ある書生の苦悩
頭に浮かんだので書きなぐった、かなり短いお話です。
タイトルほど深刻さはないかもです…
「君、今日は先生に文章をお渡しする日だが、いい加減に完成させたのだろうね?」
夕暮れ時。
陽が射し、日本にはまだ珍しいステンドグラスが緋色の光を浴びて室内を暑いくらいに七色に照らすなか、窓に腰掛けた書生は安物の煙管をくゆらせながらもう一人の書生に声をかける。
「ああ、文章は完成させたが筆名がまだ決まらないんだ。」
「筆名?君、まだそんな古い言い回しをしているのか。今はペンネームなんて言う洒落た言い方があるだろうに。」
「何だそのカブレた言い方は。僕達には筆名で十分だろう。」
もう一つの、中庭に面した窓の前に立つ書生が、綺麗に手入れされた花壇の中の、下を向いた向日葵を忌々しそうに見つめる。
「ふむ、なんとも古臭い考えだね。
君、ペンネームが決まらないのなら僕がつけてあげようか。…そうだね、相無、阿後、根暗なんてどうだい?」
「君が僕をどう見ているかがよくわかったが、どれもお断りする。実はもう考えてはいるんだ。」
その返答が予想外だったのだろう。
書生はステンドグラスから目を放し、この部屋にいる、自分以外の唯一の人間へと目を向けた。
「へぇ!是非聞かせてほしいね。」
目を向けられた書生は今しがた帰宅した、紅色の振り袖がよく似合う少女。
先生の娘を眺めながら吐き捨てるように答えた。
「塵芥」
「ふうん。君もなかなか酷いね。」
西日のせいか、自身の出す煙のせいか。
こちらを向いている筈の書生の表情はわからない。
「事実だろう。それに、どうせ世に出たところで誰の目にもつかない名前だ。」
娘を目で追う書生の顔には先程の刺々しい態度とは裏腹に、諦めにも似た寂寥の念が浮かんでいた。
「そう悲観するなよ、君。あぁ、そうだ!僕達の文章が上手に出来ていたら、先生が特別に中川の牛鍋に連れてってくれるらしい。」
嬉しそうな言葉とは裏腹に、書生はつまらなそうにキセルを灰皿に打ち付けた。
ーーカンッ!
少し高めの音が暑くて色のうるさい部屋に響く。
書生の表情はわからないままだった。
読んでいただきありがとうございました!
ちなみに、続かないのでここに書きますが、
二人の書生は先生のゴーストライターです。
ステンドグラスは現状をなんとも思っておらず、(不満が無いなどでは無く、本当に無関心)
中庭は現状に不満がありつつも何もできない無力さを嘆いています。
ちなみに、先生の娘は3人姉妹の次女で、中庭と両片思いですが許嫁がいます。
…のような設定。
よろしければ、田中の体験談も途中ですが、ぜひお読みください。
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