8章-3 名ばかりの英雄
英雄――それは一般人が成しえない偉業を行った者に送られる称号である。そしてブレーメンは『英雄』と呼ばれている者は体中を刻印で改造していると言っていた。だが、今俺の目の前にいる傷だらけの男は周りの人間から慕われているとは思えなかった。周りから「ニート」と呼ばれているような男だ、俺がそう思うのも無理じゃないと思う。
「おまえ、その刻印…。」
だがそんな奴でも体に刻印が入れていたのである。そして、現実として俺が全力で斬りかかっても傷一つ付けられなかった。こいつは路地裏で絡んできたゴロツキとは格が違うということである。
「ああ、この『呪いの印』のことか?見てもらったら分かる通り、俺は体中を魔法で弄られていてね、その点から『英雄』と呼ばれていたこともあった。」
赤ニートは自分の肩の刻印を指さす。痛々しい赤い傷に隠れているが薄っすら刻印が見える。
「おまえ、その気になればさっさと完済出来る力があったってことかよ…。」
教会の大木の下であった日から俺は赤ニートも俺の様に力がなく、絶望していたのだと思っていた。しかし、本当はこいつは狼仮面やライオンマスクの様に力を持っていた。いや、待てよ。ライオンマスク、獅子の顔…、そしてアトラスの時に脳に語り掛けて来た声を思い出した。まさかーー。
「おまえ、まさかライオンマスクなのか?」
赤ニートの纏っていた空気が変わる。
「何故そう思った?」
「おまえもあいつも俺の扱いが酷かったからな。」
笑いながら俺を嵌め殺した赤ニート、自分が逃げるために俺に死ねと言ったライオンマスク、今思えばどう考えても同一人物である。そして俺の言葉を聞いた赤ニートが身構えた。
「正体がばれないようにスネークに言われてるんでな、おまえの記憶から無くなるまで殺し続けるとしよう、今ここで。」
直後、赤ニートの右腕の赤黒い布が魔力を纏う。そして、それは禍々しい色の大きな槍に形を変える。あれに刺されたら、ただ死ぬだけで終わらない気がする。だが、俺は体のあちこちから出血していて、とてもじゃないが動けそうにない。
「さあ、まずは10回くらい死んでもらうか。」
赤ニートは禍々しい魔力を纏った槍を構える。これはもう死んだな、そう思った時だった。ローズが俺と赤ニートの間に割って入って来た。
「どういうつもりだ?そこをどけ。」
赤ニートはローズに警告する。「そのままだとおまえごと貫くぞ」と言わんばかりの殺気である。
「ダメです!!勇者様にはお母さんを助けてもらったんですから!!」
ローズは足を震わせながら俺の前に立っている。蘇生が効く俺でも恐いんだ、ローズはもっと恐いだろう。
「それなら、おまえごと貫くだけだ、ローズ。」
赤ニートが大槍を再び構えた。ローズも死を覚悟したのか目をつぶっている。ランスには死なないと約束したが、早速約束を破ることになりそうだ。
「おーい、ライオンマスクここに居たのか。」
緊張感のない声が響く。麦わら帽の無性髭のおっさん、ブレーメンであった。
「今どんな状況なんだ、これ?」
ブレーメンが首を傾げる。槍を構えた赤ニート、俺を庇うように立っているローズ、そして血だらけの俺。確かにぱっと見では何が起きているのか分からないだろう。
「…おい、ブレーメン、その名で呼ぶなとあれ程。」
こうなると秘密もへったくれも無い。ブレーメンは秘密だったことを思い出したのか、しまったという表情。赤ニートは溜息を吐いて武装を解いた。大槍は再び布切れになって赤ニートの右腕に巻きつく。それを見て腰が抜けたのかローズがその場に崩れ落ちる。
「おいおい、何女の子泣かしてるんだ。」
ブレーメンが呆れたように言った。今回はおっさんの空気の読めなさに助けられたな。だが、俺は血の流し過ぎて目がくらくらしてきた。俺はそのままその場でぶっ倒れてしまった。




