと上を向いた俺は、自分で思う以上
に酔っていたのだろう。
バランスを崩し、階段から転げ落ちる。しかも、運の悪いことに、ほとんど最上
段からだ。
したたかに後頭部を打った俺は、意識が薄れていくのを感じる。
あ、やべ……。これヤバいやつだ。え、俺死んじゃうの?嘘でしょ?
そんなことを思いながら、意識が遠のいていった。
「やあ、目が覚めたかい?」
頭上から聞こえる、子供のような甲高い声で目が覚める。
ん?なぜ家に子供が……?
親類にもこんな小さな子はいなかったはずだし、今日は誰も家に来てはいないは
ずだ。
そうか、あれから病院に運ばれたのか……。体も動くし、なんとか無事だったよ
うだ。でも、いったい誰が救急車を?
体を起こし周りを見渡すが、なにやらだだっ広い空間があるだけだ。
「気がついたかい?」
もう一度声をかけられ、振り返ると背後に小学生くらいの男の子が立っている。
「あ、おじさん覚えてる?さっきの事故であなたは死んじゃったからね。ここは転
生の間だよ。まあ、簡単に言うと、ランダムに選ばれた者が、別世界に生き返るこ
とができるってことさ」
俺は大人気ないながらも、覚めた目で子供を見つめた。
ああ、これがゲーム脳か……。まあでも、小学生くらいの時ってこんなもんだよ
な。俺だって真剣に『か○はめ波』を出そうとしたもんだし。
「ちょっとおじさん、失礼だよ。僕は神様なんだよ」
ああ、わかるわかる。俺も昔はよくやったもんだ。○○ごっこな。俺のときは何
が流行だったかな?懐かしいな……。
ふと気付くと、風に乗って遠くから音楽が聞こえる。
『オラは○んじまっただ~♪』
この子の趣味だろうか?『帰って来た○ッパライ』が延々と流れている。
まったく、酔っ払って死にかけた俺に対し、何のブラックジョークだよ。
しかし、この子の年齢でこのセンスはいかがなものだろう。
おっさんの俺ですら、なつかしの○○なんてテレビ番組で聞いたことがあるくら
いだぜ?
「だから、さっきからおじさん失礼だよ」
あれ……?
おかしい。さっきから俺は頭の中で考えるだけで一言も喋ってはいない。それな
のに、この子との会話が成立している。
「やっと理解できた?僕が神様だって」
…………。マジか……!?
にわかには信じがたいが、でも、俺の考えが伝わっているのは確かだ。
トリックを暴いてやろうと、俺の中の金田○少年が騒ぎ出す。
おっさん的には、コ○ン君じゃなくて、金○一少年ってとこがミソだ。
とはいえ、俺には○田一どころか剣○警部レベルの推理力すら備わっていない。
ここは素直に、わからないことは聞くが早いという結論に達した。
「あの……ここはいったいどこなんです?病院では無いようなんですが……」
なるべく下手に出たつもりであったが、子供はなにやら感動しているようだ。
「ああ、やっぱり真面目に働いてたおじさんは違うね。これが無職なんかだと、
僕の姿を見ただけで口の利き方が偉そうになるからね」
いや、それは単に個人の人間性だろ。まあ、ある程度の傾向はあるだろうが、
無職だろうが社会人だろうが、高学歴だろうがそうでなかろうが、いい人はいい人
だし、ダメな奴はダメだろう。
それに……、舐めんなよ!
アラフォー社会人のおっさん舐めんなよ!
ダテに学校卒業してから、二十年も真面目に働き続けてきたわけじゃねえよ!
初対面の人には、とりあえず愛想笑いして敬語で会話するおっさん舐めんな!
サービス業で染み付いたスキル舐めんな!
中間管理職の、上にへつらい下のご機嫌を取る、無駄なまでの気苦労で身に付け
たスキル舐めんなよ!
「おじさん……、わかったから……。悲しくなるから無理しなくていいよ」
うん、だんだん状況把握してきたよ。
この子、明らかに俺の脳内と会話してるし、さっきからエンドレスのBGMの
意味もわかってきた。
はぁ~。やっぱ俺死んじゃったんだ……。
まあ、そんな楽しい人生じゃなかったしなぁ。
別に悲しむ人もいないし、まあ苦しまずに逝けたならいっか。
でも、せめて死ぬことがわかってたなら、会社辞めて貯金を使い切りたかった
なぁ。
回転寿司も100円のじゃなくて、もうちょっとお高い店に通っておけばよかっ
たなぁ。
「だから、さっきから言ってるでしょ。おじさんはランダムに選ばれて、異世界
転生できる人だって。これから次の人生が始まるんだよ」
マ、マジっすか?異世界ってあれだよね?知識の乏しいおっさんでもわかるくら
い有名な、チート能力を身にまとい、金髪美少年に生まれ変わってモテモテで萌え
萌えでハーレム状態で俺TUEEEE!ってなる奴だよね?
もしくはこの世界で身に付けたスキルで以下同文……ってやつだよね!?
うひょ~。行く行く!おっさん異世界行っちゃう!!。
それでそれで、俺にはどんなチートスキルをくれるの?
「あ……、あ~。勘違いする人が多いんだけどね。あれはあくまで物語の主人公に
なれる人というか、レアケースというか……。それにね、知らない土地で一番困る
事ってなんだと思う?」
それは……、住む場所とか、お金とか、食べ物とか?
「うん、それも大事だけど、一番は意思の疎通ができないことなんだよ。身振り
手振りで多少の意思は伝えられても、そこで暮らしていこうと思ったら、言葉が
わからなければ不可能に近いでしょ?」
まあ、たしかにそうかも。
「同じ国でも地域が違えば通じないこともあるんだよ。世界中の異なる種族と言葉
が通じるって、すごいと思わないかい?そんな素晴らしい世界なら、いずれは争い
なんてなくなるはずさ」
興奮気味に語る神様は、なんか、世界平和を語るちょっとアレな人みたいだ。
ちょっとこの子ヤバいかも……。
いや、俺はそんなのより、異世界無双で夜は美女相手に暴れん棒を振り回す将軍
様になりたい。もちろん美少女相手も可です!!
「う~ん……。まあ、ぶっちゃけ僕にそっち方面の力はないしね。とにかく行って
みればわかるよ」
なにやら聞き捨てならないセリフを聞いた気がするが……。
そうして俺の意識は、本日2回目のブラックアウトとなった。
目覚めた俺は、森の中にいた。
とりあえずは、ウキウキ気分で自分の体を確認してみる。
服装は家にいたままのジャージ姿だ。
もっとお洒落をしておいたほうが良かったが、夜中に家で酒を飲んでいただけで
ある。これは仕方ないだろう。
問題は中身だ。
さっそく服をめくり全身をチェックする。
腕と足に生えているのは、金色……ではなく黒々とした体毛。
お腹には見慣れた脂肪がたっぷりと付いている。
鏡の代わりになるものは見当たらないため顔の変化はわからないが、髪を触れば
頭頂部には地肌の感触が……。
ためしに一本抜いてみたが、癖毛で丸まった、見慣れた黒髪だった。
嘘でしょ……?
俺じゃん!!
小太りで頭の薄くなった、まんま俺じゃん!!
鏡が無いから確定ではないが、顔以外は完全に見慣れた俺のパーツじゃん!
しかし、まだ望みはある。
一縷の希望に賭け、ズボンをめくって俺の最終兵器、『暴れん棒』を確認する。
もしかしたらこいつがとんでもない代物で、一振りで美女や美少女を虜にしてし
まう、エロマンガのような能力を秘めているのかもしれない。
こいつを見せびらかしたり、女の子の顔にピタピタするだけで、みんな俺の虜に
なってしまうほどのモノかもしれない。
しかし、そこには見慣れた小さ目の棒が付いているだけだった。まわりの体毛は
もちろん黒だ。
強いて言うなら、暴れん棒というよりは、さびしん棒と言ったところか……。
ほどなくして、完全にやる気を失った俺は、森の中を彷徨っていた。
何もやる気は起きないが、とりあえずはここから脱出しないといけない。なぜな
ら、そこら中に虫がいるのだ。
虫の種類はこちらの世界も大差ないように思えるが、何せ森の中だ、皆デカイの
である。
何せ俺は虫が嫌いだ。子供の頃は平気だったのに、なぜ大人になると苦手になる
のだろうか?
女の子が蟲に陵辱されるのは、あんなにも興奮するのに!
いかんいかん、現実逃避から、つい性癖を全開にしてしまうところだった。
そして俺は、ときおり悲鳴を上げながら、ようやく湖のある開けた土地にたどり
着いた。
水が澄んでいることを確認し、顔を洗った後、湖面に自分の顔を映してみる。
そこにはやっぱり見慣れたおっさんが映っていた。
「おい!あのクソガキ何やってくれてんだ。何が神様だよ」
一人毒づいていると、不意に湖に映った自分の顔が揺れだした。
不思議に思い見ていると、突然湖面が盛り上がり、大口を開けた半透明の生き物
が飛び掛ってきた。
「ひいいいいっ!!」
情けない声を上げた俺の横を、突然熱風が通り過ぎた。
一瞬見えた火の玉はそのまま半透明の生き物にぶつかると、そのまま音を立てて
蒸発させていく。
「まったく、何をしている。そんなところに長居していれば、水棲スライムが寄っ
てくるに決まっているだろう」
呆然と立ち尽くす俺に声をかけてきたのは、
き……、キ……、キターーーーーーー!
これぞまさに、ファンタジーの代名詞、定番、王道、エルフである。
美しい金色の髪に、緑掛かった瞳。細身の体つきにやや露出の多い服。胸は小ぶ
りだが、日本人の感覚からすれば全然オッケー!ってくらいプルプルしている。
いや、むしろ一部の人からすれば、大きすぎと言われてしまうかもしれない。
実年齢はともかく、見た目は20歳くらいだし、なによりとんでもなく美人だ。
この出会いがきっかけとなり、ともにパーティーを組んで恋が芽生えてしまうの
か?これが異世界転生の定番とも言われる出会いなのか……。
妄想で膨らみかけた、暴れん棒の位置を気付かれないように直す。
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました。それにしても……、先ほど
の火の玉は魔法ですか?いや、すごいですね。あ、私の名は……」
「うるさい。さっさと出すものを出せ」
「え?」
興奮して捲くし立てる俺を遮るように、エルフは冷たい言葉と手のひらを俺に向
ける。
「え?、じゃない。助けられた礼だ。さっさと対価を出せ。でなければお前のよう
な……、人間の中でも特に汚らしい部類の者を助けなどせん」
俺はあのクソガ……、神様を恨んだ。
こんな、火の玉ストレートで相手の感情がわかってしまうチートなんぞいらねえ
よ!
言葉なんかわからなくても、金髪美少年に生まれ変わってボディランゲージで
美女と愛を語らいたかったよ!
目と目で通じ合い、無言で色っぽくなりたかったよ!
俺が金髪美少年だったら、助けられたあげく個人授業までされちまうんだろ!?
などと、悪態をついたってどうにもならないことはわかっている。
慌てて支払えそうなものを探すが、しかし、ジャージ姿で転生した俺だ、金目の
ものなんて持ってないぞ。
「何だ?無いのか?ならば仕方ない。奴隷商にでも売り飛ばすか」
「ちょ、何ですかその奴隷商って!」
なんか、洒落にならない言葉が飛び出したぞ?
俺は慌てて体中をさばくる。そして、首に磁気ネックレスをかけているのを思い
出した。最近肩こりが酷く、ダメ元で買ったものだ。
それを外し渡そうとするが、エルフは顔を顰めると、
「お前の体に着けていた物か……。汚そうだから洗え。心配するな、一度倒せば
水棲スライムは警戒してしばらくは近寄らん」
本日何度目かの心が折れる言葉だったが、右も左もわからぬ世界だ。俺はMだと
自分に言い聞かせ、おとなしく従う。
しかし、ネックレスを受け取った瞬間にエルフの表情が変わる。
「これは……」
じっと見つめていたエルフは口を開くと、
「鉱物をここまで変形させ編み上げる技術、そしてこの造形美……。それに、その
まともな美的センスを持つものなら、絶対にせぬであろう珍妙な格好。お前、もし
や異世界人か?」
なんだ!?このエルフは異世界のことを知っているのか?
き、きた!ちょっと引っかかる言葉もあったが、この後は、正体を知ったことに
より、俺に対するエルフの態度が変わり、やがて……。
「ふーん。異世界から来た物はしばしば目にするが、人間を見るのは120年前ぶ
りだな……。まあいい、じゃあな」
「え……?それだけですか?いやいや、ちょっと待ってください。せめてどこか街
まで連れて行ってください」
「うるさい奴だな。まあ、確かにこれの価値を考えれば、一方的に貰い過ぎかもし
れないからな」
そう言うと、エルフは少しばかりの小銭を投げて寄こした。
「まあ、2、3日の飯代にはなるだろう。街までは案内してやるから付いて来い」