6章-5 蛇の名を持つ者
「よお勇者様じゃないかい。」
何の目的もなく市場をぶらつく俺を呼び止めるハスキーボイス。振り向いてみるとこの娯楽街の女主人、キクノであった。今日も和服を着崩しており色々開けている。胸にはさらしが巻いてあるとはいえ、こう肌色の面積が広いと直視し辛いものがある。
「一人でこんな時間にこんな場所を歩いているなんて珍しいじゃないか。」
キクノは上機嫌そうに煙管から煙を出す。こっちは最悪の気分だってのに、と羨ましく感じてしまう。
「俺にも色々あるんだよ。」
「何かよく分からないが今日はミノタウロスの防具やら肉やらが大量に手に入ってね、良ければ見て行かないかい。」
俺は適当に流そうとしたが、この女商人は売り込む気満々である。俺が通り過ぎようとするとさりげなく進路上に立ってブロックしてくる。まあ、そのミノタウロスは俺らが狩った(俺は後ろに隠れててドロップ品だけ回収していたってのが正しいけど)んですけどね。
「ミノタウロスの革で防具を作るのはまだ分かるが肉は食えるのか?」
「何を言っているんだい、鳩とか犬とか食う世界もあるらしいし虫を食う世界もあるらしい。ミノタウロスだって食えると思わないかい?」
キクノはそれっぽい理論で肉を売りつけて来る。
「まあ味は保証しないが。」
聞き捨てならない言葉を呟くキクノ。こいつはどうやら味見もしないで売りつけていたらしい。
「うちのオーク共は美味い、美味いと食っていたから大丈夫なはずだ、多分。ん?どうした、機嫌悪そうにして。」
キクノは俺の顔を覗き込む(キクノの方が身長が高いので見下ろされる形である)。右目は長い前髪に隠れていて見えないが、左目は澄んだ青色をしていた。あれ、今気づいたが結構な美人なのではないか?胸もエンマ大王程ではないが大きい、少なくともいつも俺の周りに居る2人よりは大きい。
「いや、少しエンマ大王にしてやられたんだよ。」
美人に耐性の無い俺はついつい今まであったことを話してしまった。
「ははは、それは力ないあんたが悪いね。」
こいつは俺が本気で悩んでることをケラケラと笑ったのだった。
「どうせ生前も鍛錬もせずにダラダラと過ごしていたんだろう、どれ腹筋を見せてみろ。」
「うるさいな、俺はここに居る超人とかとは違ってただの人間なんだよ。」
「ああ、あんたはあれか、魔術師とか英雄とかが何の代償も無しにあの力を振るっているって思ってるクチか。」
キクノは俺の目をじっと見て来る。何だか心が見透かされている気がした。
「『魔法』ってのは所詮字に書いた通り『魔』の『法』だよ。その短剣を振るっているから分かっているとは思ったんだが、どうやら理解が追いついていないらしい。」
キクノは一息付くように煙管を咥え煙を吐く。どうやら説教はこれかららしい。
「『魔力』ってのは『生命力』から変換することによっても得られる、ここまでは理解しているな?」
「ああ、魔力を持っていない俺はそうして剣を振っている。」
「それは同時に『そのつもりが無くてもうっかり変換してしまう』ことがあるってことだ。だから一般的に魔術師は短命って言われているねえ。」
ローズの姿を思い浮かべてしまった。あの娘はそんなに危険なことをしていたのか。身近に居たから全くそのようなことに気付けなかった。
「こっちも問題だが、もっと問題なのはあんたが『超人』と呼んでいる『英雄』達の方だ。」




