8章-13 名ばかりの英雄
私は幼い頃に想い人を亡くした。初恋の相手で幼馴染であった。馬車ごと崖から落ちたらしい。顔も原型を留めておらず、とても悲惨な状態だった。勿論私は泣いた。初めて身近な人の死を体験したのである、無理もない。しかし、私も無神経だったと思う。彼女を大事に思っていた彼女の兄が一番悲しかったであろうに、私はそんな彼に心配を掛けさせてしまった。
『貴方のような人に想われてあいつも幸せだったろう。』
彼が私に掛けた言葉である。今でもはっきり覚えているとも。そのあとは身内で見送るらしく、私は姉に連れられてその場を去った。
私が船に乗って海賊の相手をしている時であった。私の従えている騎士の一人が何か紙を持って走って来た。私が何があったか問うと、彼は息を荒げながら『正午に聖女の処刑が行われる』と報告した。私は教会を守る聖騎士であった、教会の象徴たる聖女の処刑なんて許していいわけが無い。私は一人小舟で国に帰り、都に走った。今度こそは身近な者を守らなくては、その一心で私は走った。私が都に着いた時、北の狼の一族が聖女を裸にして十字架に磔にしていた。体中にはあちこちに痛々しい傷があった。そうして王からの罪状が読み上げられる。そして火が放たれ、さらに無数の火矢が降り注いだ。
『見よ、これが魔女の最期である!』
狼の長老がケラケラと笑う。私はまた守れなかったのかとその場に膝をついてしまった。いや、これで終わっていいはずがない。私は南の軍と聖女を信仰する者を連れ蜂起した。
西の獅子の力も借り、都に向けて進軍している時であった。私は狼の一族から奇襲を受け、気を失ってしまった。情けないことに目が覚めたら戦争は終わっていた。狼の一族の誰かがこちら側に付き、そのまま都を落としたらしい。
みんな死んだ。私の姉である聖女が死んだ。私が扇動したばかりに信者が死んだ。私が感情に身を任せ都に向かったがために付いて来た騎士が死んだ。狼の一族と一人で戦った西の獅子が死んだ。幼馴染であり、国王の側に付いた東の将軍も死んだ。国王が死んだ。これだけの人が死んだのに私は何も成せなかったのだ。
狼が一人でやって来て、ダガーを私に差し出した。そしてヘルムを外し首を露出させる。
『俺達は聖女を殺し、その信者まで殺した。おまえには俺を殺す権利がある。』
私のベッドの隣で無防備に彼は跪いた。後ろには泣いている彼の子供と妻が居た。
『貴方は最後まで酷い方だ、殺せるはずがない。』
私はベッドから起き、そのまま病室から出た。
私は姉の仇でもある狼を殺せなかったのである。刻印を持ち、英雄として育てられた私は最後まで何も残せなかった。『英雄』とは人のために何かを『成しえた』人間に送られる称号である。だが、英雄になるべくして育てられた私は最後まで何も『成しえなかった』。
故に私は『名ばかりの英雄』である。




