7章-10 力の代償
俺達は村長の家にお邪魔した。野良ミノタウロスを退治した礼をくれるらしい。
「勇者様、額としては小さいですが、返済の充てに使って下され。」
髭を伸ばした村長がテーブルの上に硬貨を並べる。急いで村中から集めたのか、本当に額は小さいものであったが、気持ちはありがたい。
「おっさんは騎士だからな、村を守るのも仕事の内に入っている。坊主達で分けてくれ。」
「私は今回何もしなかったので。勇者様とランスちゃんで分けて下さい。」
ブレーメンとローズが受け取らなかったので、俺がありがたく頂くことにした。ランスには後で分けてやろう。
「村長さん、ありがとうな。」
「いやいや、あれには最近ずっと悩まされておりました故。ところで騎士殿。」
村長はブレーメンの方に視線を送る。ブレーメンはまた苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「あの少女は神話代の兵士か何かですかな?」
「逆に問うが、どこにあんな幼い女の子を戦場に送る馬鹿が居る?」
俺達はブレーメンと村長が何を話しているのか分からない。
「騎士殿、そろそろその『呪いの印』とやらを説明してくれてもいいのではないか?」
痺れを切らしたのかローズの母がブレーメンに問う。
「そうさな。おい、坊主、なんであの娘があれほどの筋力を持っているのか、狼仮面やライオンマスクとかがあれほどの身体能力を持っているのか、同じ『人間』という種族として疑問に思ったことがないか?」
ブレーメンが煙を吹かしながら俺に質問を投げかける。それは俺もここ地獄に来てからずっと疑問に思っていたことであった。どうして俺と同じ『人間』であるはずなのに異世界の『人間』はあれ程の身体能力をもっているのか。中には俺と同じような非力な人間も居たが、それとの違いは何なのか。俺にはさっぱり分からなかった。
「答えは簡単だ。あいつらは『人間』を辞めている。魔法の力で体を改造しているのさ。」
『人間』を辞めている?体を改造している?こいつは何を言っているんだ、人間の体を改造するなんて倫理的に許されるはずがない。
「極稀に本当に生まれつき高い身体能力を持つ者もいるが、大体のヤツは自分の体を改造しているんだよ。『英雄』と呼ばれている奴らになるともう体中改造しているだろうな。」
ブレーメンは煙草を口から離すと近くの灰皿に擦り付ける。
「体を改造している奴らの体には魔法の刻印が彫られている。『英雄の証』だとか美化している奴らもいるが、おっさん達騎士は『呪いの印』と呼んでいるよ。」
俺はランスと入浴した時を思い出した。確かにランスの肩には羽のような印があった。
「おまえはまだ重要なことを話していないな、ブレーメン。何故ランスは死んだんだ?」
俺はブレーメンを睨みつける。こいつが悪いわけではないのだが、体中に力が入ってしまった。
「そうだな、おっさんはまだ『呪いの印』の長所しか話していない。だけど短所は言わなくても分かるだろう?体の身体能力のリミッターをぶっ壊して出力を上げるんだ、体にものすごい負荷がかかるだろうな。少なくともおまえら普通の人間よりは短命になる訳だ。」
ブレーメンは新しい煙草を咥え、ライターで火を点ける。
「そして、おまえなら分かるだろう?出力を上げるためには『呪いの印』に魔力を通す必要がある。だが、誰もがみんな魔力を持っている訳ではない。そういった時に何のエネルギーを流し込むか、何だと思う?」
俺はドラゴン退治の時にエンマ大王に言われた言葉を思い出す。「ただね、誰でも魔力エネルギーを作ることは可能なの。触媒を持って生命エネルギーを魔力エネルギーに変換することでね。」エンマ大王はそう言っていた。まさか…!?
「生命力か!?」
「そうだ、おまえやおっさんが『死にたくない』って逃げてる時にあの少女は自分の命をぶん投げておっさん達を救ってくれたって訳さ。」
俺は思わずその場に膝をついてしまう。俺のせいで人が死んだ。しかも俺の命を救うためにである。「父に入れてもらったおまじないみたいなものです。」ランスはそう言っていた。俺はランスにそんな印を掘ったというランスの父親のことが恨めしい。ランスを庇わせた俺の無力さが恨めしい。そしてーー。
「何でそんな大事なことを黙っていた!?」
俺はブレーメンの襟首を掴む。ブレーメンは落ち着いた様子で頭の麦わら帽を抑える。
「俺は今日初めて嬢ちゃんに会ったっていうのに俺に責任を全て押し付けるかい?俺のことを恨んでもらっても構わんよ。だけどなーー。」
ブレーメンがこちらに視線を向ける。今までに感じたことのないような殺気を放っている。
「言ったところで何が変わったのか、言ってみろ。言ったところでおまえは自分の命かわいさにずっと逃げていただろうよ、無力な人間の小僧が。」
俺はその殺気に押され、ブレーメンの襟首を放してしまう。
「ほんの少し殺気を放っただけでこれだ。おっさんが何を言ったところで結果は変わらなかったということだろうな。」
俺は自分のヘタレさが情けなくて、その場に膝をついてしまった。俺がヘタレなためにランスは死んだのだ。俺は悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。
「それじゃお嬢様方、蘇生には一日かかるがあの嬢ちゃんを迎えに行ってやってくれ。おっさんは剣を新調して村を見張っとくからな。他に居ないとは限らない訳だし。」
ブレーメンは椅子から立ち上がり家から出て行った。ローズは俺に何と声を掛けていいのか分からないようだった。そして、ローズは母と一緒に家から出て行った。村長も自分の家だというのに空気を読んで外に出て行った。俺は暫く一人で丸くなって泣いた。




