ブレークタイム3 過去回想
もう妻がベッドの上で横になってから3日目だ。こうなることは初めから分かっていたはずだった。あの子を産むと決めたときにこの結果は決まっていたのだ。
妻の額の上のタオルを変えてやる。そのときだった。妻が目を覚ましたのである。といっても体はもう動かないようだった。
「おはよう、あなた。」
「もう夜だがな。」
こんな状況なのに気の利く反応の出来ない自分に嫌気がさす。妻はそんな俺を見て微笑んだ。
「あの子は?」
自分の方が限界であろうに子供のことを気遣うのである。どこの世界の母親もこんなものなのだろうか。
「もう飯食って風呂入って寝たよ。あっちで呑気に腹出して寝てらあ。」
ぐっすりと眠っている子供の方を指さしてやる。妻は目でそれを確認すると安心したような顔をした。もう逝くのか。
「あの子のこと、お願いね。」
妻が声を振り絞って言った。そんな様子を見て断ることなんて出来るだろうか。
「ああ、だから安心して逝け。」
俺の言葉を聞いた妻はいつもの様に微笑んで、そのまま目を閉じた。そして、目を開けることはなかった。戦場で何人もの死を看取って来たが、こんなにも悲しくなるものなんだな。
もう体が動かない、意識がもうろうとしている。こうなることは初めから分かっていたはずだった。戦場で何人もの命を奪った代償なのかね、そんな男にはお似合いの最期だろう。
「目が覚めたか、体調は大丈夫か?」
軍服の男がこちらを見て言った。
「大丈夫そうに、見えるかい?」
「ああ、そうだな。」
男は鼻で笑う。
俺の体はもう動かないし、この感じだと今夜までの命だろう。そしてこの男もそれは分かっているはずだった。
「遺言とか何かあるか?可能な限り聞こう。」
男はこちらを見下ろしながら言った。
「あの子のことを、頼む。」
皮肉なことに咄嗟に出たのは妻の願いと同じものであった。
「分かった、俺の方で世話を見る。」
ああ、それならよかった。こいつなら悪いようにはしないだろう。安心すると同時に瞼が重くなって来た。妻もこんな感じだったのだろうか。
「それじゃ、あとは任された。安らかに眠ると良い。」
『あの子のこと、お願いね。』
妻のあのセリフが俺の耳に残り、死後もその鎖から解放されることはなかった。いや、むしろ解放されてはいけない、俺と妻とを結んだ最後の言葉だったのだから。
「ああ、もうこんな時間か。」
俺はベッドから起きてタンスの中の囚人服を着る。何やら外が騒がしいようだ。
「さて、それじゃ俺も行ってくるよ。」
写真立ての妻にしっかり挨拶して俺は外に出た。しばらく会うこともないだろうから。




